ベノムリップス

ど三一

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灼熱の祭典編ー後

第100話 納涼祭

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「お…載っているぞ。リリナグカップの結果…矢張り警備隊は一回戦敗退…」

グンカは少々残念な気持ちになったが、開催時期が時期だけに仕方のない事とも思っていた。繁忙期の今月ではロクに練習する時間も取れず、皆イベント特別勤務で疲労が溜まっている。せめて二か月ほど開催時期がずれたならいい勝負が出来るのに、と悔しがりながら決勝戦の記事を読む。決勝は飲食店組合火炎バイキングスと漁業組合魚影ウェイブス。漁業組合は毎年優勝候補で、優勝回数もチーム設立の年数も一番である。警備隊はそこに負けた。

(優勝は火炎バイキングスか…監督はリストランテリリナグの総料理長…)

試合経過についての記事を読んでいると、途中で魚影ウェイブスのレフトが急遽急病で欠場となり臨時レフトのニスが出場と書いてある。“天高く打ち上げる傾向のチームメンバー達とは違い、ヒット狙いの巧打が目立った”との評である。打点もついている。グンカは意外そうな顔で台所に立つニスの背中を見た。

「お前…この球技の経験があったのか?」
「いえ。ああ、でも…ルールは違うけれど、投げたり、狙いを定めたりは得意ね…」
「ニス斧投げ上手かったよな~!豊作祭で斧投げと薪割りで景品貰ってたから」

ギャリアーは香りのするウッドチップが入った袋を指差した。暫く香りを楽しんだ後、何かスモーク料理を作る時にでも使おうかと話している。

「そういえば…今日は納涼祭と聞いたけれど」
「花火が上がるのは夜からだよ。まあ日中でも出店をやっていたり、何処かではお祭り騒ぎしてたりするから一日かけてって感じかな」
「俺は夜になった頃に勤務が終わるが、恐らく延長すると思う。いつ帰るか分からないので、眠る時は鍵をかけて置いてくれ」
「わかった。ウチは花火がよく見える位置にあるからな、特等席だ」
「花火…」
「俺は毎年勤務だからあまりちゃんと見た事はないな」
「勿体無い。うちの前の通りは結構人で埋まるんだぜ?」

花火について話をする2人に対し、それを見た事のないニスはどんな物なのだろう?と想像する。花のような火、言葉に出してみてもよく分からない。しかし2人の言葉によると人々の関心が高いイベントのようだ。

(家の前まで人が…何があるのかしら…)
「む…【白昼の港での珍事!人がタコに襲われる事件が発生】…これは…」

グンカはそぉーっとニスの様子を伺う。昨日の夜はまだ顔に赤い跡が付いていたが、今朝には大体が消えていて、長引く事はなさそうでホッとした。

「はい、今朝はタコとポテトの煮物」

コトン、とテーブルに置かれたホカホカと湯気を立てている渋い赤色を纏った煮物。芋と、乱切りにされた蛸足が甘辛く煮込まれている。グンカは昨日の光景を思い出して顔を顰めた。

グンカ、ニスが新聞を読み終わると、ギャリアーはニスの事が書かれた記事を切り取った。リリナグカップについての記事、港にて顔面にタコを貼り付けたイラストが載った記事を鋏を使って綺麗に切ると、3人で住みだしてからの思い出の品が飾られた一画、カメリア一座の演劇パンフレットの前に揃えて置いた。その場所にはサブリナでの絵付け体験をした3つのガラス玉と、カメリア一座の役者のサインが入ったパンフレットにスタアの筆。そして芸術祭でニスとグンカがギャリアーへの土産として購入したピアスが飾られている。以前はピアスを付けていたが外し忘れる事も多く、最近は付けていないと話したのを覚えていたらしい。リリナグリリィがデザインの監修をした、アクアマリンの石が付いたピンクゴールドの台座の小柄なピアスだ。ギャリアーはこのピアスをいつ付けようか、機会を窺っている

「折角だから付けたいんだけど…前は知り合いの医者にやって貰ったが、今は別の街に引っ越したからなぁ。今日は何処も午前で終わりか、休診だから…また後日だな」

ギャリアーは残った新聞を畳んでラックに置くと、いつもより早い開店準備に取り掛かった。


ニスが市場に買い物に出ると、話していた通り出店が軒を連ね、広さのある道には食べ物や雑貨を売る店が既に営業している。新聞に書かれていた納涼祭の開始時間は夜の7時。出店の営業には随分早いと思ったが、海水浴の客と思わしき人達が立ち寄って買って行く。ニスはこれを見越しての営業かと成る程納得した。

