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第四十九話 オーケー峡谷の戦い -3-
しおりを挟む砦の前には、騎兵二〇〇騎が待機していたが、そのうち勢子に回っていた歩兵五〇〇も合流してきた。
ムキムキと言うほどではないが、訓練された男たちが集まると、すっげえむさくるしい。
しかも、馬もいるので、あふれかえったような様子だ。
砦をぐるりと取り囲む格好だが、どうにも手狭だ。
「おい、ホルスト、周りの木立を切っちまえ。」
カズマは、横にいたホルストに声をかけた。
「へ?どのくらい切りますか?」
「そうだな、俺たちがゆっくり陣を張れるくらいでいい。」
「わかりました、すぐにかかります。」
「たのむ、どうせ木材は使うだろう?」
「ナンボあっても足りません。」
「よし、かかれ。」
「御意!」
ホルスト=ヒターチは、陸軍歩兵連隊第五連隊の隊長、アルマン=ボルドーと相談して五〇〇人の歩兵と、ホルストの部下の一〇〇人を使って森の切り出しにかかった。
なにしろ、この峡谷は狭い上に尾根が重なっているので、切り出しには苦労する場所なのだ。
そこに、盗賊たちの作った大規模な林道がある。
木材を切り倒して、道に上げることも、レビテーションが使えれば、苦もなくできる。
そんなわけで、砦の周りは切り払われ、かなり見晴らしがよくなってきた。
「よしよし、いい感じだな。」
カズマは、切り出した材木で本陣を作って、その中にはいった。
「おお、ここからならよく見えるな。じゃあ、前面に矢来をめぐらせて、兵士を守るようにしよう。」
「御意!」
ホルストは、兵士に命じて穴を掘り、杭を立てて本陣を囲った。
時折砦からは矢が射かけられたが、めくら打ちである、当たるわけがない。
だいたいの格好ができたところで、兵隊に休息を与える。
「どうせすぐには出てこない、見張りを立てて、みんな寝ろ!」
「うちのお屋形さまは、豪胆と言うかざっぱいと言うか、表現に困りますな。」
ホルストは呆れたように、ボルドーに声をかけた。
「左様、心中お察し申す。」
「でげしょ?これはこれで助かっているところもあるんですがね、指示が粗いので隙間を埋めるのに苦労なんスわ。」
「わかります、まあ、指示に余裕のある方が、こっちとしては動きやすいと思いますが。」
「どっちもどっちですね~。」
「ちっ、勝手なこと言いやがって。そういうことは、聞こえないところでやれ。」
カズマは、横目でにらんだ。
目が笑っている。
「はは!」
子飼いの家臣がいないカズマとしては、どこかで拾って来たようなやつばかりが増える。
そのうち、使えるやつもいるだろう程度の認識だが、貴族の三男四男なんてのは教養があるやつが半分くらいなんだよ。
字が読める書けるなんてのは、何とかなるが、計算となると途端に小学生並みになっちまう。
貴族に金勘定は必要ないとでも言うのか、イシュタール王国では、宵越しの銭は持たないようなやつが大半だ。
なぜか?
お釣りの計算が、暗算でできないような奴が多いんだ!
