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第一話 ヘタレのオタクは生き残れるか?
しおりを挟む「サラリ~マンは~、気楽な稼業ときたもーんだ。」
植木等は、昭和四〇年台に、いかにも気楽に歌っていたものだ。
だが、サラリーマンなんていいもんじゃない、農協職員もヒラで定年間際ともなれば、閑職もいいところさ。
もともと、上下関係や地域のしがらみなどで、だんだんとがんじがらめになっていく。
上と些細なことでもめた結果が、場末の農業法人にムリクリ出向させられて、今日も今日とて田んぼを耕こしている。
まあ、一日中トラクターに乗っていれば済む仕事なので、気楽っちゃあ気楽だ。
ただ、山あいにあるこの耕地は、せまい農道につながれていて、一気に仕事が進まない。
今朝も、古ニョーボは、布団から出ても来ない。
仕方なく自分で弁当詰めたさ。
何もないから、焼き鳥缶詰がおかずで、●さげが付いているだけ。
誰とも会わない、だれとも話さない毎日。
両親が死んでしまってからは、なおさら話もしない。
給料が振り込みになってからは、給料日のありがたみすら消えた。
もはや、ただのATM。
一家のあるじもなにもあったものじゃない。
定年後は、燃えないごみ一直線。
あ~あ、やな人生だったな。
長男でもないのに親の世話を押し付けられて、安い給料でこき使われて、人生なんて無情だ。
クソッタレニョーボは、好き勝手遊んでいるし、子供は寄りつきもしない。
山間の、さびれた村なんか、住人以外は通りもしない。
そんなところで、コンビニもない生活。
そりゃまあ、やる気もMAXなくなるわな。
村の行事はうっとおしい。
できるなら、寝ころんで暮らしたい。
ほとほとこんな人生に嫌気がさしている。
「ほい、ここ終わり。次は中畑地区だな。」
独り言が多くなった。
一人でやる仕事ばっかだもん。
だれとも口を利かない日もある。
もちろんニョーボとも。
風呂入って、寝るだけ。
人生なんて、そんなもんだ。
がたがたと、土埃の舞う田圃道をトラクターは進む。
こいつも永いこと使われてるな、4WDだから長年使われるんだよ。
もう二〇年も使っているから、だいぶんガタが来ている。
俺の体と同じだな、いたわって使え。
中畑地区に差し掛かると、せまい谷を渡る橋がかかっている。
こいつが、林道の橋だもんで、欄干すらない貧乏橋。
毎回、落ちやしないかとヒヤヒヤする。
今日も、せまい橋をそっと渡っていると、下流側からでっかいトンビが飛び出してきた。
そいつは、顔の前にでっかいネズミをぶら下げているので、前が見えてないらしい。
俺の顔に向かって一直線に飛んでくる。
「あぶねー!」
必死になって避けてたら、ハンドルがぐるんと動いてしまった。
あ、アクセルも踏んだままじゃん。
結果は、火を見るより明らかだった。
★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆
ダケカンバだ。
なにがなんでもダケカンバだ、白樺じゃあない。
それが目の前に延々と白い肌を見せて並んでいる。
そう、ダケカンバの森だ。林じゃないな。
向こうが透けて見えないくらい密集している。
なぜダケカンバと知っているかと言えば、うちの村に生えていたからだ。
清見村に。
どっかの学習机メーカーみたいな名前の総理大臣にだまされて、勝手に合併なんぞしやがって。
清見村ったら清見村だ!チクショウ!
(ウィキから)
清見村(きよみむら)は、岐阜県大野郡にあった村である。2005年2月1日に大野郡内の白川村を除いた1町6村および吉城郡の2町村とともに高山市へ編入された。)
それはさておき、ダケカンバだ。おかしくないか?今の気温は体感で26度ぐらいだよ。
まわりの植生もむちゃくちゃだ、杉ヒノキだけじゃないナラもクヌギもトチもケヤキも生えているけど、その真ん中に見えるバナナはなによ。
イチジクに実がついている。ドッジボールくらいはある。
バナナだって、一メートルはあるぜ。それが、普通のバナナよろしく房になって下がっているもんだから、木が大きくしなっている。
丸くなって、地面につくよ。
ブドウのツルが、直径二〇センチもある。
もちろん、ブドウの実が付いているが、一個がソフトボールくらいある。
なんだこの大きさは…大きすぎる。
たとえば、このバナナを食べるゴリラの口が、当社比で一〇倍としても一m近いぞ。
そんなでっかい口のゴリラって、キングコング並みだわ。
オリジナルのキングコングは、一九三三年の映画に登場したキングコング。
大きくても「体長7.2メートル」という設定だったし、二〇〇五年の映画でも、「身長7.5メートル/体重3.6トン」てことで。
(むちゃくちゃでかい。そんなもん顔も見たくないなあ。)
(つか、なにこのオタク的知識?)
