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世捨て賢者は困惑中。
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──どうしてこうなったのか分からない。
明瞭にならない意識で、アウルムは焦っていた。
ただ一つ分かるのは自分が上半身裸で、おまけに四肢を縛られてベッドに横たわっているということ。
そして。
「私は心からお慕いしておりますのに……。貴方がちっとも気づいて下さらないから。私は最終手段に出ることにしたんです」
縛られた身体の上に馬乗りになりそう告げたのは、賢者として名を馳せる大魔術師アウルムの弟子である少女だと言うこと。
こちらを見下ろす少女は薄く透けた白い夜着を纏っている。16という齢が信じられないほど見事に育った肉惑的な肢体を惜しげもなく晒し、今まで見たこともないような色香を漂わせていた。
不意に少女がこちらに身体をよせてきた。少女から漂う甘く芳醇な香りがアウルムの鼻先にまで押し寄せてきて、思わずゴクリと唾を飲んだ。
とりあえず、これはとてもまずい気がする。とてつもなくまずい気がする。
相手はまだ16の少女だ。そして自分は『時止め』で身体の成長を20代で止めたとはいえ数百年を生きる賢者。その賢者である自分が何故か組み伏せられ、上に乗った弟子たる少女は薄い夜着一枚という格好。
これではまるで情事をするような……男女の営みを行おうとしているようではないか。
状況がイマイチ理解出来ていないまま焦りばかりが募るアウルムを余所に、未だ馬乗りになったままの少女は横たえられたアウルムの胸板を細い指ですうっとなぞった。
「──ッ!!」
何故かそれだけで背筋がゾクゾクし、縛られた四肢がビクリと揺れてベッドが軋んだ。その反応に満足したのか少女は紅を引いた唇に妖艶な笑みを浮かべた。
「薬が効いてきたのですね。よかった。ちゃんと効いてくれて。調合するの大変だったんですよ……?」
つつつ、と再び上半身をまさぐる指にビクビクと反応しながら恐る恐る少女に尋ねる。
「お、俺に何を飲ませたんだ?」
少女はこの問に対してニッコリ笑ってとんでもない解答をしてくれた。
「催淫薬ですわ」
「なっ……!?」
思わぬ答えに目を見開いて絶句する。
(催淫薬だと……!? 道理で身体が言うことを聞かないはずだ! ではこの状況はやっぱりアレか、アレなのか!? 貞操の危機ってやつか!? 俺が? 何で!?)
ますます混乱するアウルムを妖艶な笑みで見下ろした少女はその理由を告げる。
「今までどんなにアプローチしようと、気持ちを伝えようと貴方はまともに取り合ってくれませんでした。その上貴方は私にこう仰いましたわね。『そろそろ婚約者でも見つけてきたらどうだ』ですって? ふふ、……お義父さまのお気持ちはよぉく、よぉおく、分かりましたわ。私は『女』としてすら見られていなかったのですね」
ここで一旦言葉を切った少女は──賢者アウルムの愛弟子であり義理の娘であるシルフィスは実にいい笑顔でこう宣った。
「でしたら今から嫌でも意識してもらわねばと思いまして。ご覚悟なさいませ──『お義父さま』」
「~~~~!?」
血の繋がらない『娘』からの思わぬ宣告にかつて世界に名を馳せた大魔術師、賢者アウルムは声なき悲鳴をあげた。
♢♢♢
かつて世界を救った英雄の一人。他の追随を許さないほど魔術の扱いに長け、最高峰の大魔術師の名を欲しいままにした賢者アウルムが世捨て人となり深い森の奥でひっそりと暮らすようになったのは数百年も昔。
英雄の一人として魔王の戦いから勇者達と共に凱旋した彼は世の喧騒を嫌い、生き甲斐であった魔術の研究をするために誰の邪魔も入らない森に暮らすようになった。
心ゆくままに魔術を研究するには寿命が足りないという理由で己の肉体の年齢を永遠に止め、誰とも群れない一匹狼を貫いていた彼が偶然森の中にある泉に捨てられていた赤子を拾ったのは単なる気まぐれだった。
