4 / 115
第四話 Cクラス冒険者が来た
しおりを挟む蒸留した後の残り物なんか、はっきり言って気の抜けたブドウジュース。
味もしょしょりもあったもんじゃない。
つまり、家畜のエサ以下。
なんの役にも立たないシロモノなので、捨てるしかなかった。(もったいない!)
正直、樽五個使って樽一個がやっと。
今回、丸一昼夜使って、樽一〇個を蒸留できた。
なんだかなー。
ドワーフが働き者だということが、いやというほど理解できただけの作業だった。
う~ん、書いていて自分でもつまらんので、酒の話はもういい。
「メイスはいいけど、やっぱ刃物持っていないと、まずいかなあ?」
朝飯の後、チグリスに聞いてみた。
「うん?まあ、武器の予備は必要だな。武器が一つだと、折れたりなくしたときに丸腰になっちまう。作るのか?」
「あの錆びたやつ、研いでもいいか?」
最初のころに、チコが出してきてあきれたやつがあったろう。
あれを使えるようにして、予備にしたらどうかと思ったんだ。
なにせ、この世界は鉄の価値がかなりちがう。
あんまり、安いものではないんだ。
「あんなものでいいのか?」
「あんなものって、あれだってチグリスが鍛えたものだろう?」
「いや、あれは弟子の育成用に作らせたものが残っていたんだ。二束三文のシロモノさ。」
「弟子の?」
「ああ、そこそこ使えるようになったので、自分の家に帰って行ったがな。」
どっかの親方の子弟を預かっていたらしい。
そいつは、独り立ちの目途が立ったので、家に帰って行った。
俺は、改めて聞いてみた。
「いや、弟子のってのは、二束三文にかかっているんだが…まあいいや、じゃあ使ってもいいか?」
「ああ…いや、やめとけ。そいつじゃあ二~三回ウサギ切ったら折れる。」
「お・折れる?」
「ああ、持ってこい、鍛えなおしてやる。」
「じゃあ、いくらだ?」
「ああ?こんなもんで金がとれるかよ。」
「だって、チグリスが鍛えるなら、もう別もんじゃないか。」
「そうは言うが、ナマクラはナマクラだ。」
「ただの鉄になって、生まれ変わるんだろう?」
「まあそうだ。」
「じゃあ、その剣は、新しいものじゃないか。」
「そうだな、そこまで言うなら、鍛え代は銀貨一枚にしといてやる。」
「そんなに安くていいのか?」
「いいさ、酒の借りもある、食い物の借りもある。金を取るほうが気が引ける。」
「そう言うなよ、親しき中にも礼儀ありって言うぜ。」
「ほう、いい言葉だな。」
チグリスは、差し出した銀貨を受け取って、古い鉄の剣を持って鍛冶場に入った。
もう、ふいごのごおっという音が聞こえてくる。
こうなると、また俺は暇になってしまう。
「チコ、この鉈(ナタ)を貸してくれ。」
「ええ、いいわよ、どうするの?」
「ああ、畑の周りに獣除けの柵でも作ろうかと思ってな。」
「うちの畑の?」
「だめかな?」
「だって、いま何も作ってないよ。」
「いずれは何か植えるんだろうが、それとももう使わないのか?」
「わからないけど、鍛冶の仕事が忙しくなると、なかなかねえ。」
「そうか、使わないのなら俺が耕しておこうかな。」
「あら、ユフラテ農業できるの?」
「わからんが、なんでもやってみたい。じゃあ、ちょっと行ってくるよ。」
俺は、壁の外の畑の中にやってきた。
なぜこの都市の住民は、石壁の城塞都市は囲っているのに、畑は囲わないのか?
おかしいんだよ、意識がいびつというか、まるでやってはいけないことのように、意識の外になっている。
ぜったいおかしい。
だから、外の畑を囲ってみることにしたのだ。
それでなにかが変わるわけではないかもしれない。
でも、おかしいと思ったら、やってみればいいのだ。
社会の秩序なんて、変わっていくものだからな。
外の木は広葉樹が多いので、曲がった枝が多い。
でも、少しずついいところを取って、畑の周りに立てて細い枝をつるで縛り付ける。
高さが一メートルくらいの柵が、少しずつ少しずつ増えていくのは、なんだかうれしい。
黙々と人と話もせずにする作業は、気楽でいい。
記憶をなくす前の俺は、こんなものだったのだろうか?
