ベノムリップス

ど三一

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灼熱の初月編

第54話 合同訓練前夜

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いよいよ明日に控えた合同訓練。
警備隊リリナグ支部の隊長であるグンカは、その準備の為夜遅くに帰宅した。

「お帰り…」
「ただいま帰った」

ギャリアーは明日朝早く起きて、オーダーメイドの追加依頼を熟す予定があるので一足先に床に着いた。ニスは風呂上がりで髪を乾かした所で、ふわふわになった髪を頭の上の方で縛っている。

「今夜は冷たいサラダ麺……お風呂先に入る?食べる?」
「そうだな…先に汗を流してくる」

鞄を所定の位置に置き、制服の上をハンガーに掛けた。猛暑仕様の制服は通気性が良く、速乾性なので、自宅での手洗いも簡単な為、猛暑の間は毎日手洗いした制服を着用している。ストックは2着だが、それで十分に足りている。ニスに洗っておこうかと聞かれたが、グンカは丁重に断り、風呂上がりに自分で洗って部屋に干している。

(明日の来賓席の予備は……出動が重なった場合の人員の再配置……メディア対応……一般見学者の整理誘導……)

シャワーを浴びながら、明日の合同訓練に向けての対応について頭の中で確認する。短時間に各部門少数参加での訓練の予定が、サブリナ警備隊側の来賓の意向で、来賓、一般見学者を交えることとなり、ただでさえ忙しい時期であるのに、人員を多く割かれる事になった。

(サブリナとリリナグの友好をアピールする為とは……よく言ったものだ)

意向の来賓とはサブリナ町長。このリリナグに辿り着くルートは、サブリナを通る以外にもう一つあり、特に観光シーズンに入るとそちらのルートからの観光客が増加する。そちらの観光客もサブリナに引っ張りたいという思惑があるのだろう、と広報担当の警備隊員が話していた。現に警備隊が所有する訓練用地を一部開放し、サブリナの特産品や工芸を紹介する区画とするよう許可を求めてきた。お陰でリリナグ警備隊もサブリナ警備隊も、繁忙期に余計に人を駆り出さなければならなくなった。

(……そういえば、まだ2色紐の飾りを作っていなかったな)

明日より警備隊は全員着用と会議で決まっていた。合同訓練に関わる対応に追われ、そちらを失念していた。

風呂から上がり着替えると、頭にタオルを置いて脱衣所から出た。台所ではニスがアイスピックを持って、塊の氷をカリカリと削ってつゆに入れていた。脱衣所の扉が開いた音を聞いて、纏められた赤い髪を揺らしてニスが振り返った。

「すぐ食べられる…?」
「ああ、すまんな」

グンカは自分の鞄から2色紐を取り出して寝間着のポケットに入れた。食事後に説明書きを読みながら仕上げるつもりだ。

ギャリアーのベッドの方を見ると、体は静かに上下して寝入っているようだった。なるべく静かにしなければならないと声を抑えた。

ニスはグンカの夕食をテーブルに置いた。

「どうぞ」

フレッシュサラダの乗った麺が入った深い器と、氷の入った多めのつゆ、湯気が出ているイカと芋の煮物、カットフルーツ。グンカが食べ始めると、冷たい水の入ったコップを2つテーブルに置いた。

ニスは隣にちょこんと座って、グンカのポケットに入っている紐より太く長い2色紐を取り出した。そして何か記された用紙を出して、その2色の紐を編んでいく。グンカは食事しながら、紐について聞く。

「それはどうした?」
「去年この店で飾ったもの。ほつれていたから、解いて最初から編み直すの…幸い編み方指南の紙もあったから……出来上がったら飾るつもり」

ニスは説明書きを少し読み、その指示に従って少しずつ編んで形を作る。その手つきは迷いなく、輪っか部分が均等になるように意識して、ズレがあれば調整している。グンカは器用な物だと思いながら、イカと芋を一つずつ口に入れて咀嚼した。

「あ……おかわりもあるから…イカと芋はすぐ出せる…麺は茹でるのに時間が少しかかる」
「いや、もう眠るだけだからな、これで十分だ」
「…美味しい?」
「ああ」
「良かった」

その会話の最後、グンカの短く素っ気ない返事に、ニスが微笑んだような気がした。やんわりと口の端を上げ、グンカを見た。その後は黙々と編み込みに集中して、顔を上げたのはグンカの食事が終わり片付けをしようという時だった。後でギャリアーに聞いた所、今夜はチャムのレシピに頼らずに夕飯を作ったと話していた。グンカは、それならばあの時、美味しいと口に出してやれば良かったと少し後悔した。

食器を重ねる音にニスが顔を上げ、自分がと立ちあがろうとする。

「俺がやる、大丈夫だ」
「でも、制服も洗わないとだから、眠るの遅くなっちゃう…」
「…なら、これを任されてくれるか?」

グンカはシンクに食器を置いて、ポケットから2色紐を出してテーブルに置く。

「これ、この前の」
「明日にはこれを完成させた物を付けて勤務しなければいけない。こちらを頼めるか」
「ええ…編み方は、同じで良いの?」
「こちらも説明書きがある。持ってくるから、少し待て」

鞄から四つに折り畳まれた説明書きを取り出しニスに渡す。

「明日までに出来そうか?」
「5分…位で出来ると思う」
「頼む」

グンカは静かに食器を洗う。きゅっきゅっと擦る音が台所で聞こえ、シュルシュルと紐同士が擦れる音がテーブルの方から聞こえる。夜の静かな部屋で、お互いの作業の音に耳を傾けている。カチャ、カチャ、シュル…と不規則が規則的に繰り返し、多忙で興奮気味だった脳が落ち着いてくる。優しく、穏やかな時間だった。

グンカが片付けまで済ませた頃、ニスもグンカの2色紐を編み終わった。仕上がった飾りをニスが光に照らして形を見る。

「うん…綺麗に出来た」
「器用だな……」

隣に座りニスの手にある飾りを一緒に見る。淡いオレンジの光が、床に飾りの影を作る。それを指差すと、ニスはくるくると飾りを回転させて、影の美しさを心なしか楽しげに眺めていた。

「お前はまだ起きているのか?」
「これ、もう少しだから仕上げたくて……でも眩しくて眠れない?」
「いや…寝つきはいい方だからな、灯りは関係ない。……」

美しく組まれた2色の紐。柔らかそうな指先が薄光に照らされ艶かしく陰影を形作る。その指に少しずつ編み上げられていく様をぼんやりと眺めてしまう。

「……完成するまで、隣で見ていてもいいか?」
「?…ええ、それはいいけれど…明日も早いのでしょう…?」
「今日は少々疲れた……お前が編むのを、見ていたい気分なんだ……」
「……わかった。明日時間まで寝ていたら、起こしてあげる」

グンカは作業を再開したニスの方に身体を向けて、テーブルに肘をつく。手で頰を支え、ニスとその指先を視界に収める。

「……」
「……」

2人に言葉はない。2色の紐が絡み合い、シュルシュルと静かに擦れ合って、形を成してゆく。



こちらは合同訓練と移送を控えたサブリナ警備隊刑事部門長のハナミと、移送されるバッツが檻を挟んで向かい合って食事をしていた。

「ハナミさん、俺が言うのも何だけどさぁ…」
「あ?何だよ」

バッツはハナミの片手にある夕飯を見て、自分の用意された夕飯を見た。

「捕まってる俺の方がイイもん食ってるとか…警備隊刑事部門長って薄給なの?」
「うるせえな…俺は料理出来ねえんだよ。それと…お前らみたいな者が、定期的に出てくるから碌に仕事もサボれねえ。だからカビかけの硬いパンを仕方なく食べてるんだよ」

勾留中の食事は警備隊が用意する。メニューは主食のパンに、メインディッシュ、サラダ、スープ。対してハナミはカビかけの硬いパン。外は暑く、買いに走るのも面倒だと家の冷蔵庫にあったパンを持参した。バッツは、よく見たら黒く変色した部分があるパンを見て吐き気を催してきた。

「おえ……新手の拷問かよ……、ハナミさんそこ腐ってるって」
「どこ?」
「ここ、ここ」
「……怪しいとこ千切ってきたんだけどな、まだあったか」

ハナミは黒い場所を千切り、失礼と言って格子窓の外に投げた。バッツはその品の無さに辟易した。

「仮にも長と付く地位だろ?」

責めるように言うバッツに、ハナミは気にしたところなく、また黒い場所を見つけて投げる。

「他の生き物にお裾分けだ」
「…この牢の外、やたら鳥の溜まり場になってると思ったら、アンタのせいだったのか」
「ハハ、鳥達が恋しいならもっと居てもいいぞ?幾らでも撒いてやる」
「勘弁してくれ。俺は明日、華やかなリリナグに移動できるんだ。美しい港町、開放的な女の子達、自由の謳歌……はまだ先だが」

バッツは解放後の夢の生活を想像して、豆のスープを一口。今日の食事担当は、刑事のあの子だとわかり、美味そうに口に運ぶ。刑事によって料理の腕の差があり、1番美味かったのがこの料理を作った刑事。逆に不味かったのが目の前にいるハナミだ。律儀に刑事部門長まで食事担当をやらせなくとも、と他の刑事に抗議したが、本人がやると言ったので…と聞く耳持たずだった。

「はぁ~漸く偶にある拷問のような食事から解放される…移送服役の方がマシだ…」
「失礼な奴だな」
「ちゃんと味見したか?」
「してない。不味いに決まってんだろ、俺料理した事ねぇし」

ハナミは悪びれもせず、不味そうにパンを齧り咀嚼する。正直、こんな味だったか?と疑問を持ちながら腹に入れていた。だから、腐っていないだけマシだろと、バッツの抗議を受けてもどこ吹く風だ。

「…飯交換しねえか?」
「するわけ無いだろ!俺を殺す気か!」

ハナミは残念そうにパンを齧った。久しくバランスのいい食事にありつけていない。

「そうだ、明日は朝の10時にココ出発に決まったからな」
「えっじゃあ昼食はリリナグ?」
「そうだ」
「順番的に明日の昼の食事担当ハナミさんだろ?良かったぁ~マシなもん食えて」

安堵するバッツに、密かにほくそ笑むハナミ。明日は合同訓練の兼ね合いもあり、食事担当が前倒しになった事を知らずにはしゃいでいる。

「因みに…明日のメニューは魚の煮物に、貝のスープ、キャベツを焼いたのだ。主食は同じ」
「へえ、楽しみだな」

ハナミは下処理という言葉を知らない。唯一マシな料理がキャベツになるとは、ハナミもバッツも想像にできなかった。

「リリナグに行ったら、俺よりもーっと厳しい警備隊の隊長さんが待ってるからな?」
「ああ、あの人だろ?融通が効かなそうな感じの。それより…」

バッツが助平そうな顔になった。女好きの血が騒ぎ出した証拠である。

「ここらの警備隊っていったら、ユンちゃんとランちゃんの美人双子姉妹だろっ!?まだリリナグに居る?」
「さあ…?俺は最近ずっとお前に付きっきりだからなぁ…あちらの事情はわからん」

ハナミは今回バッツが逮捕された経緯を思い出していた。バッツが女漁りにバーに立ち寄った所、どうにも好みの真ん中のような女が居たらしい。早速お近づきになろうとするバッツに、女は連れがいるからと断ったらしいのだ。それでも強引に飲もうと誘ってくるバッツの手を振り解こうとして、転んで怪我をした。連れが警備隊に報告して、バッツは逮捕。見当を付けた相手に執着するタイプ。2人の事はその所在を明らかにしない方がいいと判断した。運良く2人が会わずに済むように願って。

「前見かけたんだけど、俺その時忙しくて声掛けそびれちゃったんだよ~。釈放されたら2人と仲良くしたいなぁ」
「…お前と親しい女は、リリナグに居ねえのか?」
「少し付き合った子なら結構居るが、今は遊びたい気分なんだよ」

ハナミはニスの話をバッツにすべきかどうか慎重に考える。同じシリーズのワンピースを所持していた赤い髪の女は、バッツにとって客か、共犯者か、問いただすにはリスクがある。

「何、ハナミさん。リリナグに狙ってる子でもいんの?俺の元恋人じゃないかって気にしてる?」

ニヤニヤと下品に笑うバッツの顔を組んだ足で蹴ってやりたかったが、それは抑えた。部下が我慢している手前、自分が問題を起こす訳にはいかない。せめて逮捕時に誰かとわからないように、強かに蹴り飛ばして…と完全犯罪を目論む。バッツには、蹴られても仕方ない程の罪が隠れている可能性もある。盗品らしき物の持ち主は未だ現れていない。声を上げられない理由があるのでは、と考えていた。

「よお、バッツ……」
「んー?」
「お前、本当に殺しはやってねぇんだよなぁ?」

ギラリ、とハナミの目の奥が剣呑な光を帯びた。疑っているのは、バッツが所持していたワンピースの枚数分の被害者が服を盗まれただけではない可能性。

「お前女好きだけど…その気になれば女殴れるだろ?」
「…まさか」

バッツは不敵な笑みでハナミの視線を受け止める。

「俺は殺しはやってない」

その言葉の真偽は濃い霧で隠されている。
もう直ぐ日付が変わる。

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