55 / 122
55
しおりを挟む
――すごい、ふわっふわだ……。
毛布のような、ぬいぐるみのような、いつまでも触っていたくなる毛に、わたしはつい、テンションが上がってしまう。
獣化棟について、今日、最初にブラッシングをすることになったのは羊だった。
獣人だからか、実際の羊のように、脂でべたついていることがない。まさに、見た目のイメージ通りにもふもふとしている。
真面目にブラッシングをするつもりではあるが、こうしてふわふわの毛を触れるのは、役得だよなあ、と思う。前世とは違い、今の家いは動物が一匹もいない。
「――ツノ、気をつけてね」
背後からアルディさんに話しかけられて、わたしはぎくり、と一瞬固まってしまった。毛に癒されていたのがバレたかな、なんて、ちょっと思ってしまう。ちらっと顔を見れば、別に怒っているわけじゃなさそうだ。セーフ。多分。
カインくんは一緒にいるとき、大抵掃除をしていたから、対して気にならなかったけど、アルディさんはじっとこっちを見ている。何かあったらすぐに対応できるように、ということなんだろう、時折ぴょこぴょこと耳が動いているし。ほんの少し、壁に寄りかかるような体勢だけれど、周囲への警戒を怠っていないのが分かる。
でも、やっぱり、じっと見られていると緊張するというか、圧があるというか……。
わたしのブラッシングは褒めてもらうことが多いけど、それだって結局は下手の横好き、というか、前世で飼っていたペットたちのブラッシングでやっていた経験があるだけで、トリマーの学校とか、そういう場所で学んだわけじゃない。
だから、正しい自信がないので、なにか間違えていないかな……とドキドキしてしまうのだ。
特に何も言わないなら大丈夫だよね、と思ってブラッシングを進めていると「オルテシア嬢」と話しかけられる。まずい、なにか手順が違ったかな。
びっくりして後ろを振返ると、結構近くにアルディさんが立っていた。全然気が付かなかった……いつ移動したんだろう。
「――怖くないの?」
「……え?」
間違いを指摘されたわけじゃなく、ただ、そんな疑問を投げかけられた。思ってもみない言葉に、わたしは完全に手を止めてしまう。
「あんな目にあって。僕らが――獣人が、怖くないの?」
確かに、よくよく考えたら、あんな風に思い切り噛みつかれるシーンを見て、わたしが勝手に転んだわけだけど、同時に怪我もしたのは事実。
普通の令嬢だったら、獣人が、獣化した彼らが怖い、と思ってしまうのも無理はないだろう。
――でも、わたしは、獣人が怖くないか、なんて、考えたこともなかった。
毛布のような、ぬいぐるみのような、いつまでも触っていたくなる毛に、わたしはつい、テンションが上がってしまう。
獣化棟について、今日、最初にブラッシングをすることになったのは羊だった。
獣人だからか、実際の羊のように、脂でべたついていることがない。まさに、見た目のイメージ通りにもふもふとしている。
真面目にブラッシングをするつもりではあるが、こうしてふわふわの毛を触れるのは、役得だよなあ、と思う。前世とは違い、今の家いは動物が一匹もいない。
「――ツノ、気をつけてね」
背後からアルディさんに話しかけられて、わたしはぎくり、と一瞬固まってしまった。毛に癒されていたのがバレたかな、なんて、ちょっと思ってしまう。ちらっと顔を見れば、別に怒っているわけじゃなさそうだ。セーフ。多分。
カインくんは一緒にいるとき、大抵掃除をしていたから、対して気にならなかったけど、アルディさんはじっとこっちを見ている。何かあったらすぐに対応できるように、ということなんだろう、時折ぴょこぴょこと耳が動いているし。ほんの少し、壁に寄りかかるような体勢だけれど、周囲への警戒を怠っていないのが分かる。
でも、やっぱり、じっと見られていると緊張するというか、圧があるというか……。
わたしのブラッシングは褒めてもらうことが多いけど、それだって結局は下手の横好き、というか、前世で飼っていたペットたちのブラッシングでやっていた経験があるだけで、トリマーの学校とか、そういう場所で学んだわけじゃない。
だから、正しい自信がないので、なにか間違えていないかな……とドキドキしてしまうのだ。
特に何も言わないなら大丈夫だよね、と思ってブラッシングを進めていると「オルテシア嬢」と話しかけられる。まずい、なにか手順が違ったかな。
びっくりして後ろを振返ると、結構近くにアルディさんが立っていた。全然気が付かなかった……いつ移動したんだろう。
「――怖くないの?」
「……え?」
間違いを指摘されたわけじゃなく、ただ、そんな疑問を投げかけられた。思ってもみない言葉に、わたしは完全に手を止めてしまう。
「あんな目にあって。僕らが――獣人が、怖くないの?」
確かに、よくよく考えたら、あんな風に思い切り噛みつかれるシーンを見て、わたしが勝手に転んだわけだけど、同時に怪我もしたのは事実。
普通の令嬢だったら、獣人が、獣化した彼らが怖い、と思ってしまうのも無理はないだろう。
――でも、わたしは、獣人が怖くないか、なんて、考えたこともなかった。
326
あなたにおすすめの小説
【完結】たれ耳うさぎの伯爵令嬢は、王宮魔術師様のお気に入り
楠結衣
恋愛
華やかな卒業パーティーのホール、一人ため息を飲み込むソフィア。
たれ耳うさぎ獣人であり、伯爵家令嬢のソフィアは、学園の噂に悩まされていた。
婚約者のアレックスは、聖女と呼ばれる美少女と婚約をするという。そんな中、見せつけるように、揃いの色のドレスを身につけた聖女がアレックスにエスコートされてやってくる。
しかし、ソフィアがアレックスに対して不満を言うことはなかった。
なぜなら、アレックスが聖女と結婚を誓う魔術を使っているのを偶然見てしまったから。
せめて、婚約破棄される瞬間は、アレックスのお気に入りだったたれ耳が、可愛く見えるように願うソフィア。
「ソフィーの耳は、ふわふわで気持ちいいね」
「ソフィーはどれだけ僕を夢中にさせたいのかな……」
かつて掛けられた甘い言葉の数々が、ソフィアの胸を締め付ける。
執着していたアレックスの真意とは?ソフィアの初恋の行方は?!
見た目に自信のない伯爵令嬢と、伯爵令嬢のたれ耳をこよなく愛する見た目は余裕のある大人、中身はちょっぴり変態な先生兼、王宮魔術師の溺愛ハッピーエンドストーリーです。
*全16話+番外編の予定です
*あまあです(ざまあはありません)
*2023.2.9ホットランキング4位 ありがとうございます♪
死に戻りの元王妃なので婚約破棄して穏やかな生活を――って、なぜか帝国の第二王子に求愛されています!?
神崎 ルナ
恋愛
アレクシアはこの一国の王妃である。だが伴侶であるはずの王には執務を全て押し付けられ、王妃としてのパーティ参加もほとんど側妃のオリビアに任されていた。
(私って一体何なの)
朝から食事を摂っていないアレクシアが厨房へ向かおうとした昼下がり、その日の内に起きた革命に巻き込まれ、『王政を傾けた怠け者の王妃』として処刑されてしまう。
そして――
「ここにいたのか」
目の前には記憶より若い伴侶の姿。
(……もしかして巻き戻った?)
今度こそ間違えません!! 私は王妃にはなりませんからっ!!
だが二度目の生では不可思議なことばかりが起きる。
学生時代に戻ったが、そこにはまだ会うはずのないオリビアが生徒として在籍していた。
そして居るはずのない人物がもう一人。
……帝国の第二王子殿下?
彼とは外交で数回顔を会わせたくらいなのになぜか親し気に話しかけて来る。
一体何が起こっているの!?
