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灼熱の初月編
第53話 恋愛相関図の登場人物達
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ユンが早朝出勤してきた時、グンカは既に着席して勤務を開始していた。夜勤の隊員から報告書を受け取り目を通している。ユンが挨拶をして詰所に入ると隊員達が挨拶を返す。詰所の席は、隊長及び指揮代行担当隊員が一番奥の席、隊長補佐がその横の席と決まっている。今日ユンが座るのはグンカの隣。
「おはようございま~す」
「う、うむ……おはよう」
「……」
ユンはグンカの態度に違和感を覚える。一度目線が合ったと思ったらすぐに逸れ、落ち着きなく視線を泳がせている。ユンとグンカは看守時代からの長い付き合いである。人の変化を敏感に察知する性分のユンは、グンカのわかりやすい変化など手に取るようにわかる。
「様子がおかしいわね~グンカ君」
「な、何の事だ…?」
「あたしが来るまでは普通だったわよね~?何を考えているの~?」
「いや……」
ユンは詰所の時計を見た。まだ勤務開始には15分の猶予がある。
「…尋問しま~す」
「は?」
「まだ勤務開始まで時間があるでしょ~?同じ勤務なんだから当然よね~」
ユンは取調室の鍵を取ると、グンカの腕を引っ張って立たせる。弱々しく抗議するグンカと共に取調室に入り椅子に座らせた。
「昨日までは特に変わった様子はなかった。グンカ君の昨日の退勤時間は確か午後7時。あたしが退勤したのは午後4時、とするとこの時間差の3時間に何か警備隊で見聞きしたのか、それとも退勤後からこの早朝にかけてか…。ランの様子も、今詰所にいる隊員達も変わりない、という事は……お家ね?」
グンカの肩が跳ねた。取調では容疑者の様子から読み取れる事もある。
「ゼリー、食べたわよね?」
「…美味だった」
「どこまで話を聞いたのかしら~?」
ユンはニコニコとしてグンカを問い詰める。
「……ギャリアーに振られ」
しかし街の平和を守る警備隊も人の子、冷静でいられない時もある。ん~?と言ってグンカの顔を覗き込むユン。失言だったかと言葉を改めた。
「……元恋人だったと聞いた」
「それだけ~?」
「……ニスが来る少し前に別れたと」
「ふ~~~~ん」
ユンはまだグンカに疑いの微笑みを向けている。しかし、グンカの証言は本当で、それ以上には聞いていない、と言う事にした。真実、馴れ初めの様な物は触りだけ聞いた。
「……ニスから聞いた?」
「いや、本人から…」
「え、ギャリアーから?」
貼り付けたような笑みから一転、ユンは自然な表情に戻った。
「?……ああ」
「……あまり、話したくないんだと思ってた」
ユンは急に立ち上がると、取調室のドアの鍵を開け、嬉しそうな顔で振り返る。
「釈放です!」
「気味が悪い…」
「あたしの気持ちには気付いてそうでした?」
「…まあ」
「秘密にしてるのやめたって、彼言ってました?」
「元々秘密でなく、ただ話さなかっただけだと言っていたが…」
「じゃあ…これからは公表して良いんですね?」
「何を」
「あたしがギャリアーと元恋人で、まだ好きだって事」
グンカは面倒な事になりそうだと、早々に取調室を脱出しようと試みた。しかし再びガチャンと音を立てて施錠されてしまった。
「隊長、交換条件と行きませんか?」
「俺は可笑しな取引などせん」
「可笑しくないですよ~、ただお互い好きな相手を射止める為に協力体制を組もうって言ってるんです」
「……そんな相手は居ない」
深く帽子を被り直し、ユンの視線から逃れようとする。
