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第三章 アユ&ユーマ参上!
第1話 碧星総研・地下潜入
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覆面パトカーは、碧星総研株式会社の地下駐車場の隅に静かに滑り込んだ。
午後二時すぎ。だが場内は、ひどく静かだった。
碧星総研では社員の自動車通勤を原則として禁止している。
この地下を使えるのは、役員か搬入業者、あるいは併設レストランや公園の利用者くらいだ。
二人は車を降り、コンクリートの柱に反響する足音を残しながら、
ビル内部への入り口を探した。
ほどなく、ガラス張りの自動ドアが現れる。
開くと、ひんやりとした冷気と、わずかな消毒液の匂いが流れ出した。
右手の警備卓には、眼鏡をかけた年配の男と、小柄な若い警備員が並んで座っていた。
制服の胸元には、それぞれ「警備保障」の文字が刺繍されている。
若い警備員が立ち上がり、丁寧に一礼した。
「失礼ですが、こちらにお名前とご用件をお書きください」
テーブルの上には、入館用紙の束。
《外来者入館証》の文字が黒々と印字されている。
悠真がボールペンを手に取り、ちらりと後ろを振り返った。
安由雷は無言で首を軽く突き上げ、“早く書け”の合図を送る。
悠真は、名前欄にさらさらと記入した。
――『安由雷 時明』。
「会社名?」
彼は振り返り、小声でつぶやくと、安由雷が「え?」と間抜けな声を返す。
悠真は、警備員には聞こえないように口をパクパクさせた。
「カ・イ・シ・ャ・メ・イ」
会社名――?
………安由雷は、少し考えると、小さな声で、
「ケイシチョウ」と答えた。
悠真が向きなおして記入サンプルを見てから、
また振り返って、口をパクパクさせてきた。
「ん?」
悠真が、まだ何かが足りないと求めている。
安由雷は、首を捻って悠真の口元に注目した。
警備員は不思議そうに二人を見たが、途中で覗き込むのも悪いと思ったのか、視線をそらして素知らぬふりをした。
「かぷは?」
「え?」
「か・ぶ・は?」
悠真が小声で言う。――『株式』は付くのかと聞いている。
安由雷は数秒考え、頬をわずかに膨らませてから、
「……つくつく」と口を尖らせた。
悠真は頷いてテーブルに向き直ると、ひょろっとした長身をくの字に屈めて書き出した。
一瞬たりとも迷わず、会社名の欄に――『株式会社警視庁』。
しかも、デカい字で。
課名――『捜査一課』。
役職――『警部補』。
眼鏡をかけた警備員が不思議そうな顔で、長身で童顔の男の後ろを見た。
高級なスーツで、腕を組み、さっきから口をパクパクさせている上司のような男に視線を向けた。
女のように異様にまつげが長い。
腰を屈めている悠真の肩越しに、安由雷は年配の警備員と目が合った。
彼は腕を組んだまま、口角を上げて微妙な笑顔をつくって見せた。
警備員は訝しげに首を傾げ、そっと視線を逸らした。
*
用件?