「おはよう…」
「!」

いつもの乾物屋に行くと、今日は少々様子が違った。普段は2人体勢で営業しているが、今日は1人の姿しか見当たらない。奥には警備隊の合同訓練で使用していた箱が積みあがっていた。

「今日…納涼祭でも出店をするの?」
「……」

ニスの問いにこくりと頷く白装束の店員。ジェスチャーで、後ろにある物は納涼祭で売る予定の品だとニスに伝える。今回は豊作祭で協働したスミとその友人をアルバイトとして雇い、スミのヴェルヴィ農場とのコラボ商品も売るという。豊作祭で好評であったので、スミの姉シドが弟に一緒に売ってこいと命令したのだった。

「何処に店を出すの?」
「……」

海岸沿いの道の端の方、と答える。何処に出店するかは毎年運営員会が希望者を募りそれから抽選をする為、良い場所を当てられたと喜んでいる…ように見えた。ニスは幾つか干物を買って、次の店に移動した。


警備隊の早朝勤務の者が集まった詰所にて、ユンが本日の隊員配置の計画表に変更を加えている際にグンカに話しかけた。

「グンカ君今日の新聞見た~?」
「ああ」
「昨日のキュート選手権投開票日!皆立派に演説して、コメントも載っているの!読んでくれた~?」
「ああ、目は通した」

契機となったイトとマービンのコメントが一番初めにあり、続いてウォーリーやベンガルのコメントがあった。ウォーリーは強面だが目が可愛いとアピールし、喫茶うみかぜに来て貰えば実物を見せると好奇心を煽った宣伝紛いのコメントを残し、ベンガルに至ってはほぼ宣伝であった。“リリナグリリィにて2割オフのサマーセール開催中!納涼祭にピッタリの新作ファッション!当日も営業しています!投票してね”という、キュート選手権に関するコメントは最後の最後にしかない。商魂逞しいとはこのことだと家の3人で感心すらした。

「ありがとう~!あたし昨夜開票作業をしていたんだけど~、町の人達が結構投票してくれてビックリ~!グンカ君もちゃんと投票してくれて嬉しい~」
「いつの間にか町全体のイベントになっていたからな…警備隊として協力するのは当然だ」

グンカはユンに投票先を見られたとは思っていない。誰を好意的に想っているのか、ユンにはもう分かっている。含み笑いを悟られないように、今日の勤務についての相談に話を切り替える。

「今日の納涼祭開始の点火がされる前に、キュート選手権優勝者が発表されるの!配置場所少しの時間だけ変更していい?あたしの担当場所と2ブロック分位離れているんだけど」
「短時間であればいい。それと担当を変わる隊員が了解すればな。自己都合ならばなおさら了解が必要だ」
「担当はランだから大丈夫!もう話してあるから」
「そうか、ではよし」

ユンは計画表をグンカに提出すると、詰所に訪れた数人のグループの道案内をしてからまた席に着いた。大きなイベントの日になると、1時間に何件も道案内や迷子、落とし物の相談に訪れる。外での誘導も大変だが、詰所に残っての対応も立て続けだと骨が折れるものだ。まだ新聞の話題は続いていたようで、リリナグカップを見に行った話をした後、グンカにとってあまり気の乗らない記事の話題に移った。

「港で珍事!ってあったじゃない?」
「あ、ああ…」

グンカはぎくりとした。十中八九顔面タコの話しだと察して警戒する。ユンはこういった少し可笑しな話は大好物の筈である。

「タコに襲われた人には悪いけれど、ちょっと面白かったのよね~」
「…不謹慎だな、危うく窒息する可能性もあった」
「無事だったから面白がれるのよね~。その時は一大事だと思ったけれど、冷静に考えれば少し面白いって言うか~」
「新聞を読んでか?」
「あたし昨日港に居たの」
「な……!」

グンカの肩が跳ねる。その反応はユンの目に入らずに、書類仕事をこなしながら話を続ける。

「海鮮大食い大会見ていたらお腹が空いて~、出店で大会のメニューと同じものを食べて一息つこうとしていたのね?良い場所を探していたら釣り大会がやっていて…」
「ほ、ほう…」
「警備隊の制服を着た人が居たの~!」

