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14 再会
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突如馬車を包囲され、御者を人質に取られ、縛られた上で馬車に放り込まれた。世間一般に聞く、いわゆる「誘拐」という状態。本で読んだことはあるが、まさか自分が体験することになろうとは。
そのまま、何分くらいそうしていたのだろう。
身体を痛めないよう受け身の姿勢をとったまま馬車に揺られていた私は、突如その揺れが止まるのを感じた。
ことの成行きを見守るため息を潜めていると、あの柄の悪そうな男の声が微かに聞こえてくる。
耳を向けても詳しくは聞き取ることはできなかった。しばらく何かしらのやり取りがあり、突然馬車の扉がキィ、と音を立てて開く。
目隠しをされていても薄暗い馬車の中から差し込んだ陽の光にしばし目を細めていると、柄の悪そうな男が近づいてくる気配がして、強引に立たされた。
強引に私を立たせた男は短く一言告げる。
「降りろ」
「ここで降ろされるってことは、目的地に着いたのね?」
「……」
確認するために問いかけると、返ってきたのは沈黙のみ。余計なお喋りはするなということだろうか。一人納得して、私は特に反抗することも無く素直に馬車を降りた。
「俺たちの仕事はここまでだ。御者は最初に言った通り解放してやる。ここからは依頼主の使用人がお前を案内するそうだ。命が惜しかったらくれぐれも大人しくすることだな、おしゃべりなお嬢様」
こちらの神経を逆立てるような言葉を選んでくる男に、私は敢えてにっこりと笑い返した。
「まあ、ご忠告ありがとう。よく心に刻んでおくわ」
「……食えねえお嬢様だ」
男はそれ以上私に構うことなく何処かへと去っていく。仕事の速さにかけては信頼があるようだ。裏稼業にはこういう荒事に慣れた手練の専門業者がいると聞くから、彼らもそういった手の者たちなのだろう。
闇に潜む彼らを排除し、裁くのも『法の番人』たるロアンヌ侯爵家の役目。いずれまた近いうちに相見えることもあるかもしれない。
しかし、今やるべきことは別にある。
「さて、依頼主とやらに会いに行こうじゃないの」
着いた場所はどこかの屋敷だろうか。馬車に放り込まれてから過ぎた時間から逆算すると、私が誘拐された地点からそこまで離れた場所ではないように思う。
古代魔法の『転移』が使えるのなら話は別だが、古代魔法は使い手が圧倒的に数が少なく、使われれば同じ使い手である私が気づかない筈がない。使われた形跡がないのなら、馬車から差し込んだ日差しの方角的に、王都から東の外れ辺りと予測できる。
王都の東の外れにはマーズ伯爵家の別邸がある。そうなれば相手の出方の予想は大方ついているけれど、なにせ久しぶりの再会となる。手荒な方法は取られたが、私はまだ手出ししないと決めている。
近づいてきた屋敷の使用人に目隠しを外され、足の枷も解かれる。魔法を警戒してか手枷は外れなかったが、久しぶりの開放感に身体を小刻みに動かして、具合を確認する。
受け身を取っていたことが幸いして、縄の跡がついた程度ですんでいた。
同じ姿勢を続けたことで凝り固まった身体をほぐしている間に長身の男が一人、私の前に現れて流麗な仕草で一礼してくる。
去る前に男が言っていた依頼主の使用人であろう。
その仕草だけで分かる隙のない身のこなしは、目の前の男がただの一介の執事でないことを証明するのに充分だった。
「ロアンヌ侯爵家のご令嬢。私はとある高貴な方に仕える執事でございます。今から貴方様をご案内致しますので、大人しく着いていただけると幸いにございます」
「それは脅しですか?」
身のこなしから一流の剣の使い手であることは明白。いくら『法の番人』たるロアンヌ侯爵家の令嬢であっても、私は剣の腕はからっきしだ。元々そういう身体を動かすことに向かない性質だったから、剣の腕を見抜く力はあっても対処できる訳ではない。
確認を兼ねた私の問いかけに、自称執事の男は柔和な笑みを浮かべた。
「いいえ、これはお願いです。ご令嬢相手に手荒な真似はしたくないだけでございます。ですが、ご令嬢に誘拐などという無礼な手法を用いたこと、改めて謝罪致します。されどご安心下さい。この屋敷においての貴方様の扱いはお客人。主様には丁重にもてなすようにと仰せつかっております」