しかしそれは遅く、ユンは何かを察していた。
「あ、なら良い子紹介しますよ~!あたしのい…」
「結構だ」
妹とか、そう言い切る前にユンの手から鍵を奪ったグンカは、あっという間に自分の席に逃げて行ってしまった。残されたユンは、目論見が外れたと少しだけ残念がる。
「早くあの子を誰かとくっつけたいんだけどね~」
ユンの中で今一番のライバル、ギャリアーと共に住む赤い髪の女。どうにかして、出来れば妹ランの意向も考慮して、ギャリアーを巡る恋愛相関図から脱出させたい。正直、ベンガルの事は敵としてユンは認識していない。婚約者の真似事を楽しんでいるただの子ども、ユンと違ってギャリアーに特別好意を抱いているとは感じられなかった。
「あっそろそろ朝礼の時間!」
ユンは肩に羽織っていた警備隊の制服を着用し、待機所に戻っていく。
本日は朝から出動が重なり、現在待機所に居るのは数名の隊員と指揮をするグンカだけになった。その残りの隊員は観光客への道案内に忙しくしている。
「……」
グンカは引き出しの中にある中身を改めていない封筒を取り出した。サブリナへ観劇に行く前に届いた封筒は、手付かずのままそこにある。明日より始まるサブリナ警備隊との合同訓練の前にはっきりさせておきたかった。共用文具の箱から鋏を手に取り、トントンと机に封筒を落とす。光に透かして中身の紙が封筒の端から離れているのを確認すると、手に持った鋏で端を綺麗に切り取った。中を見ると、2枚の折りたたまれた紙が入っていた。
「これが…結果」
グンカはまず一枚目の紙を読んだ。
まず、警備隊内の有する検査機器では、毒かどうかの判断がつかなかったとある。
「……ふう」
それに何故だかほっとした心地になりながら続きを読む。
「毒物の専門家に依頼……その結果を同封する…」
1枚目の最後には検査を依頼した警備隊外の有識者の名前と簡単な経歴が書かれていた。中央の研究所に所属する博士で、まだ世間的に有名でない毒物に関する知識や、研究途中で未発表のデータを豊富に持っているらしい。世界各地を飛び回り、フィールドワークとの兼ね合いもある為、この一枚目の紙を博士に託し、検査結果が出たらこの紙を添えて送って貰うよう話が付いている、と前半部分に記されてあった。
「この…二枚目に…」
グンカはそっと一枚目の紙を捲った。
「む!?」
そこには大雑把な直筆の文字が書いてあった。
「検査結果は…リリナグで発表します…?」
近いうちリリナグの近くに寄る予定があるので、もう少し待ってほしいと言葉が綴られている。グンカは、封筒に押されている判子の日付を見ると、1週間ほど前に配達人が受け付けたようであった。受付場所はサブリナから数日掛かって辿り着ける僻地。直筆の下には、灼熱の3か月のどこかにはリリナグに寄ると付け加えられている。
「…つまり今月から再来月のどこかでいらっしゃるという事か。出来るだけ私が対応したいところだが……皆に周知しておくか」
ユンはリリナグの町の見回りに出ていた。祭典を来月に控え、だんだんと店の軒下に二色の紐で編んだ飾りが増え始めて、祭りの気配を感じるようになってきた。学校はこの灼熱の3か月間の初月半ばからは夏休みとなり、最後の月の初め頃まで、日中に子どもたちが町中で遊んでいる光景がそこかしこで見られるようになる。この時期注意しなければいけないのが、子どもの安全である。海水浴や川遊び等の水の危険に、観光シーズンで町に見知らぬ人が増え、その中に子ども達を狙う輩もいる。夏休み前の講習会で口酸っぱく注意はするが、長期休暇に浮かれて身に染みていない子が多い。この季節、警備隊はフル稼働である。
「ふう~あっつい……日焼け止め塗っていなかったら、午後にはもう皮膚がひりひりね~…」
