ベノムリップス

ど三一

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露呈篇

第115話 ルメイル博士の思い出

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ルメイル博士一行は、厳しい日差しを受けながら喫茶うみかぜの扉を開けた。ユンが先んじて声を掛けると、奥の方からチャムが出て来て対応した。

「いらっしゃいませ、ユンちゃんにグンカさんに……警備隊の人?」
「協力者ってとこかな。探偵の助手みたいなもんさ、3日間限定でね」
「よくわからないけれど、3人ね。今テーブル片づけるから少しだけ待ってて!」

席はほぼ全てが埋まっており、空いているのは先程帰ったばかりでテーブルの上に空の器やコップが置いてある席だけだった。客の中に見覚えのある姿を見つけたユンは、片付けの間に声を掛けに行った。

「あら~皆でランチタイム?」
「あっ警備隊のおねえさんです!」
「ユンちゃんどうしたの~?サボり?」
「お昼ご飯食べに来たのよ~隊長も一緒に」
「おにいさんも?」

ベンガルが振り返って見ると、それに気が付いたグンカが軽く手を挙げて見せる。すると子ども達は一緒になって手を振りかえした。

「おやおや、随分親しまれている警備隊員さん達だね」
「…プライベートでよく会う子達ですので」
「お待たせしましたー!こちら3名様どうぞ!」

チャムが冷たい水が入ったコップを持って、綺麗に片づけたテーブルに案内する。メニューを3人分置いて、決まったら知らせてと言い残し、配膳作業に戻った。ルメイル博士はメニューを開くと、ほうほうと声を上げながらどんな料理があるか眺めている。

「わたしはフライがいいかな~」
「ふむ…今日の日替わりランチは…地魚の香草焼きか…これにしよう」
「君達もう決まったのかい?ええ~ちょっと待ってくれよ~…私は結構迷っちゃうタイプだからさ~…ああお肉もあるんだ…でも魚が有名だし…がっつりこってり…」
「ゆっくり選んでください~この店はどれも美味しいですから~」
「うう~ますます迷うじゃないか…!」

ルメイル博士は最終的に、肉と魚どちらも味わえる欲張りこってりプレートを注文し、まだ心残りがあるのかメニュー表を読み込んでいた。

「この魚介の辛トマトパスタもいいな~…灼熱の中で食べるあつあつドリアも中々乙なものがある……もう一つ頼もうかな…」
「博士博士、あちらの席のお客さんがドリア頼んでますよ~」
「なにっ」

ルメイル博士はユンの指した方向を見ると、2人組の客が一方は冷製パスタ、もう一方は激辛海鮮ドリアを熱そうに頬張っていた。辛味、熱さ、暑さによる発汗で、衣服が変色している。それでも客はスプーンで持ち上げたドリアに数回辛い息を吹きかけると、舌を火傷しながらドリアを味わう。トロトロに溶けた数種類をブレンドしたチーズの熱さと、唐辛子を筆頭とした香辛料の辛味が混ざったベシャメルソースが、バターをコーティングし少し焦げたピラフと最高に合う。客がはふはふ言いながら食べているのを見て、ルメイル博士は堪らなくなって追加の注文をした。

「ふう…生き返るね~」

鼻息荒く激辛海鮮ドリアの注文を終えたルメイル博士は、最初に出されたコップの冷水を飲み干してから、鞄から出したハンカチで汗を拭いた。それ程長い時間歩いた訳ではないが、このリリナグの気温に慣れていないと、すぐに汗が吹き出してしまう。

「年中こんな気温なのかい?」
「今が特に暑い時期なのですよ。一年で特に暑い3ヶ月間、その最後の月です」
「基本的に常夏ですから~年中海に入り放題なんですよ~」
「それはいいな!美しい海を眺め、泳ぎたくなったら泳ぎ、海鮮に舌鼓を打つ…素敵な生活だ」

ルメイル博士は手帳を取り出してリリナグについて見聞きしたことについて書きこんだ。

「そうそう、先程の話に戻るけれど、察するにそのニスという人物が被疑者という事でよろしいかな?」
(?…おねえさんの名前が聞こえました。何の話でしょう)

ベンガルが少し後ろを振り返って、3人の話に聞き耳を立てている。友人達の中でそれに気が付いたのは、ユウトとニヤルゴだけ。他の友人達はわいわいと別の話題で盛り上がっている。

