婚約破棄なの?ならば戦いましょう

秋庭海斗

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◾️解放感と馬泥棒

 無防備。無鉄砲。無邪気。

 どの言葉が当てハマるかわからない、とにかくフォーシス姫は一糸纏わぬ、いわゆるフルヌードになる。透き通るような肌と曲線美を極めたボディラインを惜し気もなく晒しだす、あたりの木々や草花も見蕩れたように、ソヨともザワザワともしない。

「あなたたち、荷物番をしてるのよ」

 ライとレフに番犬としての命令する。2頭は脱いだ着物や革の鎧や弓、剣を守るようにそこに伏せた。若木に繋がれた馬は番犬を怖がることもなく自由に草を食む。スルリと水しぶきを立てるでもなく、眩しい曲線美が透明の中へと吸い込まれて行く。

〈なんて綺麗な世界〉

 湖底から水面を見上げると陽射しが湖面のゆらめきで、幾千にも千切られキラキラと光っている。まるで光の小鳥たちが羽ばたいて群れをなしているようだ。そんな光景をフォーシスは眺めながら〈このまま、この汚れのない世界に留まっていられたらいいのに…〉そんな風に思い、息の続く限りに水中を漂った。

 長い髪の毛と健やかでしなやかな四肢が、重力があることを忘れさすような浮力で水面へと浮き上がる。仰向けのまま、すぅ~~ッと深い呼吸をし湖面の新鮮な空気で、肺を満たすと生きている悦びが身体の隅々まで行き渡るようで、体内の黒く硬くこびり付いたストレスが、ゆっくりと溶け出し手脚の指先から流れ出ていく。魂の浄化という解放感…時が止まる。

□  □  □

 現実がフォーシスの腕を強く引っ張った。

「ヴァうわぅ、、、ヴァうわぅ、」

 岸辺で犬たちが吠える。青空と対峙していたフォーシスは強い力で引き戻されると、すぐに反応し岸へと水面を滑るように水飛沫も立てることなく向かう。

「馬泥棒?」

 けたたましく吠える声に混じり、何かに抗い興奮する馬のイナナキまで聴こえてきた。

「ちがう、違うんだ、静かに!」

 そこには若者が犬達に威嚇されている。そして、湖から現れた全裸の女神に目を見張り、言葉を失っている。その若者の視線をモノともせずに、フォーシスは身支度をさっさとする。

グルルる…

ライとレフは「襲え」の指示待ちで飛びかかる体勢で唸り続ける。身支度をすばやく済ませ最後に腰に剣を下げると、湖から現れた女神は闘神へと変貌し、刀身をシャラんと抜いてキッサキを真っ直ぐに茫然自失の若者に向けた。

「盗賊にはその両手切断の罰あるのみ。覗き魔にはその両眼潰しの罰あるのみ」。闘神の裁きの言葉が低く響き渡った。
………………  ………………

「あなた、前に逢ったことが…」

 見覚えのある風態だが誰だったか。

「ぼ、僕はサンジェルマンの…」

「サンジェルマンの?なに」

〈人違いか?サンジェルマンの若者で知っているのは、兄の葬儀の夜に逢ったあの人しかいない…〉フォーシスは記憶を辿った。数年前とはいえ、目の前にいるのはあの時とまるで雰囲気が変わっている。

「僕はサンジェルマンの王子だ、怪しいモノではない。馬泥棒でもないしピーピンク・トムでもない、誤解だ」

「怪しき者の戯言そのまんまだな。ウソをいうな、他人を誑かす詐欺師にはその舌を2枚に裂く罰あるのみ。わたくしはサンジェルマンの王子を知っている」

「う、う、嘘じゃない…私は、、」

 ジリっと剣の間合いを詰める。その時、シュっと空気を切り裂いて矢がフォーシス目掛けて飛んで来た、空気を切り裂く音に神がかりの反応をした美しき闘神がそれを剣で払い落とす。

「何ヤツ!」

 新たな刺客に備えて、フォーシスは本格的臨戦体勢の剣の構えを取る、周囲の空気のプラスイオン濃度が高まってピリピリと肌を刺激する。「そこを動くな!」フォーシスの声が辺りを制した。

「ふッ、飛び道具とは卑怯な!」

 矢を射掛けてきた相手が茂みの陰から姿を現すと、フォーシスは威嚇の言葉をそいつへ投げ掛けて反応をみる。

「不意打ちの矢を切り落とすとはさすがだな、だがその矢は君を傷つけたりしない。よく見て、それは本物じゃない」

 フォーシスが払い落とした矢をみると、確かに鏑矢で、これに殺傷能力はほとんどない。悪戯のように射掛けられ技量を試された。本気で戦いを仕掛けてきた訳でない、そのこと自体がバカにされたような気がして腹が立った。

「貴様はいつぞや、ワカレィの河で逃げ去った腰抜けではないのか?」立てた腹の虫が治らずに、男に向かい挑戦的で侮蔑的な言葉を発した。既にフォーシスが女性だと知られているだろうが、それでも言葉は低く威厳を込めて嘲笑した。

「逃げただと?ぶざけたことを!私の名はスリーン・サンジェルマンだ」

〈挑発に乗ったな〉。これで生意気なコイツと戦う口実が
出来たな…とスリーンと名乗った男に対峙した、剣の柄を握りしめながら。だが、近づくにつれてフォーシスは混乱した、馬泥棒の男と近づいく男の顔を何回か見比べるように、視線を往復させた。

「あなたたち、おんなじ顔…」

馬泥棒がいう。

「オレら、双子だからな。似てて当たり前だよ、俺はサンノロ、弟がスリーンって名前だ、よろしく」

「似てるのは外見だけだッ!」双子の兄の言葉を強く否定するようにスリーンが大声をあげた。

「それから、俺は馬泥棒じゃない、一応、王子様なんだよ」おどけた言い方に、悪意はなさ気で彼女の警戒のランクが1つ、下がった。

「へぇ、双子に会うのは初めて、本当に似ているのね」

「だから…」スリーンがまた同じことを繰り返し言おうとするのを遮って名乗る。

「私はシヨーヌのフォーシス」

 その名乗りを聞いて、馬泥棒…いや、兄のサンノロが得意気に言う。

「ほら、やっぱりそうだろ!」

「ふ~ん」とスリーン。

「やっぱりとは?」

「こんなところまで遠駆けしてくるジャジャ馬がいるって噂があってさ、それが、シヨーヌの姫さまだって」

「ジャジャウマッ⁈ 失礼ね」

「噂だ、俺が言ったわけじゃない」慌てて、手を振りながらサンノロが自分の不用意な発言の否定をする。

「まったく…」

 だが、会話を続けるうちに若者3人の心の垣根は少しずつ低くなっていった。

□  □  □

「こんなになる前はさ、サンジェルマンとシヨーヌは盟友として、仲が良かったらしい」スリーンが感慨深く、ため息をする。

「私もそんな話をきいたわ…」

「子どもたちの交流会もあって楽しくやってたらしいね」
 
 サンノロの発言はまだ子供っぽい。

「私、その原因には思い当たることがあるわ」

フォーシスが立ち上がった。
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