ベノムリップス

ど三一

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露呈篇

第114話 とある島

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「死……!?」
「ああ、そうさ。でもそちらの隊員の女性が口に含んでも、大した効き目はないという、どうにも不可思議な紅なのさ」

ルメイル博士は紅の入ったカプセルをユンに向け、「試してみるかい?」と聞いたが、ユンはぶんぶんと首を横に振って拒否を表した。幾ら問題ないと言われても、実際に毒だと明言された物を、とてもじゃないが口に含む気にはなれない。グンカは博士からカプセルを受け取って眺めた。

「……これは一体どういう毒なのですか」
「まだ研究段階で、こうと言い切れない部分は多いんだが、確定的な情報だけ。本当に不思議で、この紅の原料である植物が生息している島の住人達に聞いた所、どうやら女にはほぼ効かない毒なんだと。ただしね、男にはそれはそれは…すっごい効き目らしい。死に至るような」

そう言ってルメイル博士は、こんな事も話した。

「さらに驚きなんだが、人間だけじゃないんだな…効き目があるのは。何とっ、他の生物の雄にも効き目があるんだよ!不思議だね!」
「例えば…熊とか、猪とか?」
「らしいよ。それは提供されたサンプルだから、あまり私の個人的興味で私物化しちゃいけないんだけど、実際に生物でテストしたから確実。塩分で著しく回復するのも情報通り。そして雄にしか効かないのもね」
「この原料の植物は何て…」

ユンが聞こうとした所、グンカが先にルメイル博士に質問した。

「…これを唇に塗っていた者は、被害男性に口唇での接触を試み、その後すぐに被害男性が倒れました。そしてその者の指示により、店に偶々あった塩分を含む飲み物を摂取させ、特に後遺症なども無く回復しております。この植物の認知度や入手手段をお聞きしたい」
「おっ!対処法も知っているのか。認知度はほぼ無いと言っていい。入手手段はその島に渡って採取する事。まあ陸から離れた孤島だから、行くのは…私の様な研究者か、島を訪れた者か…どちらにせよあの島に渡る者はまずいない。もしかしたら行った事があるのかも……話を聞いてみたいな」
「質問宜しいでしょうか~?」

ユンが手を挙げて質問の許可を求める。

「何だい?え~っと…」
「ユン・ツウィリングです~。博士はその島に渡航した経験があると言っていましたよね~?かなり昔かも知れませんが”ニス”という名前に心当たりは?」

グンカの眉がピクリと動いた。いきなり核心に迫ろうとしている。

「ニス……ニス……う~ん……年の頃は?」
「え~……恐らく20代ですね~後半ではないと思う…」
「なら、私が渡った頃は少年少女……う~ん思い出すよう努力はするけれど、時間が掛かるな……そうだ、君達そろそろお昼だろう?どうだい、昼食を共にしないか?」

ルメイル博士は腹が減ったらしい。グンカはユンと顔を見合わせて、どうするかと視線を送る。昼休憩の時間は被っているが、それをどう過ごすかは隊員次第だ。グンカは、博士からの誘いには一人で行き、ユンは自由にさせようかと考えていると、ユンが「それなら」と口を開く。

「リリナグでお勧めの店に案内しますよ~!喫茶うみかぜっていって、丁度向かいに被疑者と被害者が一緒に住んでいますので~!」
「おい、その情報は伝える必要が…」
「おや!それは経緯が気になるな。捜査協力者という事で、少しばかり事情を教えて欲しいものだ」
「早速行きましょ!」

残る隊員達に伝言をして、ルメイル博士と共に町に出る。博士は初めて訪れる町だと話していたので、店に向かう最中にキョロキョロと辺りを見渡している。それはグンカにこの町に来た当初のニスを連想させた。

「大陸の端っこだけど、随分賑わっている町だね」
「今は落ち着いている方なんですよ~?先月は祭典がありましたから、もうどこも人でごった返して大変でした~」
「祭典!いいなあ、私ももう少し早く訪れていれば見物できたのになあ」
「ふふ、来年は是非いらしてください」