「…被疑者、という程でも」
「まあ素性が知れないから、こっちも扱いに迷ってるって事にしてください~」
「わかったよ。私も色々な依頼をいただくから、事情は深く詮索しない。島の話の続きだったね」

ルメイル博士は古い記憶を引っ張り出しながら語り出した。

「まずね…何を話そうかな……島についての基本情報からか。えー…私が行った時は、男女の割合は半々位、人数はこの町の人口よりはるかに少なかったと思う。主に農業、畜産業、漁業、林業、製糸業…とかで生計を立てているようだった。あまり他所とは積極的に交流しない閉鎖的な島だったが、交易で訪れる人もいたらしい。お金は流通しているけれど、物々交換や助け合いで暮らしている感じだったな。言葉は私達が使っているのと同じ。育ってきた環境や文化が違うから、ちょっと違いはあるのかな~?」
「ふふ、私ちょっとわくわくしてきた~!未開の地の謎を解き明かすみたいで楽しい~」
「調査の一環だぞ…」
(調査…おねえさんを?)
「ルメイル博士は何故その島を訪れたんですか~?」
「若い頃から冒険に憧れていて、見知らぬ土地に行って見知らぬ何かを発見したいと常々思っていたんだ。知り合いや訪れた町の人々から何か不思議な物はないか、面白い話はないか聞きまくって、偶々その島の話を聞いたんだ。あ、島外…外の人々からその島は”ハナレ島”って呼ばれてるよ」
「ハナレ島…?」

グンカがその名の意味を問おうとすると、ユンがもしかしてと先に予想を話す。

「単に陸から離れているから、ハナレ島?」
「そう!酷いもんだろ?」
「まあ…些か安直すぎるとは思うが…」
「島の人に聞いたら、同じ反応が返ってきたよ、ハハ!」

ルメイル博士は明るく笑って、自分のコップに水のボトルを傾ける。

「それでね、島民にどんな名前ならいい?って聞いたんだ。そうしたら、何人かが同じ名前を答えたよ」
「何て~?」
「"蛇島"や"大蛇島"ってね」

おかわりの水を半分程飲んで、浮かんでいた氷を噛み砕く。ゴリゴリと噛んでいる間、グンカとユンは何故その名前なのだろうと考えていた。細かくなった氷をごくんと飲み込むと、ルメイル博士は楽しそうに理由を話し出す。

「その島にはね…大蛇が棲んでいるんだよ」
「大蛇?」
「私サーカスで見た事ありますよ~!確か5メートルくらいあるマダラ模様の蛇!みんなで身体に巻いても余って面白かった~」
「お、お前よく面白がれるな…下手したら締め付けられるぞ…」
「ふっふっふ…お二方が想像する大蛇では無いんだこれが」

含みを持たせて話すルメイル博士に、2人の好奇心は膨らむ。グンカが神妙な顔で博士の言っている大蛇について問う。

「それは……どんな大蛇だと?」
「ふふ……昔話…神話…そんなのに出てきてもおかしくない、恐らく世界最大の蛇ではないかと私は思っている。島民にとって信仰の対象だから、踏み込んだ調査は全然出来なかったけれど…。でも実際に居る事は確かだ。脱皮した後の抜け殻も見せて貰ったからね…」

ルメイル博士は店の入り口から奥の厨房までを指差して、これぐらいはあったと証言した。それをいまいち信じられない2人は、その大蛇が本当に生息しているかは横に置いて、他の気になる情報について追及する。

「蛇を信仰しているのですか?」
「ああ…特に雌の大蛇をね」
「博士はその大蛇が動いている姿を見たんですか~?」
「いや、是非この目で見せてもらいたいとお願いしたんだが、危ないから決まった者以外入ってはいけないことになっているって断られてしまった。島の森にも、島民が指示した区域内しか入っちゃダメで、自由に調査できなかったんだ。まあ、とっても珍しい植物を発見出来たから良かったんだけど」
「その植物とは…」
毒蛇の口付けベノムリップス…死に至る蛇毒!私が名付けたんだ~!島の人達は蛇唇草じゃしんそうと呼んでいたけどね。この名前中々使ってくれなくて…使うって言ってくれたのが島の子ども1人だけ……格好いい名前だと思うんだけどなぁ」

ルメイル博士は当時の落ち込みを思い出したようで、がっくりと机に項垂れた。

(か、格好いいです!蛇の唇…蛇からの死を告げるキス…!ロマンチックで危険な感じがします…!)
(そう?)
(ちょ、ちょっと恥ずかしい…)

