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屋根からベランダへと降り、窓を割って室内に入る。リビングと思われるその部屋には、家具が何もない。
「こっち」
部屋の構造をすでに調べていたのか、ヴァンカリアは隣の部屋へとつながる扉を開く。
――そして、それはすぐに、リーデルとキキョウの目に飛び込んできた。
なんの気なしにヴァンカリアが開いた扉に、男が一人、くっついていたのである。
いや、ただくっついているだけではない。扉のノブで首を吊っていた。
「え――」
言葉を失うリーデルとキキョウ。ヴァンカリアは、パチリ、と指を鳴らし、ドアノブと男を繋ぐ紐を焼き切った。どさり、とそのまま倒れこむ男は、まるで生気がなく、ただの人形のようにも見える。
「手記に書いてあった男の特徴と一致するよ」
ぱさぱさになった暗い赤髪、黒っぽい緑色の濁った瞳。かさかさにひび割れた唇、自重で少し伸びた首には縄の跡がくっきりと残っている。
男の死後からそれなりに時間が立っているだろうことは、見て取れた。
「エルフの男の方は見つけてないから、そっちの方から情報を――」
――ガシャン!
ヴァンカリアの声を遮るように、何かがが割れる音がした。リーデルからは、ヴァンカリアが邪魔になって、直接窓は見えないが、これだけ派手な音がすれば窓は完全に割れているはずだ。
「……ヴァンカリア?」
ヴァンカリアが何も言わない。何の反応もない。
おかしい、と思って彼女の腕をつかみ、軽く引き寄せると、そのままリーデルの方へと倒れこんできた。反射的に抱きかかえれば、彼女の胸に深々と、三本のナイフが突き刺さっているのが見える。
「は――?」
装飾の彫りが細かいそのナイフが刺さったそこから、じわじわと血が広がっている。どんなダメージを負ってもけろりとしていて、怪我すらしないヴァンカリアが、リーデルの腕の中でぐったりとしていた。
人間なら、体に刺さったものを安易に引き抜くのはご法度だが、吸血鬼の彼女は違うのかもしれない。このナイフが回復の邪魔をしているのだろうか、と引き抜こうとして――声を賭けられる。少し高い、少年の声。
「抜いたら死んでくれますよ」
割れた窓から侵入してくるのは、一人の少年だった。銀髪の中に黒髪がまばらに混じる少年は、あまり幼くなく、けれども成長しきっていない、青年の一歩手前という印象を与える子だった。
黒い服に身を包んだ彼の手には、ヴァンカリアの胸に刺さっているナイフと、同じデザインのものが握られている。
「あはは、吸血鬼は自身の好む血を持つ種族を溺愛するって本当なんですね。人間なんかをかばっちゃって、馬鹿みたい!」
けたけたと笑う少年。その少年の言葉に、リーデルはハッとさせられる。
少年が窓からナイフを投げたというなら、その間にヴァンカリアがいなければ、そのナイフが刺さっていたのは窓の直線上にいるリーデルだっただろう。
「本当は貴方を殺すつもりだったんですよ。折角、吸血鬼の餌を断とうとエルフの魔法を利用してやったのに。まだ人間の生存者がいるんですもん。餌がなくなれば飢え死にするだろうって作戦だったんですけど」
「――あなたが、今回の騒動を起こしたの?」
聞き捨てならない、とばかりにキキョウが少年を睨みつける。少年は悪びれることもなく、ひょうひょうとしていた。
「あはは、人聞きが悪いですね。ボクは有効そうな手段を選んだだけですよ。灰魔法ベースの魔法生体が再現されている、なんて情報を知らなければ、ボクだっておとなしく吸血鬼を狩ってましたよ。噛みつかれたら魔法が感染するなんて、最高ですね。放っておけば吸血鬼のえさが亡くなるんですもん。まあ、ここまで早く灰魔法が広がったのは想定外でしたけど」
煽るような少年の声に、キキョウは顔を真っ赤にして怒り出す。
「よくも、わたしの里を……! プロジオンの民よ! 我が僕よ!」
キキョウの詠唱に慌てだしたのはリーデルだった。
プロジオンは、赤魔法を起こす精霊の一つの名前で、爆発系の能力を司る。しかも、魔法陣なしの下級魔法では、ただ単に爆発を起こすだけだ。何を守り、特定のものだけを爆発させる、なんて指定はできない。
こんなところで爆発騒ぎを起こされたら、一大事になる。
「キキョウ! いったん落ち着けって! こんなとこで爆発起こしたら、建物ごと崩れるぞ!」
他の魔法だったら、リーデルも止めなかっただろう。けれど、爆発は駄目だ。
「ボクは悪くないんですよ! ボクにとって都合のいい魔法生体を作ったエルフが悪いんです!」
「お前も煽るな!」
リーデルの焦りは、キキョウにも、少年にも伝わらなかった。キキョウは詠唱をやめないし、少年もキキョウを止めるどころか、もっとやれと言わんばかりにはやし立てる。
ここが爆発したら、ただで済まないのは、少年も同じのはずだ。
けれど、少年は笑みを浮かべるだけ。状況を飲み込んでいるのか、そうでないのか、狂った笑顔からは彼の内情は読み取れない。ぞくり、と寒気がする。
「ここが爆発したら、いくら吸血鬼と言えど、ただで済まないでしょう?」
少年はナイフの刃先を撫でる。
「どうして、そこまで……。お前は、一体……」
リーデルの声に、少年は両手を広げて、高笑いをし、答えた。
「ボクは吸血鬼狩りのクルクス! 吸血鬼が滅ぶなら、世界がどうなろうと、ボクの生死さえ、問わないんですよ!」
こいつは駄目だ。リーデルは直感で悟った。この状況をどうにかするには、キキョウをどうにかするしかない。
リーデルは、周囲に赤い精霊の光をまとうキキョウの肩を取り、揺さぶる。しかし、キキョウの目には少年――クルクスしか映っていない。殺意に満ちた、怒りの目だ。
「周囲を巻き込む爆発を! ――大爆発《エクジプロジョン》!」
キキョウの詠唱が、終わる。
リーデルは、無意味であろうと分かっていたが、反射的にキキョウとヴァンカリアを抱きかかえた。体をろくに覆えないし、エルフの魔法による爆発を、人間一人で防ぎきれるわけがない。
しかし、爆発は起きない。
まさか、不発? そんな馬鹿な、とリーデルが顔を上げると、そこに、一人の男が立っていた。
「随分と、騒がしいな」
一人の、エルフの男が。
「こっち」
部屋の構造をすでに調べていたのか、ヴァンカリアは隣の部屋へとつながる扉を開く。
――そして、それはすぐに、リーデルとキキョウの目に飛び込んできた。
なんの気なしにヴァンカリアが開いた扉に、男が一人、くっついていたのである。
いや、ただくっついているだけではない。扉のノブで首を吊っていた。
「え――」
言葉を失うリーデルとキキョウ。ヴァンカリアは、パチリ、と指を鳴らし、ドアノブと男を繋ぐ紐を焼き切った。どさり、とそのまま倒れこむ男は、まるで生気がなく、ただの人形のようにも見える。
「手記に書いてあった男の特徴と一致するよ」
ぱさぱさになった暗い赤髪、黒っぽい緑色の濁った瞳。かさかさにひび割れた唇、自重で少し伸びた首には縄の跡がくっきりと残っている。
男の死後からそれなりに時間が立っているだろうことは、見て取れた。
「エルフの男の方は見つけてないから、そっちの方から情報を――」
――ガシャン!
ヴァンカリアの声を遮るように、何かがが割れる音がした。リーデルからは、ヴァンカリアが邪魔になって、直接窓は見えないが、これだけ派手な音がすれば窓は完全に割れているはずだ。
「……ヴァンカリア?」
ヴァンカリアが何も言わない。何の反応もない。
おかしい、と思って彼女の腕をつかみ、軽く引き寄せると、そのままリーデルの方へと倒れこんできた。反射的に抱きかかえれば、彼女の胸に深々と、三本のナイフが突き刺さっているのが見える。
「は――?」
装飾の彫りが細かいそのナイフが刺さったそこから、じわじわと血が広がっている。どんなダメージを負ってもけろりとしていて、怪我すらしないヴァンカリアが、リーデルの腕の中でぐったりとしていた。
人間なら、体に刺さったものを安易に引き抜くのはご法度だが、吸血鬼の彼女は違うのかもしれない。このナイフが回復の邪魔をしているのだろうか、と引き抜こうとして――声を賭けられる。少し高い、少年の声。
「抜いたら死んでくれますよ」
割れた窓から侵入してくるのは、一人の少年だった。銀髪の中に黒髪がまばらに混じる少年は、あまり幼くなく、けれども成長しきっていない、青年の一歩手前という印象を与える子だった。
黒い服に身を包んだ彼の手には、ヴァンカリアの胸に刺さっているナイフと、同じデザインのものが握られている。
「あはは、吸血鬼は自身の好む血を持つ種族を溺愛するって本当なんですね。人間なんかをかばっちゃって、馬鹿みたい!」
けたけたと笑う少年。その少年の言葉に、リーデルはハッとさせられる。
少年が窓からナイフを投げたというなら、その間にヴァンカリアがいなければ、そのナイフが刺さっていたのは窓の直線上にいるリーデルだっただろう。
「本当は貴方を殺すつもりだったんですよ。折角、吸血鬼の餌を断とうとエルフの魔法を利用してやったのに。まだ人間の生存者がいるんですもん。餌がなくなれば飢え死にするだろうって作戦だったんですけど」
「――あなたが、今回の騒動を起こしたの?」
聞き捨てならない、とばかりにキキョウが少年を睨みつける。少年は悪びれることもなく、ひょうひょうとしていた。
「あはは、人聞きが悪いですね。ボクは有効そうな手段を選んだだけですよ。灰魔法ベースの魔法生体が再現されている、なんて情報を知らなければ、ボクだっておとなしく吸血鬼を狩ってましたよ。噛みつかれたら魔法が感染するなんて、最高ですね。放っておけば吸血鬼のえさが亡くなるんですもん。まあ、ここまで早く灰魔法が広がったのは想定外でしたけど」
煽るような少年の声に、キキョウは顔を真っ赤にして怒り出す。
「よくも、わたしの里を……! プロジオンの民よ! 我が僕よ!」
キキョウの詠唱に慌てだしたのはリーデルだった。
プロジオンは、赤魔法を起こす精霊の一つの名前で、爆発系の能力を司る。しかも、魔法陣なしの下級魔法では、ただ単に爆発を起こすだけだ。何を守り、特定のものだけを爆発させる、なんて指定はできない。
こんなところで爆発騒ぎを起こされたら、一大事になる。
「キキョウ! いったん落ち着けって! こんなとこで爆発起こしたら、建物ごと崩れるぞ!」
他の魔法だったら、リーデルも止めなかっただろう。けれど、爆発は駄目だ。
「ボクは悪くないんですよ! ボクにとって都合のいい魔法生体を作ったエルフが悪いんです!」
「お前も煽るな!」
リーデルの焦りは、キキョウにも、少年にも伝わらなかった。キキョウは詠唱をやめないし、少年もキキョウを止めるどころか、もっとやれと言わんばかりにはやし立てる。
ここが爆発したら、ただで済まないのは、少年も同じのはずだ。
けれど、少年は笑みを浮かべるだけ。状況を飲み込んでいるのか、そうでないのか、狂った笑顔からは彼の内情は読み取れない。ぞくり、と寒気がする。
「ここが爆発したら、いくら吸血鬼と言えど、ただで済まないでしょう?」
少年はナイフの刃先を撫でる。
「どうして、そこまで……。お前は、一体……」
リーデルの声に、少年は両手を広げて、高笑いをし、答えた。
「ボクは吸血鬼狩りのクルクス! 吸血鬼が滅ぶなら、世界がどうなろうと、ボクの生死さえ、問わないんですよ!」
こいつは駄目だ。リーデルは直感で悟った。この状況をどうにかするには、キキョウをどうにかするしかない。
リーデルは、周囲に赤い精霊の光をまとうキキョウの肩を取り、揺さぶる。しかし、キキョウの目には少年――クルクスしか映っていない。殺意に満ちた、怒りの目だ。
「周囲を巻き込む爆発を! ――大爆発《エクジプロジョン》!」
キキョウの詠唱が、終わる。
リーデルは、無意味であろうと分かっていたが、反射的にキキョウとヴァンカリアを抱きかかえた。体をろくに覆えないし、エルフの魔法による爆発を、人間一人で防ぎきれるわけがない。
しかし、爆発は起きない。
まさか、不発? そんな馬鹿な、とリーデルが顔を上げると、そこに、一人の男が立っていた。
「随分と、騒がしいな」
一人の、エルフの男が。
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