おっさんは 勇者なんかにゃならねえよ‼

とめきち

文字の大きさ
53 / 115

第五十三話 国王陛下の行幸

しおりを挟む

 ソンヌ川ぞいに組み上げた石の壁は、かなり強固に硬化の魔法がかかっているので、ちょっとした増水くらいではびくともしない。
 水深は深く、三〇メートルはあるだろうか。
 船が行きかっても、底が付くことはない。
 これが大雨によって増水しても、道路まで水が付くことはまずまずない。
 川幅が一〇〇メートルを超えるほどあるからだ。
 ところによっては三〇〇メートルにもなる。
 そこにかかる橋も大きく長く、昔・勇者がかけてくれた橋が、五〇〇年経った今でも利用されている。
 川岸には五メートルくらいの歩道が取ってあり、その上に普通の道があるのだ。
 この川岸の様子も、ほとんどが勇者が作ったと言われている。
 恐ろしいほどの魔力量だ。
 二段になった川岸は、暑いときには町の住民が涼を取りに出てくる。


 ただ、ほかの都市と同じように、町の通りには真ん中に溝があって、そこを汚物が流れている。
 カズマは、まずこの下水道を改善した。
 汚水は、直径二メートルの地下水路を通って、町の西に排水される。
 そこには大きな沈殿槽がある。
 浄化の魔法が使える魔法使いを三〇人配置して、毎日浄化をかけてソンヌ川に放流するのだ。
 このシステムは、恵理子の計画に沿って進められ、ウォルフとゲオルグ=ベルンの采配で完成した。
 あいつ高校生だったのに、どこからこんな知識をもってきたのやら…
「中学校の時、大阪市の下水道局に見学に行ったことがあるんです。」
 それだけで、こんな計画が作れるものかね?

 こんなもの、一か月でよくやったもんだが、これが土木魔法の効果である。
 ギルドから派遣されている土魔法使いたちを駆使して、地下道を掘り進めたのだ。
 ついでに、内部の硬化を勧め、百年ぐらいでは壊れないようにした。
 もちろん、賦役を実施し、内部の石積みもしっかり固めている。
 土魔法使いたちは、レジオに来てからやることが増えて、めきめきとその腕を上達させている。
 彼らにとっても、嬉しい誤算だろう。
 土ボコしかできなかった者が、今では畑を耕すことも、塀を作ることもできるのだ。
 王都に帰ってから、さまざまな職種に就くことができるのだ。
 これは、金では買えない財産だよ。
 土魔法使いたちは、むちゃくちゃ感謝の言葉を告げに来た。


「薬師組合?」
「そうです、お屋形さま。」
 恵理子がまた、へんなものを拾って来た。
「ってなんだ?」
「まあ、簡単に言うと薬屋さんの協同組合…ギルドでんな。」
「ああそう、それが?」
「錬金術師と薬師が加盟してはりますが、薬をする薬玄とか不潔なんです!何度も同じものでするので、細菌もたまりやすいし。」
「それをどうしろと?」
「ですから、薬屋の薬玄を清潔に保つよう、法整備が必要なんです!」
「ああ、そう言うこと。そんなもん、おれの名前でお触れを書けばいいじゃん。さっそく、組合に通達しろ。」
「わかりました。さすがお屋形さま、わかってらっしゃる。」
「回復魔法や、治癒魔法が受けられない人は、薬師組合が頼りだしなあ。」
「そうです、そこの意識改革は、なかなか進みませんねえ。」
「そうだな、衛生管理くらい重要だが軽んじられるものもないからなあ。その重要性をやつらに説明するのに、なにが必要なんだか。」


