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24 終焉

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◾️◾️ 追及

「私は武井隆に同情した、正確に言えば彼に同情するふりをしてオマエへの復讐心を焚き付けた。窮地に立たされた味方のいない武井を操るのは簡単だったよ。彼は騙されやすいんだな。だからオマエにもハメられたんだろう」

「それであなたの自宅近くで待ち伏せしてたのね。あそこをあの男が知っているのが不思議に思っていたのよ」

「脅かす為に刃物を持っていけと唆したのが間違いだった、驚かすだけと言ったのに返り討ちに合うとわな」

「返り討ち?揉み合って誤って刺さったのよ」

「まだそんなことを言ってるのか、私が見た光景とは違うな。オマエは自分を刺して彼を怯ませた後に心臓あたりな狙いを付けて刺したじゃないか」

「見てた?あなたは見てたの?嘘よ、そんなの。だったら目撃者として、なぜ捜査に協力しなかったの?」

「そりゃ私が唆したと判ったらマズいだろ」

「また自分のことしか考えなかったのね。思った以上に人間のクズだわね、あなた」

「はぁ~?私がクズだと?殺人鬼のオマエには言われたくないね。武井を殺したかったんだろ、なあそうなんだろ。人を殺しても殺人罪に問われないことに快感を覚えたんだろ?ハッキリ言えよ、売女め」

「ふふふ…しょうがないなぁ、これからのあなたへの仕打ちを話してあげるわね。どっからにしようかしら」

「何のことだ?私に対する仕打ちだと?」

「刑事という法を守るべき公務員でありながら、妻子有る身でバツイチ女と不倫関係の不貞を続けていた過去。その不倫相手が邪魔になると無視して、時には暴力まで振るった事を喋るわ」

「それは過ちだった、済まなかった。心から謝罪する」

「そうね、まあコレは昔の事だから大した事じゃないかもしれないわね。でもその関係を隠す為に、妻子を愛人に殺させたとなったらどうかしら?」

「そんなことはしてないだろ、そうじゃないのはオマエが一番判っているじゃないか。何を言って…」

「そう、あたしが当事者で一番判っているのよ。その事情通が自白したら、世間も検察も信じるでしょうね。事故当時にあなたは、あたしとの関係を隠したんだから」

「そ、そ、それは…」

「そして、ほとぼりが冷めた頃に愛人と関係を復活させて自分だけ幸せを手に入れた。ところが幸せになるはずが、女が生活の為に売春婦として働いていた。まぁデリヘルだけどね、世間はそんなこと関係ないわよね。警察関係者の内縁の妻が売春婦だなんて口が裂けても言えない、でしょ?」

 賢一は言葉もなく拳を握りしめた。

「都合の悪くなった女と別れる為、弱味を握っている男にあたしを襲わせた。偶然の事故でその男は死んでしまったけどね、あらあら、またぶん殴るつもり?どうぞ殴っていいわよ。アザのひとつも無いと暴行されたって言っても、嘘くさくなるから」

 そう言われた賢一の我慢が限界に達した。

「なんの作り話だよ,クソアマがッ」

 拳ではなく平手で好江の憎々しげな横っ面を引っ叩いた。手加減したつもりが怒りで限度を超え、吹っ飛ぶ好江がキッチンの方へと転がる。

 ガチャりんと金属の擦れる音がして、好江の手には包丁が握られていた。包丁立てから引き抜いたのである。

「あ~ぁ、殴っちゃった、これでまた正当防衛にしてもらおうかなぁ佐々木弁護士先生に、うふふふ」

「わかった好江、もう止めようか。私が悪かった。もう言うことは無いかい?全部オマエが考えてやったことなんだろ、すごいよ好江は…」

 そう言ってスマホ画面を見せた、ボイス録音が継続して動いている。

「あらまぁ大変。あたしの独白を録音してた訳ね。それを消してくれる?そうしたら全部許してあげるわ、賢一さんがあたしに今までして来た酷いことを。そうじゃなければ死ぬことになるわ」

 手にした包丁を握りしめる。

「愛していたんだよ、好江。もう元には戻れないけれど終わりにしよう、な。そんなものは捨てなさい」

「いやよ、佐々木先生が守ったくれるもの」

 そう叫んで、好江は賢一ではなく自分の太ももに包丁を突き立てた。大腿骨に刃先の当たりゴリッと音を立てた。

「やめなさいッ」叫ぶ賢一。

「あたしは無罪なのよ」

 引き抜いた包丁を今度は脇腹へと挿し込む好江。脚からと腹部から流れ出る液体が血溜まりを作り始めていた。
 
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