そんなことを考えながら、頭をからっぽにして仕事を進めた。
作業の休憩に、指先から着火の魔法をためすが、相変わらず火焔放射機のようにはげしく吹きだすだけだ。
「なにが悪いんだろう?」
俺は、こうガスバーナーみたいに、細くて高温な火が出したいんだが。
吹きだす火炎をじっと見るが、変化はない。
ごおおともぼおおとも聞こえる炎の音に、なにやら親しみを感じる。
やがて昼になって、チコが昼飯に呼びに来た。
「ユフラテー、お昼だよー。」
「おう!」
チコと連れ立って家に戻ると、チグリスはあたらしい剣を持って出てきた。
剣と言うか…まだ棒みたいだが。
「それは?」
「なんだかなあ、いい形が思い浮ばないだ。」
「そうか、俺としては片刃の真っすぐな感じの剣がいいな。」
「片刃?」
「うん、突きに使えるように、先が尖った感じの。」
「ふうん。」
俺は、地面に剣の形を描いて見せた。
「見たことない形だな。」
「ああ、俺が知ってる剣と言えば、これなんだよ。」
「ほう、ふつうは両刃のツルギだがな。」
「片刃だと、切れなくなったら峯で殴り倒すんだ。もちろん、先が尖っていたら突きも使える。」
「なるほど、やってみる。」
昼飯のあと、俺はチコを連れて表通りの市場に向かった。
約束だったからな、買い食い。
昼飯食ってるのにな…チコ、食いしん坊。
冒険者ギルドの前を通ると、やけに騒がしい。
しかも、やじ馬の数よりも冒険者の数のほうがずっと多い。
「どうしたんだ?」
「ああ、商隊の護衛でCクラスの冒険者がやってきたんだ。」
「へえ!Cクラスなんて初めて見るぜ。」
「そうだな、ここで一番の稼ぎ頭のドイルでも、Dクラスだからな。」
「すげえなあ、強いんだろうなあ。」
「仲間にはCクラスの魔法使いもいるらしいぞ。」
「へ~Cクラスのパーティなんだな。」
「五人組だそうだ。」
「へ~、やっぱ組んでるんだなあ。」
「ユフラテ、お前も仲間さがすか?」
「そうだな、一人じゃ獲物を持って帰るのも大変だ。」
俺と同じFクラスの、ヨールはいつも失敗している酔っ払いだ。
あまり腕もよくないから、パーティにもなかなか参加させてもらえない。
俺の周りでやじ馬しているやつらは、いずれも大差ないレベルで、ウサギすら一人ではとれない。
しかも、体がひょろひょろしているから、ウサギ一羽持ち上げることができなくて、ひーひー言っている。
獲物を運ぶのも一苦労だ。
俺は、チグリスの馬車を借りてるから、まだ楽している。
ウサギ一羽、三〇キロから四〇キロあるんだから、三人くらいでパーティ組むと、分離して運べる。
そのため、低ランク冒険者には、背負いこがマストだ。
これに縛り付けて、担いで帰るのだ。
だから、近場のウサギやゴブリンを獲りに行く冒険者は、低ランクの駆けだしか、ヨールみたいな怠け者になる。
「まあ、ユフラテならすぐにEやDになっちまうんだろうけどな。」
「バカ言え、おれなんかまだイノシシとオーク鬼を獲っただけじゃないか、ふつうはこんなもんだろう?」
ヨールは、あきれたような顔をしてカズマに言う。
「あのなあ、お前はそれを一人で獲れるんだ。そう言うのは、Fレベルなんかじゃないんだぞ。」
「そう言うものか?」
「そうだよ。ふつうは三~四人でタコ殴りにして獲るもんだ、報酬だって独り占めできるじゃないか。」
「なるほどな。」
「しかも、大物獲ったのにかすりきずひとつないし。ずるいぞ。」
「ずるいって…」
「ほらみろよ、俺なんかこの前のウサギにやられた傷がまだ残ってる。」
ヨールは左手の傷を見せた、確かに三本の傷が縦に走ってる。
「うわ、いたそ~。」
「チコ、さわるんじゃないよ。」
チコにつつかれて、ヨールは顔をしかめた。
そんな中、Cクラスパーティは、ギルドで護衛の終了証明を出し、クエストの完了を告げた。
ようやく役目をおえたパーティは、ギルド内を移動する。