アトスやアラミスなんかは、計算も上手だったようだが、ポルトスなんかからきしだめだったそうだし。
ダルタニャンだって、釣銭は危なかったようだ。
だから、宵越しの銭が持てないんだよ。
みんな巻き上げられるからさ。
だから、ウォルフみたいなやつは、珍しいし貴重なんだ。
ホルストは、簡単な足し算引き算、掛け算くらいができる。
割り算は、危なっかしいがなんとかする。
だから、ありがたい人材だよ。
今後は、児童教育にも力を入れて、計算ができるようにしたいんだ。
こちらの陣屋ができたところを見計らって、ユリウス=ゴルテスが戻ってきた。
「お屋形さま、戻りました。」
「おう、ごくろうさん、どうだった?」
俺の周りには、近衛騎士隊の第二連隊長、マルクス=レクサンド、陸軍歩兵連隊第五連隊長アルマン=ボルドーにホルスト=ヒターチ、マリウス=ロフノールなどが集まってきた。
「は、こちらの大きな林道のほかに、裏手に細い資材運搬用の林道があります。そのすぐ向こうに、食糧倉庫と思しき建物と、さらに井戸がありました。」
「おお~、目標にドンピシャじゃん。まずは、そこを焼き払う。」
「「「はっ!」」」
「井戸はまあ残してやるか、こっちも使いたいし。」
「は、それで作戦は?」
「簡単だ、夜陰にまぎれて潜入し、食糧庫を焼き打ち。別働隊は、武器庫を焼く。これで手足がもがれるな。」
「御意。」
「できれば馬も放したいが、それはできたらでいい。まずは、お前たちが生きて帰ることが重要だ。お前たちに、替えはないからな。」
「「ははっ」」
「では、ゴルテス・ロフノールの両名は、十人を連れて夜間突入せよ。ゴルテスは食糧庫に、ロフノールは武器庫にそれぞれ火を放て。その後、ただちに脱出。放火後は確認せずとも好い、以上だ。」
「確認せずとも好いとは?」
「早く消そうが遅く消そうが、一旦どっかが燃えた喰いもんなんか、煙くさくて喰えたもんじゃないってことさ。」
「なるほど。」
「武器庫はまあ、燃えなきゃそれでもいい、どうせ両手に剣持てる訳じゃないからさ。せいぜい、折れた時の替えだけじゃん、矢が尽きるのはありがたいけどな。」
「では、どう言う?」
「侵入を許したことに対する動揺だよ。敵が中にいるかもしれない、心理的に揺さぶるわけだ。で、中で騒ぎをおこす。どうせ寄せ集めだからな、ちょっとしたきっかけでパニックになるさ。」
「諾であります。」
「出陣まで、飯食って寝ていてくれ。出陣は深更だ。」
「「御意!」」
「マルクス、アルマン、君たちの部隊も煮炊きを始めてくれ、いいにおいをさせてやれ。」
「「は!」」
「やつらに届くように、とびきり好いものを作れ。」
「かしこまりました!」
「御意のままに。」
二人は、自分の立場を忘れているんじゃないか?
君たちは、王国軍の近衛であり、陸軍歩兵であるのではないか?
それではまるで、カズマの兵士のようではないか。
「ま、まあ固いこと言うなよ、レジオ男爵の言葉は、なぜか従ってしまうんだよ。」
「そうそう、こう、この人のためならなんとかしてやりたいってカンジ?」
「ああ、それそれ。従ってしまうんだよ。」
まあいいです、二人は陣に天幕を構えた兵士たちに食事の準備を命じた。
八百五十人が、一気に切り払った森は、草などもきれいに刈り込まれている。
天幕を張ったあたりでは簡易なカマドが作られて、大きな鍋が乗せられている。
八百五十人の食糧を運搬するには、やはり百人からの輜重隊が付随する。
今回は、あまり長く出兵する予定でないので、馬車の数は少ないがそれでも千人規模の兵糧と言うのは膨大なものになる。
古代の戦争は、兵站と言うものは現地調達と言われていたから、やっぱ悲惨なものだったんだろうな。
カズマは、兵士が死ぬのは見たくない。
見たくないから、勝てるべくして勝つべきだと思う。
だから、こんなところで大事な兵士を消耗させるわけにはいかないんだ。
できれば、カズマ一人で全部始末すれば済むことなんだけど、それではせっかく兵士を寄こしてくれた陛下に申し訳ない。
そこで、運用を考慮して、ない時間をやりくりしているわけだ。
そう言うことを考えている間に、肉の焼ける好いにおいがしてきた。
「にんにくもあるのか、いいにおいじゃないか。」
「は、お屋形さまの好みは、奥方さまから伺っております。」
「あ?ユリウス=ゴルテス、なんであんたが給仕なんかしてるんだよ。」
「まあ、ひまですし、陣屋の中ではこんなことくらいしか、することがありません。」
「寝ろって言ったじゃないか、夜の襲撃に備えろよ。」
「ええまあ、これを喰ったら寝ます。どうも、若造のように心がわくわくしましてな、寝られんのです。」
ゴルテスは、からからと笑った。
いい笑顔である。
「そんなもんかえ?」
俺は、ゴルテスから皿を受け取った。
皿の上には、ころころと四角に切られた肉が好いにおいをさせている。
「あまり好いにおいをさせると、魔物や獣が寄ってきそうですな。」
「これだけの兵士を見て、逃げ出すさ。」
「それもそうですな。」
口の割に落ち着いた様子で、はぐはぐと熱い肉に食らいつくゴルテス。
さすがに、長年兵隊で喰って来ただけあって、実に落ち着いた物腰だ。
「しかし、兵糧攻めとは言え、この時間の少ない時に使うには、消極的過ぎませんか?」
「わかってはいるんだ、ただ、陛下から預かった兵士を、一人も損ないたくない。できれば、全員無傷で王都に送り出してやりたいんだ。」
「お屋形さまは、優しゅうござる、しかし、兵士は怪我してナンボですぞ。」
「それでもだ、みんな無事に家族の元に返してやるのが、俺の仕事だよ。」
「…」
ゴルテスは、黙って頭を下げると、俺の前から下がった。
「お屋形さまは、本当に兵士の隅々まで気を配っていらっしゃる。」
陣屋から出てきたゴルテスを、ロフノールが呼んだ。
「どうした、ユリウス。」
「いや、いまほどお屋形さまに、食事を運んだのだが。」
「うん。」
「兵士をすべて無傷で王都に帰すとおっしゃった。」
「なんとまあ!」
「長くお仕えしたい武将ではないか。」
「ふふふ、おヌシ、惚れたな?」
「悪いか?」
「いや、わしもなにやら、ついて行きたくなる。」
マリウス=ロフノールは、にやりと笑った。
「中の様子はどうだ?」
ホルストが、そばに来たので聞いた。
「は、向こうも食事のようですな。煙が上がっております。」
「そうか、まあ、今だけだ。たんと腹に入れておくんだな。」
「御意。」
「いいか、ホルスト、陛下から預かった兵は、一人たりとも損なうな。多少のけがなら何とかする、ただ、死なすな。それを念頭に置いてくれ。」
「かしこまりました。」
「もっとも、この作戦であれば、兵隊なんか使うまでもないんだがな。」
「は!」
「まあいい、おれも寝る。動きがあったら起こしてくれ。」
「御意!」
まったくどいつもこいつも、大げさなんだよ。
カズマは、町ひとつ、村三つしかないしがない男爵なんだから。
そこまで持ち上げなくてもな、平民に毛が生えたようなもんなのに。
まあいい、こいつらを喰わせるためにも、いまカズマがコケる訳にはいかんのだ。
盗賊なんざ、全員ぶっ殺しても良心が痛んだりする訳じゃない、あいつら、平成日本じゃあ考えられないほど無体なことをする。
明日も知れない身の上だもんだから、人を見れば問答無用でばっさりだし、女と見れば死ぬまでやりやがる。
だから、こっちが遠慮すれば、どうなるかは火を見るより明らかだ。
だが、ドレンみたいなやつもいる。
できるなら、労働力になるやつは欲しい。
どこまで盗賊になりきっているかにもよるが、その辺は見てみんことにはわからんて。
一人だけいる、頭のいい奴ってのが、どこまでやるかだが…
梁山泊じゃあるまいし、亡国の軍師が流れて来たなんて、考えられんよ。
まあ、五百人はよく集めたもんだが、さてどのくらい裏切るかな?
カズマは、考えながら寝落ちした。
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