そして、地形だ。
清見村と同じ標高だったら、盆地だ。(ちなみに平均海抜六〇〇メートルくらい。)
山も高いのがいっぱいあるはずなのに、蒸し暑い気温に平坦な土地。
森の開けた場所にいるが、どこも盛り上がっていない草地だ。
もちろん人影もない。
ただ、真ん中に一本、道らしいものがある。
土で均されて、真ん中に少し草の生えた三メートル前後の道…らしい。
まあ、うちで言うなら農道程度だな。
右から左へ目を振ってみると、森の木の間にも道が続いている。
そこではたと気が付いた。
俺はだれだ?
なぜ、こんなところにいる?
なぜ、こんなことを知っている?
思い出せない、知らない、おれは…だれだ!
ふつうならここで頭が痛くなったり、世間が光ったりするもんだがどっこいそんなことはまるで起きない。
草原と、森と道のまんなかでぼ~っと立っていると、森との境目ぐらいに影が見えた。
なにか茶色いものが立っている…のか?
「ウサギじゃん。」
野ウサギらしい影が、後ろ足で立ち上がってこちらを伺っているようだ、そりゃ警戒心が高いウサギだもん、人間見たら警戒するわな~。
じっとこちらを見ている、なんかこちらも目を離せない…野生動物は、目で威嚇する…
そりゃあ肉食動物の場合だろう?だけど、あのウサギは人を睨みつけながら、徐々に姿勢を低くしていった。
「なんやねん、メンチ切りよってからに、いやなウサギ…なんかでかくないか? ここから森までひいふう…三〇メートルくらいあるぞ、それなのにあのウサギは普通に見える…見える?」
そう思った瞬間、発達した後ろ足が土を蹴り、ウサギは一気に加速した。
「はや!」
ウサギは三〇メートルなど、何もないように進み、俺の目の前にせまった。そして、跳ぶ!
「どわ~!」
ウサギは俺の胸を蹴り飛ばして、倒れた上にのしかかった。身長一.二メートル、体重は四〇キロになろうと言う巨体だ。
(ヨーゼフですか、ウサギさん!)
俺は勢いに押されて仰向けに倒されてしまった。
俺の顔のすぐ前にウサギの血走った茶色い目があった。口から出る息はやけに生臭い。あきらかに肉を食ったにおいだ。
「こいつ!肉喰ったことがある!」
「ごぐぐぐぐぐぐ」
ウサギらしからぬ、くぐもった低いうなり声。
ビビるわ~、マジないわ~
って、言ってる場合か!ウサギはその鋭い前歯を、俺の首筋にめりこませようとしている。
「く!この!」
ウサギの肩?に両手を当てて、押し返そうとするが相手だって必死だ、顔がぐいっと近寄ってくる。
渾身の力を込めてウサギを押し返すと、右手のこぶしをウサギのテンプル目がけてフック気味に叩き込んだ。
「ぐぎゃ!」
ウサギは、ウサギらしくない悲鳴を上げて吹っ飛んだ。
吹っ飛んだ?俺、そこまで腕力は強くないし。
体勢も悪いから力こもってないしおすし、ウサギが吹っ飛ぶなんて…そんな軽い子なの?
ウサギは、ごろごろと転がって、二メートルほど向こうで伸びている。
「ぐぐぐ…」
いや、伸びてはないか、痛みで動けないだけみたいだ。
目が死んでない、これは油断するとまた襲ってくるぞ。
「このやろう、お前なんかに喰われてたまるか!」
剣道初段の腕を見よ!
俺はその辺に転がっていた棒切れを持つと、思い切りメンに一撃を振り下ろした。
「ぐぎゃ!」
悲鳴とともに、眉間がかち割れて、灰色の脳漿が飛び散った。
返り血が、俺のほほにも飛んできて、なまあたたかい。
ウサギは、足をぴくぴくさせて絶命した。
「はあ!はあ!ちくしょうが…」
俺の腕から棒きれがからりと乾いた音を立てて転がり落ちた。
俺は、思わず座り込んだ。
「ちくしょう、腰が抜けた…」
へなへなと座り込む、なんせ剣道部だったのはいつだったか?
剣道部?剣道部ってなんだ?
運動不足もはなはだしいわ~。
が、深く考えるのはよそう。
どうせ、すぐに思い出せるもんでもないんだから。
そうして、ヘタレているとがさがさと、草をかきわける音がして何かが来る。
すわ!またウサギか!
俺は、身構えながら今落とした木の棒に手を伸ばした。
しかし、藪から現れたのは、四〇がらみのずんぐりした男…
男なんか?
背がちっさい、一四〇センチそこそこしかない。
パッと見小学生かと思ったが、髭がごわごわと顎を覆っている様子はおっさんだろう。
「なにしてんだおめえ。」
シブい、森山周一郎みたいな渋さで、テリーサバラスを彷彿とさせる。
シブいわ~(笑)
物腰は多少粗野だが、人懐こそうな顔には少々似合わない。
「はあ、ウサギに襲われました。」
俺は、棒を持って立ったまま答えた。
「襲われましたって…やっつけてるじゃないか、アタマカチ割ったのか。いい腕じゃないか。」
小さいおじさんは、ウサギを覗き込んで笑う。
「いやもう夢中で…ここではウサギが人を襲うんですね。」
「まあ、お前さんはひ弱そうでほそっこいからなー、ウサギも簡単だって思ったんじゃないか?」
「そうですかー、こいつ肉食ですね。」
「ああ、ひどいときは赤ん坊だって喰われちまう。油断のならないやつさ、まあここまででかいのは少ないがな、よくもまあ棒切れ一本でやっつけたもんだわ。」
小さいおじさんは、ウサギの耳を持って立ち上がった。
「ふつうは?」
「そうだな、二~三人でヤリもってぶっさすな、まわり囲んでよ。」
「そうなんだー、けっこう力も強いしなー。」
「俺はチグリスってんだ、お前は?」
「わからないんですよ、おれ、どこのだれなんだか…」
「なんだそりゃ?忘れ病かなんかか?難儀だなあ、じゃあユフラテだ、お前がよっかかってる木の名前だ。」
「ユフラテ…はあ。」
「まあ、思い出すまでの仮の名だ、なんだっていいさ。」
小さいチグリスおじさんは、からからと笑う。
「そうですか?」
「それ、喰っていいか?」
チグリスは、ウサギをもち上げて聞く。
「ああ、そうですね、俺も腹が減った。」
チグリスは、背中から大ぶりなサバイバルナイフみたいなのを取り出して、ウサギの皮をはぐ。
うわ~、スプラッタだわ~
ないわ~。
「こうして吊るしておけば、帰るまでに乾く。」
ウサギの皮は、きれいにむかれて木の枝に吊るされた。
さらにチグリスは、枯れ枝を集めて火を起こす。
「あれ?それどうやったんですか?」
いま、チグリスはなにをした?
「ん?これか?お前見たことないのかよ、着火の魔法。」
「ちゃ、着火の魔法?知りませんよ。」
「ふうん、田舎もんなのかね?こんなことだれでもできるぞ。」
「そうなんですか?」
「要はイメージとタイミングだ、ほれ、こう。」
本当にチャッカマンのように、指先から小さな炎が噴き出した。
「へえ、すごいなあ、おれ達なんか魔法使える奴なんていなかったからなあ。」
俺は、ぼそりとつぶやいた。
「ほう、お前の村では魔法使いがいなかったのか?」
俺はうなずいて言う。
「ああうん、三〇まで童貞だと魔法使いになるって、ばあちゃんが言ってたような…」
「うひゃひゃ、そら別のまほうつかいだぁ。」
木を削った串に刺したウサギの肉は、鶏肉のような歯触りで、鶏肉よりずっといい匂いがした。
塩味だけなのに、このうまさは反則だろう。
「うま!」
「そらまあ、とりたてをさばいたんだから、うまくて当たり前だ。」
「あ~、生き返るわ~。」
肉食ウサギは、予想をはるかに超えてうまかった。
「この皮はおまえのもんだ、持って帰って売ればなにがしかの金になる。」
「そうですか?でも、チグリスが剥いだのに。」
「ああ、ワシは昼飯にありついた、それで十分だ。」
「じゃあ、この残った肉は、チグリスさんの取り分で。」
「そうか?いいのか?」
「もちろんですよ、で、町ってどっちにあるんですか?」
「ああ、じゃあ連れて行ってやるよ。」
体一つの無一文、持っているのは肉食ウサギの毛皮のし。
歳もわからず、名前も知らず、男二人の帰り道。
俺は、用心のためさっきの棍棒を持って歩くことにした。
ウサギの皮を通して肩に担ぐのにもちょうどいい。
チグリスは、背中にしょった籠の中に、ウサギの肉を木の葉でくるんで入れている。
「チグリスさんは家族は?」
「ああ、娘が一人いる、ヨメはけっこう前に死んだ。」
「そうですか…」
「まあ、産後の肥立ちが悪くてな、あっけないもんだ。」
「…」
「ま、暗くなるなよ、ただし娘って言っても、まだ一二では子供もいいとこだ。家事全般は仕込んであるが、外に出すのははばかられる。」
「どうして?」
「俺たちは、見てのとおりドワーフだ、ドワーフはドワーフと一緒になる。ほかの種族とは一緒になれんのだ。」
「そういうもんですか。」
「うむ、鍛冶師としても、秘密の技術が多いしな。」
「へえ、チグリスさんは鍛冶師なんだ。」
「ああ、今日もいい石を探していたんだ。」
「じゃあ、こんなに早く帰っちゃ損ですね。」
「ばーか、お前がそれを言うな。ま、昼飯代だ、気にスンナ。」
なるほど、スローライフなもんだな。
ぽくぽくと歩いて三〇分くらい、まだ陽は高い。
中点から少し下がったくらいで、日差しに汗ばんでくる。
森は唐突に途切れて、目の前には見渡すかぎりの畑。
キャベツみたいなのが一面に並んでいる。
向こうは麦のようだ。広い、うねるような地面に沿って畑が広がり、その向こうにとんがった塔のようなものが見える。
「あの塔は?」
「あれは教会の鐘つき塔だ、町の中心だな。」
「野生の動物は畑に来ないんですか?」
「くるさ、だからみんなで獲るんだよ。メシのタネにもなるしな。」
「なるほど、柵とか作れば楽なのに。」
「はあ?なんだそれは。」
「柵ですよ、畑をぐるっと囲む獣除け。」
「なるほど!そういう手があったのか!」
アホか?このおっさん、ふつうやるだろう。
「町の周りには、壁とか作ってないんですか?」
「そりゃまあ、魔物とか来るから囲ってはあるさ。」
「じゃあ、畑も同じですよね、せめてこんくらいのシシガキ程度はあるといいんじゃないですか?」
「それはそのとおりだな、みんなに話してみよう。」
ぜんたい、ここの住民には危機感ってものがないのか?
抜け作なのか…純朴と言えば聞こえはいいが、じつにいい加減な生活をしているようだ。
町の手前の丘のてっぺんに来ると、はるか向こうに連なる山々がうっすらと見える。
「は~、山が遠いですねえ。」
「ああ、あの山まで行こうとすると、馬車でもひと月かかる。」
「へえ~、すっごく遠いんですね。」
「まあな、ここはあのマックスウエル山脈にぐるりと囲まれているのさ。」
「へー、マックスウェル山脈…どこかで聞いたような?」
「思い出せそうか?」
「いや、ぜんぜん。」
がくりと肩を滑らせるチグリス。
「このイシュタール王国は、マックスウェル山脈に囲まれた平地の中にある三ッつの国の中で一番大きいんだ。あそこに見えるのがマックスウェル山、この大陸で一番大きい山と言われている。」
「へ~、イシュタール王国…古そうな名前だなあ。」
「うむ、この辺では一番古いな。だいたい五〇〇年ぐらい続いている王国だ。」
「じゃあ、軍隊が強いんだな。」
「それもある、ただ、農業が盛んで食い物に困らないのがいいんだ。」
「へ~、あの町は?」
「町の名前はマゼラン。人口は二万人もいるんだ。」
「二万人?小規模な町だなあ。」
「小規模っておまえ、首都のアフロディーテですら一五万人だぞ、二万ていやあ五番目に大きい街なんだから。」
「へえ~、国全体ではどのくらい人がいるんですか?」
「確かなことは知らんが、五百万人くらいだな。」
んだその地方都市レベルの人口は、岐阜市で四十一万人各務原市で十四万人、合わせて五十六万人だからなあ…ドいなかもえ~とこだなあ。
「戸籍とかどうしてるんだろうなあ?」
「戸籍?」
「ああ、えっと人別帳とかそういうもの。」
「あー、うん、教会の洗礼名簿ぐらいならあるんじゃないか?」
「あ~なるほど、だれがいつごろ生まれたかってわかるんだ。」
「そうそう、ちなみに今はイシュタル歴で五一二年六月だ。」
昔のえらいさんはハクつけるためにけっこうデマ言ってるからなあ、正式には半分くらいかもしれん。
でもまあいいや、六月ってことはあったかいからマシだよな。
俺は左手の腕時計を見る、時間は午後二時。
陽の傾きを見ると、なんとなく大きさが違和感を見せる。
かなり大きいんとちゃう?オヒサマ。
デジタル時計は六月二日を指しているが、どうもその気候は合っているようだ。
「あ!ウサギだ!」
「なに!」
畑の間を縫って、肉食ウサギがこちらに向けて走ってくるのが見えた。
「くそう、後をついてきたのか。」
「チグリスさん、まかせて。」
俺は、毛皮を地面に落として、棍棒を正眼に構えた。
さっきは動転していたから早く見えたが、落ち着いてみればたいしたことはない、師範のほうが数倍早い。
「ちぇええええ!」
待ち構えて、思い切りメンを打ち込む。
「めえええええんんん!」
ぼこっとアタマが変形して、ウサギは血反吐を吐いて昏倒した。
「な、なんというキレだ。おまえ、すごいなあ。」
「いやいや、相手が弱すぎるだけですよ~、ほら、一撃ですし、レベルが低いんじゃないですか?」
「そんなこたねえよ、こいつは油断すると成人の男でも喰われることがあるんだぞ、それを棍棒の一撃でアタマ割るなんて、ふつうはできねえって。」
俺は首をひねって考える、が、どうせ知らずにやっていることだし、断片で判断しているにすぎない。
「ま、いいでしょう。お土産が増えました。」
俺は、ウサギをかついで、町に向かった。
町は高さ五メートルくらいの石壁に囲まれた二〇平方キロ程度の規模の町だった。
城門はけっこう大きい。
高さが一〇メートルくらいの石造りで、大きな馬車でも悠々とおれる。
城門の内側に向けて、鉄の門扉が持ち上がっていて、有事にはこれが降りるんだろう。
両脇に窓口があって、門番が立つようになっている。
カウンターに二人立っている。
門番は前後に二人、出入りのチェックは特に厳しいこともない。
「チグリス、早いな。」
「ああ、こいつとウサギ取りに行ってきたからな。」
「なんだ見たことないな。」
「ああ、俺の知り合いの息子で、ユフラテって言うんだ、こんど田舎から出てきたのさ。」
「よろしくお願いします。」
「ああ、よろしくな、ウサギが取れたのか。」
「ええ、自分から向かってくるのでありがたいですね。」
「あ?ありがたい…だって人食いだっているウサギだぜ、草食だったらまだしも、そいつは肉食…」
「こいつは、剣士だからな、ウサギごときにゃ遅れはとらんさ。」
チグリスは俺の肩を叩きながら、兵士に笑って見せた。
門を抜けると一本道がずっと奥まで続いている。
正面には大きな石の洋館。
聞いたら領主の殿様の館だそうだ。
さすがにメインストリートは石畳で敷き詰められていて、その両脇は商店がずらりと並ぶ。
「なるほど、賑わっているんだな。」
「ああ、周辺の小さい村なんかからも、市場に売りに来るしな。」
「へえ~。」
「職人街はこっちだ。」
メインストリートから左に折れると、塀の外周に沿って煙の上がっている家が並んでいる。
「この辺が鍛冶屋のギルドが固まっているところだ。」
「なるほど。」
そこそこいい家が並んでいる。
つたないながらも、石垣がきれいに組まれて、庭には木が植えられている。
刈り込まれた生垣なども張り巡らし、生活の基盤が高いことを示している。
土の道の両脇に、広い庭があって、その奥に工房兼住家が立っているのだ。
なにやら小さなガキどもが、棒を振り回しながら広場を駆けまわっている。
「ここが俺の家だ、まあ入れ。」
広場に面した一角に、チグリスの家があった。
「いいのかい?こんな得体のしれない忘れ病を。」
「ばかだな、その気がなきゃ森の段階で捨ててる。」
「それもそうか。」
「おい、帰ったぞ。」
「おかえりーとうちゃん!」
中から、チグリスよりもまだ小さい女の子が出てきた。
家自体は、かなり大きい。それもそのはず、鍛冶場も中にあって、職場と住居が一体化しているのだ。
裏にはロバと荷車がある。
女の子は、生成りっぽいシャツに茶系統の上着、膝丈の半ズボン、自宅だからか足は素足でサンダルだ。
親父譲りの赤毛を、両脇で三つ編みにしてたらしている。
丸い顔は、人懐こくてかわいい。愛嬌のある、人好きのする顔だ。
親父に似なくてよかったな。
「おまえいま、失礼なことかんがえただろう。」
「いやいや、そんなことは…」
「まあいい、チコ、客だ。こいつはユフラテって言うんだ。」
「…どうも。」
俺のいいかげんなあいさつに、にこにこして答える。
「あ・はいチコです。いらっしゃい。」
「ほら、土産だ。こいつが獲ったウサギの肉だ。」
「あらまあ、ありがとう。今夜はシチューにしようか?」
「そうだな、ユフラテ、そこに座れ。」
チグリスが示したのは、背もたれのないイス。でも、なんか背が小さい。座ってみると、足が余る。
「ありゃ?小さいな。」
身長一七二センチの俺には若干小さい。テーブルも低い。
「まあ、イスなんて座れればいいさ。」
チグリスは、鷹揚にうなずいて向かいのいすに座った。
「そうだな、酒でも飲むか。」
「さけ?俺は未成年だよ。」
「ああ?おまえんとこはどうだか知らんが、この国では一五過ぎれば成人だ、酒ぐらい飲んでもだれも文句は言わんよ。」
チグリスはがっはっはと笑った。
「ましてや、ウチはドワーフの家だぞ。ドワーフは八歳から酒を飲むもんだ。」
「へ~、そうなんだ。」
「おう、酒はじめって言ってな、八歳の正月から酒を飲んでもいいって、昔からのしきたりだ。」
「へ~、ドワーフって自由だなあ。」
「自由?それがなんだか知らんが、そういうしきたりなんだからシキタリに従うのがドワーフだ。」
「なるほど。」
そう言っている間に、チコは酒の入った大きいジョッキを持ってきた。木でできた、中ジョッキくらいの代物だ。
「三つ?」
「チコは十二だと言ったろう?呑んでもいい年だ。」
「そうか…」
小学生低学年にしか見えないチコが、中ジョッキをチグリスと俺に渡して、自分も持ち上げた。
「じゃあ、ユフラテの来訪を祝してカンパイ。」
チコも軽くジョッキを持ち上げてカンパイする。
中身は、薄いワインのような味がする。うちで呑んだやつよりかなり水っぽい。
「ふむ、去年は雨が多かったせいか、酒が水っぽいな。」
「ああ、やっぱりそうなんだ。」
「酒精が少なくて水みたいだ。」
チグリスは、残念そうな顔でジョッキを見つめた。
「ふうん、蒸留すれば濃くなるのにな。」
「じょうりゅう?」
「ああ、酒は蒸留するとむちゃくちゃ濃くなるんだよ。」
「へえ、その蒸留ってどうするんだ?」
「えっと、下から火であぶって、出てきた湯気を集めると、酒精のほうが水より早く湯気になるから、水が置いてきぼりになるんだ。」
「へえ!そりゃすげえ!いっちょこいつをやってくれよ。薄くってものたりねーんだよ。」
「いいのか?失敗すると損だぞ。」
「しっぱいするのか?」
「わからん、なにせ道具をこれから作らなきゃならんからな。」
「作るのか?」
「そうだ、チグリスは鍋が作れるか?」
「か?とか、だろうってのは、人を疑ってる言葉だぞ。作れるに決まってる、俺はドワーフの鍛冶屋だぜ。」
「そうか、じゃあ…」
俺は、蒸留装置の概略図を地面に木の枝で描いた。
「ほえ~、なかなか難しいものを描くじゃねえか。」
「この細い管の部分が大事なんだ、湯気を運んで冷やすと、こっちの口からしずくが出てくる。それを器で受けると濃い酒になってると言うわけだ。」
「するってえと、ここに水を入れるのか?」
「そうだ、できるだけ冷やしたい。」
「ふうん、鍋の蓋はしっかり閉じないと湯気が逃げるな。」
「そうだな、なに、重りでも乗せれば逃げるのを止められるんじゃないか?蓋を木にしても使えるけどな。」
「うーん、まあだいたいわかった、やってみよう。」
「蓋から管にかけては、ものすごく薄いのがいいな。」
「そうか、じゃあ柔らかい銅のほうがいいかもしれんな。」
チグリスは、鍛冶場に入ってふいごを操作し始めた。
それを見ていて、俺はすることがないことに気が付いた。
「なあチコちゃん、このウサギを売りたいんだが、どこに行けば売れるかな?」
俺は、ウサギを持ち上げて、チコに聞いた。
「ウサギですか?冒険者ギルドか商業者ギルドで買い取ってくれますけど。」
「へえ~、ギルドなんてあるんだ。」
「この町は、交易路の真ん中にありますからね、わりとそういうのはそろっているんですよ。」
「よし、じゃあ冒険者ギルドに行ってみよう。ウサギ、もったいないもんな。」
「じゃあ案内します、ここからだと分かりにくいかもしれないので。」
「いいのかい?」
「ええ、いいですよ。」
チコはにこりと笑うと、三つ編みを揺らしながら、玄関を出た。
土の道と言うとなんだが、両脇には木が植えてあって、その向こうに家が建つと言う木陰が涼しいいい感じの道だ。
意外と広々とした感じで、街路樹の向こうに前庭があって、その奥が住居と言うビバリーヒルズのようなしつらえ。
「職人街は、わりと優遇されているんです、生活にかかせない地域ですから。」
だから大きい道は石畳で舗装されているのか。
「ふうん、じゃあ商人たちは?」
「ご主人なんかは大きな家に住んでいますよ、使用人は集合住宅か小さな家が集まった居住区ですね。六割はそんな感じですよ。」
「なるほど、ここの町長さんは?」
「町長?地区ごとに責任者はいます。大きな屋形は、ご領主様ですね。王国のご領主さまは伯爵さまで、マゼラン様と言います。この町の一等真ん中にすごい大きなお屋敷を持っていますよ。」
「ふうん、石畳が敷いてあって、立派な道だよね。」
「あそこの真ん中を通っていいのはご領主様か、王様だけですね。みんな端っこを歩きます。荷馬車もそんな感じです。」
「ふうん、さすがに差し渡し三〇メートルはあるもんな、それでも余裕か。」
「よゆうですねえ。」
冒険者ギルドはそのメインストリートをはさんだ向かい側にあった。
昼間だからか、あまり人の出入りは見られない。
一階は石造りで、二階は木造だ。
結構大きいぞ。
その他の商店にはいろいろな人が出入りして、かなり商業的に発達した様子が見て取れる。
「この向こうの広場には、毎日市が立ちます。ほとんど昼ごろには売れてしまうので、遅くまでやっているのは立ち食いの屋台ばかりですね。」
「なるほど、煙が見える。」
「ええ、ケバブーとか、焼き鳥とかおいしいですよ。」
「へ~、金ができたら食べてみたいな。」
「そうですね、あとでのぞいてみましょう。」
冒険者ギルドの前はカフェになっているようで、ちらほらと冒険者らしい連中がたむろしている。
いずれもわりと若い。
トシ食っていても四〇歳前くらいだろうか?酒やお茶を前にして、なんかダベってる。
俺とチコが前を通っても、あまり気にした風もない。
こっちもあまり気にしないことにした。
ドアは開けっ放しになっているので、さっさと中に入る。
正面にカウンターがあって、中と外を切り離している。
カウンターまでは七~八メートル離れている。
その間にもかんたんなイスとテーブルが並んでいて、二~三人がたむろしている状態だ。
俺は地味なおっさんのいるカウンターに近寄った。
「依頼かい?」
「いえ、登録したいんですけど。」
「登録にゃ銀貨一枚必要だよ、持ってるかい?」
「いや、持ってない。」
「そいじゃだめだ、出直してきな。」
「おじさん!このウサギを売りたいの。」
横合いからチコが声をかける。
「なんだ、チグリスんとこのチコじゃねえか、知り合いか?」
「うん、この人ウサギとってきたんだけど、売れるかなあ?」
「あん?ウサギ?」
おっさんは俺の下げているウサギを見た。
「ほう、でかいじゃないか、これなら銀貨二枚くらいかな?」
俺は、勢いを付けて聞いた。
売れるなら、早く売りたいぞ。
「買い取ってくれるのか?」
「ああいいよ、あっちの買い取りカウンターに持ってきてくれ。」
俺はきっとうれしそうな顔をしたんだろうな、おっさんはにこりと笑った。
俺とチコは、カウンターの右のはずれに向かった。
そっちは、簡単な衝立で受付と分けてある。
と言っても、本当に見分けはつかんのだけどな。アバウトだな。
「コステロ、こいつの目方を測ってくれ。」
おっさんが、中のおっさんに声をかける、おっさん率高!
「あいよー、今日は暇だからなんでもやるぜ。」
俺は黙ってカウンターにウサギを乗せた。」
「へ~、なかなかでかいなあ~、どれどれ?十一貫5百目かー、銀貨二枚と銅版二枚だな、売るかい?」
俺は、チコを見た。チコは、大きくうなずいた。
「売るよ。」
「よっしゃ、ほれじゃこんだけな。」
カウンターには、銀貨と銅版が置かれた。それを確認して受け取る。すぐに銅版一枚をチコに渡した。
「なに?」
「案内賃。」
「お駄賃くれるの?でも銅版一枚は多いよ。」
「それしか持ってない。」
後で聞くと、銅貨一〇枚で銅版一枚になる。
銅貨一枚で焼肉の串が買える。
三〇〇円くらいか?
肉串はけっこう大きいぞ。
三本で腹が膨れる。
銅版一枚は三〇〇〇円、それが一〇枚で銀貨一枚。
つまり、銀貨一枚で三〇〇〇〇円か。
「本当にいいの?」
「いいさ、お近づきのしるしだ。」
チコははにかんで笑った。
「ありがとう!大事に使うよ。」
「ああ、気にするなよ、これで登録もできそうだし。」
「おっとそうだった、登録しよう。名前は?」
「ユフラテ。」
「そうか、住処は決まってるのか?」
「いや…」
「そうか、まあ、チコンとこにしとくか。」
「おいおい、アバウトだな。」
「ああ、こんなの真面目に書いてくる奴のほうが珍しいんだよ。流れ者や食い詰めもいるからな、まあ、ギルドのキマリを守るならオーケーだ。」
「キマリ?」
「ギルドの中でもめ事を起こさない、人の獲物を横取りしない、人間を殺さない…ってとこか?」
「とこか?って聞かれても、おれは知らん。」
「わはは、まあ喧嘩スンナってことだ、ほれなくすなよ。これ魔法技術が使ってあるから一枚が高いんだぞ。銅版八枚するんだから。」
「へ~、そうなんだー。」
チコも驚いている。
「銅版八枚の銅板か…」
「まあ、銀も混じってるから高いんだけどな。半分ミスリルみたいになってる。裏にある四角は、討伐カウンターになってるから何を獲ったかすぐわかる。ここで卸すとチェックが入るから。」
「へ~、売掛もわかるってか。」
「まあな、こっちの読み取り機を使うと、もっと正確な状態もわかる便利なもんだよ。」
「魔法あなどりがたし。」
「ぶち殺して、放置した奴はカウンター外に選り分けられる、討伐依頼のかかっている奴はその中に含まれない。」
なんちゅうファジー機能だ。そのへんのパソコンよりかしこいぞ。
ドライブレコーダーみたいなものか。
「じゃあ、もう二~三匹とって来よう。」
「うん、ウサギの肉はみんな喜ぶから歓迎だ。」
「わかった。」
俺はチコを連れてギルドを出た。
六月の日差しはまだ強く、石畳はかなり熱くなっている。
ギルドの庇は三メートルほど道にせり出していて、日差しも雨も防いでいる。
「チコ、宿屋はいくらするんだろう?」
「そうだねー、安いところで銅版二枚半ってところかな?ご飯は別だよ。」
「そうかー、ちょっと心もとないな。」
手持ちは銀貨一枚と銅版一枚。すぐになくなりそうだ。
「やっぱウサギ取りに行く?」
「うん、行ってこよう。チコはどうする?」
「ウサギのいるところを案内してあげるよ。」
「いいのか?危ない奴だぞ。」
「平気でしょ、ユフラテは父ちゃんがいい腕だって言うくらいだから、安全だよ。」
「そういうもんかね?」
二人はメインストリートを横切って、鍛冶屋外に移動した。
こうして見ると広々としていいところだ。
「とうちゃん!ギルドに行ってきたよ。」
「おうそうか、どっちのギルドだ?」
「冒険者。」
「よし、ウサギは売れたか?」
「売れた、いい値段だったよ。これからウサギ取りに行くんだって、案内してくるよ。」
「そうか、気を付けて行けよ、森には入るなよ。」
「平気よ~。」
チコは、からからと笑って作業場から出てきた。
「ユフラテ、武器は?」
「これ。」
「これ?ただのヒノキの棒じゃん。」
「これで十分だ。」
「ちょっとまちなさいよー、いくらなんでも弱すぎるわよ。ウサギはまだしももっと強力なのがきたらヘチ折れるわよ。ちょっと待ってね。」
なにやらごそごそとかき回している。
「あったー、これでどうかな?」
出してきたのは錆びた剣。
「これはきついぞ、しかも短いし。」
「う~ん、困ったな。」
「ユフラテ、これ持って行け。」
チグリスが出してきたのは、長柄のハンマー。
一メートルくらいの棒の先に直径五センチくらいの鉄のハンマーが付いている。
ハンマーは円錐形で、先に向かって細めになって、表面は直径三センチ位の平らになってる。
「うわ~こんなメイスうちにあったんだー。」
「メイス?ハンマーじゃないのか?」
「ハンマーは仕事用、メイスは戦闘用、ちゃんと棲み分けしてるのよ。」
「へ~、そうなんだ、知らないことが多いなあ。」
俺は軽く振り回してみた、重さも手ごろだ。
「お前は一撃でアタマカチ割ることができるからな、樫の棒でもいいんだが、オークでも出るとヤバい。それはやるよ、使いこなしてみろ。」
「わかった、ありがとう。」
俺たちは、連れ立って鍛冶屋街を出た。
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