まだ生まれて間もないのか僅かに色が分かる程度にしか髪を生やしていない赤子は、酷く不安定な存在だった。その赤子は身体の小ささに似合わぬ膨大な魔力を持っていたのである。
僅かに分かる少しだけ生えた髪の色は、白淡。同じく抜けるような白い肌に、何が楽しいのか一人でキャッキャと笑んで細くなる目は赤みが強い紫。
「アルビノか。人族では珍しいな」
人族では滅多に見ないアルビノ種。白い肌を持ち大抵は白髪に赤眼。生まれながらに強大な魔力を有し、上手く魔力を扱う術を身につければ飛び抜けた実力を持つ魔術師になれる素養がある。しかし大抵は膨大な魔力を御しきれず、若くして命を落とす者も多い。
エルフ族であるアウルム自身も白銀の髪に赤銅の瞳をもつアルビノ種で、大魔術師と呼ばれた一因はその潜在的な魔力の多さにあった。
「さてどうするか……」
赤子を抱き上げたアウルムはしばし逡巡する。この森は比較的穏やかな気候で、住んでいる魔物も大人しい種ばかりだが、赤子にとって危険であるのには変わりない。増してや赤子は稀少なアルビノ種。膨大な魔力に惹かれてやってきた魔物に食い殺される可能性もあった。
「……よし、持って帰るか」
よいしょ、と呟いて荷物のように赤子を抱え直したアウルムはそのまま森深くにある自分の家に赤子を持って帰り、育てることにした。赤子を拾った泉は風の精霊が生息する地帯であったために『シルフィス』という名を与えられた赤子はアウルムの元ですくすくと育ち、16年経つ頃には立派な美少女になっていた。
いつか独り立ちしても十分に暮らしていけるようにと一般教養を教えた。本格的に弟子と認めてからは一通りの魔術と薬学の知識を授け、全てを学んだシルフィスは非常に利発で優秀な、アウルムとしてもどこに出しても恥ずかしくない自慢の弟子だった。
血は繋がっていなかったけれど『お義父さま』と一心にアウルムを慕い、一生懸命に勉強し、時には練習した魔術の成果を得意げに披露してくる姿には微笑まされたものだ。
ぷっくりと頬を膨らまして拗ねたり、眉間に皺を寄せて学術書と格闘するさま。ご飯ができたと呼びに来て、帰ってくればすぐに手元の作業をやめて「おかえりなさい!」と笑顔で出迎えてくれる。
日々色んな姿を見せる娘を見ながら、これが親子の情というものかと理解し、長年森の奥深くで孤独でいたアウルムはいつの間にか失っていた感情というものを取り戻していた。
その中でアウルムはふと思った。
肉体の年齢を永遠に止めたために成長することのなくなった自分と、どんどん成長し愛らしくなっていく娘。
仮にもしただのエルフでいたとしても、長寿である自分と短命の人族であるシルフィスとは過ごしている時の流れが違う。どんなに共に過ごしていてもやがて永遠の別れが来る。年月が経つ度に愛おしさが増して、いつか来る別れが怖くなっていく。
アウルムはこれでも数百年の時を生きた賢者だ。
素直に愛らしく好意を伝えてくるシルフィスの秘めた想いには気づいていた。自分を父としてではなく一人の『男』として好いてくれていたことに。
そしてアウルム自身もまたシルフィスに弟子としてでも娘としてでもなく女として恋慕の情を抱いていた。最初は確かに父として『娘』に向ける愛情だったかもしれない。だがいつしか一人の男として、シルフィスを求めていたのだ。
──しかし。シルフィスと自分では生きる時が違う。肉体の年齢を止めた自分はこれからも永遠に歳を取らない。そんな自分が仮にシルフィスと一緒になったとしていつか必ず来る別れに、彼女を失った悲しみに耐えられるだろうか?
「耐えられない……」
だからこそ心の奥底にシルフィスを求める気持ちを封印した。見て見ぬふりをし、娘の幸せな未来を願った。
それなのに。
娘は、シルフィスは自分を好きだと言う。
無邪気に純粋に、好意を伝えてくれている。
その想いに、いつか必ず別れは来るのに。
応えてしまっていいのだろうか?
自分はシルフィスの隣に居てもいいのだろうか?