「むー!どいてくださいー!」
「ん?あれは…」
通りの先に人混みが出来ていた。
誰よりも目立つ服屋の大きな子どもが、カバーが掛けられた平らな何かを上に掲げて周りを囲まれていた。
「今大事な物を運搬中です!通してください~!」
物珍しさから彼女に向かって人が集まってくる。人が彼女を中心として集まりすぎて、その巨体がよろけそうになるが、彼女は足で踏ん張って何とか堪えた。近くを取り巻く人々は彼女に矢継ぎ早の質問をしていたが、後ろから前に押されておしくらまんじゅうになっている。
「お洋服、揉みくちゃになっちゃう……くすん」
大人に見えても15歳の少女。張り切って作って、やっとの事で完成させた洋服を見て貰おうと、身に付けて出掛けた矢先に囲まれてしまった。手に持っているのは、借り物のワンピース。それを汚したり破ってはいけないと、唯一安全な宙に避難させている。困り果てた少女を救ったのは警笛の音だった。ピーッと耳を劈く音が聞こえ、周囲が音の出所の方を見た。
「はーい、どいてね~警備隊です~」
「あっ…警備隊のおねえさん……」
「囲まれたらびっくりしちゃうでしょ~?皆さん道を開けてあげてくださーい!そこの方、彼女の同意無く触ったら逮捕しますよ~?離れて~」
警備隊と逮捕という言葉に、民衆はいそいそと2人から離れて道を開けた。洋服のふんわりとしていたラインが平らになってしまって、しゅん、とした少女に手招きして自分の後ろを歩かせる。
「何処に行くの?」
「おねえさんとお婿さんの家に…」
「送って行ってあげる。…それ、日傘?」
ユンは少女の腕に掛けられたレースの傘を指差した。
「はい。人混みに入っちゃって畳んだんです…このカバーの中に入ったお洋服を落とさないように」
「あたしが差すから、貴女はしっかりお洋服持っていなさい」
「ありがとうです……おねえさん」
「ユンよ。ニスも同じ呼び方でしょ?」
「はい…ユンおねえさん。あたしの事は、ベンガルちゃんでいいですよ」
2人は同じ傘の下、海辺に向かって歩いてゆく。ベンガルに興味を持つ人々は、警備隊が一緒の為おいそれと近づくことが出来ない。日差しが振り注ぐ中、2人は恋の話を始める。
「おねえさんは、お婿さんの事が好きなんですか?」
「直球ね~……好きよ」
「お婿さんのどこが好きですか?」
「う~ん…優しくて、繊細で…ちょっと抜けてるとこ」
「確かに優しいです!膝枕もしてくれるし、頭を撫ででくれます」
ユンはベンガルがちょっと羨ましく思った。
「ママが15歳だったら絶対好きになってるとのお墨付きですもの!」
「……ママは何歳?結婚してる?」
「ご心配なく!パパとママは仲良しですから、お婿さん争奪バトルに参戦してきませんよ」
「ならいいのだけど~」
「そういえば、この間…」
ギャリアーを巡る相関図の登場人物たちが恋の話に花を咲かせていると、時間は12時を過ぎていた。ユンは出先で食事をしてくると予め報告しているので、どうせなら喫茶うみかぜで食べて行く心算だとベンガルに話す。するとベンガルは、リュックから可愛らしいがま口財布を取り出して紙幣を一枚、小銭を数枚見せた。
「じゃーん!おねえさんの所にお届けに行くので、お昼ご飯代をママから貰いました!これでお任せうみかぜランチデザート付が食べられます!」
「あれ?1500じゃなかった?」
「学校頑張ってる割引で200程割引してくれるのです」
「若いっていいわね~」
ユンはうみかぜの前で、ギャリアー宅に服を届ける予定のベンガルと別れ、店の扉を開けた。
「あっユンちゃんいらっしゃ~い!」
