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割れた花瓶を片付け、リーデルはリビングへと向かう。先にリビングのテーブルについていた二人が、扉を開いた音に反応して、こちらに振り返った。
四人掛けのテーブルとチェストが置かれただけの狭いリビングは、リーデルとキキョウが牢獄に入れられた前と変わらず、外には凄惨な地獄が広がっているとは信じられないほど、いつも通りだった。しかし、外から聞こえてくるあの独特な歩行音が、今はもう非日常であると無情にも突き付けてくる。
「で、どうしてこうなってるんだ?」
リーデルは入り口に一番近い席へと座りながら、目の前に座るヴァンカリアに聞いた。
部屋に戻ってきてすぐひと悶着があったが、そもそも、落ち着いて現状を聞くためにこの部屋へと帰ってきたのである。
「どうして、って言われても、おねーさんも詳しくは知らないよ。お腹が空いて、適当に人間を探してふらふらしてたら、変な人型がうろついてて。なんだろうとは思ってたんだけど、獣人の冒険者が《動く死体》って呼びながら討伐してたよ」
最初は変な魔物だなって見てただけ、とヴァンカリアは言う。次第に《動く死体》の数が増え始め、流石におかしいと気が付いた時には世界が滅んでいたらしい。他者に興味をあまり持たない彼女らしい。
「ま、《動く死体》に関しては、キキョウちゃんの方がよっぽど詳しく知ってるんじゃないのかな」
その言葉に、リーデルがちらりとキキョウを見ると、彼女はすっかりうつむいて黙ったままだ。先ほど、ヴァンカリアと言い合いをしていたときの元気は全くない。
「キキョウ……」
「……わたしの口から、言うことは、できないわ」
キキョウは、声を絞り出すように言った。机の上でぎゅっと、強くこぶしを握り締めている。
「魔法生体の研究内容は、絶対に外部に漏らしちゃいけないものだもの」
「今更隠す必要があるの? 世界、滅んでるよ」
ヴァンカリアの鋭い言葉に、キキョウは反論しなかった。
「……怖いのよ」
絞り出すようにキキョウは言った。机の上に載せた彼女の手が震えている。
「わたしだって、こんな状況なら話した方がいいって分かってる。でも、わたしの家はエルフの里の長だったから、他の家よりよっぽど強く『エルフの掟』に関して言われてきたわ。特に、魔法生体の話は他でしちゃ駄目だって……もし話してしまって、何か言われるのが、怖いの」
小さい頃から刷り込まれてきたことは、大きくなっても影響するらしい。キキョウから《動く死体》について聞くのは難しそうだ。顔を覆って震え、頑なに「言えない」と掟を守ろうとするキキョウから、無理やり聞き出すことは躊躇われた。外を見れば、そんな場合ではない、ということも分かるのだが、ここまで弱っているキキョウは珍しい。責めるような言葉は、リーデルの口からは形にならなかった。
「ま、部外者のおねーさんが、詳細は分からないとはいえその存在を知ってるんだもん。元々、気密性には問題があったんでしょ」
ぎりり、と歯を食いしばる音が、キキョウの方から聞こえてくる。
「……《動く死体》を元に戻す方法はないのか?」
「えー、だからぁ、おねーさんに聞かれても困るんだけど! 魔法で動いてるんだからそれを無効化すればいいっていうのは分かるけど、魔法陣がわからないと無効化のしようがないでしょ」
「それは、まあ……」
ヴァンカリアの言うとおりである。リーデルは言い返せない。
魔法を無効化するためには、どんな属性の魔法で、どの精霊とどういう関係で契約を結び、下した命令や願いの内容を詳しく知る必要がある。
それが秘匿されている以上、魔法の無効化は不可能だ。これはどんな単純な下級魔法でも、どれだけ難解な上級魔法でも変わらない。
どうにかキキョウが話してくれればいいのだが。
「エルフの里に行けば分かるんじゃない?」
にこにこと、ヴァンカリアがそんな提案をしてくる。
「キキョウちゃんが話したがらないなら、適当なエルフを捕まえて吐かせればいいのよ。こうして世界が滅んでるんだもの、魔法生体の詳細をばらしたエルフがどこかにいるはず」
「でも、エルフの里って、部外者は……」
部外者は入れない。そういおうとして、リーデルは途中で言葉を飲み込んだ。
キキョウから、「エルフの里はよそものは入れないんだ」という話を聞いていたのだが、現状でそれが当てはまるのか、疑問である。確かにそのしきたりは健在だろうが、それを罰するエルフが残っているか、と考えた時に、そうだと言える確証がないのである。
世界が崩壊しているのなら、ほとんどのルールや決まり事もなくなっているといっても過言ではないだろう。
「君は言わなくてもいいけど、おねーさんが暴こうとするのを止めることはしないでね?」