(居てもいいのなら、俺はシルフィスの隣に在りたい)
シルフィスの隣でずっと──
♢♢♢
全てが終わったあと。シルフィスによって散々弄ばれてしまった後。
ぽつりぽつりとアウルムは己の心情を吐露する。長年秘め続けた想いはとめどなく言葉となって振り積もってゆく。
ベッドで横たわりひたすら吐露するアウルムの言葉を、シルフィスは黙って聞いていた。震えるアウルムの右手を握りしめて、真剣な表情で父であり、師であり、愛する男の言葉を静かに聞いていた。
「こんな俺でもいいのか? 失望しなかったか? 俺は臆病者だ。いつか来る別れが怖くてお前の想いに気づいていながら遠ざけようとした奴だ。……それでもいいのか?」
それでもいいのなら、俺はお前の傍にいたい。
微かに震える声音でそう呟いたアウルムにシルフィスは──
「いいに決まってるじゃないですか。両想いだったんですもの。何を迷う必要があるんですの?」
笑顔で一蹴した。
目を丸くして固まるアウルムにシルフィスは自ら抱きつく。長年慕い続けた青年は数百年も歳上のはずなのに、酷く幼く見えた。
「別れなんていつか必ず来るものですわ。それに脅えていたら何も始まりませんもの! そんなに別れが怖いならその怖さが吹き飛ぶほどの想い出をいっぱい作ればいいんです! 想い出がいっぱいあれば寂しくなんてありませんもの! それにいざとなったら私が肉体の年齢を止めます!」
シルフィスのさらなる宣言にアウルムはますます目を剥く。
「いや……不老と言うのはそんな簡単に決めることでは……そんなにいいものでもないんだぞ? 余程の物好きじゃなければまずしないぞ?」
オドオドと言葉を続けるアウルムにシルフィスはその口を自らの口を当てることで塞いだ。
「だから一人じゃありません。アウルムもいてくださるのでしょう? 二人で過ごせば寂しくなんかないですわ!」
ニッコリと愛らしく告げるシルフィスにアウルムはふっ、と力の抜けた笑みを浮かべた。重ねた右手に力を込め、シルフィスを抱きしめる。
「ああ、二人で想い出をたくさん作ろう。これまでも、これからも。ずっと一緒だ」
そうして見つめあった二人は、どちらからともなく顔を近づけ誓いのキスを交わすのであった──
─Fin─
明瞭にならない意識で、アウルムは焦っていた。
ただ一つ分かるのは自分が上半身裸で、おまけに四肢を縛られてベッドに横たわっているということ。
そして。
「私は心からお慕いしておりますのに……。貴方がちっとも気づいて下さらないから。私は最終手段に出ることにしたんです」
縛られた身体の上に馬乗りになりそう告げたのは、賢者として名を馳せる大魔術師アウルムの弟子である少女だと言うこと。
こちらを見下ろす少女は薄く透けた白い夜着を纏っている。16という齢が信じられないほど見事に育った肉惑的な肢体を惜しげもなく晒し、今まで見たこともないような色香を漂わせていた。
不意に少女がこちらに身体をよせてきた。少女から漂う甘く芳醇な香りがアウルムの鼻先にまで押し寄せてきて、思わずゴクリと唾を飲んだ。
とりあえず、これはとてもまずい気がする。とてつもなくまずい気がする。
相手はまだ16の少女だ。そして自分は『時止め』で身体の成長を20代で止めたとはいえ数百年を生きる賢者。その賢者である自分が何故か組み伏せられ、上に乗った弟子たる少女は薄い夜着一枚という格好。
これではまるで情事をするような……男女の営みを行おうとしているようではないか。
状況がイマイチ理解出来ていないまま焦りばかりが募るアウルムを余所に、未だ馬乗りになったままの少女は横たえられたアウルムの胸板を細い指ですうっとなぞった。
「──ッ!!」
何故かそれだけで背筋がゾクゾクし、縛られた四肢がビクリと揺れてベッドが軋んだ。その反応に満足したのか少女は紅を引いた唇に妖艶な笑みを浮かべた。
「薬が効いてきたのですね。よかった。ちゃんと効いてくれて。調合するの大変だったんですよ……?」
つつつ、と再び上半身をまさぐる指にビクビクと反応しながら恐る恐る少女に尋ねる。
「お、俺に何を飲ませたんだ?」
少女はこの問に対してニッコリ笑ってとんでもない解答をしてくれた。
「催淫薬ですわ」
「なっ……!?」
思わぬ答えに目を見開いて絶句する。
(催淫薬だと……!? 道理で身体が言うことを聞かないはずだ! ではこの状況はやっぱりアレか、アレなのか!? 貞操の危機ってやつか!? 俺が? 何で!?)
ますます混乱するアウルムを妖艶な笑みで見下ろした少女はその理由を告げる。
「今までどんなにアプローチしようと、気持ちを伝えようと貴方はまともに取り合ってくれませんでした。その上貴方は私にこう仰いましたわね。『そろそろ婚約者でも見つけてきたらどうだ』ですって? ふふ、……お義父さまのお気持ちはよぉく、よぉおく、分かりましたわ。私は『女』としてすら見られていなかったのですね」
ここで一旦言葉を切った少女は──賢者アウルムの愛弟子であり義理の娘であるシルフィスは実にいい笑顔でこう宣った。
「でしたら今から嫌でも意識してもらわねばと思いまして。ご覚悟なさいませ──『お義父さま』」
「~~~~!?」
血の繋がらない『娘』からの思わぬ宣告にかつて世界に名を馳せた大魔術師、賢者アウルムは声なき悲鳴をあげた。
♢♢♢
かつて世界を救った英雄の一人。他の追随を許さないほど魔術の扱いに長け、最高峰の大魔術師の名を欲しいままにした賢者アウルムが世捨て人となり深い森の奥でひっそりと暮らすようになったのは数百年も昔。
英雄の一人として魔王の戦いから勇者達と共に凱旋した彼は世の喧騒を嫌い、生き甲斐であった魔術の研究をするために誰の邪魔も入らない森に暮らすようになった。
心ゆくままに魔術を研究するには寿命が足りないという理由で己の肉体の年齢を永遠に止め、誰とも群れない一匹狼を貫いていた彼が偶然森の中にある泉に捨てられていた赤子を拾ったのは単なる気まぐれだった。
まだ生まれて間もないのか僅かに色が分かる程度にしか髪を生やしていない赤子は、酷く不安定な存在だった。その赤子は身体の小ささに似合わぬ膨大な魔力を持っていたのである。
僅かに分かる少しだけ生えた髪の色は、白淡。同じく抜けるような白い肌に、何が楽しいのか一人でキャッキャと笑んで細くなる目は赤みが強い紫。
「アルビノか。人族では珍しいな」
人族では滅多に見ないアルビノ種。白い肌を持ち大抵は白髪に赤眼。生まれながらに強大な魔力を有し、上手く魔力を扱う術を身につければ飛び抜けた実力を持つ魔術師になれる素養がある。しかし大抵は膨大な魔力を御しきれず、若くして命を落とす者も多い。
エルフ族であるアウルム自身も白銀の髪に赤銅の瞳をもつアルビノ種で、大魔術師と呼ばれた一因はその潜在的な魔力の多さにあった。
「さてどうするか……」
赤子を抱き上げたアウルムはしばし逡巡する。この森は比較的穏やかな気候で、住んでいる魔物も大人しい種ばかりだが、赤子にとって危険であるのには変わりない。増してや赤子は稀少なアルビノ種。膨大な魔力に惹かれてやってきた魔物に食い殺される可能性もあった。
「……よし、持って帰るか」
よいしょ、と呟いて荷物のように赤子を抱え直したアウルムはそのまま森深くにある自分の家に赤子を持って帰り、育てることにした。赤子を拾った泉は風の精霊が生息する地帯であったために『シルフィス』という名を与えられた赤子はアウルムの元ですくすくと育ち、16年経つ頃には立派な美少女になっていた。
いつか独り立ちしても十分に暮らしていけるようにと一般教養を教えた。本格的に弟子と認めてからは一通りの魔術と薬学の知識を授け、全てを学んだシルフィスは非常に利発で優秀な、アウルムとしてもどこに出しても恥ずかしくない自慢の弟子だった。
血は繋がっていなかったけれど『お義父さま』と一心にアウルムを慕い、一生懸命に勉強し、時には練習した魔術の成果を得意げに披露してくる姿には微笑まされたものだ。
ぷっくりと頬を膨らまして拗ねたり、眉間に皺を寄せて学術書と格闘するさま。ご飯ができたと呼びに来て、帰ってくればすぐに手元の作業をやめて「おかえりなさい!」と笑顔で出迎えてくれる。
日々色んな姿を見せる娘を見ながら、これが親子の情というものかと理解し、長年森の奥深くで孤独でいたアウルムはいつの間にか失っていた感情というものを取り戻していた。
