婚約破棄された地味姫令嬢は獣人騎士団のブラッシング係に任命される

ゴルゴンゾーラ三国

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 どうして。どうしてか……。

「……心配だったから、ですかね?」

 身も蓋もない言い方をすれば、わたしがここに来たって、なにもすることはない。仮にいつかまたブラッシング係に戻ることになったとしても、今は違うし。第二騎士団の団員ではなくなったから、なにかできることもないし、そもそも、ブラッシングばかりしてきたから、こういうときの対処法すら知らない。
 でも、アルディさんのことが気になって、ここまで来てしまった。

「だって、あんなに急に姿が変わったんです、関節とか、いろいろ痛くなりそうだなって……」

 すす、とアルディさんがまた文字を書く。

『痛い、ない。本当』

 身をよじったり、一瞬立ち上がったり、これでもか、というくらい、動いて元気な姿を見せてくれる。
 強がりではなく、本当に大丈夫らしい。同じ国で生きている獣人のこと、知らないことばかりだな……。

「……よかった」

 なにはともあれ一安心だ。
 わたしの言葉を聞いたアルディさんはしっぽをまた立てて、皿にまた前脚をつけるかどうか、迷っているようだった。ちょんちょんと前脚が上下する姿がなんだか可愛い。

 ――ぱしゃん。

 唐突に彼は前脚を皿につけたまま、顔を上げた。でも、こっちを見ていない。せわしなく、彼の耳が動いている。
 アルディさんの視線を向いている方をたどれば、そこにはサギスさんがいた。――腰に下げた剣の柄を握っている。

「な、なにを――アルディさんは大丈夫だって――」

「お嬢様、静かに」

 ――いや、違う。サギスさんの視線もまた、こちらに向いていない。彼の態度からして、アルディさんにいい感情を抱いていないのは分かっているが、でも、決して害そうとしているわけじゃなさそうだ。彼の視線の先は、獣化棟の外へと繋がる扉へ向いていた。

 二人が何を警戒しているのか分からなかったが、次第に、わたしの耳にも届くほど、ばたばたと品のない足音が聞こえてくる。その音に、アルディさんだけでなく、檻にいた全員が反応して、近くに寄ってくる。
 ――……異様な、雰囲気。
 ぴりぴりと、全員が全員、警戒していることが伝わってくる。

 ――バタン!

 勢いよく、扉が開く音がした。獣化棟の扉を、誰かが開けた。
 いや、誰か、なんて、とぼけなくたって、扉を開けたらすぐにわたしのいる廊下があるのだから、開けた誰かのことなんて、一発で見える。
 でも、『誰か』と、濁して、そこにいる男のことを認めたくなかった。

「リアン、王子――」

 かつての婚約者。
 わたしに『地味姫』と名付けた張本人。

 この国の第二王子が、そこにいた。
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