言葉の通じない世界に転生した侯爵令嬢は、気が付いたら婚約破棄されて獣人騎士の新しい夫に愛されてました

ゴルゴンゾーラ三国

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 人生で今、一番緊張しているかもしれない。いや、かもしれない、じゃない。絶対、そう。
 テーブルの上にあるカトラリーの配置が既に母国のものと違う。終わった。確実に、わたしの国とテーブルマナーが違う。
 ただでさえ、出身国のテーブルマナーに自信がないのに。

 わたしの目の前に皿が置かれても、手をつける気になれなくて、ちらちらとイタリさんの方を見てしまう。……正面に座っているから、左右反転して考えないといけないのが大変だな……。
 視線をほどよく泳がしながら、イタリさんのフォークとナイフの使い方を見る。あんまり食い入るように見たら失礼なのは流石に分かるし。

 ――だが。

「マナーは気にしなくていい」

 ふ、とこちらを見たイタリさんと目が合って、そんなことを言われてしまった。わたしがじっとイタリさんを見ていることに気が付いていたのか。……いや、まあ、騎士なら、人の視線には敏感になるのかも。

「言葉が通じない場での学習は大変だろうし、ましてや他国のマナーまでカバー出来るわけがない。マナーが守れることを期待していない」

 期待していない。言葉はとげとげしいものだが、声音はそこまで固くない。責めるつもりで、期待していない、という言葉を選んだわけではないようだ。
 でも、分かってくれているなら、明らかに不快になるようなことをしなければ大丈夫かな。

 なんて思っていると。

「……僕も、君がヴェスティエ式のテーブルマナーを知らないのをいいことに、少しだけ崩している。公的な場でもないのだから、細かいことは気にするな」

 わたしを和ますための冗談……だろうか? 綺麗な仕草で食べるイタリさんを見ていても、どこをどう崩しているのかわたしにはさっぱりだが――でも、彼がそう言うのなら、そうなんだろう。
 その言葉に、わたしはほんの少し、緊張がとけて、思わす頬が緩む。実際に崩しているのかは分からないし、わたしを気遣っての嘘かもしれない。

 でも、彼がわたしを慮ってくれている、ということには違いない。

「……ありがとうございます」

 わたしはお礼を言って、料理に手をつけた。

「――おいしい」

 わたしは思わず言葉を漏らす。元の国では、調味料をふんだんに使った方が贅沢で高級な料理になる、と思っているのか、妙にしょっぱかったり、辛い料理ばかりだった。たぶん、料理人に味付けを変えてほしい、と言えば多少は考慮されたのかもしれないけど、それを上手く伝えるだけの対話スキルがわたしにはなかった。おいしくない、とは言えるけど、何がどう口に合わなくて、どういう風に改善してほしい、という言葉を組み合わせることは出来ない。
 だから、ずっとしょっぱいご飯を我慢して、少しずつ食べて生きてきたのだが。

 お腹いっぱい食べたい料理、というものに、この世界で初めて出会った。

「それは良かった」

 ……。イタリさんの方を見たときには、もういつもの無表情に戻っていたけど、彼の声が、笑っているような気がした。
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