ベノムリップス

ど三一

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罪人探し編

第30話 秘密ある間柄

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グンカが帰宅すると、ギャリアーは店で接客を、ニスは畑の世話や庭の手入れをしていた。店の中を覗くと、ギャリアーが、店の外に出て鍵を渡した。手袋をした手に乗せられたのは、ニスの話していた通りの、グンカの名前が入った持ち手が靴の形をした鍵だった。

「俺はニスがいいなら、このまま3人暮らでもかまわないぞ」

ギャリアーはそれだけ言い残し、店内に居る老齢の夫婦の対応に戻った。グンカは手の中にある鍵を握り、裏口に回る。扉に近付くにつれ、ずる、ずると何かの音がする。家の中からではない、外からだ。

「よい…しょ…」

庭の方を見ると、ニスが麦わら帽子を被って草むしりをしていた。首にはタオルが掛けられ、時折伝う汗を拭いている。着ている薄いシャツの背中が汗で濡れて、素肌に張り付いている。

「……」

今帰ったと言う筈だったグンカは、目を逸らして鍵を使って中に入った。海から吹く風はまだ熱い。
部屋の中に入るといくらかはマシで、制服の上を脱いでハンガーにかけると脱衣所で顔を洗う。

「………はあ」

グンカには今朝から考えなければならない事が沢山あった。
通常業務に加えて、ニスの行動、ニスの目的、ニスの…と、ずっと頭の片隅に赤い髪の女の姿が浮かんでいた。そしてユンと話した、同居を継続してニスを探るという新たな任務。

「…気の進まない」

ぽろっと零した本音は誰にも聞こえない。内心、何も考えずただこの3人で過ごしていられればと、何度思ったか。グンカは鏡に映る腑抜けた顔をした自分を見る。部下の警備隊員に示しがつかない、情けない顔だと自嘲した。

ニスの作業を手伝おうと、手袋を外して自分の荷物が置かれている場所に仕舞うと、隣にあるニスの荷物が目に入る。今朝着ていた普段着が畳んで置いてあった。あまり見るのも悪いと思ったが、ニスは普段着位ならば隠さないので、出ている部分については2人に見えても構わないのだろう。

「……調べれば、何か手がかりがあるかもしれんな」

グンカは窓からニスの様子と、店に繋がるドアからギャリアーの様子を見て、ニスの荷物に手を伸ばした。



「ニス」

背後から呼ぶ声はグンカのもの、ニスはお帰りと言って振り向いた。

「…ただいま。手伝おう」
「…じゃあ、そっちから」

グンカはニスと反対側から庭の手入れを始める。

「……警備隊の待機所で、掲示物を見ていたな。気になるものがあったか」
「……人相書きを見た。こんな穏やかな町にも、悪い人は来るのね」

ニスはグンカの問いに答える形で、黙々と作業する。

「……見覚えのある者でも居たか」
「……さあ、同じような顔の人っていっぱいいるから」

辺りに草の匂いが立ち込める。良い匂いでもないが、夏らしい青さだ。

「……何か知っている事があったら、最初に俺に話せ」
「……何で最初?すぐに知らせなきゃならない事が起きたら?」

グンカはニスの荷物を調べられなかった。手を伸ばして止めた。
それは、この赤い髪の女に対する裏切りだと思ったから。

「……何とかしてやれるかもしれん」
「……」

ニスは草を抜こうとしていた手を止めた。規則的に聞こえていた、根っこが抜ける音が止まった事にグンカも気付いていた。伝う汗をうみかぜが冷やす。立ち上がり深く息を吐いて見渡すと、庭と海とが綺麗に見えた。

「ふー……長らく繋がれて、お前にも”情”があるからな、出来るならば助けたい」
「……そう」

ニスはそれに答えず、短い返事を返した。

2人の尽力で庭は綺麗に整えられた。
青々とした葉に日が当たり、天に向かって伸びようとする生命力が美しい。

「そろそろ終わりにするか」
「ええ…」

しかしそれを見るニスの身体に渦巻いている暗い過去は手付かず荒廃したままだ。グンカはそこに手を入れようとしている。暗にそうしたいと言ったのだ。

「ほら、掴まると良い」

グンカはニスに手を差し伸べた。その手を取って立ち上がったニスの手を引いて部屋に戻る。
作業着の中に大切に仕舞っている装飾貝が、やけに重たく感じた。


ギャリアーが店を閉めると、グンカは2人を集めて話をした。
見張りは終わったが、個人的にこの場所を気に入っている事、共同生活だと家事が分担できて一人暮らしより負担が少ない事、それと。

「…ということで、私としては、この生活を悪くないと思っている。だから…だな」

今朝に出ていくと話をして、同じ日の夕方にそれを撤回するというのは格好がつかない。恥を忍んで、という様子のグンカを見て2人は目を見合わせる。既にユンやニスによって根回しはされているので、同居に対して前向きだという情報は、知らないのはグンカだけだった。

「お前達と…その、す」
「一緒に住みたいって…」
「いいぞ」

言い淀むグンカを見かねて、ニスがギャリアーに意思を代弁する。
グンカはあっさりと許可を出したギャリアーに拍子抜けした。ユンのように変なからかいを入れてくるのではと警戒したが、2人はこれからのことを話していた。

「もし本格的に引っ越すなら色々必要だろう。見張りが終わったならずっと制服で居る訳じゃないし」
「…制服と寝間着意外見たことない」

ギャリアーとニスの前では、長い丈の制服を除いて寝間着という名の単なる夏制服に身を包んでいた。

「そうだな…必要かもしれん。最近は超過勤務をしていないし…」
「家から運ぶ?」
「一部はな…そもそも制服と寝間着位しか着替えんから、服は碌に無いな」

仕事人間のグンカのイメージ通りだとギャリアーは思った。

「…家着とかないのか?」
「ない。制服と制帽は4着程あるが」
「…買いに行く?」
「そうだな…ついでに必要な物を移動するか」
「じゃあ俺達も一緒に行けば一度で済むな。…ベッドとか大物は運ぶか?」
「いやここにある物で事足りる」
「なら…お店に行ってから家に寄る?」

3人はライア、ベンガル姉妹の服屋リリナグ・リリィに居た。行きつけの服屋も無いと言うので、市場を歩いていて目に入ったこの店に立ち寄った。閉店時間も近いが、中にはちらほらと客が居て、ライアが接客をしていた。レジには妹のベンガルが座っていて、手縫いで何かを作っている。3人が入店すると、入口のベルが鳴った。

「いらっしゃいませ。あら?」
「お婿さんにおねえさんにおにいさんじゃないですか。らっしゃいです」

レジに座っていたベンガルが3人に歩み寄って来る。店内にいた客は伝わる振動に慣れているのか、少し振り返っただけでまた服に目を落とす。

「あたしに会いに来てくれたんですか?それとも服を買いに?」

ベンガルがギャリアーとニスに抱き付く。気に入っている2人を手に入れてご機嫌だ。

「…私の服だ」
「あらおにいさんでしたか。警備隊の制服を新調するんですか?」
「いや、普段着だ。一式欲しい」

グンカの言葉に全身コーディネートのチャンスを感じたベンガルは、2人を一旦解放してポケットからメジャーを出した。

「じゃあ計っちゃいましょ。試着室にどうぞ」
「?…この場では駄目なのか」
「む。ちゃんと肌近くで採寸した方が、直し入れて綺麗にラインを見せられるんですよ」
「私も図って貰ったよ…」
「俺も前やって貰ったな…」
「なら、そうするか」

グンカはニスとギャリアーの言葉を聞いて、大人しくベンガルに従う事にした。ベンガルの何かをワキワキと掴むような手つきが気になったが。ベンガルの後をついて行こうとすると、ニスが頭を指差した。

「帽子…」
「ああ…頼む」

ニスは買い物籠と被ってきた麦わら帽子を持っていた。渡そうとしたグンカは、何処に持たせようか考えて、制帽をニスの頭に置いた。

「ん?」

ぽすん、とニスの頭を覆うグンカの制帽。つばの部分がニスの視界を遮る。隣に居るギャリアーが似合うぞ、と言って帽子を直してやった。ベンガルも可愛いです、と言って拳を握り親指を立てた。

帽子を脱いだグンカは、癖のついた髪を撫で付けて髪を整えた。

「あら…」
「むっ中々素敵じゃないですか」

初めて見るグンカの素顔に、ほうと息を漏らす大らかな姉妹。そして、仕事終わりに急いで入店して来たラン。

「た、隊長…!?」
「む…ランか」

珍しい帽子を取った姿に胸をときめかせる部下。

「せ、制帽は…破損したので?」
「いやそこにある」

グンカは帽子を持っていない、帽子の行方を探すと、隣でギャリアーと話しているニスの頭の上に見つけた。

「結構重い…」
「ちょっと俯いたら、落ちそうになるな。ニス、このままだぞ」
「かっ彼制帽っ…!?」
「?」

ランの言葉に首を傾げる2人。一方グンカは、ハッと思い当たる事があった。

彼制帽とは、警備隊内の恋人同士が、互いの制帽を密かに交換し合うという、秘密の儀式である。一時期流行ったが、帽子のサイズが合わず職務の邪魔になると判断して、禁止となった。

