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おまけの七夕
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『笹が欲しいって?』
怪訝な顔をして振りかえったムームに、ティフォは力強く頷いた。
「うん! 地球には七夕っていうイベントがあるんでしょ?」
『あー、もうすぐ七月七日か。てっきり犬に飽きて次はパンダを飼いたいと言い始めるのかと思ったぜ。真面目に地球のことを勉強していて、お前は偉いな』
えらいえらいと口ではそういいながらも、ムームは興味がないとばかりに3Dホログラムに映し出された大量のデータに視線を戻した。こっちを見もせずに手だけで適当に頭を撫でられ、ティフォはムッとしながらも撫でてくれるムームの手を振りほどけないのだ。ティフォはムームの手が好きだ。撫でられるのはもっと好きだった。
画面ばかりを見てこちらを向いてくれない愛しいダーリンの背中に、ティフォはぐりぐりと頭を押しつけた。ムームは笑いながらも、もう少し待てというばかりだ。
くつくつと笑う振動とムームの体温が頬から伝わってくるのを、ティフォは目を閉じて一人楽しむ。
「ね、調べてたらさ、七夕伝説って地球上のあちこちにあったんだよ。面白いよね。交流のない遠く離れた国で、同じ星空を見上げてさ。いろんな地球人がいろんなお話を言い伝えてきたんだよね。もしかしたら、ずっとずっっと昔にも、私たちみたいに宇宙人と地球人が種族を超えて恋人同士になったことがあったのかもしれないよねぇ。ふふふ。素敵だなぁ」
ティフォはべったりとくっついてムームの心音を聞きながら、独り言のように話し続けた。ムームは自分の声を気に入っているのだと、ティフォは知っていた。どれだけ集中していてもティフォの声には耳を傾けてくれているのだ。……きっと。
「でもどれも少し悲しいお話なんだよねぇ。それが何がどうなって日本では短冊に願い事を書いて笹に飾ることになったんだろうねぇ。日本っておもしろいな。そういえば笹って、川に流すのかな。この島に笹を流せるほどの川はないけど、結局は海に流れ着くんだからダイレクトに海に浮かべればいいのかな。それとも燃やす? 調べたらこれも地域によって違うみたいでさ。ムームのところは流す派だった? それとも燃やす派?」
『……しらん』
「んえ?」
『七夕なんてしたことない』
「七夕がない地域だったの?」
『いや、七夕飾りくらいはそこらへんの商店街でも飾ってたからな。見たことくらいはある』
「え? だって短冊は? 願い事は?」
『笹じゃ腹はふくれんだろ。終わったあとに笹をどうするのかなんて、考えたこともない』
「そっかぁ。……じゃあさ、やろうよ! ムームが今までしたことなかったこと全部、私がムームにプレゼントしたいな!」
『べつに俺はやりたくないんだがな。……聞いてますかねぇ』
ティフォがうきうきと準備しはじめたのを見て、ムームは仕方ないなとため息をつきつつ、つき合ってくれるのだった。ムームは優しい。
「笹って、ちくちくするんだねぇ」
なかば脅すようにして超特急で地球政府に準備させた笹に、ティフォは飾りや短冊を飾っていく。
『葉が鋭いからな。怪我するなよ』
「ムームは過保護だね」
『お前の触手は柔らかいだろ』
「ふふふ。そういうことにしておいてあげます。ムームは私の触手が好きだもんねぇ?」
ティフォはムームの体に触手を絡ませた。
触手で優しく撫でさすりながらも、逃げられないようにムームを拘束してから、しっかりと短冊を押しつける。
『げぇ。めんどくせえ。計画を立てたり作戦を練るのなら得意なんだがなぁ』
「だめだめ! 悪事じゃだめだからね? なるべくいいことで、こうなるといいなって希望を書くんだよ?」
ムームはもごもごと文句を言いながら、しぶしぶ紙を受けとるのだった。
「あれが天の川だよね?」
『そうなんじゃねぇか? 晴れててよかったな』
浜辺まで笹を運ぶムームの隣を歩きながら、ティフォは星空を見上げた。
太平洋のまんなかにぽつんと浮かんでいるこの小島には、光源らしき光源がない。
