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わたしの告白を聞いて少しの間の後、ジェゼベルドは重々しく言った。
「――……つまり、去勢をしてくればいいんですね?」
と。
「エッ」
全く想像していなかった反応に、わたしは変な声が出る。
「い、いや、あの、その……」
わたしの恐怖は未経験によるもの。「そんなことが怖いんですか」とか「やってみれば案外大丈夫なものです」とか、そういう反応を正直想像していた。
でも、ジェゼベルドの表情を見るに、全然冗談ではない。わたし以上に真剣な顔をしている。
驚きで涙も引っ込んでしまった。
「そ、そこまでしなくても……」
思わず、わたしはそんな言葉を口から出した。わたしとしては、「じゃあそういう行為はなしにしましょう」というのを、一番期待していたのである。
でも、実際は、その想像を遥かに超えた答えだった。確かに去勢をしてしまえば、そういう行為をしたくても出来ないので、何よりも安全な証明となる。
だからと言って、そこまでしてほしいわけじゃない。
しかし。
「無理です。夢にまで見た貴女がすぐそこに居て、貴女の許可はないけれど、貴女に手を出す権利はある。こんな状況で、死ぬまで絶対手を出さない自信はありません。あ、いえ、もちろん、努力はいたしますが」
まくし立てるように早口でジェゼベルドが言葉を並べる。
「仮に、貴女が痛みを感じないように抱く、という話になっても、無理です。女を知らない僕が、暴走しないわけがない。――それで貴女に完全に嫌われてしまうくらいなら、やっぱり去勢を選びます」
「ひえぇ」
ジェゼベルドから『圧』のようなものを感じて、わたしはなにも言い返せなくなってしまった。
今ここで、わたしが「じゃあお願い」と、一言でも去勢に対して肯定的になれば、絶対に病院で『取って』くる。そんな気迫を感じた。
本気なの? と聞き返さなくても分かるくらいにジェゼベルドは真剣だった。
「そうと決まれば病院の予約を取らないといけませんね。大丈夫、貯金はありますし、仕事も休みをとりやすいものですから。すぐに『取って』きます」
「ま、まま、待って!」
わたしが肯定しなくても、話はどんどん進んでいった。ソファから立ち上がって、おそらく病院を探そうとするのであろうジェゼベルドの服の裾を引っ張る。
後先考えずにジェゼベルドの裾を引っ張ってしまったが、しかし、今ここでこの手を話してしまったら、間違いなく近いうちにジェゼベルドの『モノ』はなくなる。
怖いけど、そこまで彼に強制したくない。
「ジェ、ジェゼベルドが、その、『取った』ところで、次は六人目が来るかもしれないよ」
そしてその次が、アリヴィドたちや、ジェゼベルドのような人間である可能性は非常に低い。
わたしも、そろそろ、本気で腹をくくらいといけないのだ。自分のためにも。
今ここで頑張ればなんとかなるかもしれないチャンスを逃したら、それこそ姉が話した『初体験』のようになってしまうかもしれない。
それに、ジェゼベルドはわたしに、過去を思い出させるためとは言え、彼自身が隠したい秘密を教えてくれたのだ。
全て彼に負担させるのは、駄目だと思うのだ。
――そればかり、考えていた。
「……? 貴女が、男が苦手で経験がないのは分かりますが、アリヴィドさん達も今後手を出さないんですか?」
「――アッ」
失敗した。わたしにとってはアリヴィドたちはそれぞれパートナーがいて、わたしに絶対手を出さないただの同居人、という認識が強いが、それをジェゼベルドには詳しく話していない……と、思う。
少なくともわたしは話していない。アリヴィドたちが話した場合は知らないが、でも、内容が内容だけに、まだ言っていないんじゃないかと思う。
「アリヴィドたちは……まあ……、うん。あの、いろいろあって……あの、詳しく聞きたいなら本人たちから聞いて」
わたしは言い訳を考えることを放棄した。多分、わたしなんかより、関係を隠し続けてきた彼らの方が、言い訳はよっぽどいいものがあるだろう。
「と、とにかく、現状はこの家で、わたしを、その、なんていうか……えっと、だ、抱きたい、とか、そういう、そんな感じに思っているのは、あの、ジェゼベルドだけ、だと、思う……」
しどろもどろになりながら言うと、ジェゼベルドはぴしりと固まってしまった。そしてゆっくりと両手で顔を隠した。
「ど、どうしてそんなことを言ってしまうんですか!」
諦められなくなるじゃないですか、と言うジェゼベルドの耳は真っ赤だ。
「『銀の子』を独り占めするのなんて不可能で、『銀の子』を好きになってしまったのなら、嫉妬の感情と一生付き合っていかないといけないと思っていたのに……!」
確かに、『銀の子』は純度の高い魔力の子を産む為に複数人の妻ないし夫を迎えることを義務付けられているが、それは複数の種類の純度の高い魔力の子が欲しい、ということで。
もちろん、必ずしも複数の配偶者を持ったとして、同じ割合でそれぞれの子供をもうけることが出来るとは限らない。『銀の子』が女だった場合は特に。
しかし、だからと言って、夫一人もしくは妻一人だけを迎えてたくさんの子供を作る、では駄目なのだ。それだと、純度の高い魔力を持つ属性の数が偏ってしまう。
国としては、なるべくいろんな種類の高純度の魔力が欲しいのだから。
だからこそ、『銀の子』を好きになってしまったら、誰かと共有することが大前提となってくる。――わたし以外の『銀の子』では。
「ジェゼベルドは、その、ど、どのくらい、我慢できる……?」
わたしの口からは、そんな言葉が出た。
無理だ、逃げろ、男は怖いものだから、お姉ちゃんが言ってたじゃない、というわたしと、今ここで頑張らないともっと酷いことになるかもしれないからジェゼベルドを信用して頑張れ、と言うわたしが頭の中で争って、少しだけ後者が勝った結果である。
言ってから、やっぱり逃げたい、まだ撤回出来るかな、という感情がわいてきて、後悔しているのも、事実だが。
「い、今すぐは、無理。絶対、無理。でも、その、いつか、いつかは頑張るし、頑張れるように努力するし、だから、その……きょ、去勢は、しなくて、いい」
勇気を振り絞って、これ以上ないくらい頑張ったのに、ジェゼベルドからは返事がない。沈黙に耐えられなくなったわたしは、「何か言って」と掴んだままの彼の裾を引っ張った。
すぅ、と長く息を吸ったかと思うと、ジェゼベルドは早口で「では、性欲を減退させる魔法道具を用意します」と言った。
「そ、そんなものあるの?」
わたしはグレイみたいに魔法道具のコレクターじゃないから、家事で使うような魔法道具くらいしか知らない。ましてや、男が怖いと、そういった性的なものからも逃げてきたのだ。
「いえ、ありません。だから開発しなければ。早急に、早急に!」
「で、できるの?」
魔法道具の開発って、すごく大変なんじゃなかったっけ。今、魔法道具を作っている会社の九割近くが、既に開発されている魔法道具の改良をするばかりで、新しく魔法道具を開発するところはほとんどない。
新しい効果の魔法道具が開発されると、ニュースになって、しばらくはその話題で持ちきりになるくらい、滅多にないことだ。
「出来る出来ない、ではありません。やります、作ります。貴女の信用を勝ち取る為に、そうしないといけないのならば。なんでもすると言ったはずです。幸いにも、僕は魔法道具技師ですから。ゼロから勉強しなくていいのは助かりますね」
「魔法道具技師……」
生活の基盤が全て魔法で出来ているこの国で欠かせないのが、魔法技師と魔法道具技師だ。どちらも高給取りで、花形の職業である。人気職ではあるけれど、実際、なるのが難しいし、仕事が忙しくて続けるのも難しいと聞く。
魔法道具を作る魔法道具技師だから、嘘発見器なんて珍しい魔法道具を持っていたんだろうか。
「『あまり無体を働かないであげてくれ』と言われたのに、今のままでは守れそうにありませんし」
誰から言われたんだろう、そんなこと。
聞いてみれば、ルトゥールがこの部屋から出ていくときに言われたらしい。何か耳打ちをしていたが、あれか。ルトゥールもルトゥールで、わたしのことをきちんと考えてくれてはいるらしい。
「大丈夫、今はまだ、理性が勝っています。貴女を傷つけるようなことはしたくない。――もし、いつか、貴女の準備が出来たら、貴女にもっと触れる権利を、一番に、僕にください」
ソファに座るわたしの前にひざまずき、彼はわたしの手を取る。
彼だけじゃない、わたしも頑張らないといけない。出来るかどうか分からないけど、このままじゃいけないのが分かっているなら、行動にしないといけないのだ。
「――うん」
わたしは消えてしまうような小さな声で、頷いた。
「――……つまり、去勢をしてくればいいんですね?」
と。
「エッ」
全く想像していなかった反応に、わたしは変な声が出る。
「い、いや、あの、その……」
わたしの恐怖は未経験によるもの。「そんなことが怖いんですか」とか「やってみれば案外大丈夫なものです」とか、そういう反応を正直想像していた。
でも、ジェゼベルドの表情を見るに、全然冗談ではない。わたし以上に真剣な顔をしている。
驚きで涙も引っ込んでしまった。
「そ、そこまでしなくても……」
思わず、わたしはそんな言葉を口から出した。わたしとしては、「じゃあそういう行為はなしにしましょう」というのを、一番期待していたのである。
でも、実際は、その想像を遥かに超えた答えだった。確かに去勢をしてしまえば、そういう行為をしたくても出来ないので、何よりも安全な証明となる。
だからと言って、そこまでしてほしいわけじゃない。
しかし。
「無理です。夢にまで見た貴女がすぐそこに居て、貴女の許可はないけれど、貴女に手を出す権利はある。こんな状況で、死ぬまで絶対手を出さない自信はありません。あ、いえ、もちろん、努力はいたしますが」
まくし立てるように早口でジェゼベルドが言葉を並べる。
「仮に、貴女が痛みを感じないように抱く、という話になっても、無理です。女を知らない僕が、暴走しないわけがない。――それで貴女に完全に嫌われてしまうくらいなら、やっぱり去勢を選びます」
「ひえぇ」
ジェゼベルドから『圧』のようなものを感じて、わたしはなにも言い返せなくなってしまった。
今ここで、わたしが「じゃあお願い」と、一言でも去勢に対して肯定的になれば、絶対に病院で『取って』くる。そんな気迫を感じた。
本気なの? と聞き返さなくても分かるくらいにジェゼベルドは真剣だった。
「そうと決まれば病院の予約を取らないといけませんね。大丈夫、貯金はありますし、仕事も休みをとりやすいものですから。すぐに『取って』きます」
「ま、まま、待って!」
わたしが肯定しなくても、話はどんどん進んでいった。ソファから立ち上がって、おそらく病院を探そうとするのであろうジェゼベルドの服の裾を引っ張る。
後先考えずにジェゼベルドの裾を引っ張ってしまったが、しかし、今ここでこの手を話してしまったら、間違いなく近いうちにジェゼベルドの『モノ』はなくなる。
怖いけど、そこまで彼に強制したくない。
「ジェ、ジェゼベルドが、その、『取った』ところで、次は六人目が来るかもしれないよ」
そしてその次が、アリヴィドたちや、ジェゼベルドのような人間である可能性は非常に低い。
わたしも、そろそろ、本気で腹をくくらいといけないのだ。自分のためにも。
今ここで頑張ればなんとかなるかもしれないチャンスを逃したら、それこそ姉が話した『初体験』のようになってしまうかもしれない。
それに、ジェゼベルドはわたしに、過去を思い出させるためとは言え、彼自身が隠したい秘密を教えてくれたのだ。
全て彼に負担させるのは、駄目だと思うのだ。
――そればかり、考えていた。
「……? 貴女が、男が苦手で経験がないのは分かりますが、アリヴィドさん達も今後手を出さないんですか?」
「――アッ」
失敗した。わたしにとってはアリヴィドたちはそれぞれパートナーがいて、わたしに絶対手を出さないただの同居人、という認識が強いが、それをジェゼベルドには詳しく話していない……と、思う。
少なくともわたしは話していない。アリヴィドたちが話した場合は知らないが、でも、内容が内容だけに、まだ言っていないんじゃないかと思う。
「アリヴィドたちは……まあ……、うん。あの、いろいろあって……あの、詳しく聞きたいなら本人たちから聞いて」
わたしは言い訳を考えることを放棄した。多分、わたしなんかより、関係を隠し続けてきた彼らの方が、言い訳はよっぽどいいものがあるだろう。
「と、とにかく、現状はこの家で、わたしを、その、なんていうか……えっと、だ、抱きたい、とか、そういう、そんな感じに思っているのは、あの、ジェゼベルドだけ、だと、思う……」
しどろもどろになりながら言うと、ジェゼベルドはぴしりと固まってしまった。そしてゆっくりと両手で顔を隠した。
「ど、どうしてそんなことを言ってしまうんですか!」
諦められなくなるじゃないですか、と言うジェゼベルドの耳は真っ赤だ。
「『銀の子』を独り占めするのなんて不可能で、『銀の子』を好きになってしまったのなら、嫉妬の感情と一生付き合っていかないといけないと思っていたのに……!」
確かに、『銀の子』は純度の高い魔力の子を産む為に複数人の妻ないし夫を迎えることを義務付けられているが、それは複数の種類の純度の高い魔力の子が欲しい、ということで。
もちろん、必ずしも複数の配偶者を持ったとして、同じ割合でそれぞれの子供をもうけることが出来るとは限らない。『銀の子』が女だった場合は特に。
しかし、だからと言って、夫一人もしくは妻一人だけを迎えてたくさんの子供を作る、では駄目なのだ。それだと、純度の高い魔力を持つ属性の数が偏ってしまう。
国としては、なるべくいろんな種類の高純度の魔力が欲しいのだから。
だからこそ、『銀の子』を好きになってしまったら、誰かと共有することが大前提となってくる。――わたし以外の『銀の子』では。
「ジェゼベルドは、その、ど、どのくらい、我慢できる……?」
わたしの口からは、そんな言葉が出た。
無理だ、逃げろ、男は怖いものだから、お姉ちゃんが言ってたじゃない、というわたしと、今ここで頑張らないともっと酷いことになるかもしれないからジェゼベルドを信用して頑張れ、と言うわたしが頭の中で争って、少しだけ後者が勝った結果である。
言ってから、やっぱり逃げたい、まだ撤回出来るかな、という感情がわいてきて、後悔しているのも、事実だが。
「い、今すぐは、無理。絶対、無理。でも、その、いつか、いつかは頑張るし、頑張れるように努力するし、だから、その……きょ、去勢は、しなくて、いい」
勇気を振り絞って、これ以上ないくらい頑張ったのに、ジェゼベルドからは返事がない。沈黙に耐えられなくなったわたしは、「何か言って」と掴んだままの彼の裾を引っ張った。
すぅ、と長く息を吸ったかと思うと、ジェゼベルドは早口で「では、性欲を減退させる魔法道具を用意します」と言った。
「そ、そんなものあるの?」
わたしはグレイみたいに魔法道具のコレクターじゃないから、家事で使うような魔法道具くらいしか知らない。ましてや、男が怖いと、そういった性的なものからも逃げてきたのだ。
「いえ、ありません。だから開発しなければ。早急に、早急に!」
「で、できるの?」
魔法道具の開発って、すごく大変なんじゃなかったっけ。今、魔法道具を作っている会社の九割近くが、既に開発されている魔法道具の改良をするばかりで、新しく魔法道具を開発するところはほとんどない。
新しい効果の魔法道具が開発されると、ニュースになって、しばらくはその話題で持ちきりになるくらい、滅多にないことだ。
「出来る出来ない、ではありません。やります、作ります。貴女の信用を勝ち取る為に、そうしないといけないのならば。なんでもすると言ったはずです。幸いにも、僕は魔法道具技師ですから。ゼロから勉強しなくていいのは助かりますね」
「魔法道具技師……」
生活の基盤が全て魔法で出来ているこの国で欠かせないのが、魔法技師と魔法道具技師だ。どちらも高給取りで、花形の職業である。人気職ではあるけれど、実際、なるのが難しいし、仕事が忙しくて続けるのも難しいと聞く。
魔法道具を作る魔法道具技師だから、嘘発見器なんて珍しい魔法道具を持っていたんだろうか。
「『あまり無体を働かないであげてくれ』と言われたのに、今のままでは守れそうにありませんし」
誰から言われたんだろう、そんなこと。
聞いてみれば、ルトゥールがこの部屋から出ていくときに言われたらしい。何か耳打ちをしていたが、あれか。ルトゥールもルトゥールで、わたしのことをきちんと考えてくれてはいるらしい。
「大丈夫、今はまだ、理性が勝っています。貴女を傷つけるようなことはしたくない。――もし、いつか、貴女の準備が出来たら、貴女にもっと触れる権利を、一番に、僕にください」
ソファに座るわたしの前にひざまずき、彼はわたしの手を取る。
彼だけじゃない、わたしも頑張らないといけない。出来るかどうか分からないけど、このままじゃいけないのが分かっているなら、行動にしないといけないのだ。
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