その中でアウルムはふと思った。
肉体の年齢を永遠に止めたために成長することのなくなった自分と、どんどん成長し愛らしくなっていく娘。
仮にもしただのエルフでいたとしても、長寿である自分と短命の人族であるシルフィスとは過ごしている時の流れが違う。どんなに共に過ごしていてもやがて永遠の別れが来る。年月が経つ度に愛おしさが増して、いつか来る別れが怖くなっていく。
アウルムはこれでも数百年の時を生きた賢者だ。
素直に愛らしく好意を伝えてくるシルフィスの秘めた想いには気づいていた。自分を父としてではなく一人の『男』として好いてくれていたことに。
そしてアウルム自身もまたシルフィスに弟子としてでも娘としてでもなく女として恋慕の情を抱いていた。最初は確かに父として『娘』に向ける愛情だったかもしれない。だがいつしか一人の男として、シルフィスを求めていたのだ。
──しかし。シルフィスと自分では生きる時が違う。肉体の年齢を止めた自分はこれからも永遠に歳を取らない。そんな自分が仮にシルフィスと一緒になったとしていつか必ず来る別れに、彼女を失った悲しみに耐えられるだろうか?
「耐えられない……」
だからこそ心の奥底にシルフィスを求める気持ちを封印した。見て見ぬふりをし、娘の幸せな未来を願った。
それなのに。
娘は、シルフィスは自分を好きだと言う。
無邪気に純粋に、好意を伝えてくれている。
その想いに、いつか必ず別れは来るのに。
応えてしまっていいのだろうか?
自分はシルフィスの隣に居てもいいのだろうか?
(居てもいいのなら、俺はシルフィスの隣に在りたい)
シルフィスの隣でずっと──
♢♢♢
全てが終わったあと。シルフィスによって散々弄ばれてしまった後。
ぽつりぽつりとアウルムは己の心情を吐露する。長年秘め続けた想いはとめどなく言葉となって振り積もってゆく。
ベッドで横たわりひたすら吐露するアウルムの言葉を、シルフィスは黙って聞いていた。震えるアウルムの右手を握りしめて、真剣な表情で父であり、師であり、愛する男の言葉を静かに聞いていた。
「こんな俺でもいいのか? 失望しなかったか? 俺は臆病者だ。いつか来る別れが怖くてお前の想いに気づいていながら遠ざけようとした奴だ。……それでもいいのか?」
それでもいいのなら、俺はお前の傍にいたい。
微かに震える声音でそう呟いたアウルムにシルフィスは──
「いいに決まってるじゃないですか。両想いだったんですもの。何を迷う必要があるんですの?」
笑顔で一蹴した。
目を丸くして固まるアウルムにシルフィスは自ら抱きつく。長年慕い続けた青年は数百年も歳上のはずなのに、酷く幼く見えた。
「別れなんていつか必ず来るものですわ。それに脅えていたら何も始まりませんもの! そんなに別れが怖いならその怖さが吹き飛ぶほどの想い出をいっぱい作ればいいんです! 想い出がいっぱいあれば寂しくなんてありませんもの! それにいざとなったら私が肉体の年齢を止めます!」
シルフィスのさらなる宣言にアウルムはますます目を剥く。
「いや……不老と言うのはそんな簡単に決めることでは……そんなにいいものでもないんだぞ? 余程の物好きじゃなければまずしないぞ?」
オドオドと言葉を続けるアウルムにシルフィスはその口を自らの口を当てることで塞いだ。
「だから一人じゃありません。アウルムもいてくださるのでしょう? 二人で過ごせば寂しくなんかないですわ!」
ニッコリと愛らしく告げるシルフィスにアウルムはふっ、と力の抜けた笑みを浮かべた。重ねた右手に力を込め、シルフィスを抱きしめる。
「ああ、二人で想い出をたくさん作ろう。これまでも、これからも。ずっと一緒だ」
そうして見つめあった二人は、どちらからともなく顔を近づけ誓いのキスを交わすのであった──
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