Cクラスのパーティは、ギルドの中のカフェで酒なんかを呑み始めた。
へえ、革のプロテクターかあ、いいなあかっこいい。
胸と腰に革の防具を付けて、腕にも巻いている。
「どうしたんだ?」
俺がヨールに聞くと、ヨールはため息をつきながら答えた。
「旅の間にたまった獲物を買い取りに出したんだよ。それが、コステロが一人で計れるようなもんじゃないんだ。」
「へ?」
たぶん俺は、マヌケな声を出していたろう。
「なんしろ、ウサギだけで一〇〇匹以上いてな、オークが三〇匹、森ゴリラ三匹…」
「ど、どうやったらそんなに持って帰ることができるんだ?」
オーク一匹だって、荷車に載せるのにヒーヒー言ってるのに。
五人で担いでなんかこられないぞ。
「ああ、お前知らないのか?魔法の革袋だよ。レベルの高いパーティなんかはたいがい持ってるな。」
「どんなもんだよ?」
「ほら、リーダーの腰に下がってるじゃないか。」
俺が顔を向けると、ムキムキのキン肉マンが腰に一〇センチくらいの小さな袋をつけている。
あれがそうなのか?
小さすぎるだろう。
「いやしかし、あんな小さなものにそんなに入るのか?」
「実際入ってるじゃないか。」
「なるほどね、入っているからコステロが困っているのか。」
「そう言うこと。」
「すげえ、俺もほしいなー。」
「だいたい魔法使えなきゃ、役に立たんぞ。あれは、魔法でうごくもんだからな。」
「え~、おれそんなの使えないよ~。」
「それに、安いのだって金貨三枚はするぞ。」
金貨三枚…銀貨三〇〇枚ってことか、えっと三万円×三〇〇枚で九〇〇万円!
ばかやろう!買えるわけないじゃん。
家が建つぞ!
「ウサギ四〇〇匹くらい取らなきゃ。」
一匹銀貨二~三枚だからな。
「そうだな、お前いま計算したのか?」
「そんなもんだいたいわかるじゃん。それよりあの人はなんであんなかっこうしてるんだ?」
テーブルの向かい側に座っている人物は、黒いフードのついたマントをすっぽりかぶっている。
裾から素足が覗いているから、女性なのか?
夏なのに暑そうじゃん。
「ああ、あれは魔法使いだ。あのマントも魔法アイテムで、夏でも暑くないんだってさ。」
「へ~、Cクラスの魔法使いってどんなことできるんだ?」
「さあてねえ、属性もあるからよくわからんが、すごいのになると山ぶっ飛ばすそうだぞ。」
「へ~、ヨールはよく知ってるなあ。」
「この世界長いからな。」
「それでなんでFなんだよ。」
「へへ、俺はなまけものだからな。」
よっぱらいのヨールは、赤い鼻をこすって笑った。
「ちぇっ、自分でナマケモノなんて言うなよ。」
俺が顔を向けると、偶然か魔法使いと目が合った。
なんだかちっこいな。
くいくいと手招きされる。
「俺?」
俺は自分を指さして見せた。
こくこく
うなずいてるよ…俺はチコを見た。
「まあ、行ってみようよ。」
チコは、怪訝な顔で答える。
俺は、チコを連れて魔法使いに近寄った。
「…」
魔法使いは、俺に手を伸ばすとぴくりと指先を震わせた。
「きみ、なにか魔法できる?」
格好のわりに高い声だ、女性だな、今確信した。
「はあ、着火の魔法くらいなら。」
「いまできる?見せて…」
「はあ…」
着火着火・イメージイメージ
ぼはあ!
指先から二メートルくらい着火が噴き出したので、周りにいたやじ馬が雪崩を打ってひっくり返った。
「なにすんだ!」
ヨールが大きな声で抗議している。
「いや、着火の魔法を。」
「アホか!それじゃ放火の魔法じゃん!」
「確かに…」
俺は苦笑して答えた。
「なるほど、君には火の属性があるのかな?ほかには?」
「いや、これしかできない。」
「ふうん、まだいろいろできそうなのにな。どっかで修業したの?」
「いや、この子の父親に着火だけ教えてもらった。」
ちまちま練習しても、このままなんだよ!