どこか圧のある笑みに、キキョウは「わたしは、何も、言えないわ。……何も」と小さく返すだけだった。
四人掛けのテーブルとチェストが置かれただけの狭いリビングは、リーデルとキキョウが牢獄に入れられた前と変わらず、外には凄惨な地獄が広がっているとは信じられないほど、いつも通りだった。しかし、外から聞こえてくるあの独特な歩行音が、今はもう非日常であると無情にも突き付けてくる。
「で、どうしてこうなってるんだ?」
リーデルは入り口に一番近い席へと座りながら、目の前に座るヴァンカリアに聞いた。
部屋に戻ってきてすぐひと悶着があったが、そもそも、落ち着いて現状を聞くためにこの部屋へと帰ってきたのである。
「どうして、って言われても、おねーさんも詳しくは知らないよ。お腹が空いて、適当に人間を探してふらふらしてたら、変な人型がうろついてて。なんだろうとは思ってたんだけど、獣人の冒険者が《動く死体》って呼びながら討伐してたよ」
最初は変な魔物だなって見てただけ、とヴァンカリアは言う。次第に《動く死体》の数が増え始め、流石におかしいと気が付いた時には世界が滅んでいたらしい。他者に興味をあまり持たない彼女らしい。
「ま、《動く死体》に関しては、キキョウちゃんの方がよっぽど詳しく知ってるんじゃないのかな」
その言葉に、リーデルがちらりとキキョウを見ると、彼女はすっかりうつむいて黙ったままだ。先ほど、ヴァンカリアと言い合いをしていたときの元気は全くない。
「キキョウ……」
「……わたしの口から、言うことは、できないわ」
キキョウは、声を絞り出すように言った。机の上でぎゅっと、強くこぶしを握り締めている。
「魔法生体の研究内容は、絶対に外部に漏らしちゃいけないものだもの」
「今更隠す必要があるの? 世界、滅んでるよ」
ヴァンカリアの鋭い言葉に、キキョウは反論しなかった。
「……怖いのよ」
絞り出すようにキキョウは言った。机の上に載せた彼女の手が震えている。
「わたしだって、こんな状況なら話した方がいいって分かってる。でも、わたしの家はエルフの里の長だったから、他の家よりよっぽど強く『エルフの掟』に関して言われてきたわ。特に、魔法生体の話は他でしちゃ駄目だって……もし話してしまって、何か言われるのが、怖いの」
小さい頃から刷り込まれてきたことは、大きくなっても影響するらしい。キキョウから《動く死体》について聞くのは難しそうだ。顔を覆って震え、頑なに「言えない」と掟を守ろうとするキキョウから、無理やり聞き出すことは躊躇われた。外を見れば、そんな場合ではない、ということも分かるのだが、ここまで弱っているキキョウは珍しい。責めるような言葉は、リーデルの口からは形にならなかった。
「ま、部外者のおねーさんが、詳細は分からないとはいえその存在を知ってるんだもん。元々、気密性には問題があったんでしょ」
ぎりり、と歯を食いしばる音が、キキョウの方から聞こえてくる。
「……《動く死体》を元に戻す方法はないのか?」
「えー、だからぁ、おねーさんに聞かれても困るんだけど! 魔法で動いてるんだからそれを無効化すればいいっていうのは分かるけど、魔法陣がわからないと無効化のしようがないでしょ」
「それは、まあ……」
ヴァンカリアの言うとおりである。リーデルは言い返せない。
魔法を無効化するためには、どんな属性の魔法で、どの精霊とどういう関係で契約を結び、下した命令や願いの内容を詳しく知る必要がある。
それが秘匿されている以上、魔法の無効化は不可能だ。これはどんな単純な下級魔法でも、どれだけ難解な上級魔法でも変わらない。
どうにかキキョウが話してくれればいいのだが。
「エルフの里に行けば分かるんじゃない?」
にこにこと、ヴァンカリアがそんな提案をしてくる。
「キキョウちゃんが話したがらないなら、適当なエルフを捕まえて吐かせればいいのよ。こうして世界が滅んでるんだもの、魔法生体の詳細をばらしたエルフがどこかにいるはず」
「でも、エルフの里って、部外者は……」
部外者は入れない。そういおうとして、リーデルは途中で言葉を飲み込んだ。
キキョウから、「エルフの里はよそものは入れないんだ」という話を聞いていたのだが、現状でそれが当てはまるのか、疑問である。確かにそのしきたりは健在だろうが、それを罰するエルフが残っているか、と考えた時に、そうだと言える確証がないのである。
世界が崩壊しているのなら、ほとんどのルールや決まり事もなくなっているといっても過言ではないだろう。
「君は言わなくてもいいけど、おねーさんが暴こうとするのを止めることはしないでね?」
どこか圧のある笑みに、キキョウは「わたしは、何も、言えないわ。……何も」と小さく返すだけだった。
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