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127.アトリエの準備

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「そうなのねぇ。とっても興味深いわ。それならちょうどいい布があるのよ。こちらへどうぞ」


 モリーさんの飛べない翅が、艶めくビロードのマントのようにひるがえる。

 俺はその後ろ姿に誘われるようについて行った。



 機織はたおが何台も置いてある作業部屋では、何人かの蚕の昆虫人がはたを織っていた。

 トントンカタンと一定のリズムが耳に心地いい。

 邪魔をしないように気をつけながらも、しっかりと観察しながら通り抜けた。



「ここにある布は、注文に応じた色にあとから染めるため、あえて染色せずに生糸のまま織った布なのよ。染色した糸で織った布のほうが保存しておくときに傷みにくいから、あまり生糸で布は織らないの。薄手の布ならなおさらね。
 だからあまり生産していなくて。私の工房でも、ここにある布ですべてなのよ」


 たくさんなくてごめんなさいねといいながら俺に布を手渡そうとしてくるモリーさん。

 俺は慌てて、手のひらを服でゴシゴシと拭いてから受けとった。

 手袋をしてから触るべきだと思うくらい、明らかに上質な絹布だった。



 天女の羽衣みたいな薄手の布は、向こうがわが透けて見える薄さにも関わらず、しっかりとした強度も兼ね備えていた。
 さすがシルク。




「ありがとうございます。すごくいい布です。繭からとった糸なんですよね。俺、大切に使います」

「ありがとう。そういってもらえると嬉しいわ。どの糸も孵化したあとの繭からとった糸なのよ。そうだ。あなたがいつか卵を産んだら、孵化したあとに残った繭を布にしてあげるわ。きっといい記念になるわよ」

「えっ、卵なのに、繭が残るんですか!?」

「そうねぇ。なんといえば分かりやすいのかしら。アキュース神さまの金の糸でできた卵なのよ。よく見ないと、繭だとは思わないでしょうね。だから、卵でもあるし、繭でもあるわねぇ」

「とても、すごいですね。孵化したあとの卵からでも、糸を作り出せるなんて、すごい」

「ふふふ。お褒めいただき光栄です。この手は日常生活を送るには不便だけれど、そのかわり繊細な作業に適しているのよ」

「……では、いつか、よろしくお願いします」



 俺はオーニョさんの赤い尻尾を思い出して、少し照れた。

 俺が卵を産むなんて想像もできないが、いつかそんな日が来たら。

 いつか。


 ――オーニョさんと幸せな家庭を築きたい。







 布のサイズ、質感ともにしっかり吟味をして、一番しっくりくる絹布を購入させてもらった。


 こちらの世界でも絵を描き続けるなら、またお世話になるだろう。

 しっかりとお礼をいって、工房をあとにする。






 第一目標の絹布は手に入れた。

 薄暗い坑道のような道を戻れば、まだ日は高く、足もとに小さな影ができた。

 昼前だろうか。




 まだ時間があるのならとその足で木材屋へ出向き、角材を指定サイズに加工して、木枠を作ってもらった。


 一般的に絹枠と呼ばれるこの木枠に、絹布を貼りつけて絵を描くのだ。

 この絹枠は布の張力に耐え得るように、職人さんに頼んでしっかりと頑丈に作ってもらう。

 それなりに大きなサイズの絹枠なので、ルルルフさんと相談して、ライラ母さんの家に運んでもらうことに決まった。


 子沢山だったライラ母さんの家は、広い。
 子供が巣立った今は空き部屋がたくさんあるので、遠慮なく好きな部屋を使うように勧められていたのだ。


 ライラ母さんも日本画に興味津々で、それなら気軽に見学できるようにと、ライラ母さんの隣の部屋を一つアトリエとして貸してもらうことにしたのだ。


 甘えてばかりで申し訳ないと恐縮する俺に、甘えてもらえることが嬉しいと微笑むライラ母さん。

 いつか、ライラ母さんにも絵を描いてプレゼントできたらいいなと思った。



 そのとき俺は、どんな絵を描くんだろう。



 この世界で、俺はまた絵を描けるようになるんだろうか。 

魔法の本に描いているイラストとは違う、俺だけの絵を。





 絵を描く準備が整ったとしても、描けるとは限らないのだ。

 寒々しいアパートの部屋に置き去りにしてきてしまった俺の絵を思い出す。


 今さら俺に、どんな絵が描けるのだろうか。





 それでも俺は、アトリエの準備を着実に進めていった。



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