言葉の通じない世界に転生した侯爵令嬢は、気が付いたら婚約破棄されて獣人騎士の新しい夫に愛されてました

ゴルゴンゾーラ三国

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 わたしの手を男――団長さんが引っ張る。若干乱暴な扱いに痛みを感じるが、傷の具合を見てくれているようなので、邪険にできない。

「……このくらいならすぐ治る。コマネ」

「はいはい」

 団長さんに呼ばれた男――コマネさんが、地面に置いてあった荷物の中から何かを取り出す。コマネさんからそれを受け取り、彼は大きなスキットルのようなものの蓋をとり、わたしの手にそれをかける。ぴりっと痛いが、ついた泥汚れがみるみる綺麗になっていく。

 水だ。

 わたしは慌てて彼の手を止めようとした。

「あ、あの! 確かに痛いですけど、このくらい大丈夫ですから!」

 彼らは移動の休憩中、という風に見えた。少なくとも、近くの村や町から散歩でやってきた、という風には見えない。どこが目的地なのかは知らないが、水は貴重だろう。

 命を助けて貰ったのに、そんな貴重な水を使わせるわけにはいかない。この国は、下水道は整備されているものの、飲み水等の水道はまだ王都など、人が多い場所にしか普及していない。あとは、金持ちの家、とか。わたしの住んでいたあの屋敷にも、厨房に料理用の水道がついているだけだ。
 なので、道すがら、水を補給するのも一大事である。

 しかし。

「擦過傷を馬鹿にするな。命を落とすこともある」

 強く言われてしまい、わたしは反論できなかった。前世なら、擦り傷くらいで死ぬようなことは早々なかったし、仮にそれが原因で体調を崩しても、簡単に病院へ行ける。
 でも、この世界ではそうじゃない。医療技術が発展していない、とは言わないが、前世ほど病院で医者にかかることが気軽ではないのも事実。

 わたしがすっかり黙ってしまうと、コマネさんが「駄目っすよ~」とおちゃらけたように、明るい声を上げた。

「そんなビビらすようなこと言ってどうするんすか! そんな言い方するから怖がられるんすよ」

 コマネさんが、バシバシと団長さんの背中を叩く。結構な音がしているのだが……痛くないのかな。
 周りはそれを止めもしない。特段、珍しい光景じゃないんだろう。

「あ、あの、別に、怖がってたわけじゃ……。ただ、その通りだなって思って、何も言えなくて」

 助けて貰った上に、怪我の手当までされて怖がっていたら本当に申し訳ない。
 急いで訂正すると、「おや」とコマネさんが目を丸くして驚いていた。
 確かに、ちょっと威圧感のある喋りをする人だけど――言葉が通じないことを馬鹿にして、見下す人間の視線の方が、わたしにとってはよっぽど怖いのだ。
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