こっそり聞いていたベンガルは、その響きと意味に頭がクラクラするほど惹かれた。15歳の心が荒ぶっている。ユウトとニヤルゴは同年代よりも大人びている為、それ程刺さらなかったようだ。グンカとユンも、堂々と口に出すのは少し恥ずかしいと思った。

蛇唇草ベノムリップス…それが紅の原料ですか?」
「そうとも!年中赤い花を咲かせるんだ。その花に毒があるのをその島に暮らす生物…特に人間以外の雄は本能的に知ってるらしく、その花に触れる程近付かない。試しに小動物に花を近付けてみたら、見事に雄だけ避けていくんだな。いや、本当に不思議な有毒植物だ」

ルメイル博士は記憶を辿って、ベノムリップスの絵を手帳に描く。一見すると何処にでもありそうな、何の変哲もない花の見た目をしている。

「人間は様々な機能が退化しているから、匂いで判別できない。それを利用したふうしゅ…」
「お待たせしましたー!」

ルメイル博士が何か言いかけた時、タイミング良くチャムが注文した品をカートに乗せて持ってきた。ユンとルメイル博士はすぐさまそちらを向いてお食事モードに入った。

「ああっ!アッツアツのドリア!グツグツとして、蕩けたチーズが器からこぼれ落ちている…!隙間から見える真っ赤なソースにイカの輪っか…ヨダレが…」
「…それじゃあ話は一旦止めにして~、美味しいお昼ご飯にありつきましょう~!」
「ふう…仕方あるまい」

3人はそれぞれが頼んだ料理に手を付ける。ユンはソースとタルタルをたっぷり付けた揚げたてのフライに齧り付く。サクッと気持ちのいい音がすると、香ばしい油が新鮮な魚の旨味をコーティングしてしっかりと閉じ込め、淡白な味をこってりしたソースで補う。口の端に茶色とクリーム色のタルタルを付けてユンは至福と言った表情でご飯をかきこんだ。

「んん~~美味しい~~!」
「か、彼女は随分美味しそうに食べるね…私もフライが食べたくなってきた…!」
「ユンは食事が何よりも好きなので…」
「ううむ…後でリリナグで何を食べたらいいか聞いておかねば…!さて…」

ルメイル博士は欲張りこってりプレートと激辛海鮮ドリアを前に並べ、目をキラキラさせている。ぼうぼうと湯気を立ち上らせるドリア、静かに消えていく湯気が趣のあるこってりプレート。どちらから食べようか博士は迷う。

「やっぱり…アツアツのドリア…!」

あれ程楽しみにしていたドリアを食べたらどのような反応をするのか、ユンとグンカは気になって様子を伺っている。ルメイル博士は大き目のスプーンでたっぷりとドリアをすくい、冷ましもせずパクンと口内に招き入れた。

「ええ~熱そう~…」
「見ているだけでゾッとするな…」
「…あひゅっ……あふっ…ほふっ」

涙目になりながら、何とか味わおうとするが、熱さで味がわかるはずもなく、熱い熱いと言いながら水を急いで口に含んだ。

(当然だな…)
「ふぅ…お騒がせしたね……一口目はそのままの温度を感じたいから、熱くても冷たくてもそのまま食べるのが自分の中での決まり事なんだ…」
「舌を火傷して、味わえる~?」
「ああ、慣れているからね!」

そう言うとルメイル博士はもうひとすくいしたドリアを口の前に持ってきて、フーフーと息を吹きかけた。何度か繰り返し、程良く冷ましたドリアを食べると、刺激的なその味に舌鼓を打つ。

「少し舌がヒリリとするけれど…美味しい~!」
「ふふ、良かった~」
「こってりプレートの方もいただこう……!」

そちらも口に合ったようで、美味しいと目を輝かせる。

(ユンが2人に増えたみたいだ…)

ユンとルメイル博士は一口食べる毎に「美味しい~!」と口にして、互いの料理を味見したりしていた。2人はグンカの頼んだ地魚の香草焼きを熱い目で見つめてくるので、仕方なく味見の輪に入った。そしてあまりに熱すぎるドリアを食べて、グンカも舌を火傷した。

「ユン、お前よく冷まさずに涼しい顔して食べられたな」
「ふふん~鍛え方が違うのよ~」

3人はお腹いっぱいになり、ゆっくりしたいところだが、島の話の続きをしようと警備隊詰所に帰ることにした。同時刻の市場では、ニスとギャリアーが店のパラソルの下で頼んだ料理を食べていた。
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