ランは当然だと禁止に賛同していたが、ほんの少しだけ憧れはあった。2人が秘密を共有し、愛の証として相手の名前が記された制帽を交換する。純情な部分のあるランは胸をときめかせずにいられなかった。

(く、悔しいが…似合っている…!)
「そ、そういう意味で被せたのではない!!預かると言うから、手には既に持ち物があり…っ」

慌てて誤解を解こうとするグンカ。その口先は部下への釈明では無く、帽子を被ったニスに向いている。ギャリアーが2人の動揺を面白そうに見て、警備隊の制服を指差して言った。

「制服もニスに預かって貰うか?」
「かっ彼制服まで!?」

彼制服。
警備隊制服を交換して着るという儀式だが、帽子以上にサイズが合わないので、流行らなかった、とされる。

ショックを受けてよろけるランの背をライアが支える。ライアの胃の辺りにランの後頭部が当たった。

「こっちで預かるわ、気をしっかり持って」
「お、おい大丈夫か…?」
「ランおねえさんもお久しぶりですね。採寸しましょう」

ランの周りにギャリアーと姉妹が集まって心配している。ランの反対、姉妹の背の向こうにはグンカとニスの姿が隠れている。

「ラン…どうしたんだ…?」

本当に心当たりが無い様子のグンカに、ニスは少しばかりランに同情した。

「…」

ニスは以前乾物屋の前でランと対峙した時のことを思い出す。ランがグンカを慕っていると告げた時のことを。その時はランに助言し、お膳立てまでしたニスだったが、その後手枷や見張りが不要だと証明する為に口付けを交わしてしまった。

「…」

それは言う必要のない事で、彼女を無意味に傷付ける必要はない。ニスは今ここで口止めをしておいた方がいいと判断した。何も言わずにいたら、グンカが口を滑らせてしまうかもしれない。

ニスはキョロキョロと周りを見ると、誰の視線も向いていないことを確認する。人目を盗んでグンカの服を掴み、グンカ、グンカと小さい声で呼んだ。くいくいと引かれる服の端に逆らわず、身体を傾ける。

「…なんだ」
「コソコソ話…」

自分の制帽を深く被ったニスを見下ろし目を細める。

グンカは先日のユンの内緒話で拍子抜けした。まさかまた今回も気の抜ける事を聞く羽目になるのか、と怪訝そうに耳を貸す。ニスはグンカの肩につかまり背伸びをした。コツン、とつばの部分がグンカの側頭部に当たる。すぐ後に、は…とニスが息を吸う音が聞こえた。

「あの夜の…」
「……」
「キスの事は秘密ね…?」

ニスの吐息と籠った声が耳を撫で、距離の近さを認識する。秘密という言葉の持つ甘美な響きが、聞こえた音以上に反響して、グンカの頭の中を巡る。

「…何故」

そう聞いてしまったのは、失敗だった。見張りの期間に、被疑者と身体的接触を持った事はグンカにとっても伏せておくべき事だった。

「…」

ニスは迷う。正直に言えば、ランの気持ちへの配慮。事を荒立てない為の流布の制限。

「……ギャリアーに知られたくないのか」

グンカは目元を赤く染めてニスを見下ろしている。

「何で…彼?」
「……俺個人の勘のようなものだ」

好きな男に、他の男と唇を重ねた事を知られたく無いのだと、グンカは推測した。

(思えばニスを庇ったのはギャリアー、間接的にだがギャリアーを助けたのはニスだ。引き取ると言い、それに合意した。俺の知らない関係がそこにあっても不思議では無い…)

「勘…?それはよくわからないけれど、同じ家に居るから……?」
「それもある、が」

「……貴方は言いたいの?私と…したこと」
「へ、変な間を作るな!そこは、きちんと口付けと言え…!」

「おにいさん、ランおねえさんの採寸が終わったので、おにいさんの番ですよー」
「はっ!」

ベンガルが振り向いて近い距離で何やら話している2人を見下ろす。

ニスはグンカに口止めの約束を取り付けることが出来なかった。歯痒くグンカを見送るニスの横顔を、ランが不安気に見つめていた。
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