忙しく配膳するチャムが元気にユンを迎えた。だが、生憎席は埋まっているようで、ユンが少し後に来ると言うと、チャムは少し待つように言い、ある一席に座る客に声を掛けた。
「ユンちゃん、こっち相席いいって!」
「いえ、私は後でいいのよ~?」
「大丈夫大丈夫!」
ユンが遠慮していると、その相席の人物が身体を横にずらして振り向いた。
「よ」
「ギャリアー」
パッと顔が明るくなるユンに周りの客達は見惚れる。そしてその表情を向けられている相手を羨ましそうに見た。
「今日はここで?」
「ああ。ニスと一緒にな」
「……そう。彼女は?姿が見えないけれど」
「日が高くなってきたから花壇に水遣りしてから来るって」
テーブルの上には、ギャリアーの座る席とその隣の席にコップが置かれている。そこはきっとニスに用意された席なのだろう。
「隣、座るわね」
ユンはギャリアーが何か言う前に席に腰を下ろした。そしてギャリアーの前に手を伸ばして、向こう側にあるメニューを手に取った。
「あれ?ユンちゃん、そこ座る?」
「ええ、もう水が用意されていたし、ニスにはその冷えたのを出してあげて」
「これ?これはユンちゃんのだよ」
「…お前の前にある水は私の分だ」
よく知った声が背後から聞こえてきて、折角の2人きりの時間が終わってしまい内心で嘆くユン。
「グンカ君、来てたの」
「…ここの近くの住人の忘れ物を届けてな、予定には無かったがここで昼を済ませる事にした」
「おねえさん、席いっぱいです!どうしましょう」
「席、取っててくれるから大丈夫…あそこ」
2人の声が聞こえると、ギャリアーは立ち上がり手を振った。最終的に4人席に5人が座ることとなり、ギャリアーとユン、ベンガルとグンカ、そして通路に面した席にニスが座った。
「あたしはデザート付きランチお願いします!」
「ギャリアー、これ食べたことある~?」
「ん?無いな……」
(この2人が元恋人同士だったとはな…)
「グンカ君、何かしら~?」
「いや…」
「真ん中で…足、当たっちゃうけど、いい?」
「大丈夫だよ」
5人の昼食会は一部水面下での暗躍もありながら、和気藹々とした時間となった。
「おはようございま~す」
「う、うむ……おはよう」
「……」
ユンはグンカの態度に違和感を覚える。一度目線が合ったと思ったらすぐに逸れ、落ち着きなく視線を泳がせている。ユンとグンカは看守時代からの長い付き合いである。人の変化を敏感に察知する性分のユンは、グンカのわかりやすい変化など手に取るようにわかる。
「様子がおかしいわね~グンカ君」
「な、何の事だ…?」
「あたしが来るまでは普通だったわよね~?何を考えているの~?」
「いや……」
ユンは詰所の時計を見た。まだ勤務開始には15分の猶予がある。
「…尋問しま~す」
「は?」
「まだ勤務開始まで時間があるでしょ~?同じ勤務なんだから当然よね~」
ユンは取調室の鍵を取ると、グンカの腕を引っ張って立たせる。弱々しく抗議するグンカと共に取調室に入り椅子に座らせた。
「昨日までは特に変わった様子はなかった。グンカ君の昨日の退勤時間は確か午後7時。あたしが退勤したのは午後4時、とするとこの時間差の3時間に何か警備隊で見聞きしたのか、それとも退勤後からこの早朝にかけてか…。ランの様子も、今詰所にいる隊員達も変わりない、という事は……お家ね?」
グンカの肩が跳ねた。取調では容疑者の様子から読み取れる事もある。
「ゼリー、食べたわよね?」
「…美味だった」
「どこまで話を聞いたのかしら~?」
ユンはニコニコとしてグンカを問い詰める。
「……ギャリアーに振られ」
しかし街の平和を守る警備隊も人の子、冷静でいられない時もある。ん~?と言ってグンカの顔を覗き込むユン。失言だったかと言葉を改めた。