月は細い半月で、どこもかしこも暗かった。種族的に暗闇に強いティフォが、夜目の利かないムームの手を引いて歩く。
いつもは危ないからと日が暮れてからの外出にいい顔をしないムームも、さすがに今日は文句を言わなかった。
この非日常である七夕を楽しみにしている気持ちからか、星の輝きまでいつもより強く感じて、ティフォはムームの手をぶんぶんと振って歩く。ムームのもう片方の手で持っている笹が、つられてかさかさと音を立てて揺れていた。
ムームは砂浜に笹を置いて、着火剤を器用に使い火を放つ。火はぱっと燃え上がり、青々とした笹から煙が上がるのをティフォは真剣に見守った。
『えらく真剣だな』
「そりゃね。どうせなら願いごとを叶えて欲しいもん。ね、ムームはなんて書いたの?」
『俺? 俺は、お前が幸せに長生きしますようにって、心を込めて書いたぜ?』
「やだよ! 前も言ったでしょ。私一人で生きろっていうの? ムームはなんて酷い男だ!」
ティフォは頬を膨らませてぷりぷりと怒って見せた。
いや本当に怒っているわけではないが、怒ったフリでもしないと押し切られそうなのだ。
今までも寿命の違いについて、幾度となく話し合いながらも、二人の意見は歩み寄る様子を見せない。結論が出るまでには時間がかかりそうだなと、ティフォは不満げに触手をくねらせた。
『お前は短冊になんて書いたんだ?』
「私はね、ムームとずっとずうっと一緒にいられますようにって書いたよ。私のほうが真剣にお願いしたから、きっと私の願いが叶うと思うな!」
自慢気なティフォに、ムームは笑っているばかりだ。
『そりゃ叶うといいな』
「叶うんだから!」
『はいはいはい』
ぱちぱちと笹のはぜる音が波の音に重なって、心地よく響いている。
二人は手と触手をつないで、いつまでも夜空を見上げていた。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
ティフォの出てくるお話を産卵アンソロジーに寄稿しました。
10月10日のJ.GARDENに持っていきます。機会がありましたらよろしくお願いします!
怪訝な顔をして振りかえったムームに、ティフォは力強く頷いた。
「うん! 地球には七夕っていうイベントがあるんでしょ?」
『あー、もうすぐ七月七日か。てっきり犬に飽きて次はパンダを飼いたいと言い始めるのかと思ったぜ。真面目に地球のことを勉強していて、お前は偉いな』
えらいえらいと口ではそういいながらも、ムームは興味がないとばかりに3Dホログラムに映し出された大量のデータに視線を戻した。こっちを見もせずに手だけで適当に頭を撫でられ、ティフォはムッとしながらも撫でてくれるムームの手を振りほどけないのだ。ティフォはムームの手が好きだ。撫でられるのはもっと好きだった。
画面ばかりを見てこちらを向いてくれない愛しいダーリンの背中に、ティフォはぐりぐりと頭を押しつけた。ムームは笑いながらも、もう少し待てというばかりだ。
くつくつと笑う振動とムームの体温が頬から伝わってくるのを、ティフォは目を閉じて一人楽しむ。
「ね、調べてたらさ、七夕伝説って地球上のあちこちにあったんだよ。面白いよね。交流のない遠く離れた国で、同じ星空を見上げてさ。いろんな地球人がいろんなお話を言い伝えてきたんだよね。もしかしたら、ずっとずっっと昔にも、私たちみたいに宇宙人と地球人が種族を超えて恋人同士になったことがあったのかもしれないよねぇ。ふふふ。素敵だなぁ」
ティフォはべったりとくっついてムームの心音を聞きながら、独り言のように話し続けた。ムームは自分の声を気に入っているのだと、ティフォは知っていた。どれだけ集中していてもティフォの声には耳を傾けてくれているのだ。……きっと。
「でもどれも少し悲しいお話なんだよねぇ。それが何がどうなって日本では短冊に願い事を書いて笹に飾ることになったんだろうねぇ。日本っておもしろいな。そういえば笹って、川に流すのかな。この島に笹を流せるほどの川はないけど、結局は海に流れ着くんだからダイレクトに海に浮かべればいいのかな。それとも燃やす? 調べたらこれも地域によって違うみたいでさ。ムームのところは流す派だった? それとも燃やす派?」
『……しらん』
「んえ?」
『七夕なんてしたことない』
「七夕がない地域だったの?」
『いや、七夕飾りくらいはそこらへんの商店街でも飾ってたからな。見たことくらいはある』
「え? だって短冊は? 願い事は?」
『笹じゃ腹はふくれんだろ。終わったあとに笹をどうするのかなんて、考えたこともない』
「そっかぁ。……じゃあさ、やろうよ! ムームが今までしたことなかったこと全部、私がムームにプレゼントしたいな!」
『べつに俺はやりたくないんだがな。……聞いてますかねぇ』
ティフォがうきうきと準備しはじめたのを見て、ムームは仕方ないなとため息をつきつつ、つき合ってくれるのだった。ムームは優しい。
「笹って、ちくちくするんだねぇ」
なかば脅すようにして超特急で地球政府に準備させた笹に、ティフォは飾りや短冊を飾っていく。
『葉が鋭いからな。怪我するなよ』
「ムームは過保護だね」
『お前の触手は柔らかいだろ』
「ふふふ。そういうことにしておいてあげます。ムームは私の触手が好きだもんねぇ?」
ティフォはムームの体に触手を絡ませた。
触手で優しく撫でさすりながらも、逃げられないようにムームを拘束してから、しっかりと短冊を押しつける。
『げぇ。めんどくせえ。計画を立てたり作戦を練るのなら得意なんだがなぁ』
「だめだめ! 悪事じゃだめだからね? なるべくいいことで、こうなるといいなって希望を書くんだよ?」
ムームはもごもごと文句を言いながら、しぶしぶ紙を受けとるのだった。
「あれが天の川だよね?」
『そうなんじゃねぇか? 晴れててよかったな』
浜辺まで笹を運ぶムームの隣を歩きながら、ティフォは星空を見上げた。
太平洋のまんなかにぽつんと浮かんでいるこの小島には、光源らしき光源がない。
月は細い半月で、どこもかしこも暗かった。種族的に暗闇に強いティフォが、夜目の利かないムームの手を引いて歩く。
いつもは危ないからと日が暮れてからの外出にいい顔をしないムームも、さすがに今日は文句を言わなかった。
この非日常である七夕を楽しみにしている気持ちからか、星の輝きまでいつもより強く感じて、ティフォはムームの手をぶんぶんと振って歩く。ムームのもう片方の手で持っている笹が、つられてかさかさと音を立てて揺れていた。
ムームは砂浜に笹を置いて、着火剤を器用に使い火を放つ。火はぱっと燃え上がり、青々とした笹から煙が上がるのをティフォは真剣に見守った。
『えらく真剣だな』
「そりゃね。どうせなら願いごとを叶えて欲しいもん。ね、ムームはなんて書いたの?」
『俺? 俺は、お前が幸せに長生きしますようにって、心を込めて書いたぜ?』
「やだよ! 前も言ったでしょ。私一人で生きろっていうの? ムームはなんて酷い男だ!」
ティフォは頬を膨らませてぷりぷりと怒って見せた。
いや本当に怒っているわけではないが、怒ったフリでもしないと押し切られそうなのだ。
今までも寿命の違いについて、幾度となく話し合いながらも、二人の意見は歩み寄る様子を見せない。結論が出るまでには時間がかかりそうだなと、ティフォは不満げに触手をくねらせた。
『お前は短冊になんて書いたんだ?』
「私はね、ムームとずっとずうっと一緒にいられますようにって書いたよ。私のほうが真剣にお願いしたから、きっと私の願いが叶うと思うな!」
自慢気なティフォに、ムームは笑っているばかりだ。
『そりゃ叶うといいな』
「叶うんだから!」
『はいはいはい』
ぱちぱちと笹のはぜる音が波の音に重なって、心地よく響いている。
二人は手と触手をつないで、いつまでも夜空を見上げていた。
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ティフォの出てくるお話を産卵アンソロジーに寄稿しました。
10月10日のJ.GARDENに持っていきます。機会がありましたらよろしくお願いします!
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