ちょっと不運な私を助けてくれた騎士様が溺愛してきます
五珠 izumi
恋愛
城の下働きとして働いていた私。
ある日、開かれた姫様達のお見合いパーティー会場に何故か魔獣が現れて、運悪く通りかかった私は切られてしまった。
ああ、死んだな、そう思った私の目に見えるのは、私を助けようと手を伸ばす銀髪の美少年だった。
竜獣人の美少年に溺愛されるちょっと不運な女の子のお話。
*魔獣、獣人、魔法など、何でもありの世界です。
*お気に入り登録、しおり等、ありがとうございます。
*本編は完結しています。
番外編は不定期になります。
次話を投稿する迄、完結設定にさせていただきます。
出稼ぎ公女の就活事情。
黒田悠月
恋愛
貧乏公国の第三公女リディアは可愛い弟二人の学費を稼ぐために出稼ぎ生活に勤しむ日々を送っていた。
けれど人見知りでおっちょこちょいのリディアはお金を稼ぐどころか次々とバイトをクビになりいよいよ出稼ぎ生活は大ピンチ!
そんな時、街で見つけたのはある求人広告で……。
他サイトで投稿しています。
完結済みのため、8/23から毎日数話ずつラストまで更新です。
せっかく転生したのにモブにすらなれない……はずが溺愛ルートなんて信じられません
嘉月
恋愛
隣国の貴族令嬢である主人公は交換留学生としてやってきた学園でイケメン達と恋に落ちていく。
人気の乙女ゲーム「秘密のエルドラド」のメイン攻略キャラは王立学園の生徒会長にして王弟、氷の殿下こと、クライブ・フォン・ガウンデール。
転生したのはそのゲームの世界なのに……私はモブですらないらしい。
せめて学園の生徒1くらいにはなりたかったけど、どうしようもないので地に足つけてしっかり生きていくつもりです。
少しだけ改題しました。ご迷惑をお掛けしますがよろしくお願いします。
家族から邪魔者扱いされた私が契約婚した宰相閣下、実は完璧すぎるスパダリでした。仕事も家事も甘やかしも全部こなしてきます
さら
恋愛
家族から「邪魔者」扱いされ、行き場を失った伯爵令嬢レイナ。
望まぬ結婚から逃げ出したはずの彼女が出会ったのは――冷徹無比と恐れられる宰相閣下アルベルト。
「契約でいい。君を妻として迎える」
そう告げられ始まった仮初めの結婚生活。
けれど、彼は噂とはまるで違っていた。
政務を完璧にこなし、家事も器用に手伝い、そして――妻をとことん甘やかす完璧なスパダリだったのだ。
「君はもう“邪魔者”ではない。私の誇りだ」
契約から始まった関係は、やがて真実の絆へ。
陰謀や噂に立ち向かいながら、互いを支え合う二人は、次第に心から惹かれ合っていく。
これは、冷徹宰相×追放令嬢の“契約婚”からはじまる、甘々すぎる愛の物語。
指輪に誓う未来は――永遠の「夫婦」。
転生してモブだったから安心してたら最恐王太子に溺愛されました。
琥珀
恋愛
ある日突然小説の世界に転生した事に気づいた主人公、スレイ。
ただのモブだと安心しきって人生を満喫しようとしたら…最恐の王太子が離してくれません!!
スレイの兄は重度のシスコンで、スレイに執着するルルドは兄の友人でもあり、王太子でもある。
ヒロインを取り合う筈の物語が何故かモブの私がヒロインポジに!?
氷の様に無表情で周囲に怖がられている王太子ルルドと親しくなってきた時、小説の物語の中である事件が起こる事を思い出す。ルルドの為に必死にフラグを折りに行く主人公スレイ。
このお話は目立ちたくないモブがヒロインになるまでの物語ーーーー。
【完結】モブのメイドが腹黒公爵様に捕まりました
ベル
恋愛
皆さまお久しぶりです。メイドAです。
名前をつけられもしなかった私が主人公になるなんて誰が思ったでしょうか。
ええ。私は今非常に困惑しております。
私はザーグ公爵家に仕えるメイド。そして奥様のソフィア様のもと、楽しく時に生温かい微笑みを浮かべながら日々仕事に励んでおり、平和な生活を送らせていただいておりました。
...あの腹黒が現れるまでは。
『無口な旦那様は妻が可愛くて仕方ない』のサイドストーリーです。
個人的に好きだった二人を今回は主役にしてみました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる