ヒノキの棒と布の服

とめきち

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第百六十九話 王都へ

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 バロアから南西に向かう街道ぞい、から少し離れた空き地に厩があった。
 しとしとと降り注ぐ雨が、午後の空気を蒸し暑くする。
「なんかからっとしねえな。」
 タツヨシは、襟首に指をかけて首を左右に振る。
「ま、この辺は夏になりゃこんなもんさ。」
 パセリは、鍋のスープをかき混ぜる。
「これで、この厩がなかったら、もっと悲惨だぜ。」

 ライラの声に、タツヨシは振り返る。
 アマンダの宿から持ってきた厩は、馬三頭入れてもまだまだ余る。
 二階建てなので、寝るときはこっちに上がる。
「天幕の中なんて、湿気るし暑いし、たまらないよ。」
 男っぽいとはいえ、年頃の娘にとっては、汗まみれなのはいただけない。
「なにしてるんだ?」
 ライラが見ると、タツヨシはでかい桶を洗っていた。

「水魔法覚えたから、桶洗ってるんだ。」
「そりゃあ見ればわかる。」
 タツヨシは、パセリの手本を見ながら、水魔法を生やした。
 意外と才能があるのは、理系思考のせいだろうか。
 そうして、きれいになった桶に湯を注いだ。
「なんでお湯が出るの?」
 ライラがあきれたように言う。
「ああ?こんなもん論理的に熱交換システムの原理で出せるんだよ。」

 ぶっきらぼうに言うタツヨシに、パセリの下唇が伸びる。
「まったく、あたいの教えたことが、どんどん枝葉別れてくんだよ!」
「はあ?パセリの言ってる意味が分からん。」
「あたいの教えた魔法に、横から枝が伸びて変な格好になっちゃうんだ。」
 ライラに『さんすう』は難しかった…
「そうでござんすね、教えたことはうまく呑み込んで、そこから新しい道を探るような…」
 アマンダの言葉に、パセリがうなずく。
「そうそう、女将さんの言う通り。ちゃんと教えた通りやれよ!」

「へえ?じゃあ、このお湯はいらんのだな。アマンダ、お前が使え。」
 タツヨシは桶をアマンダの前に置いた。
「ちょちょ!使わないとは言ってない!」
 パセリは慌てて手をパタパタ振り回す。
「だいたい、お前ら魔石の使い方も変なんだよ。」
 タツヨシは、ポケットからゴブリンの魔石を取り出した。
 それは、卵より少し小さいが、緑色のヒスイのように輝いた。

「はあ?」
「これにこうして魔力を通して、熱変換すると…」
 ゴブリンの魔石はぽうっと赤く変色した。
「おっといけねえ。」
 タツヨシは、隅に作った石組みの中にその魔石を置く。
「んで、ここに鍋を置くと…」
 見る間に鍋の中で、水がこぽこぽと泡を浮かべだした。
「うそ…」

 パセリがあきれたような声を上げた。

「なんでなんで~?」
「だってよ、魔石自体が魔力の塊りだろう?だったら、もっと純粋な魔力を送ったらどうかと思ったんだよ。」
「それでできちゃうあんたがおかしい!」
「パセリが教えてくれたことだろう。」
 教えたからって、すぐにできるもんじゃない。
 魔法のと言うか、魔力の流れる方向とか、それを制御する魔方陣とか。
 考えることが山積みなのに。
 なによその『できちゃった』っていうテイは!

「できちゃったねえ…」
 ライラも腕を組んで魔石を睨む。
 なかなか『デケエ』が腕の上にむにゅんと顔を出す。
 革に包まれているので、あんまり柔らかそうには見えないが。
「なんだよそのやらしい表現は。」
「ば!」
 ライラは顔を真っ赤にしてにらむ。

「そんな立派なパイオツしてるくせに、生娘みたいなこと言うなよ。」
「なんだと~」
「おお、こわやこわや。」
「ヌシさま、そのように小娘をからこうてはいけませんす。」
「そうかい?」
 アマンダは二十七歳と言っていたが、あまり信用できんな。
 ちなみにライラは二十四歳・パセリは十八歳である。

 姉妹の年が離れているのは、親父が出稼ぎもので国中ふらふらしていたからだ。
 彼女らにはまだ上の姉がいる。

「ああ?あたいらが小さいころに冒険者とパーティ組んで出て行ったさ。」
 なんでもトラみたいな獣人のパーティだっそうで。
「当時でも、姉さんは百年に一人と言われるほどの魔力で、とんでもねえ師匠がついたそうだよ。」
「へえ」
「なんでも五百年生きてるハイエルフだってさ。」
 パセリは帽子をちょっと持ち上げる。
「この帽子は、その師匠にもらった。」

「ほう」
「でもまあ、あたいは魔力が人よりちょっと多い程度だったんだよ。」
「そうなのか?」
「だから、少ない魔力でできるように器用になったのさ。」
「へえ」
「あんたみたいに力業で魔法ぶっぱなすなんて、死んじまうよ。」
「そうなののか?」

「当たり前だよ、あんた魔方陣構築前にぶっ放してるだろ。」
「知らんけど。」
「しらんのか~い!」
 ライラとアマンダは、よくわからん顔をしている。
 これを、チベットスナギツネのような顔と言う。

「だいたいこの壁だって、いいかげんに練った魔力で生やしてるだろ。」
「え~、だってこんなもん簡単な術式だろうが。思っただけで組めるやん。」
「そこだよ、あたいたちはクールタイムもたないと起き上がらないんだよ。」
「へ~、だってこれお前が教えてくれた土ボコだぞ。」
「はあ~?土ボコ?」
「ああ、だからほとんど魔力使ってない。」
「こんちくしょ~!」

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