「そう、ねえリーダー、この子連れて行ってもいい?少し鍛えたい。」
「ああ?ほそっこいやつだな、魔法使いか?」
「ユフラテは剣士だよ!メイスも使う。失礼なこと言うなキン肉マン!」
チコがおこって、リーダーと呼ばれるキン肉マンにくってかかった。
キン肉マンは、苦笑してチコの頭をなぜた。
「わるかったな嬢ちゃん。ふうん、剣士ねえ。剣下げてないんだな。」
「今はない。普段は六尺棒かメイスを使ってる。それしかないから。」
「そうか、じゃあちょっとつきあってくれ。」
「?」
リーダーはアランと言って、四分の一獣人の血が入っているそうだ。なるほど、胸板も厚いなあ。
四チコ分くらいだろうか?
(チコを四人並べたのと同じくらいだ。)
リーダーに着いていくと、ギルドの裏手に出た。
校庭の四〇〇メートルトラックが入るほどの広場になっていて、左横に小さな小屋が立っている。
運動場のまわりには木が植わっていて、道との境になっている。もちろん塀もあるんだけど。
なんか成り行きで、みんなぞろぞろついてくる。
アランは、その小屋から六尺を二本持ってきた。
「ほれ。」
と言って一本を投げてくる。
俺が受け取ると、六尺をくるりと回して言った。
「よし、いっちょうお前の腕を見せてくれ。」
「なんだよまったく!」
俺は、勝手な展開にかなり憤慨していた。
「勝手な事言うな!」
俺は六尺を地面にたたきつけた。
「まあそう言うなよ、俺はたいていの奴は見ただけで大体の強さがわかるし、構えを見れば実力もわかる。
だが、なぜかお前にはそれが見えない。おかしいと思ったら、確かめたくてしょうがなくなったんだ。
たのむよ、一本だけでいい。」
そう下手に出られると、怒っているのも大人げない。
「…わかったよ。」
しぶしぶ六尺を拾う。
やじ馬は俺たちの周りを囲んでいる。
「では、改めて。」
すっと六尺を引いたアランは、気合もなく一気に踏みこんできた。
「おわ!」
そういう殺気のない攻撃ってのは、よけるのが難しい。
思わず、六尺で流して一歩左に飛んだ。
「ほお、あれを流すか。」
ごおっとアランの背中から闘気があふれる。
「このほうがまだありがたいね。どこに来るか予想がつく。」
俺は、にやりと口の端が上がるのを感じた。
ぼそりとつぶやくと、アランは聞こえたのか聞こえないのか、一瞬に三回の攻撃が飛んできた。
頭、胴、胸に向けての攻撃。
かんかんかん!っと軽い音がして、すべてを打ち落とす。
だんだん面白くなってきた。
アランの技は、力は強いが師範ほどの速さはない。
肩の肉がすぐ盛り上がるので、どう動くかがすぐわかる、目で見て流せる程度だ。
ただ、多彩。
どこからでも攻撃してくる、しかも膂力がハンパねえ。
まともに受けると、じいんと手がしびれる。
長期戦はまずいな。
おもきしぶちかましがきた。
「おわ~!」
剣の柄同士で鍔迫り合いである。
俺はモロに受けて、野次馬に突っ込んだ。
「おもい!」
ヨールが悲鳴を上げている。
やっぱ、運の悪い奴だ。
「みんな広がれ、これはあぶないぞ!」
引っ張り上げたヨールは、周りに声をかけた。
お前だけだよ。
よけるだけでは芸がない。
三本目を外に受け流して一歩前に出て、手元の短い握りをアランのあごめがけて突き出してやった。
「うお!」
真っすぐ後ろにあごを引いて、アランが吠えた。
そこで、もう少し追い込んでみる。
「天然理心流三段突き!」
「おう!は!くお!」
「これをかわすかよ!もういっちょう!」
六尺の先を相手の剣先に絡めて、一気に上に引き抜いてやった。
かいん!と音がして、アランの六尺は跳び上がると、ころりと地面に落ちた。
「はあはあ、やるなあ。」
「道場剣法だよ。」
「いやいや、三段突きの殺気たるやかなりのもんだよ。ルイラ、俺は同行しても不足はない。」
「アランが言うなら大丈夫ね、一緒にクレオパに行ってくれる?」
「クレオパ?」
「イシュタール第二の都市よ、人口は十万人。あたしたちの本拠地。」
「そこに行くとなにがあるんだ?」
「私の師匠がいる。年を取ったので歩くのが少し難しい。」
「それに会うのが、そんなに重要なのか?」
「君、えっと…」
「ユフラテだ。」
「ユフラテさんは、魔法使いとしていい素材を持っている。師匠に付くときっといい魔術師になれると私は思う。」
「本当なのか?」
「潜在的魔力がハンパない。」
なんか暗い林原めぐみみたいな話し方で、ルイラは説明する。
「だ、だめよユフラテは、忘れ病なんだから。マゼランを出ちゃダメ!」
「忘れ病なら余計に、いろいろ見たほうがいい。思い出す。」
どっちもどっちだな、これは先達に相談すべきだろう。
「いま決めることでもないな。」
俺は低く口にした。
「そう?」
「ああ、たったいま出会ったばかりの人に、決めてもらうような事でもない。」
俺の強い意志を見て、ルイラは引くことにしたようだ。
アランは右手を差し出した。
「俺たちはここに五日ほど居る予定だ、またやろうぜ。」
俺は握り返しながら笑った。
「ぜひ。」
「「「「うわああああ」」」」
いきなり周りから歓声が上がった。
「ユフラテー、おめえすげえなあ、Cクラスに勝っちまった!マゼランの冒険者が腰抜けじゃねえって、やってくれたなあ!」
ヨールが満面の笑顔で抱き着いてきた。
「おいおい、男に抱き着かれてもぜんぜんうれしくねえよ。」
「ばかやろう、一杯おごるぜ。」
人の目の前に親指突き出すなよ!目に入るじゃん!
「いや、みんな応援ありがとう、一杯おごるぜ!」
俺は、カウンターに行って、銀貨を出した。
「みんなに一杯飲ませてやってくれ。」
「いいのかい?みんなあんたにおごりたがってるよ。」
カウンターのおばちゃんは、マリと言ってよく肥えたからだが狭いカウンターの中に詰まっている。
「いいじゃないか、エールでも出してやってよ。」
マリは、樽ごと外に出して大声を出した。
「ユフラテのおごりだってさ!みんな呑んどくれ!」
わっと殺到する低レベルの冒険者たち。
「あんたには、あたしからおごってあげるよ。」
テーブルには紫色のワインが入ったグラスが置かれた。
「ありがとう。」
「乾杯しようぜ。」
アランがエールのジョッキを上げた。
「ああ、乾杯。」
俺も、今回はいい気分になってしまった。
魔術師ルイラは、フードを外して、金髪を揺らしている。
なるほど、かわいいな。
胸はそれほどおっきくないけど、体の線は細くてよくくびれている。
ケツはいい形をしてるぜ。
あとは盾職のやっぱムキムキマンとか剣と弓持ったやせ形イケメンとか、ハルバート持ったドワーフとか、Cクラスってなんかすげえなあ。
強そうだよやっぱ。
「チコも、一杯呑みなよ。」
「うん…ユフラテ、出て行ったりしないよね。」
「それは、とうちゃんと相談する。俺一人で決めていいことじゃないからな。」
「義理堅いねえ。」
チコはエールのジョッキを持って、上目で俺に言った。
俺は、チコの案内で教会を目指すことにした。
初日に尖塔を見て以来、いっぺんあそこに行ってみたかったんだ。
「教会なんか、そんなにいいもんじゃないよ。」
「なんでだ?お前たちドワーフは別の神様を信じているのか?」
「いや、あたしたちも同じルシリス女神の信者だよ。この国は八割がたそうだと思う。」
「じゃあいいじゃないか、お賽銭ぐらい上げに行こうぜ。」
「お賽銭?」
「なんだ、こっちじゃそう言わないのか?神様にお金を奉納して、感謝するんだ。」
「ああ、献金のことか。ユフラテのとこはそうやって言うんだね。」
「そうらしい。ほら。」
俺は、チコに銅貨を握らせた。
「これを奉納するの?」
「だめか?」
「いや、いいけど、安すぎない?」
「気は心だ。まあ安ければ上げてやってもいいけどな。」
「あはは、神様相手になに言ってるのよ。」
教会に着くと、人口二万人の都市には不釣り合いな立派な建物である。
町を縦断する川の中州を石で固めて、そこに重壮な石造りの建物がそそり立つ。
もちろん前の広場も石畳で敷き詰めてあって、たくさんの人が歩いている。
中州は、船のような形をしていて、この教会を先頭に波を蹴立てて進んでいるように見える。
まるで、りっぱないくさ船のようだ。
中州の両脇に石造りの橋が架かっていて、さらに立派な感じがする。
「ほお~、りっぱなもんだなあ!こりゃあすげえ。」
「うん、五〇〇年前からあるらしいよ。」
「へえ、町の歴史なんだ。」
「いや、この町は三〇〇年ぐらい前からだから、その前の住民が建てたらしいよ。」
「なんとまあ、遺跡をそのまま流用してるのか。」
「まあ、立派だからいいんじゃない?昔は領主の館にしてたらしいし。」
「さもありなん。なんまんだぶなんまんだぶ。」
「なによそれ。」
「俺の国の、呪文らしい。神様ありがとうっていう内容らしいが。」
「うそくさ~。」
実際にすげえんだよ、入り口には三つのアーチがあって、それに細かい彫刻が彫り込んである。
それぞれに付いている扉は、重厚な木材でできていて、かなり力がないと開かない。
ふつうは四~五人で開けるそうだ。
「なんでも字の読めない人に、オシリス女神の教えを説明してるんだって。」
「なるほど、人がこうして生まれて、死ぬとオシリス女神のもとに行くわけだ。」
「ああ、そう見えるんだー。へ~。」
俺たちは、右側のアーチから入った。
「俺の町では、真ん中は神様の通り道だから、端を歩けって言われるんだ。」
「へえ、変わってるね。」
教会の中に入ると、すげえ!
中も五十メートルくらい奥の祭壇まで、ずっと木の座席が並んでいる。
祭壇には五メートルくらいの白いオシリス像が立っている。
天井はかなり高く、少なくとも二十メートルはある。
フレスコ画のように、アーチ型の天井にきれいなオシリスの姿が描かれている。
「あの白いオシリスの前の赤い衣の女性はなんなの?」
俺は指をさしてチコに聞いた。
「う~ん、あたしも知らない。」
「あれは、オシリス女神の使徒筆頭のジェシカですよ。」
白いベールをかぶった黒い装束のシスターが、横から声をかけてきた。
声が澄んでいて、若い娘だとわかる。
「ジェシカですか。」
「ええ、千年のあいだ人の世にあって、オシリスの使徒として人々を導いたと言われています。」
「すっげえなあ、エルフも真っ青な長生きだ。」
「生きると言うのとは違うと思いますよ。オシリスさまの命を受けて、天界から遣わされたと言われていますから。」
「人間が好きだったんでしょうかねえ?」
チコが、妙な意見を言う。
「そうかもしれません。」
シスターはため息をついた。
「地上につかわされて勇者ランディウスに従って旅に出たときは、ヒールしか使えず、旅の間にいろいろな魔法を覚えたと言いますから。」
「なるほど、レベルアップが激しかったんだな。」
「そうですね、成長速度は早かったようですね。」
なんだかなー、チート魔術師かよ。
こちとら着火だって不良品(バーナー状態。)だもんな。
「お賽銭ばこはどこですかね?」
「お賽銭?」
「えっと寄進です。」
「ああ、献金箱ですね、こちらへどうぞ。お祈りはお済みですか?」
「いえ、まだこれからです。」
「では、先に祭壇へどうぞ。オシリス女神は何人も拒みませんよ。」
「そうですか?ありがとうございます。」
俺はチコと手をつないで、祭壇に向かった。
チコは祭壇に着くと、なにやら一生懸命お祈りしている。
俺はと言うと、あんまお願いすることもないので、ただ頭を下げた。
「世界が平和でありますように。」
「そりゃあでっかい望みだね。」
「そうか?平和で、ウサギがいっぱい取れたら、おなかもいっぱいだ。」
「そりゃそうだね、そんでもってお酒も一杯ついたら最高だ。」
「そうだな。」
「まあ、うふふふ。」
シスターは、俺たちのそばにいて二人の会話に笑い声をあげた。
「シスター、聞かないで下さいよ。」
「あら、ごめんなさい。お仲がよろしいのね。」
「そうかな?まあ、チコとは気の合う仲間だな。」
「そうだね。」
「献金箱はこちらです。」
見ると、ホンマに木の箱が置いてあって、その中には銀貨や銀板、金貨なんかも見える。
「ありゃ?銅貨なんか入ってないぞ。」
俺が小声でチコに言うと、チコもうなずいた。
「そうだね、どうする?」
「そりゃあおまえ、いれるしかあるまい。」
俺は、懐から銀貨を一枚出して、チコに持たせた。
チコは、ちゃりんと献金箱に落としたのだった。
ついでに銅貨を入れることを忘れない。
「ありがとうございます。これで、孤児たちもお食事がいただけます。」
え~、この箱の中身、けっこう入ってるぞ。
銀貨一枚三万円だぞ、銀板三十万円、金貨三百万円。
こんだけあれば一家が一年暮らせるぞ。
「孤児って、何人くらいいるんですか?」
「こちらの教会では、三十人ほど預かっています。司祭様はじめ神父様、シスターの数も三十人ほどです。」
へえ~、けっこう大所帯なんだ、それじゃあ募金だけでは食うのもやっとだな。
「こんど、ウサギが取れたら持ってきますよ。」
「本当ですか?ありがとうございます。」
俺たちは、祭壇前に人が寄って来たのを境に、シスターにいとまを告げた。
「今日はありがとうございました。私はシスターアリスティアと申します。」
シスターアリスティアは、ゆっくりと腰を折った。
「若輩者ではございますが、またお越しくださったときはお供させていただきます。」
俺は、それに答礼すると、もうひとつ聞きたかったことを口にした。
「ああ、そう言えば、教会では診療所はなさってますか?」
「しんりょうしょ?ああ、治療院ですか?ええ、ございますよ。どこかお悪いのですか?」
「いえ、どんな治療をしているかと。」
「ええ、こちらでは複数のシスターがヒールを使えますので、もっぱら治癒魔法中心です。」
「治癒魔法ですか。」
「ええそうです、司祭様のほかに五名ほど、治癒魔法が使えます。」
「シスター=アリスティアも?」
「ええ、少しですが。」
「そうですか、いちど見せてください。」
俺も興味あるんだよ。
「おはずかしいですね。」
シスターは、ほほを染めた。
「では、失礼します。」
俺たちは、教会を出て石畳の道を川に沿って進む。
五十メートルほどの川にかかった石の橋を渡ると、川沿いに店が並んでいる。
立ち飲みの酒屋の前で、チコが振り向いた。
「ああ、チグリスのお土産を買っていこう。」
チグリスの土産にワインを買って、そのまま家に向かう。
意外と広い街で、歩いているだけでもおもしろい。
帰りに市場の前にさしかかると、屋台の焼肉屋が串焼きの肉を売っている。
「こいつも土産に買っていこう。」
「うん。」
どうやらウサギ肉らしい串焼きを買い込んで、いい匂いをさせながら家路につく。
「どうだいこれは?」
家に着くなりチグリスが煤で汚れた顔を出した。
「おお!なんだかすげえ!」
チグリスの差し出した刀身は、青光りしてすさまじい光を放っている。
「これはすごい出来だ!」
「おまえもそう思うか?なんかなあ、鍛えていたらどんどん良くなってな。研いでみたらこんなんなった。」
「うひゃー、中子もきれいにできてる。柄を工夫しなきゃな。」
「お前の描いた絵の通りにできているか?」
「それ以上だよ!こりゃあ名刀になる!銀貨一枚じゃ安すぎるよ。」
「まあ、それはいいさ。おまえにゃ世話になってる。」
「なに言うんだよ、右も左もわからないやつを拾って助けてくれたくせに、俺のほうこそ世話になりっぱなしだ。」
「それはなあ、まあいい。こいつはかなり実験的なものだし、使ってみないとどれだけ使えるのかわからん。だから、お前のいいようにしろ。」
「いいのか?」
「それで結果が良ければ、もっと作ってみるさ。お前は言わば実験だ。」
「うわ~、感謝の気持ちがいっぺんに落ちるな。」
「だが、偶然にしてもこの出来は悪くないぞ。」
「それは俺も思う。こいつは切れる。」
「うむ、まあ、拵えは自分でやってみろ。お前にも考えがあるんだろう?」
「ああうん、ありがとう。やってみるよ。」
絹糸なんかはなかなか手に入らない。クモのモンスターや蛾のモンスターなどから取れる特殊な糸なら使えそうだが、バカ高い。
とりあえず白木の柄と、鞘を作ることにした。
束には、皮ひもでも捲けば滑らないし。
チグリスは、叩き直しの剣が思いのほかよくできたことに、かなり満足しているようだ。
俺としても、このくらい希望に沿っているなら歓迎だ。もう少し剣にそりがあればもっとうれしいが、贅沢は言わない。
重さもちょうどいいし、大事に使おう。
夕食は、土産の串焼きと、チコの作った野菜たっぷりスープでうまかった。
1
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
友人(勇者)に恋人も幼馴染も取られたけど悔しくない。 だって俺は転生者だから。
石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていた魔法戦士のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもない状態だった。
だが、此の状態は彼にとっては『本当の幸せ』を掴む事に必要だった
何故なら、彼は『転生者』だから…
今度は違う切り口からのアプローチ。
追放の話しの一話は、前作とかなり似ていますが2話からは、かなり変わります。
こうご期待。
魔王を倒した勇者を迫害した人間様方の末路はなかなか悲惨なようです。
カモミール
ファンタジー
勇者ロキは長い冒険の末魔王を討伐する。
だが、人間の王エスカダルはそんな英雄であるロキをなぜか認めず、
ロキに身の覚えのない罪をなすりつけて投獄してしまう。
国民たちもその罪を信じ勇者を迫害した。
そして、処刑場される間際、勇者は驚きの発言をするのだった。
クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?
青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。
最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。
普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた?
しかも弱いからと森に捨てられた。
いやちょっとまてよ?
皆さん勘違いしてません?
これはあいの不思議な日常を書いた物語である。
本編完結しました!
相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです!
1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
戦場の英雄、上官の陰謀により死亡扱いにされ、故郷に帰ると許嫁は結婚していた。絶望の中、偶然助けた許嫁の娘に何故か求婚されることに
千石
ファンタジー
「絶対生きて帰ってくる。その時は結婚しよう」
「はい。あなたの帰りをいつまでも待ってます」
許嫁と涙ながらに約束をした20年後、英雄と呼ばれるまでになったルークだったが生還してみると死亡扱いにされていた。
許嫁は既に結婚しており、ルークは絶望の只中に。
上官の陰謀だと知ったルークは激怒し、殴ってしまう。
言い訳をする気もなかったため、全ての功績を抹消され、貰えるはずだった年金もパー。
絶望の中、偶然助けた子が許嫁の娘で、
「ルーク、あなたに惚れたわ。今すぐあたしと結婚しなさい!」
何故か求婚されることに。
困りながらも巻き込まれる騒動を通じて
ルークは失っていた日常を段々と取り戻していく。
こちらは他のウェブ小説にも投稿しております。
転生したら名家の次男になりましたが、俺は汚点らしいです
NEXTブレイブ
ファンタジー
ただの人間、野上良は名家であるグリモワール家の次男に転生したが、その次男には名家の人間でありながら、汚点であるが、兄、姉、母からは愛されていたが、父親からは嫌われていた
僕の秘密を知った自称勇者が聖剣を寄越せと言ってきたので渡してみた
黒木メイ
ファンタジー
世界に一人しかいないと言われている『勇者』。
その『勇者』は今、ワグナー王国にいるらしい。
曖昧なのには理由があった。
『勇者』だと思わしき少年、レンが頑なに「僕は勇者じゃない」と言っているからだ。
どんなに周りが勇者だと持て囃してもレンは認めようとしない。
※小説家になろうにも随時転載中。
レンはただ、ある目的のついでに人々を助けただけだと言う。
それでも皆はレンが勇者だと思っていた。
突如日本という国から彼らが転移してくるまでは。
はたして、レンは本当に勇者ではないのか……。
ざまぁあり・友情あり・謎ありな作品です。
※小説家になろう、カクヨム、ネオページにも掲載。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる