12 / 12
12
しおりを挟む
本当にお客さんが来た。
今日の朝昼営業も誰もこないか、と思っていたら、二時過ぎに、わたしが服を買ったお店のおばちゃん店員さんが来てくれた。
「いらっしゃいませ!」
嬉しくなって、わたしが笑顔で挨拶をすると、おばちゃん店員さんは少しだけホッとしたような表情を見せた。やっぱり、来ては見たものの噂が気になっていたのだろう。
「服、似合ってるわねえ。あたしが選んだから当然かね?」
「はい、とっても動きやすくて助かっています。あ、お好きな席にどうぞ!」
意識して丁寧に話す。この世界に生まれ変わってから、立場上、貴族らしい喋りばかりというか、丁寧に喋ること――敬語を使うことはなかったので、久々の喋りに緊張する。まあ、おばちゃん店員の接客からして、多少砕けた感じでも大丈夫そうだけど。
「メニューは……あっ」
一番奥のテーブル席に座ったおばちゃん店員さんにメニューを持っていこうとしてはたと気が付く。この店のメニュー表、文字しか書いていない。店に客が来ることがなくて、不都合に気が付かなかった。
メニュー表も拭き掃除くらいはするけれど、前世の店では文字しかない店も珍しくはないし、メニュー表では漢字っぽい独特の文字(多分和食本家の国の文字だと思う)の下にノイギ文字とおそらくはシルヴァイス語が書かれていたので、特に気にせず流してしまっていた。
「文字のメニューしかないんですが……大丈夫ですか?」
一応聞いてみるけれど、案の定駄目だった。数字は分かるので金額を確認するのに問題はないらしいが、謎の漢字言語とノイギ文字は勿論、シルヴァイス語もほとんど分からないという。これは今後に向けて絵のあるメニューに変えていかねばなるまい。
「だ、大丈夫です! わたしが口頭で説明します。ええと……どんな食材の料理が食べたいとか、これは嫌い、とかありますか?」
「そうねえ……」
おばちゃん店員さんの今の気分と好き嫌いを聞いて、よさげな料理をいくつか紹介していく。最初は明らかな異国料理に戸惑っていたようだけれど、だんだんと表情が興味を持ち始めたものに変わる。
「じゃあ『チクゼンニ』ってやつを注文するわ」
おばさん店員さんいわく、ノイギレールでは煮込み料理は少し高級なお店でしか食べられないらしい。
作るのに時間がかかるから、安くて早くて、みたいなお店には置いていないのだとか。朝まとめて作ればいいのでは? と思うけれど、庶民向けのお店ではキッチンは狭く客席は広く、という店の造りが普通なので、狭いキッチンにコンロを占領する煮込み料理があると回転率が悪くなるのだとか……。
なんだか飲食店事情に詳しいな、と思っていると、なにやら息子さんが飲食店を経営しているらしい。美味しかったら勧めるわ、と言ってくれた。
これはまたとないチャンス。
わたしはおばちゃん店員さんがツムギさんの料理を気に入りますように、いや絶対気に入るはず! と思いながら、ツムギさんに筑前煮のオーダーを通した。
今日の朝昼営業も誰もこないか、と思っていたら、二時過ぎに、わたしが服を買ったお店のおばちゃん店員さんが来てくれた。
「いらっしゃいませ!」
嬉しくなって、わたしが笑顔で挨拶をすると、おばちゃん店員さんは少しだけホッとしたような表情を見せた。やっぱり、来ては見たものの噂が気になっていたのだろう。
「服、似合ってるわねえ。あたしが選んだから当然かね?」
「はい、とっても動きやすくて助かっています。あ、お好きな席にどうぞ!」
意識して丁寧に話す。この世界に生まれ変わってから、立場上、貴族らしい喋りばかりというか、丁寧に喋ること――敬語を使うことはなかったので、久々の喋りに緊張する。まあ、おばちゃん店員の接客からして、多少砕けた感じでも大丈夫そうだけど。
「メニューは……あっ」
一番奥のテーブル席に座ったおばちゃん店員さんにメニューを持っていこうとしてはたと気が付く。この店のメニュー表、文字しか書いていない。店に客が来ることがなくて、不都合に気が付かなかった。
メニュー表も拭き掃除くらいはするけれど、前世の店では文字しかない店も珍しくはないし、メニュー表では漢字っぽい独特の文字(多分和食本家の国の文字だと思う)の下にノイギ文字とおそらくはシルヴァイス語が書かれていたので、特に気にせず流してしまっていた。
「文字のメニューしかないんですが……大丈夫ですか?」
一応聞いてみるけれど、案の定駄目だった。数字は分かるので金額を確認するのに問題はないらしいが、謎の漢字言語とノイギ文字は勿論、シルヴァイス語もほとんど分からないという。これは今後に向けて絵のあるメニューに変えていかねばなるまい。
「だ、大丈夫です! わたしが口頭で説明します。ええと……どんな食材の料理が食べたいとか、これは嫌い、とかありますか?」
「そうねえ……」
おばちゃん店員さんの今の気分と好き嫌いを聞いて、よさげな料理をいくつか紹介していく。最初は明らかな異国料理に戸惑っていたようだけれど、だんだんと表情が興味を持ち始めたものに変わる。
「じゃあ『チクゼンニ』ってやつを注文するわ」
おばさん店員さんいわく、ノイギレールでは煮込み料理は少し高級なお店でしか食べられないらしい。
作るのに時間がかかるから、安くて早くて、みたいなお店には置いていないのだとか。朝まとめて作ればいいのでは? と思うけれど、庶民向けのお店ではキッチンは狭く客席は広く、という店の造りが普通なので、狭いキッチンにコンロを占領する煮込み料理があると回転率が悪くなるのだとか……。
なんだか飲食店事情に詳しいな、と思っていると、なにやら息子さんが飲食店を経営しているらしい。美味しかったら勧めるわ、と言ってくれた。
これはまたとないチャンス。
わたしはおばちゃん店員さんがツムギさんの料理を気に入りますように、いや絶対気に入るはず! と思いながら、ツムギさんに筑前煮のオーダーを通した。
10
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説
一級魔法使いになれなかったので特級厨師になりました
しおしお
恋愛
魔法学院次席卒業のシャーリー・ドットは、
「一級魔法使いになれなかった」という理由だけで婚約破棄された。
――だが本当の理由は、ただの“うっかり”。
試験会場を間違え、隣の建物で行われていた
特級厨師試験に合格してしまったのだ。
気づけばシャーリーは、王宮からスカウトされるほどの
“超一流料理人”となり、国王の胃袋をがっちり掴む存在に。
一方、学院首席で一級魔法使いとなった
ナターシャ・キンスキーは、大活躍しているはずなのに――
「なんで料理で一番になってるのよ!?
あの女、魔法より料理の方が強くない!?」
すれ違い、逃げ回り、勘違いし続けるナターシャと、
天然すぎて誤解が絶えないシャーリー。
そんな二人が、魔王軍の襲撃、国家危機、王宮騒動を通じて、
少しずつ距離を縮めていく。
魔法で国を守る最強魔術師。
料理で国を救う特級厨師。
――これは、“敵でもライバルでもない二人”が、
ようやく互いを認め、本当の友情を築いていく物語。
すれ違いコメディ×料理魔法×ダブルヒロイン友情譚!
笑って、癒されて、最後は心が温かくなる王宮ラノベ、開幕です。
【本編,番外編完結】私、殺されちゃったの? 婚約者に懸想した王女に殺された侯爵令嬢は巻き戻った世界で殺されないように策を練る
金峯蓮華
恋愛
侯爵令嬢のベルティーユは婚約者に懸想した王女に嫌がらせをされたあげく殺された。
ちょっと待ってよ。なんで私が殺されなきゃならないの?
お父様、ジェフリー様、私は死にたくないから婚約を解消してって言ったよね。
ジェフリー様、必ず守るから少し待ってほしいって言ったよね。
少し待っている間に殺されちゃったじゃないの。
どうしてくれるのよ。
ちょっと神様! やり直させなさいよ! 何で私が殺されなきゃならないのよ!
腹立つわ〜。
舞台は独自の世界です。
ご都合主義です。
緩いお話なので気楽にお読みいただけると嬉しいです。
地味令嬢を見下した元婚約者へ──あなたの国、今日滅びますわよ
タマ マコト
ファンタジー
王都の片隅にある古びた礼拝堂で、静かに祈りと針仕事を続ける地味な令嬢イザベラ・レーン。
灰色の瞳、色褪せたドレス、目立たない声――誰もが彼女を“無害な聖女気取り”と笑った。
だが彼女の指先は、ただ布を縫っていたのではない。祈りの糸に、前世の記憶と古代詠唱を縫い込んでいた。
ある夜、王都の大広間で開かれた舞踏会。
婚約者アルトゥールは、人々の前で冷たく告げる――「君には何の価値もない」。
嘲笑の中で、イザベラはただ微笑んでいた。
その瞳の奥で、何かが静かに目覚めたことを、誰も気づかないまま。
翌朝、追放の命が下る。
砂埃舞う道を進みながら、彼女は古びた巻物の一節を指でなぞる。
――“真実を映す者、偽りを滅ぼす”
彼女は祈る。けれど、その祈りはもう神へのものではなかった。
地味令嬢と呼ばれた女が、国そのものに裁きを下す最初の一歩を踏み出す。
【完結】身代わりに病弱だった令嬢が隣国の冷酷王子と政略結婚したら、薬師の知識が役に立ちました。
朝日みらい
恋愛