「そうですね、風土病の解析とか、性病の蔓延でしょうかね?」
「性病?」
「けっこういますよ、今はスラムもないレジオの町ですが、街娼とかが出始めたら、あっと言う間にパンデミックですよ。」
「ヤバいじゃん!」
「娼館とか、定期的に健康診断が必要ですね。」
「そうだな、兵士が一番拾って来そうだもんな。」
「そうです!兵舎の衛生管理もありました。」
「マルクスとアルマンに…アカンな、忙しすぎる。マリウスとユリウスのおっさんコンビだな。」
「ござるコンビですか、適任かもしれませんね。」
「本人たちが、あんま衛生管理って観念がないかもなー。」
「そこですね。」
「やつらがここに来て、すでに一カ月。そろそろタガが緩んでる頃だな。」
「いっぱつやりますか?」
 恵理子が面白がって言う。
「やりましょう。」
 カズマも、おもきし頷いた。


 近衛・陸軍双方とも、兵舎に入って町の警備や、復興に協力してくれているが、さすがに男所帯だからウジがわきそうなんだよ。
 そこらへんで女買って来るし。
 昔の兵舎なんか、絶対梅毒率60%くらいだったそうだし、うかつにもその辺を忘れていた。
「お屋形さま、お呼びですか?」
 マリウス=ロフノールがやってきた。
「ああ、もうじきゴルテスも来るだろう。」
「お屋形さま、ユリウス=ゴルテス、参りました。」
「よし、二人とも、そこに座ってくれ。」
「「はっ!」」
「こんかい君たちに頼みたいのは、兵舎の大掃除だ。」
「へ・ワシらが掃除するんで?なんのバツ当番!」
 君たち、どんなドヂやったのさ?
 恵理子のおっかけやって程度で、便所掃除とかさせないよ。


「ちがう、掃除するのは兵士たちだが、その監督をするのは二人だと言うことだ、マルクスとアルマンだと、細かいところに気が行かない。」
 二人とも優秀なんだが、やはり二〇代と言うこともあって、隅々まで気を遣うことには神経が行きとどかない。
 その辺は、酸いも甘いも噛み分けてきた四〇代にはかなうまい。
「ははあ、若こうござるからのう。」
「まったく。」
「では、ワシは近衛の兵舎をやりましょう。」
 ロフノールが言うと、ゴルテスも
「そうじゃの、ではワシは、陸軍の兵舎を。」
 と言うので、お互いすでに住み分けているようだ。

「たのむ、衛生管理が心配なんだ、その辺の娼婦から病気がうつっていないかさ。」
「ははあ、そう言うことですかの、ありえますな。」
「ノミダニシラミもコワイ。」
「ははあ、兵士はずぼらなやつが多いですからな。」
「だから、大掃除だ。兵士の布団も干させろ。」
「かしこまりました。」
 その後、訓練場に盛大に干された布団から、埃が舞い上がって苦情が来た。
 ありがたいことに、性病の蔓延はのがれた。
 ほんの一〇人ほどしか罹患していなかったのだ。
 
 カズマの治癒魔法ですぐに治った。
 また、その相手を探し出して、そいつも治療した。
 どっかの町から流れて来た女らしい。
 わりと好い女だったが…

 男所帯にウジがわくとは、よく言ったもので、部屋のあちこちに着替えだの酒びんだのがちらばっている。
 このあたりの酒びんは、陶器製で貧乏徳利みたいな感じだ。
 ガラスはまだ製法が確立していないので。
 そのうち作ってやろう。
「お屋形さま、むっちゃ汚いにゃ。」
 トラが鼻をつまんでいる。
「なんだトラ、今日は手伝いか?」
「うんにゃ、お屋形さまを呼びにきたにゃ、王都からお使者が来たにゃ。」
「おおっと、それはたいへんだ、急いで応接間に通してくれ。」
「ゴルテスのダンナが、案内してるにゃ。」
 掃除はどうしたんだよ?

「よし、着替えてすぐ行く。」
「はいにゃ。」


 正式に、国王行幸の通達がなされた、それと同時に侍従たちが男爵亭を訪れ、不具合を確認して行った。
 作ったばっかの男爵の館には、調度らしい調度もそろっていないから、いい機会だ。
 侍従たちに教えてもらおう。
 王さまだけでなく、王妃、王女アンリエット(九歳)スエレン(七歳)も同行されるにあたり、警備体制の強化が望まれる。 
 そりゃまあ、近衛のジョルジュ将軍も着いてくるんだろう。
 けど、聞くだに恐ろしい一〇〇〇人からの行列だそうだが、それを納める器が足りるのか?
 町屋の宿屋ってわけにもいかない、やはり新築の男爵亭をすべて差し出して、やっとと言うことだな。
 幸い、料理人なども一緒にやって来るらしいので、厨房も気にしたものではない。
 カズマたちは、もとの商人の屋形にそのまま済んでいればいい。

「なんだにゃ、あいつらは。文句ばっかし言って帰ったにゃ。」
 トラは、若干不満を口にした。
 まあ、その気持ちはわかるが、陛下第一の侍従たちには、不満も多いことだろうさ。
「しょうがない、それほど国王の訪問と言うのは、重要なことなのだし、名誉なことなんだ。俺にはよくわからんが。」
「わ、わからんのにゃ?」
 トラはあきれた。
「まあ、やつらの言うとおりに進めればいいんだろう?それなら十分だ、アンリ=デュポンもいたし、便宜は計らってくれるだろう。」
「そういうもんかにゃ?」
「ああ、トラ、だれか若いのを呼んでくれ、王宮に使者を出す。」
「兵隊さんだにゃ。」
「そうだ、ゴルテスのところの若いのにしよう。」
「はいにゃ。」

 このころ、カズマはある種の確信のようなものを感じ取っていた。
 なぜ、一介の町民である俺が、男爵に叙されたのか。
 国王は、レジオをどうしたいのか?
 頭の中がお花畑で、メルヘンが詰まってなきゃ、当然考えるだろ?
 だれも、タダでモノはくれない。
 どこに生臭いものが詰まっているのか…


 この二か月で、レジオは見違えるほど変わった。
 特産と言われるものも、目処がついてきたし、じっさい評判も上々だ。
 職人や、人材の育成も軌道に乗りつつある。
 つまり、一年もしたら、自動的に発展のレールに乗り切るんだ。
 そうしたら、カズマなんか必要なくなる。
 その時に、どう切って来るかなんだよな。

 カズマの読みでは、王弟オルレアン公爵の二男あたりが怪しい。
 そいつに、レジオ男爵を継がせて、カズマはお払い箱ってことかな?
 暗殺には気をつけなきゃな。
 楽市楽座で、税金取ってないから、誰でも入りたい放題だからな。
 各地の細作(スパイ)も入ってきている。

 ヤダヤダ、生臭い宮廷闘争が見えるようだわ。

 あの人の好い王様を、そんなもので汚したくはないが、どうしたものかねえ?
 ま、カズマは逃げるのが一番いいと思う。
 隣の、ゲルマニア帝国とか、向こうのエスパーニャ王国とか、飯がウマけりゃどこだっていいさ。
 カズマと、ティリスとアリスと子供が暮らせるなら、それでいい。

 ただ、カズマの戦闘力を王国がどうとらえているかだ。
 派手に戦果を見せてしまったからな、一部では危険視しているのではないかな?
 特に、王国宰相のトスメル(七十一)とかな。
 先代国王から仕えている老臣で、発言権も王国随一。

(ちくしょうめ俺の狩ったトロールなんかを憎々そうに見つめて居やがった。)

 あとで、連中と相談だな、ティリスとアリスは、文句なしに着いてくるさ。

 問題は、幼いラルや気の弱いウォルフだ、ウォルフはこのままここで暮らした方が、能力を生かせると思うがな~。
 ラルは身寄りがないから、カズマが面倒見なくちゃいけないな。
 そうか、ベスおばさんに頼むのも手だな。
 パリカールの馬車に、みんなで乗って旅をする俺たちが見えるようだ。

 よし、楽観視はやめだ。
 とりあえず、子供が生まれるまでは、ここでのんびり暮らすさ。
 逃走経路は、しっかり調べる。
 チコは、折を見てチグリスのところに返す。
 トラは…どうしようかなあ?
 恵理子も、ここに置いておくには危険度が高すぎるな。
 頭の中はチートだし。
 本当のところ、辺境の領地でも交換してくれるとありがたいんだけどな。
 どうせ、イシュタール王国は、亜熱帯なのでどこにいたって、気候は好いからな。
 無理だろうなあ…

