婚約破棄なの?ならば戦いましょう

秋庭海斗

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□ □ □ □政略結婚

「お前は、サンジェルマンへ嫁げ」。フタツヌク家から実質的に離縁されたフォーシスの姉フォンヌに、父であるヨンダル王は淡々と告げた。

「お父様、ご勘弁ください、もう私は…」

 哀願して涙まで流すフォンヌ。彼女は歳若くしてウォール山脈の向こうにあるフタツヌクの王へと嫁いだ。嫁いだといえば聞こえがいいが、事実上の人質としてであった。  
 シヨーヌとフタツヌクは古くより常に敵対関係にあり、イザコザが多く発生していた為にいつの時代からか、王位が変わる度に、互いに人質を出し合っては均衡を保つ慣わしになっていた。その犠牲となったのがフォンヌである。

◾️◾️◾️フタツヌクよりの書状

この度、フォンヌは心身衰弱のために婚姻関係を継続することが難しいと判断したため、里帰りを申し付ける。尚、当方から申し出があるまで当家に戻ることを禁ずる。 サイン:フタツヌク公国・外交大臣ニドー

「なんぞコレはッ。離縁状ではないか!」。書状を読み、怒りに震えるヨンダル王。

「まぁまぁ、落ち着いてくださいあなた。これも悪いのは、フタツヌク家ではなく出来の悪いフォンヌが原因のことですのよ」。打ちひしがれて俯くフォンヌに、わざと聞こえるように王妃・ミツーヌが嘲りを込めて言う。

「しかし、王妃よ…ひとじち、、否、嫁いだ者を送り返すという意味は、戦争を示唆する可能性も有るのだぞ」。王は狼狽を含んだ声色である。

「戦争?まさかフタツヌクが攻めてくる?あり得ませんよ、あなた」。オホホホホと失笑をする。

「なぜ、そう言い切れる?」

「お忘れですか?こちらにもフタツヌクから預かる者が
おるではございませんか」。確かに先方から預かっている姫がいる。年端の行かぬ娘で乳母と合わせて城内に住まわせている。将来は王子の花嫁となる、いわゆる許嫁いいなずけである。

「よもや、フタツヌクもその存在を忘れるなどはしておりますまい」。ミツーヌ王妃の自信たっぷりな発言に、ヨンダル王は大きく頷き、安堵の表情を浮かべた。

「沙汰あるまで、居室にて控えておれ!」

 王妃ミツーヌは王に代わり、フォンヌに王座から指示を出す。諦めたように深々とこうべを垂れた後に、王座の方を一瞥することもなくフォンヌは退がった。

「可哀想な姉様…」。物陰からコトの顛末を見ながら妹・フォーシスは、小さくつぶやくのが精一杯であった。

◾️◾️◾️

 迷えるヨンダル王はフタツヌク公国の侵攻を杞憂としながらも、関係が泥沼化しているサンジェルマンとの親交をも取り戻そうと日頃より考えていた。その方法のひとつとして、フタツヌクからお払い箱になっている長女・フォンヌをリサイクル的にサンジェルマンへ嫁がせてしまおうと計画した。

 人の道に外れ、あまりにも冷酷で非人道的な計画であったが、提唱したミツーヌの〈一石二鳥〉論には逆らえなかった。ヨンダル王は、娘・フォンヌへ改めて非情に告げた。

「やはりお前はサンジェルマンへ嫁げ」

◾️◾️◾️◾️

「これでまたひとり、処分できそうね」。そんな独り言を鏡に向かって王妃・ミツーヌが囁くように話し掛ける。

「フォンヌをサンジェルマンへ追いやってしばらくしたら、フタツヌクが嫁を返せと詰め寄ればヨンダルはどうするかしらね…楽しみでゾクゾクするわ」

 鏡の中にはミツーヌが映っているかと思いきや、正体のボヤけたナニかが揺らめいている、ソイツと王妃は会話をしているようだ。

「着々と準備はできているようだな…」。鏡の中から発せられる途切れ途切れの言葉を紡ぐと、そんな趣旨の事を表している。

「残るは生意気なフォーシスのみ」

□  □  □

「ヨーンデは遠駆けは嫌いなの?」

 最近は滅多に話す機会がなくなった腹違いの弟に、フォーシスは語りかけた。しかし、怯えるような顔をしたかと思うと、逃げるように駆け出した。

「なによ、失礼しちゃうわね」

 5歳違いの弟は姉を嫌っているというより、恐れているように見える。思春期の恥ずかしさのそれとはまるで違う。まるでお化けを恐るかのような、洗脳をされているようだった。

「明日は平原を越えてヨーツの湖まで駆けるわよ、あのコらも連れて行くわよ、ラチョスもサバス遅れないでよ」

□  □  □

 ヨーツ湖は城の南西にある深く大きく、水の透明度はその深さを感じさせないほどである。漁業はもちろん、水鳥も無数に生息して、狩場としても素晴らしい。

「はッ、ハッ、ハッ」

 2匹の獣の激しい息遣いがフォーシスの駆る白馬の後ろを、ついて来ている。外見はまるで狼そのものである。だが襲い掛かろうとしているわけではなく、付き従っている様子であった。

「ライも、レフもすごいわね」

 左右の斜め後ろを振り返ってフォーシスが褒めている声調で叫ぶと、狼もどきの犬がアイコンタクトで返事をしているようだった。もう目の前には広大な水の絨毯が見えている。狼の血統を濃く残した犬・ライとレフは狩猟犬であり、フォーシスの愛犬でもある。

◾️◾️◾️

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