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番外編 1122の日
しおりを挟む「ユーキ、ここは?」
「今日は伴侶の日だって、聞いたから。えっと、俺が予約した部屋、です」
いぶかしむオーニョさんを強引に宿泊施設の部屋に連れ込んだ俺は、もにょもにょと説明を試みていた。
この異世界では、かつてアキュース神さまが渡来人である伴侶さまに出会った日を、祝いの日として定めているのだそうだ。
日本でのいい夫婦の日、みたいものらしい。
「しかし、子どもたちは」
「それなら、夜までルルルフさんが見てくれてるから、大丈夫、です」
五歳になった息子二人は、夜までルルルフさんが見ていてくれる手はずになっていた。
ライラ母さんを見送って気落ちしていたルルルフさんは、忙しくしていたほうが気が紛れると、今日だけでなく常日頃から子どもの面倒をみてくれている。というかルルルフさんを一人にできなくて、ほぼ一緒に暮らしている状態なのだ。
そんなルルルフさんが、俺とオーニョさんに二人の時間をプレゼントしたいと言って、この宿泊施設をお膳立てしてくれたのだった。子供のお世話のサポート付きで。至れり尽くせりだ。
俺も、たしかに子どもが生まれてから二人きりの時間ってなかったよなと思い、ルルルフさんの厚意にありがたく甘えることにしたのだ。
このルルルフさんがお勧めしてくれた宿泊施設は、端的に言ってしまえばラブホテルなのだが、見晴らしのいい場所に点在していてまるでコテージのようだった。前は断崖絶壁で、隣の建物からも離れている。プライバシーが守られているのが、嫌というほどよく分かる造りになっていた。
窓から見える景色は、遠くまで一面の赤い砂漠だ。
断崖絶壁の景色に落ち着かない俺は、カーテンを閉めようと窓に近寄った。
窓から見える赤い砂漠は、強すぎる日差しに照らされて、風によってできた規則的な波状の起伏がまるで凪の海のように白く光を反射している。
まだ日は高く、日暮れまで半日は時間があるなと思いながら、俺はカーテンを閉めて薄暗くなった室内に目を向けた。
部屋の中は普通の家のようになっていて、緊張していた気持ちも少し落ち着いてきたようだ。
いやだって俺、ラブホテルとか生まれてこのかた行ったことないし、なんかこう、卑猥な室内だったらいたたまれないなとちょっとだけ心配していたんだ。
部屋を見て安心したら、今度は俄然興味がわいてきた。俺は、本来の目的をうっかり忘れて、わくわくしながら他の部屋も見てまわった。
ゆったりした大きなソファ、清潔な浴室、簡単なキッチンまでついていて、最後の部屋は大きな獣人でも使えそうな広々としたベッドルームだった。
俺は、そういう目的のためだけのベッドだと思い出して、今さらながら赤面してしまう。慌ててベッドルームの扉をしめようとしていた俺の手に、オーニョさんの手が重なった。
いつの間にか、背後にオーニョさんが立っていた。
「では、今日が伴侶の日だから、と?」
背後に立つオーニョさんを振り返れば、なんだか複雑な顔をしている。
扉とオーニョさんに挟まれて、妙な圧を感じるんだけど、な、なんで? もしかして、嫌、だった……?
「う、うん。えっと、オーニョさんが、その、いやじゃなかったら……なんだけどね。ルルルフさんが、オーニョさんにサプライズプレゼントしたらどうかって、ここを教えてくれたの。子どもが生まれてから、お互いにゆっくりする暇、なかったなって思って」
俺は話しながら、オーニョさんが喜んでくれるに違いないと思いあがっていた自分に気付き、恥ずかしく悲しい気持ちでいっぱいになった。
「ルルルフか。……そうか。それなら、いいんだ」
「いや、本当に……オーニョさんが嫌なら、無理しないで。あの、オーニョさんに聞かずに勝手に予約して、ごめんなさい……」
「嫌じゃない。そうじゃないんだ」
「で、でも」
「……いや、すまない。正直に言うと、ユーキがこういう目的の宿を知っていたことに、ひどく動揺したんだ。せっかく準備してくれたのに、悪かった」
「ど、どうよう?」
「もしかしたら、ここに、誰かと来たことがあったのだろうか、と……」
「……は!? え!? お、俺が!? な、ないよ!?」
「ああ。そうだよな。我ながらユーキのこととなると、些細なことで余裕がなくなるんだ。どうかしていた。すまない」
オーニョさんのふわふわの尻尾がしゅんとしてしまった。
俺はオーニョさんの大きな体をよしよしと抱き締めならが、驚きのあまりふと思ったことを何も考えず口にしてしまっていた。
「オーニョさんはここに来たことがあったの?」
「いや、ここはないな」
「……ここ、は……ね」
部屋に気まずい沈黙が流れる。
「あの、ユーキ」
「オーニョさんは、黙ってて!」
俺の勢いにひるんだオーニョさんの鼻が、ひゅんひゅんと情けなく鳴っている。
でも知るもんか。
俺は無言のままぐいぐいとオーニョさんをベッドへと押しやり、押し倒し、オーニョさんの上に馬乗りになった。
そのままオーニョさんの頭のピーリャを乱暴にむしり取る。赤い髪が、ベッドの白いシーツによく映えていた。
これを、俺以外の人が見たことがあるんだと思うだけで、お腹の底がぐつぐつと煮え立つような気持ちになった。
オーニョさんがカッコいいのは分かっている。優しいし、モテないはずがない。俺と出会う前のことだ。そんなこと、分かっている。
だけど! 今まで、考えないようにしてきたのに! これは、オーニョさんが、悪い!!
オーニョさんも自分の失態をよく理解しているのか、ひゅんひゅん鼻を鳴らしながらも、俺にされるがままになってくれている。
俺は、オーニョさんの腕を頭上で一まとめにすると、手にしたピーリャでゆるく縛った。
ちょっと動かしたら、すぐに解けるだろう緩さだ。
俺は涙目でオーニョさんを睨みつけたまま、こう言い放った。
「腕のピーリャを解いたら、もう口をきかないんだからね! 今日は、俺が許すまで、オーニョさんは、動いちゃダメ!!」
オーニョさんはこの世の終わりみたいな顔をしながら、律儀に無言のまま、頷いたのだった。
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