 男爵亭の家具調度は、精一杯がんばって、国王が宿泊できるよう侍従たちと協議して整えた。
 ちくしょう、けっこう金貨が飛んでいきやがったが、なんとか格好がついたわ。

 廊下の角角には、鉄製の全身鎧を飾ってある。
 壁には、ゴッホのひまわりとか、贋作をいっぱい作って並べてやった。
 この国には、ゴッホもルノワールもいないからな。
 メイドたちが目を丸くしていた。
 頭の中にある記憶を、鮮明にする魔法を使い、それをキャンバスに転写すると、なんとなく印象派になるんだよ。
 どうせ、歴代当主とかがいるわけじゃないから、そんな肖像画はないし。
 あ、現国王と王妃の肖像画を、でっかく作って飾ってやろう。
 もちろん、姫様もならべて、親子四人の肖像だ。
 陛下と王妃がイスに座って、王女がその両脇に立っているカンジ。
 どこがいいかな?
 やっぱ、正面玄関だな。

 そのうえ、王宮のシェフと相談して、厨房も希望通りに作った。
 おかげで、厨房は横の部屋とつないで、倍も大きくなったさ。
 ちくしょう、あとでつぶして家族の食堂にもどしてやる!
 上級の随員の部屋も、下級の随員の部屋も、精一杯整えてやった。
 五階には、高級官僚も入れる。
 下級官吏や執事なんかは六階建ての、一番上に放りこんでおけばいいか。

 まったく、王さんの訪問なんて、陰でどんだけ金がいるもんだか!

 途中にあるレアンの町の本陣も、けっこう整備に金を使ったらしい。

 やっぱ、国王の御幸ってやつは、参勤交代より怖いもんなんだな。
 困ったのと言えば、近衛のジョルジュ将軍だ。
 レアンの町は、国軍が警備することが決定したが、往復の随行は近衛の騎馬隊千騎が前後左右を固める。
 その輜重と言えば、どんだけのかかりだか。
 宰相のジジイの顔が青くなるんじゃないのか?って感じらしい。
 本人は、しらっとしているが。
 街道の両脇には陸軍の精鋭が、国旗を持って五メートルおきに並ぶらしい。
 いったい何人?
 お忍びでないお出かけが、どんだけ大変かよ~~~~~っっっっくわかった!

 そんな、華々しい行列をしつらえてやってきたのは、九月の末。
 みなさん、運動会が終わったころだな。

 華やか赤い縞模様の衣装を着た、近従の槍持ちがきらきらした槍をかかげて二〇人ほど先頭を行く。
 そのあとに近衛の騎馬隊が二〇〇騎並んで、国王の馬車を先導する。
 国王の馬車は、黒地に塗られた箱馬車で、大きさは縦一〇メートル横七メートルはある、一〇頭立ての立派なものだ。
 その前に、随員の馬車が二台走る。後ろにも三台走っている。
 後方にも騎馬隊槍隊。
 両脇にも騎馬隊。
 うっひゃ~!
 たった三日のお出かけに、どんだけ着いてくるんだか。

 陸軍の旗隊は、レアンの町まで続いたそうだ。

 レアンの町では、王様自らレジオのパンを所望され、シェフのジャンが舞い上がって献上したそうだ。

 やがて、悠々と行列はレジオの城門に到着した。


「レジオ男爵~!」
「アンリエットさま!」
 長女アンリエット王女は、馬車の窓から体を乗り出して、手を振っている。


 西門前は、思い切り整備し直して、そこらじゅうを花だらけにして、国王の出迎えの意匠を凝らした。
 城門の前にも、これでもかと階段状にプランターが置いてあって、花の大階段である。
 花もケチってはいない。
 プランターからあふれ出すくらい植えてある。
 城門から朱雀大路にかけて、王国の旗を並べて立てている。
 城門の上にも、王国の旗だ。
 城門の朱雀大路にはレジオじゅうの住民が並んで花を振っている。
 カズマの目の前で、槍持ちが止まった。
 カズマが、馬車に近寄ろうとすると、いきなり馬車の扉が開いて、アンリエット王女が飛び出してきた。
「レジオ男爵!こんにちは!」
 飛び出したまま、カズマに向かって飛ぶものだから、侍従、侍女、みんなまっつぁおになっている。

 カズマは、とっさにレビテーションを発動して、アンリエット王女を浮き上がらせた。
 そのまま、余裕で受け止めて、肩に抱き上げた。

「お元気ですか?アンリエットさま。」
「ええ!男爵は力持ちね!」
「さようでございますね。」
「お花がいっぱいで、きれいね!」
「レジオ男爵、出迎え大義である。」
 馬車から国王陛下のお声がかかる。
 カズマは、王女を肩に乗せたまま膝をついた。
「レジオへの行幸、レジオの住民打ち揃って歓迎申し上げます。」
 遅れてやってきたティリスとアリスも、馬車の前で膝をつく。
「おお、聖女殿たちも、大儀であるな。体は大丈夫かの?」
「はい、順調でございます、五ヵ月に入りました。」
「それは長上、では宿所にまいろうかの。」

 駆けてきた侍従長と、馬車の脇に立つ。
「お立ち!」
 声と同時に馬車の車輪が回る。
 カズマは、侍従長に目で合図を送り、そのまま馬にまたがる。
「陛下、馬車の護衛をいたします。」
「大儀である。」

 馬車は、花で飾られた城門をくぐり、住民たちが花を振る大通りに入る。
 この日ばかりは、すべての住民が花を持って集まった。
 食堂のおばちゃんも、鍛冶屋のおっちゃんも、みんな花を掲げている。
 馬車は、掃き清められた朱雀大路を、まっすぐ正面にある男爵亭に向かう。
 男爵亭は、六階建てである。
 このまえやっと完成して、威風堂々白い姿を現している。
「王妃や、なんだか私の城よりいい感じだなあ。」
「それはまあ、新築でございますし。」
「うん、いいなあ、レジオの城。」

 王家の馬車の後ろには、男爵家の馬車、もちろん御者はゴルテスが勤めて、オープンな座席には二人の聖女が座っている。
『聖女様!聖女様!』
『国王陛下!王妃殿下!』
 両脇から、花びらと歓声が降りかかり、華やかな行列はゆっくりと男爵亭に入った。
 ふだんなら、ここでマジックアローが陛下の馬車を狙うところだが、今日はファンタジー色が濃いので普通に過ぎた。

 ヨカッタ…

「立て直したばかりで、なんのおもてなしもできませんが、どうぞごゆっくりなさってください。」
 カズマの声に、国王陛下は建物を見上げた。
「ほほう、これをカズマが建てたのか、なかなかいい屋敷ではないか。」
「は、いろいろ参考にさせていただきました。」
「ほほう、今夜はゆっくりして、明日は晩餐会かのう?」
「は、左様でございます。近隣諸領主さまにはすでに招待状も回っておりますれば。」
「なるほど、その招待状はサイレーンの卵のせりへの参加もか?」
「はい、みなさまそれは主なようですので。」
「おおかた、隣のロワール伯など、よだれをたらしながら聞いてきたじゃろう?」
「は、まことに。」
 王様、よく見てるな。

 随員などの案内には、ロフノール準男爵が当たっている。

 旅装から着替えた王妃と姫様たちが居間にやってきた。
「男爵?いいお屋敷ですね。部屋の家具も趣味がよろしくて。」
「は、恐縮であります。」
「あらまあ、うふふ。正面の私たちの肖像画、ありがとうございます。」
「いえ、小さいかとびくびくしておりました。」
「まあ!」
 ええ?
 縦五メートル、横三メートルの肖像画ですよ!
 なにが小さいんだか?
「そうそう、廊下のひまわりの絵、すばらしいですね。」
 王妃はかなり気に行ったようだ。
「よろしければ、王宮にお持ち帰りください。」
「よいのですか?」
「は、お気にいればどれでも。」
「まあ!うれしいこと!」

「王妃は、どれが気に行ったのかな?」
 陛下が気楽に聞いてくる。
「はい、ひまわりと、麦畑でなにやら農夫たちがいる絵が特に。」
 ああ、『落ち穂拾い』かな?
 とにかく、古今東西の名画を全パクリである。
 そりゃあ、みごとなもんだろうさ。
「私は、みんなが並んでいる正面の絵が気にいったよ。」
「ええ、あれはすばらしい出来ですわ。」
 そうだろうさ、ちょっと美化して描いてるし…てへぺろ
「よろしければ、お部屋にでもお飾りください。」
「おいおい、あんな大作までいいのか?」
「この館は、できたばかりでございます。お気に入りのものがあれば、すべて献上する所存。」
「…」
 王様は、複雑な顔をしていた。


 かつて、ここまで忠義を尽くす貴族<もの>があっただろうか?
 無理矢理貴族に加え、荒れ果てた領地を与えたものが、ここまで復興させかつ、忠義を尽くす。
 国王にとっては、喉の奥に魚の小骨がささったような、居心地の悪さを感じるのである。

「まあ、角角の鎧などは、レプリカですので飾りにしかなりませんが。」
「そうなのか?」
「ええ、あれ、全部つながっていて、外せないんです。」
「なんとまあ!」
「重くて、一人では動かせませんし。」
「男爵は、洒落もお得意ですのね。」
「いやまあ、ははっ。」
「各部屋の絵画も、気の利いたものが多くありますね。」
 フェルメールの『真珠の耳飾りの少女』とか、ドガの『踊り子』、ルノワールの『レースの帽子の少女』『二人の姉妹』など多数。
 なにしろ、記憶の隅から引っ張り出せるので、かんたんにパクれる。
 これを、油絵風にキャンバスに焼きつけている。
 まあ、土魔法の一種だよ。
 やっぱ、ルノワールでしょ~、ムーラン・ド・ラ・ギャレットの舞踏会なんて、秀逸だよ。

 各部屋に一枚ずつ飾ってやったから、ほかの貴族なんかもびっくりしてるよ。

「だ!男爵!わしの部屋の踊り子の絵!譲ってくれんか?」
 オルレアン公爵も、その一人。
 ドガがよほど気に言ったかな?
「はあ、それですか?よろしゅうございますよ。」
「よし!金版五枚でどうじゃ。」
「おや、お高く買っていただけるので?」
「むむむ!では六枚!ろくまいでどうじゃ!」
「献上いたしますよ、公爵様。」
「いや、それはいかん!あれほどの芸術品!タダで配っては、芸術に対する冒涜じゃ!」
 おやおや、公爵様は芸術にはまじめでいらっしゃる。
「では言い値でけっこうでございます。」

「わかった!金版六枚でたのむぞ!」
「王弟どのは、豪儀でいらっしゃいますね。」
「わが弟ながら、見る目はあると思うぞ。」
 国王陛下は、目を細めていらっしゃる。
「なんだ、ガストンは、目の色を変えて。」
「おお、バロア侯爵。」
「は、これは陛下、王弟どのはどうされたのでしょう?」
「いやなに、彼の部屋に飾ってあった絵を、欲しいと言って男爵に相談にきたのだ。」
「絵?でありますか?」
「おぬしの部屋にはなかったか?」
「ございましたな、なにやらむずかしい顔をした女が描いてありました。」

 あ!それ『モナリザ』の部屋だ!

「モナリザは、お気に召さなかったようでございますね。」
「モナリザと言うのか?あの女の名前か?」
「ロマーニャの言葉で、私の貴婦人と言います。」
「ほう、それは…」
「なんでも、フランチェスコ・デル・ジョコンド伯爵の奥方の肖像とか。」
「ほ~う、なかなか興味深いのう。」
「まあ、聞くところによれば、二~三〇〇年前の方らしいですが。」
「なんじゃ、つまらん。もっと若い娘の絵に変えてくれんか?」
「かしこまりました。これなどいかがですか?」
 魔法の革袋から、キャンバスを取り出す。

 ルノワールの『手紙を持つ女』である。

「うむ、これはいい、これにするぞ。」
「はい、ではかけ替えさせましょう。」

 そこへ、駆けこんできたのはアンリエット姫である。
「男爵!今夜もお歌うたってくださる?」
「ああ、今夜はリハーサルをお見せするのですよ。」
「リハーサル?なんじゃそれは。」
 陛下も興味しんしん。
「明後日の競り市前に、舞台でお見せする余興でございます。今夜、その総練習を行いますので、それを公開しております。」
「ほう、それは楽しみだな、夕食のあとか?」
「はい。乞うご期待です、明日の競り市では、招待客の度肝を抜いてご覧に入れますよ。」
「ほう、それは楽しみじゃのう。」
 その夜は、ごくささやかな晩で、王家と男爵家のみでゆっくりと過ごしたのである。


 さて翌日は朝から大わらわ、国王陛下のご臨席を賜り、マゼラン、ロワール両伯爵、メルキア子爵など近隣の貴族も列席しての晩餐会となった。
「メインディッシュも済んだところで、明日お目にかけるショーのリハーサルでございます。」
 俺に声に合わせて、国王の席の正面で幕が上がった。
 来客は、デザートを楽しみつつ、舞台に目を向ける。
 総勢十五名の少女による、歌と踊りである。
 楽団は、金管木管弦など合わせて五十名をそろえた。
 ライトの魔法で照らされた舞台には、華やかな衣装をつけた恵理子をセンターに、きらきらと光を振りまいて歌い踊る。
「「「おおお~!!!」」」
 おじさんたちは口をぽかんと開けて、舞台に釘付けである。
「王様、口・口…」
 俺は小声で声をかけた。
「あ、ああ…しかし男爵、なんだこの斬新な歌と踊りは。」
「この日のために、用意しました。いい楽師を見つけましたので。」
「なんというか…まぶしいのう。」

「素敵ですわね、殿。」
「王妃もそう思うか?」
「はい。」
 王女殿下ふたりも、目をきらきらさせて舞台を見つめている。
「すごいすごい。」
「お姉さま、素敵ね。」
「そうね、男爵はすばらしいわ。」

「か、カズマ、これはなんでおじゃるか?」
「ああ、マゼランさま、これは私の故郷の歌でございますよ。」
「こんな、華やかなものがそのほうの故郷にはあるのか。」
「ロワール伯爵さま、さようです。」
「ほえ~、これはすばらしい。」
「みな、魔物の暴走で孤児になりましたので、私どもで引き取った子供たちでございます子爵様。」
 貴族たちの奥方も、これにはあんぐりと口を開いている。

 まあ、たんなる秋葉原劇場なんだけどね、完全にパクリだし。
 どこかの歌劇団まで、格調高くはできなかったからな。

 歌劇団の歌が終わったところで、トラとチコが着ぐるみで現れた。
 ラルも、白いシャツに紺の半ズボンで登場する。
 カズマも舞台に向かう。
 リュート二本で伴奏をつけて、森のくまさんを歌い踊る。
「あるーひ、もりのなか。」
 これを見た王女殿下ふたりは、たまらず駆け出して舞台に上がってしまった。
 二匹のくまさんといっしょに踊り始めたのである。
 かわいい闖入者といっしょに、歌い踊った。

 楽屋では大騒ぎである。
「うわ~!王女様たちかわいい~!」
「さすがお屋形さまねえ!かっこいいわ~!」
「ラル君すてきよー!」
「トラねえさまー!」
「チコちゃんかわいい!」
 てんでばらばらだぞ、おい!

 最後に、全員で並んでフィナーレを飾る。

「みなさま、お楽しみいただけましたでしょうか?明日の、競り市の前にもう一度ご披露いたします。」
 カズマが、ライトを浴びて口にすると、万来の拍手が来た。
「男爵は明日も踊るの?」
 舞台の上で、アンリエット王女が聞くが、それはねえよ。
「明日は、競り市がございますので、私は出ませんよ。今夜だけの出し物です。」
「あら、もったいないわ。」
「どうかご容赦を。」

「じゃあ、さくらんぼの実るころをお願い。」
「ええ~?もうおしまいにしようと思ったのにー。」
「だんしゃく、おねがい。」
 スエレン様にまで言われてしまった、おれは王様に顔を向ける。
「男爵、私も所望じゃ。」
「はは、かしこまりました。」
 全員が引いた後、舞台に椅子が置かれた。
「とほほ、こんなアンコールは思ってもなかったわ~。」

 その夜は、こうしてゆっくりと過ぎていった。
しおりを挟む
感想 57

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

友人(勇者)に恋人も幼馴染も取られたけど悔しくない。 だって俺は転生者だから。

石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていた魔法戦士のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもない状態だった。 だが、此の状態は彼にとっては『本当の幸せ』を掴む事に必要だった 何故なら、彼は『転生者』だから… 今度は違う切り口からのアプローチ。 追放の話しの一話は、前作とかなり似ていますが2話からは、かなり変わります。 こうご期待。

魔王を倒した勇者を迫害した人間様方の末路はなかなか悲惨なようです。

カモミール
ファンタジー
勇者ロキは長い冒険の末魔王を討伐する。 だが、人間の王エスカダルはそんな英雄であるロキをなぜか認めず、 ロキに身の覚えのない罪をなすりつけて投獄してしまう。 国民たちもその罪を信じ勇者を迫害した。 そして、処刑場される間際、勇者は驚きの発言をするのだった。

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

戦場の英雄、上官の陰謀により死亡扱いにされ、故郷に帰ると許嫁は結婚していた。絶望の中、偶然助けた許嫁の娘に何故か求婚されることに

千石
ファンタジー
「絶対生きて帰ってくる。その時は結婚しよう」 「はい。あなたの帰りをいつまでも待ってます」 許嫁と涙ながらに約束をした20年後、英雄と呼ばれるまでになったルークだったが生還してみると死亡扱いにされていた。 許嫁は既に結婚しており、ルークは絶望の只中に。 上官の陰謀だと知ったルークは激怒し、殴ってしまう。 言い訳をする気もなかったため、全ての功績を抹消され、貰えるはずだった年金もパー。 絶望の中、偶然助けた子が許嫁の娘で、 「ルーク、あなたに惚れたわ。今すぐあたしと結婚しなさい!」 何故か求婚されることに。 困りながらも巻き込まれる騒動を通じて ルークは失っていた日常を段々と取り戻していく。 こちらは他のウェブ小説にも投稿しております。

転生したら名家の次男になりましたが、俺は汚点らしいです

NEXTブレイブ
ファンタジー
ただの人間、野上良は名家であるグリモワール家の次男に転生したが、その次男には名家の人間でありながら、汚点であるが、兄、姉、母からは愛されていたが、父親からは嫌われていた

僕の秘密を知った自称勇者が聖剣を寄越せと言ってきたので渡してみた

黒木メイ
ファンタジー
世界に一人しかいないと言われている『勇者』。 その『勇者』は今、ワグナー王国にいるらしい。 曖昧なのには理由があった。 『勇者』だと思わしき少年、レンが頑なに「僕は勇者じゃない」と言っているからだ。 どんなに周りが勇者だと持て囃してもレンは認めようとしない。 ※小説家になろうにも随時転載中。 レンはただ、ある目的のついでに人々を助けただけだと言う。 それでも皆はレンが勇者だと思っていた。 突如日本という国から彼らが転移してくるまでは。 はたして、レンは本当に勇者ではないのか……。 ざまぁあり・友情あり・謎ありな作品です。 ※小説家になろう、カクヨム、ネオページにも掲載。

処理中です...