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プロローグ

第1話

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「助けてぇ~!」
大声で呼んだが、権造ごんぞうも囲まれていて動けない。

「レティーシャ!」

「無理だってばぁ~!」

「おわぁぁぁぁ!」―――間に合わなかった。今日も呆気なく全滅。



「ちょっと水分補給しま~す」
ゲーミングヘッドセットを外すと、僕はマグボトルに入った麦茶を一口飲んだ。

「ゴンゾー、たった二人のギルドで、ボス討伐は無理ですよ」
モニターの中で、地面に倒れているエルフのレティーシャが言う。

「そんなこたぁねぇよ。今度こそ、わしがしばいちゃる!」
オークの権造が、地面の上に大の字になって空を見上げている。
僕たちの上を、モンスターの群れがのそのそと歩いていた。

巨漢で、緑色の体をしたオークファイターの権造は、自称、三〇代の中間管理職。
武器はNグレノーマル装備オメガクロー
そして、僕は可愛いエルフのヒーラーで、ルピタ・レティーシャ・マルセーヌ。

僕は、今年警視庁に入ったばかりの新米刑事だが、プロフィール欄は年齢性別不詳のコンビニのアルバイターとしている。

学生時代にオンラインゲームにハマって、『ガルガルド』と言う名のギルド団体を立ち上げたが、二年経っても入団者ゼロ。
そんなボッチギルドを続けている時に、モンスターに囲まれて窮地に陥っているところを、通りかかった権造に助けられて、ギルドに誘ったら入団をしてくれた。
それが、今年の五月下旬だから、権造との付き合いも、もう四カ月になる。
ヘッドセットでの会話は、勿論、レティーシャっぽい女性の音声にしている。

権造は、ギルドマスターのレティーシャの言う事を全然聞いてはくれない。
弱いくせして、無茶で無謀な事ばかりするので、ガルガルドは、最後にはいつも全滅が待っている。それで、二人で村へ帰還をして寝る事になる。
だけど、そんな権造とプレイをしていると、心底楽しい。
なぜだか分からないけど、愛らしい……いや違うな。
ただ権造と一緒にいると温かいものに包まれているような、心地よさを感じる。


「今日は誰もこねぇな。そろそろ村へ帰還して寝るか」
ヘッドフォンから、肉体労働者のような、権造の低くて太い声が聞こえた。
偶然通りかった心優しいプレイヤーが、復活してくれることもあるのだが、今日は誰も通らない。逝ったままで、村へ帰還をすると経験値が減るのだ。

「ゴンゾー、ちょっと待って」
僕は、権造を引き止めた。モニターの横にある時計を見ると、〇時半。
権造は、午後十時過ぎにINをして来て、いつも午前一時迄には落ちる。
週、二、三回INして来るのだが、なぜか週末には来ない。
そして、落ちる時に、必ず『グッドラック!』と言ってから、OUTする。

「なんずら?」
「あー、ちょっと意見を聞かせてほしい事が、……ミステリーの話なんだけど」

「おお!」
権造は、オークの風貌や声からは想像ができないが、相当のミステリーオタクだ。
自ら執筆したミステリー小説を投稿サイトに載せていると言うので、ちょっとサイトを見に行くと、『大黒柱権造だいこくばしらごんぞう』のペンネームで、主人公が全て高校生の、三本の長編ミステリーがアップされていた。

そして、その中の英国風のスーツに、ダボっとしたシャツの襟元を開けてダークグレイのスカーフを巻き、コーデュロイのコートを羽織った、長身で紫色の瞳をもつ、クールな女子高生が探偵役の『控えめに言って、すでにアナタは詰んでいる』と言う一本が、サイト主催のミステリー賞で『もうチョイで賞』を受賞していた。


少し読んでみると、女子高生のセリフや行動が、とても三〇オヤジが妄想で書いているとは思えないくらいに、自然で、まるで女子高生現役が書いているかのようで笑えた。
全くリアルの話をしない権造の自称を知ったのも、このサイトのプロフィール欄からだ。

「今読んでいる本が、密室殺人の推理小説なんだけど、ヒントがほしくって………」
「おお、密室殺人か!」
僕が話している途中で、権造のまんざらでも無いと言う声が割り込んできた。

「わた…いや、わしの好きな密室殺人と言えば、あの有名な『霧深い湖の群青館殺人事件ぐんじょうかんさつじんじけん』じゃな」
モニターを見ると、エルフとオークが地面に転がったままでいる。

「これはな、深い霧に包まれた湖にある、青い古洋館に七名の男女が招かれるところからはじまるんじゃ。夜半から嵐がひどくなって、館はクローズドサークル化してしまう。どうじゃ、ミステリー好きにたまらんじゃろ」

「ですね」
僕もミステリーは嫌いではなかった。
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