「そう。抵抗さえしなければ客人として扱ってくれるということね」
「左様でございます」
「分かったわ。貴方の言うことに従います。私をここにお招きした、その高貴なお方とやらに会わせて貰えるかしら」
抵抗しなければ客人としてもてなすということは、裏を返せば抵抗すれば命はないということである。
実質こちらを脅しているのと何ら変わらないが、それには敢えて気づかないフリをする。
王国の裏の顔。司法を司り、王国の闇を葬る法の番人であるロアンヌ侯爵家を敵に回しても問題ないと考えるものは少ない。特にこのヴァンハート王国の貴族たちは絶対にロアンヌ侯爵家を敵にしようとは考えない。
――なぜなら、法の番人に背いた者たちはみな、表の舞台から姿を消しているからである。
ならば、最悪私を殺しても構わないと思っているものが今回私を誘拐した依頼主である。もしくは、そう考えているものと手を組んだ者、とどちらかが考えられる。
そして今回は、間違いなく後者だ。
入り組んだ屋敷の中を執事に案内されるままに突き進む。手枷が時々食い込んで顔を顰めそうになったが、表向きは涼しい表情をしてやり過ごす。
そうして歩き続けて、自称執事の男はとある扉の前で立ち止まった。
「さぁ、こちらです」
恭しく頭を下げた執事によって重厚な木の造りの扉が、ギギギ、と音を立てて開けられる。
灯りがろくになかった薄暗い屋敷内から突然光が差し込む室内があらわになり、逆光を浴びた私は咄嗟に目を細めた。
その中から出迎えたのはふたつの人影。二人はソファに座り、優雅にティータイムを楽しんでいる真っ最中だった。
寄り添う男女は入ってきた私を出迎えるべく立ち上がる。この短期間で仲睦まじい様子を見せる二人に、私はまた崩れそうになった無表情を慌てて引きしめた。
全くもって予想通りの人物がそこにいたからだ。
一人は真っ黒な髪と、蠱惑的な赤い瞳を持つ美女。私を目の敵にしていたミラベル・マーズ伯爵夫人。今日も身体のラインを強調する派手なドレスを着た彼女は、私をつまらなそうに見つめて、隣に立つ男に腕を絡める。
そして彼女の傍らに立つもう一人は、私がよく知る人物。
オールバックにした金髪と、怪しげな光を宿した琥珀の瞳が私の姿を見た途端、不気味に歪んだ。
「――やぁ、よく来たね。待っていたよ。僕の愛しのセシル」
輝く美貌は健在のまま、不気味に笑んだ表情を見せるアレクシス。
実に久方ぶりの再会だった。
そのまま、何分くらいそうしていたのだろう。
身体を痛めないよう受け身の姿勢をとったまま馬車に揺られていた私は、突如その揺れが止まるのを感じた。
ことの成行きを見守るため息を潜めていると、あの柄の悪そうな男の声が微かに聞こえてくる。
耳を向けても詳しくは聞き取ることはできなかった。しばらく何かしらのやり取りがあり、突然馬車の扉がキィ、と音を立てて開く。
目隠しをされていても薄暗い馬車の中から差し込んだ陽の光にしばし目を細めていると、柄の悪そうな男が近づいてくる気配がして、強引に立たされた。
強引に私を立たせた男は短く一言告げる。
「降りろ」
「ここで降ろされるってことは、目的地に着いたのね?」
「……」
確認するために問いかけると、返ってきたのは沈黙のみ。余計なお喋りはするなということだろうか。一人納得して、私は特に反抗することも無く素直に馬車を降りた。
「俺たちの仕事はここまでだ。御者は最初に言った通り解放してやる。ここからは依頼主の使用人がお前を案内するそうだ。命が惜しかったらくれぐれも大人しくすることだな、おしゃべりなお嬢様」
こちらの神経を逆立てるような言葉を選んでくる男に、私は敢えてにっこりと笑い返した。
「まあ、ご忠告ありがとう。よく心に刻んでおくわ」
「……食えねえお嬢様だ」
男はそれ以上私に構うことなく何処かへと去っていく。仕事の速さにかけては信頼があるようだ。裏稼業にはこういう荒事に慣れた手練の専門業者がいると聞くから、彼らもそういった手の者たちなのだろう。
闇に潜む彼らを排除し、裁くのも『法の番人』たるロアンヌ侯爵家の役目。いずれまた近いうちに相見えることもあるかもしれない。
しかし、今やるべきことは別にある。
「さて、依頼主とやらに会いに行こうじゃないの」
着いた場所はどこかの屋敷だろうか。馬車に放り込まれてから過ぎた時間から逆算すると、私が誘拐された地点からそこまで離れた場所ではないように思う。