リリスは内気な性格の貴族令嬢。幼い頃に患った大病の影響で、薬師顔負けの知識を持ち、自ら薬を調合する日々を送っている。家族の愛情を一身に受ける妹セシリアとは対照的に、彼女は控えめで存在感が薄い。
ある日、リリスは両親から突然「妹の代わりに隣国の王子と政略結婚をするように」と命じられる。結婚相手であるエドアルド王子は、かつて幼馴染でありながら、今では冷たく距離を置かれる存在。リリスは幼い頃から密かにエドアルドに憧れていたが、病弱だった過去もあって自分に自信が持てず、彼の真意がわからないまま結婚の日を迎えてしまい――
国外追放ですか? 承りました。では、すぐに国外にテレポートします。
樋口紗夕
恋愛
公爵令嬢ヘレーネは王立魔法学園の卒業パーティーで第三王子ジークベルトから婚約破棄を宣言される。
ジークベルトの真実の愛の相手、男爵令嬢ルーシアへの嫌がらせが原因だ。
国外追放を言い渡したジークベルトに、ヘレーネは眉一つ動かさずに答えた。
「国外追放ですか? 承りました。では、すぐに国外にテレポートします」
悪役令嬢と呼ばれて追放されましたが、先祖返りの精霊種だったので、神殿で崇められる立場になりました。母国は加護を失いましたが仕方ないですね。
蒼衣翼
恋愛
古くから続く名家の娘、アレリは、古い盟約に従って、王太子の妻となるさだめだった。
しかし、古臭い伝統に反発した王太子によって、ありもしない罪をでっち上げられた挙げ句、国外追放となってしまう。
自分の意思とは関係ないところで、運命を翻弄されたアレリは、憧れだった精霊信仰がさかんな国を目指すことに。
そこで、自然のエネルギーそのものである精霊と語り合うことの出来るアレリは、神殿で聖女と崇められ、優しい青年と巡り合った。
一方、古い盟約を破った故国は、精霊の加護を失い、衰退していくのだった。
※カクヨムさまにも掲載しています。
追放された悪役令嬢は辺境にて隠し子を養育する
3ツ月 葵(ミツヅキ アオイ)
恋愛
婚約者である王太子からの突然の断罪!
それは自分の婚約者を奪おうとする義妹に嫉妬してイジメをしていたエステルを糾弾するものだった。
しかしこれは義妹に仕組まれた罠であったのだ。
味方のいないエステルは理不尽にも王城の敷地の端にある粗末な離れへと幽閉される。
「あぁ……。私は一生涯ここから出ることは叶わず、この場所で独り朽ち果ててしまうのね」
エステルは絶望の中で高い塀からのぞく狭い空を見上げた。
そこでの生活も数ヵ月が経って落ち着いてきた頃に突然の来訪者が。
「お姉様。ここから出してさし上げましょうか? そのかわり……」
義妹はエステルに悪魔の様な契約を押し付けようとしてくるのであった。
前世の記憶しかない元侯爵令嬢は、訳あり大公殿下のお気に入り。(注:期間限定)
miy
恋愛
(※長編なため、少しネタバレを含みます)
ある日目覚めたら、そこは見たことも聞いたこともない…異国でした。
ここは、どうやら転生後の人生。
私は大貴族の令嬢レティシア17歳…らしいのですが…全く記憶にございません。
有り難いことに言葉は理解できるし、読み書きも問題なし。
でも、見知らぬ世界で貴族生活?いやいや…私は平凡な日本人のようですよ?…無理です。
“前世の記憶”として目覚めた私は、現世の“レティシアの身体”で…静かな庶民生活を始める。
そんな私の前に、一人の貴族男性が現れた。
ちょっと?訳ありな彼が、私を…自分の『唯一の女性』であると誤解してしまったことから、庶民生活が一変してしまう。
高い身分の彼に関わってしまった私は、元いた国を飛び出して魔法の国で暮らすことになるのです。
大公殿下、大魔術師、聖女や神獣…等など…いろんな人との出会いを経て『レティシア』が自分らしく生きていく。
という、少々…長いお話です。
鈍感なレティシアが、大公殿下からの熱い眼差しに気付くのはいつなのでしょうか…?
※安定のご都合主義、独自の世界観です。お許し下さい。
※ストーリーの進度は遅めかと思われます。
※現在、不定期にて公開中です。よろしくお願い致します。
公開予定日を最新話に記載しておりますが、長期休載の場合はこちらでもお知らせをさせて頂きます。
※ド素人の書いた3作目です。まだまだ優しい目で見て頂けると嬉しいです。よろしくお願いします。
※初公開から2年が過ぎました。少しでも良い作品に、読みやすく…と、時間があれば順次手直し(改稿)をしていく予定でおります。(現在、146話辺りまで手直し作業中)
※章の区切りを変更致しました。(9/22更新)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる