ヒノキの棒と布の服

とめきち

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第十三話 マレーネちゃんがんばる その①

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 だいたいにおいて、この国の人間で行商人や冒険者でないものは、自分の街から出たことがない。
 城門の外に出るのはまあ、畑にいくときくらいのものだ。
 つつましく、のんびりと暮している。
 俺と一緒に出かけたメンバーも、初めてマゼランから離れるものばかりだ。
 それを聞いてあきれたもんだけど、そう言うものかもしれない。

 領地境すらどこにあるのか知らない。
 まあ、おれも、この前の盗賊騒ぎのときに、立て札を見てわかったのだが。
 立て札見なきゃ、わかるものではないよ。
 昼飯を食って、また歩いて、そうしているうちに陽は少し傾いてゆく。
 またのんびりした一日が過ぎて行くのだ。

「しかしウサギすら出ないな。」
 ジャックが、まわりを見回してぼそりと言う。
「ほんとだなー、このくらい静かだと護衛も楽だよな。」
「そうねえ、でも夕飯が固い干し肉だけになるよ。」
 レミーがぼそりと言った。
「そう言うこと言うと、すぐに変なのが出てくるぞ。」
 俺も冗談交じりに口にしたのだが、変なフラグはすぐにそそり立つものだ。

「ぶひー!」
 がさがさと茂みをかき分けて出てきたのは、オークである。

 豚のアタマに、横から伸びた角。
 身長は二メートルはありそう。
 ブタブタした丸い体に、丸いおなか。
 体も豚っぽいけど、手には指が三本。
 脚は短い。
 その手に、棍棒っていうか、その辺に落ちてた丸太みたいなのを握ってる。

「ほら~、レミーが変なこと言うから~。」
 俺は、あきれてぶつくさ言う。
「あたしのせい?ねえ、あたしのせいなの?」
 レミーは、憤慨して言い返す。

「そんなこと言ってる場合か!」
 ジャックは槍を構えた。
 マルソーも、馬車の前に出る。
「豚だと思えば、恐くもねえよ。」
 俺は、メイスを抜いて、油断なく構えた。

 ミシェルとマレーネは、馬車に乗せる。
「お前らは、後ろの警戒をしろ。子分のゴブリンがいるかもしれん。」
「はい!」
 いざとなったら、馬車で逃がすつもりだ。

「さあて、こいつのアタマはイノシシより固いのか?」
「余裕だな、ユフラテ。」
「ジャック、呑んでかかれよ。相手はブタだ。」
「その豚ってのがなんだかわからねえ。」
「ああ、そうなんだ。見たことないのね。」
「俺もだ。」
 マルソーも、槍を構えながら言う。

 あーはいはい、こっちには居ないのか、ブタ。
「ぶひー!」
 丸太は、直径十センチ、長さは一メートルくらいだ。
 これがブンブン厭な音をさせている。

「うひー、いやな風切り音だな。」
「力が強そうだ。」
 腰が座ってる感じで、好い音がしている。

「そうだな、いいか見てろ、こう言うデカブツは、足が弱点だ。」
「あしい?」
 俺は、するすると横から近づいて、丸太の攻撃をかわしながら一気にひざにメイスを叩き込んだ。
 ぐしゃっと厭な音がする。

「ぶっひー!」

「いてだろう!膝のサラが割れたからな!」
 がっくりと膝がくずれる。
 まあ、立ってられないわ。
 痛くて。

「ぶきー!ぶきー!」

「おお!怒ってる怒ってる!」
 俺は、もう一方の膝もヘチ割る。
 手だけで振るう棍棒には威力もヘッタクレもない。
 頭を下げてよけながら、おもきしぶちかましてやった。

 ここんとこ重要、そんな近くまで踏み込めるか、度胸がモノを言う。
 さらに、一点に集中して力を出せるか。
「すげえ!」
 ミシェルが馬車から声を上げた。
「次に、棍棒持ってる手を狙う!」
 ひじ関節も、打撃にゃ弱い。

 ごきい!

 丸太を振ってけん制していたオークは、手振りだから力が入らない。
 さっきまで厭な音をしていた丸太が、まるで迫力がない。
 そう言う聞きわけも、冷静かどうかで聞こえ方が違う。

 だから、おもきし狙って肘を砕いた。
「ぽぎー!」
 なにやら、本人も訳がわからないらしい。
 そりゃそうだ、今までは力任せに蹂躙して来られたのに、俺には効かないんだから。
「おめえの浅知恵に、やられっかよう!」
 ついでに、肩関節も砕いてやると、右手はだらんと垂れさがった。
「ぷぎゃー!」
 痛みに、悲鳴が上がる。

 もうすでに、目には怯えが映っている。

「ジャック!マルソー!槍で刺せ!」
「「おうさ!」」
 二人は首を狙う。
 俺の後ろにはレミーが立つ。
「ぷぎゃー!」
「レミー!喉を突け!」
「はい!」
 ぐっさあ!
 レミーの勢いが余って、槍の穂先が後頭部に突きぬけた。

「で~!骨に当たって、手がしびれた!」
 レミーはそのまま槍から手を話した。
 まあ、トドメは刺してるから問題はないわ。

 そのおかげで、オークはあっさりと絶命した。

「こりゃあいい儲けだな。吊るすぞ。」
「「「おう」」」

「すっげー!オーク倒しちまった!」
「みんなケガしてないわ!」
 ミシェルとマレーネは、目を輝かせている。
 このへん、おびえてないだけマシだな、冒険者になってきたな。
「アイスアロー!」
 俺の手から数本のアイスアローが、馬車の後ろに飛ぶ。
「ぐぎゃぎゃ!」
「ぐげー!」
 なんていう、甲高い悲鳴が聞こえる。

「ゴブリンだ。」

 ジャックが油断なく構える。
「だから後ろに気をつけろって言ったんだ。だいたい、オークがいたら子分のゴブリンもいるはずだろう。」
「ご、ごめんなさい!」
 ミシェルが、はじめてブルった。
「こいつらは、集団で狩りをするんだ。そのうえ、マレーネやレミーなんか攫われてみろ!」
「?」
「口で言えないような、おぞましい目に遭うんだぞ。」

「ひいい!」
 レミーは知っているので、体をかかえて震えた。
「ばかやろうが!お前は晩飯抜き!」
「そんなあ!」

「…だと、明日使い物にならんな、帰ったらしごいてやる…」
 にやり
「うひいいいい」
 ミシェルも自分の運命を呪って震えた。

 身長二メートル、体重は二百五十キロはありそうなオークを吊るして血抜きをする。
 ゴブリンは、喰うところが少なくて、筋張っているので焼いて埋めた。
「どうやら、もういないようだな。」
 サーチの風を巡らせてみたが、特に魔物っぽい波動はない。
「「ふう~。」」
 ジャックとマルソーが、息を吐いて緊張を解いた。
「ちょうどいいや、ここで小休止だな。
 血抜きがすむまで、小半時休憩してオークは荷台に乗せて出発した。
 あした、レジオでうっぱらえばいい。

「今夜はステーキだねえ。」
 ステキー。
 アホか。
 新鮮な肉はありがたいな。
 俺は大きな氷を出して、オークの上に置いた。
「これだけじゃ心配だな。」
 さらにその上からマントをかけて、肉を守ることにした。
「こんなでっかい氷ができるなんて、ユフラテはすごいわね。」
「便利だろう?こうすれば、肉が痛むこともなく、レジオまで運べるぞ。」

 マレーネは、氷に触って感触を確かめている。
「師匠はすごいです。」
 俺は、馬車を見上げた。
「なんだよ、氷・見たことないのか?」

「北の領地では氷ができると聞きますが、王都周辺ではまず凍ることはないですよ。」
「へえ、そうなんだ。あたたかいのかね?」
「そうですね。一年中暖かい感じかな。」
 マレーネは、後ろをチラチラ見ながら言う。
「そうか、今日が曇りでよかったな。」
「かんかん照りだったら、オークがいたんじまう。」
 マルソーも、空を仰ぐ。
「そう思ったら、上にもう一枚マントかけろよ。」
「そうだな。」
 雨降りでもないのに、マントは使わない。
 荷台のマントをかけて、オークを覆うことにした。

「やっぱ豚肉だな。」
 野営のとき、オークの一部を焼いて食う。
 ジャックがそばで聞いていたらしい。
「そんなに似てるのか?」
「ああ、こいつはいろいろ料理ができていいぜ。」
「へ~、焼くだけじゃなくてか?」
「ああ、そのうち食わせてやる。」
「楽しみだ。」
 それを聞いて、マレーネもうなずく。
「師匠は料理もできるんですね。」
「できないと、野営で喰うものが干し肉だけになるじゃないか。」
「なるほど。」

「お前にも教えてやる。料理のできるやつは、商隊組む時重宝されるぞ。」
「また引き合いが増えますね。」
「そうだ、魔法ができて、料理もできたら、最強だな。」
「くふふ」
「うわ~、なんかあたしがおいてけぼりなんスけど~。」
 レミーがドブつく。
「わかってるよ、レミーにも教えてやるから。」
「えへへ、それならいいのよ。」
「ダンナもててんな~。」

「アホか。」
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