筆頭騎士様の夜伽係

蓮実 アラタ

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6 思わぬ伏兵がそこにいました

「――よし決めた。お前、ヴィランの夜伽よとぎ相手になれ」

 身のすくむ思いで王太子殿下の運命の宣告を待っていた私に向け、当の本人が口に出した言葉は衝撃的なものだった。

「はぃいいいいいい!?」

 目を零さんがばかりに見開いて絶叫する。
 部屋の外に声が漏れるのではないか、とか突然の大声にヴィラン様が驚いた表情をしていたことなど、もはや目に入らない。というか気にする余裕がない。

「突然何を仰っているのですか!? よ、夜伽って……。何故私がそのようなことをせねばならぬのですか!!」

 思わずダン、と机に手を置いて立ち上がる。
 冗談ではない。なぜその思考に至ったのか私には理解できない。

 私の抗議にしかし王太子殿下はニヤリと口元をさらに歪めるのみで、それだけで何故だろう、私の背中にさらに悪寒が走る。

「いい質問だな。なに、答えは簡単だ。ヴィランの呪いを完全に解くのにお前の力が必要だからだ」
「それは分かりますけど。何故それが、その……夜伽、ということになるのですか!?」

 私はこれでも貴族令嬢の端くれだ。未だその身は処女なれど、夜伽がなにを意味するのか分からないほど純情ではない。

 つまりそれは、私がヴィラン様に夜のおつとめの相手になる、ということで……。
 相変わらずただこちらを見つめてくるだけのヴィラン様を見て、それを考えただけでぼん、と顔が赤くなる。

 私は首をブンブンと振ってその妄想を頭から追い出した。
 絶対に無理だ。そんなことできるわけがない!

「ご遠慮願います。確かに王太子殿下のお話を勝手に盗み聞きしたこと、壺を割ってしまった件につきましては私の責任ですが、それに見合う対価としてはいささか大袈裟ではありませんか?」

 ここは非公式の場。王太子殿下からも発言の許可は頂いている。今この瞬間において私は自由に主張することが可能だ。

 それを逆手に取り、せめてもの反抗としてキッと王太子殿下のサファイアの如く青い瞳を睨め付けるとかの御仁は悠然とした態度でそれを受け止める。

「確かにそうかもしれないな。しかしお前もヴィランの腹にある呪いの紋様を見ただろう? こいつには『黒の魔力』による呪いの中でも特に厄介な淫紋いんもんがかかっていてな。毎晩、欲望に抗いながら冷めない熱を逃がすために自慰行為を求められているんだ。しかし、その欲望を満たす度に淫紋の威力は増し、ヴィランの身体を支配しようとしている。王国の筆頭騎士であるこいつは国の最大戦力でもある。今ここでヴィランを失うわけにはいかないんだ」

 王太子殿下は秘されていた情報を明かす。その瞳は真剣そのもので、さらに抗議を続けようとした私もその迫力に思わず口を噤んだ。

 魔法による呪いは数あれど、聖魔力と対をなす黒の魔力の呪いは厄介なものである。聖魔力が破邪と治癒を司るなら、『黒の魔力』は汚染と災厄を司る。

 聖魔力と同様、扱えるものは極小数だが黒の魔力を極めたものの呪いはさらに厄介で、呪いの条件とその効力によっては聖魔力を持つものでも、解呪が困難な場合がある。

「本来、ヴィランの呪いは妹にかかるはずのモノだったんだ。東部戦線から帰還し、王都に凱旋した日。王城では祝杯を記念した夜会が開かれていた。そこに呪詛師が潜んでいて妹を狙って呪いが放たれた。ヴィランはそれを咄嗟に庇ったんだ。その結果、ヴィランの腹にこの紋様が浮かんだ。その日から呪いはヴィランを蝕むようになった」

 王太子殿下は悔やむような視線をヴィラン様に向ける。元々ヴィラン様は近衛騎士で、王族の警護を担当していた。東部戦線にも王太子殿下の護衛のために参加したのだという。

 そのためだろう。夜会に潜んでいた呪詛師の悪意を感じとり、頭で考えるよりも先に身体が動いた。いざと言う時王族の盾になるその身はその役目を忠実に果たしてしまった。

「長く続いた東部戦線を終わらせた。そのことでどこが気が緩んでいたのかもしれない。警護は万全にしていたはずだが、敵はその間をすり抜けてきた。そのせいでヴィランは呪いを受けることになった。私の責任だ」

 ぎゅっと拳を握りしめて王太子殿下は言葉を吐き出す。
 さらに聞けばヴィラン様の呪いが発覚したのは三日前。その間一人でずっとヴィラン様は呪いと戦っていた。

「淫紋は黒の魔力の呪いでも一際ひときわ強力なものだ。生半可な力では聖女でも解呪ができない。それに――」
「呪いを完全に解くまでの間、逃れられぬ欲望を満たすために付きっきりでついていなければならない。そのための夜伽、ということですか……」

 聖女は神殿が管理している。そして神殿の聖女は何よりも清らかであることが求められる。いくら王太子殿下の頼みとはいえ、性的な奉仕をするかもしれない淫紋の解除に神殿が聖女を差し向ける訳がない、か。

 私は神殿に実際にいたことがあるわけではないが、母から伝え聞く神殿の話はそれはもう色々と制限された厳しい環境だったらしい。

 清貧な淑女たることを求められ、聖女としての研鑽を積むために祈りを捧げ、請われるままに神殿を訪れる人のために力を使う。
 まさに籠の中の鳥、一生を神殿に捧げるだけの存在だと。

 確かに神殿はこの件に関して協力などしないだろうなぁ。淫紋の解除なんてむしろ聖女を穢す行為だと憤慨しそうだもの。

「お前が神殿に行かなかったのは勿論、聖女ジュリアの方針でもあろうが……本当は弟のためでは無いのか?」

 不意に響いた王太子殿下の言葉に、私の思考が止まる。

「お前は聖女としては破格の力を持っているようだ。神殿に赴いて研鑽を積めば、母を超える聖女として崇められる存在にもなれたかもしれない。しかしお前はそれをしなかった。何故だ?」

 鋭すぎる王太子殿下の質問に、私は声を震わせる。本当にこれだから、優秀な頭脳を持つ人は嫌だ。神童と呼ばれる弟を見ているからよく分かる。察しが良すぎるのだ。

「……それでは遅いからです。弟は領地で燻らせるには勿体ない程の逸材です。その頭脳は相応しい場所で、相応しい環境でこそ活きる。だから私はテレア王立学園に弟を通わせてあげたい。けれどそれにはお金がかかるから……」
「神殿の聖女は修行中の身では手当を出されることはない。いつ収入が確定するか分からない。だから安定した給金を得られる王城の使用人となったのか」
「弟のジュリオは今年で十五歳になります。テレア学園への入学を許される歳です。それまでに最低でも入学金を揃える必要がありましたから。いつまとまった収入を得られるか分からない聖女になるよりか、メイドとして働いた方が手っ取り早かったのです」

 シュレーン王国でも最難関と言われる名門テレア王立学園。他ならぬ王太子殿下もその学園を卒業した身で、そこに入学を許されれば将来を約束されたようなもの。

 最難関と言われるに相応しく入学試験は難しいようだが、ジュリオならば絶対に合格できる。

 物静かな愛すべき私の弟。頭がよすぎる故にオルグニット伯爵家の財政状況と自分の立場を弁え、自分のやりたいことを主張してこなかった弟。

 その弟が私にだけ明かした唯一の望みが、「テレア王立学園に通いたい」というものだった。

 絶対に叶えてあげたい。だから私は王城の使用人の募集に飛びつき、三年間メイドとしての給金の殆どを弟の入学の準備金として蓄えてきた。

「ジュリオ・オルグニットだったか。オルグニット伯爵家の優秀な神童の名は王都にも伝わっている。よし、それならば」

 王太子殿下は椅子から立ち上がると、こちらに近づいて私の前に立った。

「王太子ロズウェルの名においてジュリオ・オルグニットのテレア王立学園への入学推薦状を出す。なんなら入学金も私が出してやろう。壺の件についてもチャラにしてやる。その代わりにヴィランの夜伽相手になる。これでどうだ?」
「うぐっ……!」

 王太子殿下の新たな条件に、私はぐらりと心が傾く。私にとっては願ってもない破格の条件。これ以上ない魅力的な申し出だ。
 どうだ、これで文句ないだろうとばかりに底意地の悪い笑顔を見せる王太子殿下が憎らしい。

 が、まだ屈する訳にはいかない。
 何故なら、肝心の本人の意見を聞いていないのだもの……!

「ヴィラン様はどう思われますか!?」

 王太子殿下の憎たらしい視線を回避し、ここで今に至るまで何も発していなかった人物へ目を向ける。

「どう、とは……?」

 キョトンとした顔をして首を傾げるヴィラン様。その存外愛らしい動作に不覚にもキュンとしてしまいそうになりながら、ひるまずに問いかける。

「ヴィラン様は、私が、その……よ、夜伽相手になることについて、何も思われないのですか!?」

 夜伽という言葉に若干の羞恥心を覚えながら問かければ、ヴィラン様は黙ったまま私をスっと見下ろし、数分考えるような仕草をして。
 そして何を思ったかコツコツと足音をたてて私に近づいてくると。

 形の整った長いまつ毛を伏せて右手で私の手を取り、その場に膝まづくとあろうことかその手の甲に口付けしたのだ!

「ああ、君のような可憐な女性にこんなことを頼むのは申し訳ないが……私の相手になってくれたらこの上なく嬉しい」

 そう言ってフワリと微笑んだ。
 強烈な美貌を持つ御仁はその仕草の似合うこと。あまりの破壊力に、私は今度こそボン、と音をたて首から上を真っ赤に染めてしまった。


 こ、こんなところにおもわぬ伏兵がいたなんて! 私の味方は誰もいないの!?
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