グンカはその言葉にビクッとして、思わず捲っていた日報を皺が寄る程握りしめた。曖昧だった事件の輪郭がはっきりとしていく。

「あの新聞には原因が何とかは書いてなかったけれど、あたし側で見ていたのよ~」
「な、何を見ていた」

恐る恐る聞いたグンカは、バクバクと己の心臓が五月蠅く警鐘を鳴らしているのを感じる。まさかこの騒動の原因となる人物を知っているのか?知っていてカマを掛けようとしているのか?グンカは急に取調室で駆け引きをしている気分になった。ユンが警備隊員、自分が犯人…知られたくない事実を抱えるという事はこんなにも落ち着かないものかと、時間が経過するにつれて心労が溜まっていく。

「ふふ…」
(ユンめ……俺を泳がせておくつもりか…!?)

思い出し笑いをして、中々先を言わないユンに焦れてくる。ただでさえ暑い詰所内で、グンカは背中と顔に滂沱の汗をかく。ユンは思い出し笑いが治まった後、2、3回咳払いをして漸く見たものを話した。

「警備隊員が釣ったタコが……雲一つない…宙に…浮いてね?すっごく嬉しそうに優勝だーー!って言ったと思ったら…隣の人の…顔に…ぷ……べったり張り付いて…うぷぷ…」
「ぐっ…うう……!」
「隣の人が倒れると…とんでもなく焦って……すまないぃぃって…!で、助けようとするんだけど…タコの頭を引っ張って……全然取れなくて……思い切り引っ張るものだから、倒れた人もタコに顔が引っ張られて…バタバタとして…」

グンカは穴があったら入りたい気分であった。

「助かってよかったわね。…でも、あれだけ離れなかったから、顔に傷が残るかもしれないのが少し可哀そう」

先程まで笑っていたユンが急にしんみりとした。自分の行いを恥じていたグンカは、今度は別の角度で違う苦しみに襲われる。ニスの顔に残っていた赤い跡。

「傷……」
「せっかくの納涼祭なのに、もしかしたら厚く化粧しなきゃいけないなんて、可哀そうじゃない?好きな相手とデートだったかもしれないし、傷になっていたら化粧できないかも…」

ぐさぐさと胸に突き刺さる罪悪感。グンカは悲痛な表情をして責任をひしひしと感じている。ユンはパトロールの準備をして、制服を肩に掛ける。本格的に忙しくなるのは午後からだが定時に町内を巡回するのは変わらない。

「行ってきまーす!」

グンカは仕事中何度も顔の傷を思い出しては落ち込んだ。感情表現の乏しいタイプであるから、ニスが何を思っているのか確信を持てない。今朝の様子では特に気にした雰囲気ではなかったが、内心悲しんでいたとしたら。グンカは今日の昼食を早めに終えて人の増えだした町に繰り出した。どうしても渡したい探し物があった。


そして日が落ちかける時間が来た。普段は人通りの少ない道も観光客や町民で溢れ、花火を見る場所を確保する為地面に座り込む者達も居る。あまりに道を占有している個人、グループには警備隊が注意し、通行の妨げにならないように指導している。ギャリアーの店の前の通りも、今朝話していた通り座り込む人が居る。ニスは庭から通りと砂浜を見て、その人の多さに驚いた。

「こんなに砂浜が埋まっているの…見たことない…」
「な、ここら辺特等席だろ?そこの砂浜で午前から場所取りしている人も居たし、海岸沿いは特に人気なんだよ。遮るものなく花火が綺麗に見えるから。出店も一番多いのはこの通りだからな。今夜は花火が終わっても夜通し騒がしいぞ」

ギャリアーはウォーリー宅から借りてきた外用のテーブルと椅子を配置し、花火を見ながらそこで夕食を食べようと言う。ギャリアー宅の庭で食事をするのは初めてである。

「折角だからな」

ギャリアーはニッと笑って封のされている新しいワインを冷蔵庫から出した。2人で飲もうという事だろう。

「なら、夕食は何がいいかしら…?ワインに合う…?」
「分担して何品か作ろうか。あいつも腹減らして帰って来るだろうから大目にな」

2人して台所に立って、チャムのレシピ集のアドバイスを読みながら料理を作っていく。花火の開始は午後7時。雲一つない空に、綺麗な花火が打ちあがるだろう。
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