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「やだ、やだぁ!」

 わたしは泣きながら身をよじる。前世の言葉を使ったって通じるわけがないのに。髪だって、強く握られて引きはがせない。ぶちぶちと何本も髪が抜けていく感覚がするも、なおも引っ張られ、自由にならない。

『おっと暴れるな! しかし言葉が話せないって本当なんだな。これなら俺らのことをバラされる心配もないし、好き勝手できて最高だぜ』

 目の前にナイフを持ってこられ、わたしはぎくり、と体をこわばらせる。このまま首を切られてしまうのだろうか。

「し、死にたくない、死にたくない……!」

 なんとかこの場から逃げたいのに、怖くて腰が抜けたのか下半身に力が入らないし、血が滴るナイフから目をそらすことが出来ない。

「だ、誰か、誰か助けて――っ!」

 叫んだって、誰も来ない。わたしの言葉は、誰にも届かない。
 そう、思っていたのに。

『お前たち、何をしているんだ』

 その声に、男たちだけでなく、わたしも視線が自然と動く。
 黒ベースに、黄色のインナーカラーが縞のように見える髪が特徴の男が、森の中から現れた。御者を害した男たちとは違い、かっちりとした、制服のようなものを着ている。
 でも、わたしや男たちと決定的に違うのは、獣の耳としっぽが生えていることだ。

 ――獣人。

 姿絵を見せて貰ったことは何度かあるが、本物を見るのは初めてだ。

「た、助けて、お願い、助けて……っ」

 わたしが何を言っているのか、彼に通じるわけがない。そう思いながらも、わたしは助けを乞うことしか出来なかった。

「……少し待っていろ」

 ――男の声に、わたしは思わず思考が停止する。

 あれほど恐怖して切羽詰まっていたはずなのに、時が止まったように感じた。

 今、言葉が、通じた――?

 男の言葉はまぎれもなく、わたしが二十余年前世で使ってきた言語だった。
 男の言葉が分かったことに衝撃を受けていたのも一瞬。ぐい、と髪を引っ張られ、一気に現実へと引き戻される。

『その耳としっぽ、お前、ヴェスティエ人か? 悪いがこれは同意なんだ、邪魔しないで貰おうか』

『同意? 到底そうは見えないが』

『彼女との同意じゃねえ。彼女の母親からの依頼なんだよ。御者を殺して、山賊に襲われたように艤装しろ、ってな。報酬はこいつさ。俺らの好きにしていいってよ』

 わたしの髪を引っ張る男と、獣人の男が何かを言い合っている。全部、言葉を拾い上げることが出来ない。
 わたしが固唾を飲んで成り行きを見守っていると、獣人の男が呆れたような溜息を吐いた。

『馬鹿なことを。そんなことをペラペラ喋って、逆にお前らが処分されるとは考えないのか』

『うるせえ! ヴェスティエ人が、黙ってろ! ここはラトソール王国だぞ、下手なことは出来ねえだろうが』

 にやにやと笑う男と、無表情な獣人の男。獣人の男が劣勢なの? 助けて貰えないの……?
 見ず知らず、今会ったばかりの男に助けを求めるのがずうずうしいのは分かっている。でも、わたしが生き残るためには、これしか方法がない。

 わたしは祈るように指を組んだ。

「――少し、目を塞いで耳を閉じていろ」

 獣人の男の、いたって冷静な声。わたしは、その言葉に素直に従った。ほんの少し威圧感があるその言葉の言うとおりにするのが、最善だと、わたしの勘が言っていた。
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