ユンが軽く観光案内をしながら歩いていると、ルメイル博士はガラス玉で火が燃えているのを見つけて、あ!と大きな声を出した。

「これが噂の潜源石のガラスかい!?」
「ええ、そうです」
「世にも稀なる不思議な鉱石…ガラスと同様に見えるが、その中に火や風、空気を変化なく永遠に閉じ込めておける……中央では電気が主となったが、いつか供給が危ぶまれた時に所持していたら停電でも安心だ」
「光源としての手段だけでなく、装飾品としても人気なんですよ~。ほら、あちらなんかは腕輪、あそこではピアスのアクセントで使っていたり~」
「綺麗だが、私としては原石を持ち帰って研究したいね。何故完璧な状態での保存が可能なのか、未だそれを説明できる者は居ない。じっくり調べてその回答を得たい所だ」

ルメイル博士は好奇心に満ちた瞳で、ショーケースの中の潜源石を見つめている。グンカは他の観光客への同様の説明を返した。

「申し訳ないが、潜源石の原石の持ち出しは禁止となっています。加工後ならば可能ですが…」
「ああ~…やっぱり。知り合いの博士がどうしてもと交渉したが、一片もくれなかったって嘆いてたよ。持ち出そうとしたら警備隊に捕まるから~って。ねえ、例えばだけど…他国の偉い王様が訪れて友好の記念にくれって言っても駄目?」
「駄目ですね~、この町のルールとして決まっていますから~!大切な観光資源でもあるので~むやみやたらに町の外に出せないんです~」
「あらら、残念だなあ」

博士は恨めしそうにグンカを見る。どうにか駄々を捏ねて一欠けらだけでも貰えたら、とその顔に書いてあった。警備隊の検問、詰所でよく見た顔である。グンカはきっぱりと要望を切り捨てた。

「駄目です」
「隊長さんが言うんなら無理なんだね…はあ~…」
「博士、博士。昼ごはんの前に、さっき話していた島の事教えてください~!」
「ああ、いいとも。でも最近は…というか渡ったのはかなり昔だから、今はわからないよ。それでもいい?」
「は~い、お願いしま~す!」

ユンの了承を得て、ルメイル博士は簡単に島についての説明を始めた。

「まずね。島の名前なんだけど」
「何という島ですか?」
「無いんだなこれが、はは」
「無い?」
「未開の地なんですか~?」
「多くは無いけれど、昔から人も住んでいるし、独自の文化もあるよ。ただ、この町のようには発展していないかな。ああ、ここリリナグが所属する国とは違う国なのは確かだ」
「他国なのですか…」
「大陸から離れている場所にあるから、国に所属しているかどうかもあやふやだけどね。大陸に住む人が呼んでいる名前はあるけれど、島民たちはそれを聞いても首を傾げていたよ。勝手に名付けられてしまったみたいだ」
「へえ~…不思議な島もあったものですね~」

ユンがしみじみ言うと、グンカも腕を組んで頷いた。

「島から大陸に渡った島民が居るって聞いて、何とか探し出して、どうにか頼み込んで一緒に渡って貰ったんだ。故郷には本当に偶に帰るらしいけれど、命がけだから数年に一度らしい。島の周りを囲んでいる霧が問題でね」
「霧…」
「本当に最悪の船旅さ!何が釣れるのかはわからないが、釣り糸でも垂らしながら行こうかなんて浮かれていたら、じっとしていろ!と怒られてしまって。用を足したいって言ったら、今はまだ駄目だから瓶の中にしろって言われてさ。酷い時は声も出すな、ちょっとでも動こうとしたら縛り上げるなんて脅されて…何とか海に蹴り落とされないで済んだよ」

ルメイル博士は手を前で組んで、このように縛り上げると脅されたと主張している。博士の話しに相槌を打っているユンの横で、グンカは以前ニスから聞いた話を思い出していた。

(霧の海には行くなと、念を押されたな…)

霧が立ち込める海上で、進行方向がわからず行方不明になるのだろう。リリナグでも霧の海で帰らぬ人になった記録がある。

(そうだ…ニスも言っていた。何があっても行くなと、それと”黙って、静かに”……誰も居ない海で?何故静かにする必要がある?)
「…ルメイル博士」
「何だい隊長さん」
「博士はその島民から…霧の海の注意事項として、何を聞きました?」
「まずその島民の指示には絶対に従う事。なるべく動かず騒がず、静かにしている事。もしこれを守れないならば、縄で縛るし、それでも暴れるなら仕方ないから海に蹴落とすと。これに了承しないと連れて行ってくれないと言うんだ」

博士は少し怒った顔で島民からの条件を述べる。グンカはニスからの忠告の内容を思い出し、島民とニスが言っている霧の海の注意事項は、おそらく同じ海域での話しなのではないかと考えた。

「グンカ君、何か気になる事でもあるの~?」
「……その島民の話しが気になってな。博士、何故島民はその条件を厳格に守れと?海へ出る危険は承知だが、静かには別の問題の気がするのだが」
「それは私も思ったさ。単にしゃべりすぎて五月蠅いってんじゃないんだ。霧の海に入るまでは、仲良く談笑していたんだから。霧の海に入ってからだよ、途端厳しい態度になったのは」
「ふむ……」
「その島って、ここからどの位離れているんですか~?」
「ちょっと待ってくれ」

博士は鞄から地図を取り出した。警備隊でも使用している一般的な地図だ。これまで通ったのだろう道が、色付けされている。丸が付いている町や村は立ち寄った場所なのだろう。国の中心都市を真ん中に据えて、リリナグは大陸の端であり、地図でも終わりの方に記されている。

「ああ、この地図だとあの島は入ってないのか」
「じゃあ距離感はわかりませんね~」
「いや…でも、大体はわかるかな……う~ん……この縮尺だと…大体……この辺かな…?」

博士は地図の端をユンに持ってもらい、島の大体の位置を指差した。

(!)

グンカはその指先が示した距離に驚いた。そこは、ニスが警備隊で拘留され取り調べを受けていた時、グンカが机の上に地図を広げて何処から来たのかと問い質した際、ニスが指を置いた位置とほぼ同じであった。地図からはみ出して、ただふざけているとしか思わなかったが、ここにきて別の考えが浮かんでくる。もしや、あの時は正直に出自を答えていたのではないか?出身を言わないのも、島に名前が無かったからなのではないか?

「…博士、こちらには何日ほど滞在するおつもりで?」
「2、3日と考えているよ。この一体にも固有の植物なんかがあるからね、ちょっと調べてから次の土地へ異動しようかと思う」
「既に依頼した調査の回答をいただき恐縮なのですが、もう少々我々の捜査におつきあい願えませんでしょうか?」
「グンカ君…?」
「その島の事について、詳しく知りたいのです」

博士はグンカの瞳から本心を覗こうとして、目深に被られた制帽が瞳を隠しているので、少し屈んで覗き込んだ。何故このような事をするか、それはグンカの言葉に責任感以外の柔らかな何かを感じ取ったからだ。職業柄観察が癖になっている博士はこちらにも事情がありそうだと察した。

「私で良ければね。まだ植物の事についても全ては話していないし、まあ順々に話して行こう」
「ご協力感謝いたします」
「良いって事さ、警備隊に協力するのはこの国に住む者の義務だからね」

博士は鞄から手帳を取り出して、そこにリリナグと題を書いて現時点で知り得た情報と考察を書き入れる。

(ふふ…探偵物語の助手や外部の協力者の気分だね。私は探偵役が好みなのだが、あと2、3日では全容の解明は難しいだろうから、偶然訪れた参考人としておこうか)
「あそこです~!喫茶うみかぜ!リリナグ名物の海鮮料理が味わえるお店です~」
「おお!海鮮は大好物さ!がっつりこってり食べたい気分なんだけど、あるかな?」
「ありますよ~!あたしもよく注文しますから~」

島の話は一旦終わり、喫茶うみかぜのお勧めメニューの話に移行したようだ。グンカは奥に見えるギャリアーの店を見て、2人は今どうしているだろうかと思った。


ギャリアー宅では、2人が昼食に何を食べようかと話し合っていた。

「今日は市場で買い物がてら食べてくるか?」
「お店はいいの?」
「繁忙期も終わったばかりだからな。少しの間、昼はのんびりする事にする」
「なら…何処がいいかしら…?」
「う~ん…いつもうみかぜで食べてるからな…結構迷うぞ…」

ニスは冷蔵庫の中身を見て、頭の中で今夜のメニューを考えた。昨夜はこってりとした麺類を食べたので、今日は魚と主食はパンを食べるつもりと伝えた。それを聞いたギャリアーは、幾つか候補を思い浮かべ、ニスが好みそうな店を二つまで絞った。

「こってり?あっさり?」
「…あっさり目かしら」
「なら…前行ったあそこの店がいいかな…」

過去ユンとデートで行った店だとは伝えずに、ギャリアーはニスと共に市場に向かった。
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