古代魔法の『転移』が使えるのなら話は別だが、古代魔法は使い手が圧倒的に数が少なく、使われれば同じ使い手である私が気づかない筈がない。使われた形跡がないのなら、馬車から差し込んだ日差しの方角的に、王都から東の外れ辺りと予測できる。
王都の東の外れにはマーズ伯爵家の別邸がある。そうなれば相手の出方の予想は大方ついているけれど、なにせ久しぶりの再会となる。手荒な方法は取られたが、私はまだ手出ししないと決めている。
近づいてきた屋敷の使用人に目隠しを外され、足の枷も解かれる。魔法を警戒してか手枷は外れなかったが、久しぶりの開放感に身体を小刻みに動かして、具合を確認する。
受け身を取っていたことが幸いして、縄の跡がついた程度ですんでいた。
同じ姿勢を続けたことで凝り固まった身体をほぐしている間に長身の男が一人、私の前に現れて流麗な仕草で一礼してくる。
去る前に男が言っていた依頼主の使用人であろう。
その仕草だけで分かる隙のない身のこなしは、目の前の男がただの一介の執事でないことを証明するのに充分だった。
「ロアンヌ侯爵家のご令嬢。私はとある高貴な方に仕える執事でございます。今から貴方様をご案内致しますので、大人しく着いていただけると幸いにございます」
「それは脅しですか?」
身のこなしから一流の剣の使い手であることは明白。いくら『法の番人』たるロアンヌ侯爵家の令嬢であっても、私は剣の腕はからっきしだ。元々そういう身体を動かすことに向かない性質だったから、剣の腕を見抜く力はあっても対処できる訳ではない。
確認を兼ねた私の問いかけに、自称執事の男は柔和な笑みを浮かべた。
「いいえ、これはお願いです。ご令嬢相手に手荒な真似はしたくないだけでございます。ですが、ご令嬢に誘拐などという無礼な手法を用いたこと、改めて謝罪致します。されどご安心下さい。この屋敷においての貴方様の扱いはお客人。主様には丁重にもてなすようにと仰せつかっております」
「そう。抵抗さえしなければ客人として扱ってくれるということね」
「左様でございます」
「分かったわ。貴方の言うことに従います。私をここにお招きした、その高貴なお方とやらに会わせて貰えるかしら」
抵抗しなければ客人としてもてなすということは、裏を返せば抵抗すれば命はないということである。
実質こちらを脅しているのと何ら変わらないが、それには敢えて気づかないフリをする。
王国の裏の顔。司法を司り、王国の闇を葬る法の番人であるロアンヌ侯爵家を敵に回しても問題ないと考えるものは少ない。特にこのヴァンハート王国の貴族たちは絶対にロアンヌ侯爵家を敵にしようとは考えない。
――なぜなら、法の番人に背いた者たちはみな、表の舞台から姿を消しているからである。
ならば、最悪私を殺しても構わないと思っているものが今回私を誘拐した依頼主である。もしくは、そう考えているものと手を組んだ者、とどちらかが考えられる。
そして今回は、間違いなく後者だ。
入り組んだ屋敷の中を執事に案内されるままに突き進む。手枷が時々食い込んで顔を顰めそうになったが、表向きは涼しい表情をしてやり過ごす。
そうして歩き続けて、自称執事の男はとある扉の前で立ち止まった。
「さぁ、こちらです」
恭しく頭を下げた執事によって重厚な木の造りの扉が、ギギギ、と音を立てて開けられる。
灯りがろくになかった薄暗い屋敷内から突然光が差し込む室内があらわになり、逆光を浴びた私は咄嗟に目を細めた。
その中から出迎えたのはふたつの人影。二人はソファに座り、優雅にティータイムを楽しんでいる真っ最中だった。
寄り添う男女は入ってきた私を出迎えるべく立ち上がる。この短期間で仲睦まじい様子を見せる二人に、私はまた崩れそうになった無表情を慌てて引きしめた。
全くもって予想通りの人物がそこにいたからだ。
一人は真っ黒な髪と、蠱惑的な赤い瞳を持つ美女。私を目の敵にしていたミラベル・マーズ伯爵夫人。今日も身体のラインを強調する派手なドレスを着た彼女は、私をつまらなそうに見つめて、隣に立つ男に腕を絡める。
そして彼女の傍らに立つもう一人は、私がよく知る人物。
オールバックにした金髪と、怪しげな光を宿した琥珀の瞳が私の姿を見た途端、不気味に歪んだ。
「――やぁ、よく来たね。待っていたよ。僕の愛しのセシル」
輝く美貌は健在のまま、不気味に笑んだ表情を見せるアレクシス。
実に久方ぶりの再会だった。
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