「……元恋人だったと聞いた」
「それだけ~?」
「……ニスが来る少し前に別れたと」
「ふ~~~~ん」
ユンはまだグンカに疑いの微笑みを向けている。しかし、グンカの証言は本当で、それ以上には聞いていない、と言う事にした。真実、馴れ初めの様な物は触りだけ聞いた。
「……ニスから聞いた?」
「いや、本人から…」
「え、ギャリアーから?」
貼り付けたような笑みから一転、ユンは自然な表情に戻った。
「?……ああ」
「……あまり、話したくないんだと思ってた」
ユンは急に立ち上がると、取調室のドアの鍵を開け、嬉しそうな顔で振り返る。
「釈放です!」
「気味が悪い…」
「あたしの気持ちには気付いてそうでした?」
「…まあ」
「秘密にしてるのやめたって、彼言ってました?」
「元々秘密でなく、ただ話さなかっただけだと言っていたが…」
「じゃあ…これからは公表して良いんですね?」
「何を」
「あたしがギャリアーと元恋人で、まだ好きだって事」
グンカは面倒な事になりそうだと、早々に取調室を脱出しようと試みた。しかし再びガチャンと音を立てて施錠されてしまった。
「隊長、交換条件と行きませんか?」
「俺は可笑しな取引などせん」
「可笑しくないですよ~、ただお互い好きな相手を射止める為に協力体制を組もうって言ってるんです」
「……そんな相手は居ない」
深く帽子を被り直し、ユンの視線から逃れようとする。
しかしそれは遅く、ユンは何かを察していた。
「あ、なら良い子紹介しますよ~!あたしのい…」
「結構だ」
妹とか、そう言い切る前にユンの手から鍵を奪ったグンカは、あっという間に自分の席に逃げて行ってしまった。残されたユンは、目論見が外れたと少しだけ残念がる。
「早くあの子を誰かとくっつけたいんだけどね~」
ユンの中で今一番のライバル、ギャリアーと共に住む赤い髪の女。どうにかして、出来れば妹ランの意向も考慮して、ギャリアーを巡る恋愛相関図から脱出させたい。正直、ベンガルの事は敵としてユンは認識していない。婚約者の真似事を楽しんでいるただの子ども、ユンと違ってギャリアーに特別好意を抱いているとは感じられなかった。
「あっそろそろ朝礼の時間!」
ユンは肩に羽織っていた警備隊の制服を着用し、待機所に戻っていく。
本日は朝から出動が重なり、現在待機所に居るのは数名の隊員と指揮をするグンカだけになった。その残りの隊員は観光客への道案内に忙しくしている。
「……」
グンカは引き出しの中にある中身を改めていない封筒を取り出した。サブリナへ観劇に行く前に届いた封筒は、手付かずのままそこにある。明日より始まるサブリナ警備隊との合同訓練の前にはっきりさせておきたかった。共用文具の箱から鋏を手に取り、トントンと机に封筒を落とす。光に透かして中身の紙が封筒の端から離れているのを確認すると、手に持った鋏で端を綺麗に切り取った。中を見ると、2枚の折りたたまれた紙が入っていた。
「これが…結果」
グンカはまず一枚目の紙を読んだ。
まず、警備隊内の有する検査機器では、毒かどうかの判断がつかなかったとある。
「……ふう」
それに何故だかほっとした心地になりながら続きを読む。
「毒物の専門家に依頼……その結果を同封する…」
1枚目の最後には検査を依頼した警備隊外の有識者の名前と簡単な経歴が書かれていた。中央の研究所に所属する博士で、まだ世間的に有名でない毒物に関する知識や、研究途中で未発表のデータを豊富に持っているらしい。世界各地を飛び回り、フィールドワークとの兼ね合いもある為、この一枚目の紙を博士に託し、検査結果が出たらこの紙を添えて送って貰うよう話が付いている、と前半部分に記されてあった。
「この…二枚目に…」
グンカはそっと一枚目の紙を捲った。
「む!?」
そこには大雑把な直筆の文字が書いてあった。
「検査結果は…リリナグで発表します…?」
近いうちリリナグの近くに寄る予定があるので、もう少し待ってほしいと言葉が綴られている。グンカは、封筒に押されている判子の日付を見ると、1週間ほど前に配達人が受け付けたようであった。受付場所はサブリナから数日掛かって辿り着ける僻地。直筆の下には、灼熱の3か月のどこかにはリリナグに寄ると付け加えられている。
「…つまり今月から再来月のどこかでいらっしゃるという事か。出来るだけ私が対応したいところだが……皆に周知しておくか」
ユンはリリナグの町の見回りに出ていた。祭典を来月に控え、だんだんと店の軒下に二色の紐で編んだ飾りが増え始めて、祭りの気配を感じるようになってきた。学校はこの灼熱の3か月間の初月半ばからは夏休みとなり、最後の月の初め頃まで、日中に子どもたちが町中で遊んでいる光景がそこかしこで見られるようになる。この時期注意しなければいけないのが、子どもの安全である。海水浴や川遊び等の水の危険に、観光シーズンで町に見知らぬ人が増え、その中に子ども達を狙う輩もいる。夏休み前の講習会で口酸っぱく注意はするが、長期休暇に浮かれて身に染みていない子が多い。この季節、警備隊はフル稼働である。
「ふう~あっつい……日焼け止め塗っていなかったら、午後にはもう皮膚がひりひりね~…」
「むー!どいてくださいー!」
「ん?あれは…」
通りの先に人混みが出来ていた。
誰よりも目立つ服屋の大きな子どもが、カバーが掛けられた平らな何かを上に掲げて周りを囲まれていた。
「今大事な物を運搬中です!通してください~!」
物珍しさから彼女に向かって人が集まってくる。人が彼女を中心として集まりすぎて、その巨体がよろけそうになるが、彼女は足で踏ん張って何とか堪えた。近くを取り巻く人々は彼女に矢継ぎ早の質問をしていたが、後ろから前に押されておしくらまんじゅうになっている。
「お洋服、揉みくちゃになっちゃう……くすん」
大人に見えても15歳の少女。張り切って作って、やっとの事で完成させた洋服を見て貰おうと、身に付けて出掛けた矢先に囲まれてしまった。手に持っているのは、借り物のワンピース。それを汚したり破ってはいけないと、唯一安全な宙に避難させている。困り果てた少女を救ったのは警笛の音だった。ピーッと耳を劈く音が聞こえ、周囲が音の出所の方を見た。
「はーい、どいてね~警備隊です~」
「あっ…警備隊のおねえさん……」
「囲まれたらびっくりしちゃうでしょ~?皆さん道を開けてあげてくださーい!そこの方、彼女の同意無く触ったら逮捕しますよ~?離れて~」
警備隊と逮捕という言葉に、民衆はいそいそと2人から離れて道を開けた。洋服のふんわりとしていたラインが平らになってしまって、しゅん、とした少女に手招きして自分の後ろを歩かせる。
「何処に行くの?」
「おねえさんとお婿さんの家に…」
「送って行ってあげる。…それ、日傘?」
ユンは少女の腕に掛けられたレースの傘を指差した。
「はい。人混みに入っちゃって畳んだんです…このカバーの中に入ったお洋服を落とさないように」
「あたしが差すから、貴女はしっかりお洋服持っていなさい」
「ありがとうです……おねえさん」
「ユンよ。ニスも同じ呼び方でしょ?」
「はい…ユンおねえさん。あたしの事は、ベンガルちゃんでいいですよ」
2人は同じ傘の下、海辺に向かって歩いてゆく。ベンガルに興味を持つ人々は、警備隊が一緒の為おいそれと近づくことが出来ない。日差しが振り注ぐ中、2人は恋の話を始める。
「おねえさんは、お婿さんの事が好きなんですか?」
「直球ね~……好きよ」
「お婿さんのどこが好きですか?」
「う~ん…優しくて、繊細で…ちょっと抜けてるとこ」
「確かに優しいです!膝枕もしてくれるし、頭を撫ででくれます」
ユンはベンガルがちょっと羨ましく思った。
「ママが15歳だったら絶対好きになってるとのお墨付きですもの!」
「……ママは何歳?結婚してる?」
「ご心配なく!パパとママは仲良しですから、お婿さん争奪バトルに参戦してきませんよ」
「ならいいのだけど~」
「そういえば、この間…」
ギャリアーを巡る相関図の登場人物たちが恋の話に花を咲かせていると、時間は12時を過ぎていた。ユンは出先で食事をしてくると予め報告しているので、どうせなら喫茶うみかぜで食べて行く心算だとベンガルに話す。するとベンガルは、リュックから可愛らしいがま口財布を取り出して紙幣を一枚、小銭を数枚見せた。
「じゃーん!おねえさんの所にお届けに行くので、お昼ご飯代をママから貰いました!これでお任せうみかぜランチデザート付が食べられます!」
「あれ?1500じゃなかった?」
「学校頑張ってる割引で200程割引してくれるのです」
「若いっていいわね~」
ユンはうみかぜの前で、ギャリアー宅に服を届ける予定のベンガルと別れ、店の扉を開けた。
「あっユンちゃんいらっしゃ~い!」
忙しく配膳するチャムが元気にユンを迎えた。だが、生憎席は埋まっているようで、ユンが少し後に来ると言うと、チャムは少し待つように言い、ある一席に座る客に声を掛けた。
「ユンちゃん、こっち相席いいって!」
「いえ、私は後でいいのよ~?」
「大丈夫大丈夫!」
ユンが遠慮していると、その相席の人物が身体を横にずらして振り向いた。
「よ」
「ギャリアー」
パッと顔が明るくなるユンに周りの客達は見惚れる。そしてその表情を向けられている相手を羨ましそうに見た。
「今日はここで?」
「ああ。ニスと一緒にな」
「……そう。彼女は?姿が見えないけれど」
「日が高くなってきたから花壇に水遣りしてから来るって」
テーブルの上には、ギャリアーの座る席とその隣の席にコップが置かれている。そこはきっとニスに用意された席なのだろう。
「隣、座るわね」
ユンはギャリアーが何か言う前に席に腰を下ろした。そしてギャリアーの前に手を伸ばして、向こう側にあるメニューを手に取った。
「あれ?ユンちゃん、そこ座る?」
「ええ、もう水が用意されていたし、ニスにはその冷えたのを出してあげて」
「これ?これはユンちゃんのだよ」
「…お前の前にある水は私の分だ」
よく知った声が背後から聞こえてきて、折角の2人きりの時間が終わってしまい内心で嘆くユン。
「グンカ君、来てたの」
「…ここの近くの住人の忘れ物を届けてな、予定には無かったがここで昼を済ませる事にした」
「おねえさん、席いっぱいです!どうしましょう」
「席、取っててくれるから大丈夫…あそこ」
2人の声が聞こえると、ギャリアーは立ち上がり手を振った。最終的に4人席に5人が座ることとなり、ギャリアーとユン、ベンガルとグンカ、そして通路に面した席にニスが座った。
「あたしはデザート付きランチお願いします!」
「ギャリアー、これ食べたことある~?」
「ん?無いな……」
(この2人が元恋人同士だったとはな…)
「グンカ君、何かしら~?」
「いや…」
「真ん中で…足、当たっちゃうけど、いい?」
「大丈夫だよ」
5人の昼食会は一部水面下での暗躍もありながら、和気藹々とした時間となった。
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