言葉の通じない世界に転生した侯爵令嬢は、気が付いたら婚約破棄されて獣人騎士の新しい夫に愛されてました

ゴルゴンゾーラ三国

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 異世界に転生したら、前世の知識で無双したり、特別な能力を授かったり、何か素敵なことが起こるんじゃないかって、本気で信じていた。物語みたいな奇跡だからこそ、どうせそんなことにはならないから、だからこそ、もしそんな奇跡が起こるなら物語のようになるのだと、疑いもしなかった。

 ――でも、現実なんて、ろくなものではないことは、分かっていたのに。物語が現実になってしまったら、それはもう、物語の奇跡じゃない。

『アルシャ、お前との婚約を破棄させてもらう!』

 わたしの目の前で、金髪の美青年が、何か怒鳴っている。――そう、何かを。
 アルシャ、という、わたしの名前を呼ばれたのは分かるが、細かいところは分からない。

 この世界の言葉を、わたしは使うことが出来ないから。

 生まれた瞬間から、もう、前世の記憶があったからだろうか。前世の母国語、という下地が出来ている分、この世界での母国語を、わたしは上手く習得することが、出来なかった。

 ざわざわと、周りがどよめく。でも、なんとなく、やっぱりね、と皆、わたしをあざ笑っているような気がした。何を言っているか分からなくたって、場の雰囲気を察することは出来る。
 わたしは曖昧に、優雅さを忘れないようにほほ笑んだ。結構な地位にいると察せられる令嬢に生まれたわたしだが、周りを見るに、そういう令嬢は動揺を悟られてはいけない、らしい。言葉が上手く通じないわたしは、とにかく笑顔だけは絶やさないように、ということなのか、笑顔の練習はやたらさせられたのだ。

 こんな、皆がいるようなパーティーの場で言わなくたっていいじゃないか、と思いながら、わたしは笑う。

『流石頭足らず。こんな風にしても、自分が置かれた立場は分からないらしい』

 青年が笑う。あ、今、なんか馬鹿にされたな。『頭足らず』がどういう意味なのかは分からないが、頭、と、ない、という単語で組み合わさった言葉だ。馬鹿とか、阿呆とか、そういう意味に違いない。会話をするほどの言語能力はないが、ゆっくりとであれば、単語を追うことくらいは出来るのだ。

『――ごめん、なさい』

 わたしが死ぬ気で覚えた、謝罪の言葉。話せなくて、何を言っているのか理解出来なくて、申し訳なくて。
 いつも、本当に謝れているのか不安になりながら、この言葉を絞り出す。

『ハッ! 謝罪の言葉すらまともに発音できんとは。ソルテラ侯爵家の長女だからと婚約したが、こんな娘がこの第二王子・アディジクトの妃になると思うと、ぞっとする。なあ、ティナ』

 ソルテラ、という、わたしの家名。長女、というのと、この男の名前、アディジクト、というのは聞き取れた。
 わたしを馬鹿にするような瞳と、男――アディジクトの隣に寄り添う女。

 ……あれ、もしかしてこれ、今、わたし、ネット小説でよく見る婚約破棄のシーンだったりする?
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