……悠真は少し考えた末、『捜査』と書き、さらに律儀に(犯人逮捕)と添えた。
「はい!」
記入が終わった悠真が、得意げに小柄な警備員の鼻先へ用紙を差し出した。
受け取った警備員は、一瞬まばたきを忘れ――そしてのぞき込んだ。
「……はっ! 警察の方でしたか!」
と、若い警備員が直立不動になった。
「ええ」と、後ろで安由雷が上着の内ポケットから、黒いだけの警察手帳を出して見せた。
警備員には、私服の二人がとても刑事には見えなかった。
後ろで座ったままだった年配の警備員も立ち上がって、一礼をすると、
「失礼しました。警察の方なら、ひとこと言っていただければ、そんな手間は……」
「いえいえ」と、安由雷は手のひらを小さく振った。
「二十階のレストランホールの奥に、捜査の方の待機場所が用意してありますので。
そこを左に行くとエレベーターホールがありますから、右側の高層階用エレベーターの6号機から10号機をご利用ください」と、若い警備員が、通路の奥を指差した。
「あの、それと、地下一階は午後六時になると無人になりますので、もしお帰りがそれよりも遅いときは、一階の警備員に言ってください」
と、年配の警備員が、若い警備員の説明不足を補った。
悠真が歩き出そうとして振り返ると、
「じゃあ、六時以降は、地下からは誰も出られないって事?」
「いえ、社員のセキュリティーカードで開きますので、社員の方か、社員に同行をしてもらえば、ここからでも出れます」
「了解です。六時ですね」
悠真はそう言って通路を歩きだした。長身の彼の後ろで、安由雷は立ち止まった。
「あの」
「はい?」と、若い警備員が、安由雷に声を掛けられて、目を見開いた。
「それ」
「は?」
「もらえない?」
若い警備員が視線を落とすと、手の中に――名刺大の『外来者入館証』。
「いえ、警察の方はご不要で……」
「もらいたいんだけど」
安由雷は、まるで駄々をこねる子どものような目をした。
「はぁ、そうですか」
若い警備員は、お菓子をねだられた駄菓子屋のおじさんのように、悠真が記入した入館証を胸バッジの中にセットして渡した。
安由雷は、それをニコニコして受け取ると、ヴェルサーチの高価なブランドスーツの胸に取り付けた。
**安由雷は、エレベーターの方へ向き直ると、**首だけ振り向いて確認をした。
「ところで、エレベーター内とホールの監視カメラはありますか?」
「ありますが、事件当日は故障していました」
年輩の警備員が淡々と答えた。
「故障?……全部ですか?」
「はい、全てのエレベーターと全階のホールの監視カメラです」
「ふーん」
安由雷は首を傾けて、一っ歩進むと、もう一度振り向き、
「あと、事件のあった一階の出入り口の警備方法も、ここと同じですか?」
と確認をした。
「ええ。警備手順は全て共通です」
今度は若い警備員が頷く。
「ども」
安由雷は、チョコンと頭を下げると、軽やかに踵を返した。
午後二時すぎ。だが場内は、ひどく静かだった。
碧星総研では社員の自動車通勤を原則として禁止している。
この地下を使えるのは、役員か搬入業者、あるいは併設レストランや公園の利用者くらいだ。
二人は車を降り、コンクリートの柱に反響する足音を残しながら、
ビル内部への入り口を探した。
ほどなく、ガラス張りの自動ドアが現れる。
開くと、ひんやりとした冷気と、わずかな消毒液の匂いが流れ出した。
右手の警備卓には、眼鏡をかけた年配の男と、小柄な若い警備員が並んで座っていた。
制服の胸元には、それぞれ「警備保障」の文字が刺繍されている。
若い警備員が立ち上がり、丁寧に一礼した。
「失礼ですが、こちらにお名前とご用件をお書きください」
テーブルの上には、入館用紙の束。
《外来者入館証》の文字が黒々と印字されている。
悠真がボールペンを手に取り、ちらりと後ろを振り返った。
安由雷は無言で首を軽く突き上げ、“早く書け”の合図を送る。
悠真は、名前欄にさらさらと記入した。
――『安由雷 時明』。
「会社名?」
彼は振り返り、小声でつぶやくと、安由雷が「え?」と間抜けな声を返す。
悠真は、警備員には聞こえないように口をパクパクさせた。
「カ・イ・シ・ャ・メ・イ」
会社名――?
………安由雷は、少し考えると、小さな声で、
「ケイシチョウ」と答えた。
悠真が向きなおして記入サンプルを見てから、
また振り返って、口をパクパクさせてきた。
「ん?」
悠真が、まだ何かが足りないと求めている。
安由雷は、首を捻って悠真の口元に注目した。
警備員は不思議そうに二人を見たが、途中で覗き込むのも悪いと思ったのか、視線をそらして素知らぬふりをした。
「かぷは?」
「え?」
「か・ぶ・は?」
悠真が小声で言う。――『株式』は付くのかと聞いている。
安由雷は数秒考え、頬をわずかに膨らませてから、
「……つくつく」と口を尖らせた。
悠真は頷いてテーブルに向き直ると、ひょろっとした長身をくの字に屈めて書き出した。
一瞬たりとも迷わず、会社名の欄に――『株式会社警視庁』。
しかも、デカい字で。
課名――『捜査一課』。
役職――『警部補』。
眼鏡をかけた警備員が不思議そうな顔で、長身で童顔の男の後ろを見た。
高級なスーツで、腕を組み、さっきから口をパクパクさせている上司のような男に視線を向けた。
女のように異様にまつげが長い。
腰を屈めている悠真の肩越しに、安由雷は年配の警備員と目が合った。
彼は腕を組んだまま、口角を上げて微妙な笑顔をつくって見せた。
警備員は訝しげに首を傾げ、そっと視線を逸らした。
*
用件?
……悠真は少し考えた末、『捜査』と書き、さらに律儀に(犯人逮捕)と添えた。
「はい!」
記入が終わった悠真が、得意げに小柄な警備員の鼻先へ用紙を差し出した。
受け取った警備員は、一瞬まばたきを忘れ――そしてのぞき込んだ。
「……はっ! 警察の方でしたか!」
と、若い警備員が直立不動になった。
「ええ」と、後ろで安由雷が上着の内ポケットから、黒いだけの警察手帳を出して見せた。
警備員には、私服の二人がとても刑事には見えなかった。
後ろで座ったままだった年配の警備員も立ち上がって、一礼をすると、
「失礼しました。警察の方なら、ひとこと言っていただければ、そんな手間は……」
「いえいえ」と、安由雷は手のひらを小さく振った。
「二十階のレストランホールの奥に、捜査の方の待機場所が用意してありますので。
そこを左に行くとエレベーターホールがありますから、右側の高層階用エレベーターの6号機から10号機をご利用ください」と、若い警備員が、通路の奥を指差した。
「あの、それと、地下一階は午後六時になると無人になりますので、もしお帰りがそれよりも遅いときは、一階の警備員に言ってください」
と、年配の警備員が、若い警備員の説明不足を補った。
悠真が歩き出そうとして振り返ると、
「じゃあ、六時以降は、地下からは誰も出られないって事?」
「いえ、社員のセキュリティーカードで開きますので、社員の方か、社員に同行をしてもらえば、ここからでも出れます」
「了解です。六時ですね」
悠真はそう言って通路を歩きだした。長身の彼の後ろで、安由雷は立ち止まった。
「あの」
「はい?」と、若い警備員が、安由雷に声を掛けられて、目を見開いた。
「それ」
「は?」
「もらえない?」
若い警備員が視線を落とすと、手の中に――名刺大の『外来者入館証』。
「いえ、警察の方はご不要で……」
「もらいたいんだけど」
安由雷は、まるで駄々をこねる子どものような目をした。
「はぁ、そうですか」
若い警備員は、お菓子をねだられた駄菓子屋のおじさんのように、悠真が記入した入館証を胸バッジの中にセットして渡した。
安由雷は、それをニコニコして受け取ると、ヴェルサーチの高価なブランドスーツの胸に取り付けた。
**安由雷は、エレベーターの方へ向き直ると、**首だけ振り向いて確認をした。
「ところで、エレベーター内とホールの監視カメラはありますか?」
「ありますが、事件当日は故障していました」
年輩の警備員が淡々と答えた。
「故障?……全部ですか?」
「はい、全てのエレベーターと全階のホールの監視カメラです」
「ふーん」
安由雷は首を傾けて、一っ歩進むと、もう一度振り向き、
「あと、事件のあった一階の出入り口の警備方法も、ここと同じですか?」
と確認をした。
「ええ。警備手順は全て共通です」
今度は若い警備員が頷く。
「ども」
安由雷は、チョコンと頭を下げると、軽やかに踵を返した。
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