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第八十六話 海を持つ国(7)
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しのつく雨の中、一台の黒塗りの馬車がイシュタール王宮の城門をくぐる。
御者は、外套にまとわりつく雨粒を軽く振り払って寒さに震えた。
雨はいつの日も、自分の体温を奪っていく。
前後には神殿騎士団の精鋭が、銀の鎧に包まれて騎乗の人となる。
一介の使者にしては物々しい装いで、たまりに滑り込む。
王宮前のロータリーから、ひさしにつけた馬車は、後ろに乗っていた侍従によって扉を開かれる。
そこから顔を出したのは、白皙の貴公子。
金の巻き毛を広げて、黒い僧衣を身にまといながら、華やかな印象を振りまくその人こそマルチェロ=マストロヤンニ枢機卿である。
イシュタール王国への赴任は、まだ先の話なのだが、今回は上層部のお達しにより使者として、教皇の親書を携えてきた。
しかし、親書の内容が内容だけに、この人事はやりすぎと言うか、いやがらせと言うか。
マルチェロにとっては、今後の王国滞在に影を挿しそうな使者である。
王国御用取次ぎ役のアロンソ=ポアソンは、役目に忠実に、実に慇懃に枢機卿を迎えた。
「お疲れ様にございます。どうぞ、まずはお部屋にておくつろぎくださいませ。」
「うむ、ご苦労です。」
短い言葉でアロンソに答え、雨に冷やされた体を王宮の客室に納める。
直答を受けて、驚いたアロンソは、驚きを顔には乗せず案内した部屋で、メイドにお茶を申し付ける。
「雨で冷えた体には、なによりのご馳走ですね。」
やわらかな男女かかわらず魅了する声に、アロンソは背筋になにやら走ったような気がする。
枢機卿はその日は、そのまま客間で休み、翌朝国王の御前に伺候した。
「国王陛下にあらせられましてはご機嫌麗しく、重畳至極に存知奉ります。」
「お使者殿、面を上げられよ。」
「はは。」
「マストロヤンニ枢機卿殿、此度は教皇よりの使者、ご苦労に存ずる。」
「もったいなきお言葉。わが身は身の引き締まる思いにございます。」
「そう固くなるでない。では、教皇様の親書をいただこう。」
「はは、これに。」
マルチェロは、懐に抱いた親書を恭しく差し出す。
侍従が、それを盆に受け、国王の御前に運ぶ。
ぱらりと親書を開いて、ガストンの目が見開かれた。
「な、なに!」
マルチェロは、不審げに顔を上げる。
「こ、これはまことか!」
「?」
事態が飲み込めず、マルチェロはその場で固まった。
「お使者殿、この内容はまことか?」
「私は、今回親書をお届けするよう申し付かっただけでございます。」
「そ、そうか…では、お使者どのは部屋に下がって休むがよかろう。」
「は、お気遣い痛み入ります。」
マルチェロは、侍従に促されて王の御前を辞した。
わずかな違和感は、居並ぶ貴族たちの中に僧衣のものの姿がないこと。
マルチェロにしても葛藤はあった。
大聖堂を襲い、不貞の僧侶を引きずり出して虐殺に至った経緯もある。
この王国が、教国に対して不審を抱いていること。
また、国教としてのオシリス教を排除するのではないかという不安。
まだ、すべてが払拭されたわけではない。
本日の会見にしても、ごく短いものであったことも、枢機卿には重くのしかかっていた。
「妙な雰囲気でしたね…」
「枢機卿様、城全体がなにやら落ち着きのない様子です。」
「ふむ、体制が変わったばかりですからね。」
「はい…」
どこに監視の目があるかわからない。
迂闊なことは、口にはできない。
「シャルル、これをどう見る。」
ガストンは、バロア侯爵に親書を渡した。
「どれ…こ、これは!」
内大臣であるシャルル=ド=バロアは、親書を手に持って震えた。
「謝罪と賠償…」
シャルルの絞り出すような声が聞こえる。
「うむ、こんな金だせるものか?」
「しかし、くそ坊主の値段がこれほどとは!」
「国の屋台骨がかたぐわ。」
「金貨一万枚…」
約三千億円くらいかな?
この声にはさすがの王国貴族もざわめいた。
クーデターのおこぼれで、階位も上がったり領地を受けたりしたものの、実利はこれからという者も少なくない。
財務卿副主任となった、タイレル伯爵(子爵から一階級上がった。)は冷や汗をかいた。
「それは、国庫の保持金貨の二割に相当します。」
「…で、あるか…」
どっかの信長さまじゃねーよ、様にならねえ。
しかし、そんな余裕もなく、また、増税分はまだ国庫に納まっていない。
「各大臣は会議室に集合せよ。タイレル卿、お主たち財務閥も出席するのだ。」
「「「はは!」」」
謁見は、思わぬ運びとなった。
実は、書面にはさらにきびしい内容があった。
国王が謝罪し、賠償せぬ場合は、教会からの破門もありうるということ。
直接書いてはいないが、それを匂わせている。
「くっそ坊主ども奴…人の国を食い物にしようとてか!」
シャルル=ド=バロアは、口汚く罵った。
「まあそういきり立つな、くそ坊主がきらいなのはお主だけではない。」
「国王陛下…」
左大臣、オロール=ド=シャンティイ伯爵が手を上げた。
「左大臣、なにか策があるのか?」
「いえ、これは国家の方針を根底から決定する必要があります。」
「どう言うことだ?」
「今後、オシリス教と、共に進むのか、決別するかです。」
「「「「「おおおおおお」」」」」
会議の面々は、驚愕に目を見開いた。
「け!決別だと!」
右大臣・マクシム=ド=ボーボワールが声を荒げた。
「それも視野にありうると言うだけです。いますぐ決別とは言っておりません。」
「しかし、十分にありうる話ではないか。」
「そうです、しかし、オシリス教はこのイシュタル大陸唯一の宗教であります。」
「うむ。」
「それと決別することは、周辺各国から攻撃されても文句は言えないと言うことです。」
「もっともだ。攻撃されたら、迎え撃たねばならん。」
「わが国に、同時に二国・三国と戦う余力はありませんよ。どうです?マヌエル陸軍大臣。」
「さよう、近衛が一八〇〇人も抜けて、そこに陸軍から一〇〇〇人補充しておりますからな。」
マヌエル陸軍大臣は、渋い顔をしている。
「残存兵力は国境警備隊五〇〇〇.王都守備隊三〇〇〇.予備兵力一一〇〇〇と心もとないですな。」
「農民などの歩兵化はどうだ?」
「それは、動員をかければ全国で二十万人は出せるでしょうが、農繁期にそれは無理があります。」
陸軍のマルメ将軍・近衛のジョルジュ将軍が抜けた穴は大きい。
その将軍個人に陶酔している兵士も多いのだ。
「常勝不敗のマゼラン伯爵がいるではないか。」
「彼は内陸部の治安出動がメインですからな。」
「剛腕シェルブール伯爵や、ロワール辺境伯はどうだ?」
「彼らは、国境の警備がございます。」
「まあまて、オシリス教からの決別には無理があろう。」
ガストンが声を出した。
「は、左様でございます。」
シャンティイ大臣も同意する。
「ここはひとまず引き延ばし工作をして、時間を稼ぐと言う手はどうだ。」
姑息な手段ではあるが、悪くはない。
「時間を稼いでいかがいたします?」
シャンティイは、不審な顔をする。
「その間に、値引き交渉をする。国庫にとって、あまりに過大な要求は呑めぬ。」
「さようでございますね。」
「せめて半分以下にさせる必要がある。」
「まったく、法外な要求でございます。」
ボーボワール大臣も、顔をしかめる。
「なに、教会にしても全額出すとは思っていまい、減額と分割払いにさせるのだ。」
「なるほど!名案でございます。」
「分割ならば…」
タイレル伯爵はなんとか声を絞り出した。
「いやしかし、それだけの出費となると…」
財務卿、プロスト侯爵はまだ渋る。
「プロスト侯爵、代案はあるか?」
王の声に、プロストはこうべを垂れた。
「御意のままに。」
「うむ、苦しいだろうががんばってくれ、その分公共事業などに遅れがでるだろうが、それは計画を練り直すしかない。」
「「「ははっ!」」」
「どうしようもなくなれば、坊主どもを皆殺しにするのも手だろうて。」
ぼそりとつぶやく国王の目は、かぎりなく酷薄になっていた。
坊主を皆殺しにするには、ロマーニャ王国に攻め入る方法と、暗部による暗殺と、二通りの手がある。
現在の王国の状態では、正攻法では進めない。
つまり、暗部による『火種』の活躍しか手はないのだ。
『火消し』が、地方の過激派坊主を始末してまわり、『火種』は教国の中枢を始末する。
王国は、いよいよ差し迫った決断を余儀なくされている。
ゲルマニア帝国魔法師団副師団長ミヒャエル=フォン=シューマハーは、ジョシュ=アナハイムと共に洞窟に入っていた。
薄暗い洞窟は、五〇〇メートルも進み、内部が急に東京ドーム程の大きさになる。
「なんと!この広さで崩落しないとは!」
「うむ、これも古代の魔法のようだ。」
「興味深いですな。この技術があれば、帝国の建設技術が飛躍的に伸びます。」
「ああ、なるほど、そういう解釈もありか。実は、この硬化技術はほとんど古文書から解析している。」
「おお!それはすばらしい。その技術だけで、博士の今後は安泰ですぞ。」
「ほう、そうかえ。それは良かった。」
なにしろ、一三〇〇〇平米の広さを柱なしで支える技術である。
これが現実として使えれば、どれほど技術革新できるか。
別に『三つ首』がいなくても、十分ペイできる技術である。
同行した魔法師団の者たちも、一様に驚いて見上げている。
さて、その突きあたりに巨大な壁面がある。高さは優に五〇メートルはあろうかという壁で、平らになっている。
「なんという技術!つるつるだ!」
別に、アナハイムの頭頂部の話ではない。
五〇メートルの高さの壁が、一面ガラスのようにつるつるした平面になっている。
「これは…本当に人の手でできたものなのか?」
「いや、違うよ。これは、たぶん黒竜の仕業じゃろうて。」
「ああ…そうか…て!では、この中に本当に『三つ首』が眠っているのか?」
「そう言っているのだがな、おとぎ話だと思ったかね?」
「いや…あまりに簡単に見つかるから、冗談にしか思えん。」
「わしが三〇年かけて見つけたのだ、冗談ではない。」
「なるほど、博士にとっての三〇年は長かったな、いやすまぬ。」
「まあ、結果だけを手に入れれば、そう思うのも無理からぬ。しかし、見よ。現実にここに封印されたのは、明らかじゃ。」
「…なぜ、そう言えるのだ?」
「あれを見よ!」
アナハイムの指さす先には、巨大な手のひらが見えた。
「手のひら?」
「さよう、近寄って見るが好い、人の手ではないことがよくわかる。」
アナハイムは、ふよふよとレビテーションで舞い上がる。
シューマハーは、あわててそのあとを追った。
「これは…」
「これが、黒竜が封印した証拠として残された手形じゃのう。」
「な、なるほど…」
「この手形が、封印のカギのようじゃが、あまりに巨大な魔力で、わしでは解析できん。」
「確かに、巨大な魔力を感じますな。」
「この封印の解き方は、竜族でなくばわかるまいよ。」
「…ますます、あの男が欲しくなりますな。」
シューマハーは、カメムシを噛みつぶしたような顔をしている。
「あの男?」
「ええ、魔物一万匹の英雄…」
「ああ、そうか。奴は青龍と交流があるのじゃな。」
「左様、青龍ならこの封印も読めると思いますが。」
「まず、人の要求など呑むはずもなしか。」
「そうですね、ただ、この建築技術だけでも持ち帰りましょう。そして、この洞窟は封印すべきです。」
「なに?」
「私どもの手に負えるならと思って、ここまで来ましたが、まさかこれほどのものとは。」
「…」
「帝国の役になるなら良し、もし敵に渡ったらどれほどの脅威かわかり申さず。」
「軍人らしいモノ言いよ。ワシの三〇年はどうなる。」
「もちろん、帝国が買い上げますよ。研究資料にも、今後の研究にもです。」
「なんじゃ、研究してもいいのか?」
「もちろんですよ、ただ、この洞窟には余人を近づける訳にはまいりません、たとえ皇帝であってもです。」
「話が大きくなってきおったな。」
「ええ、これは人族全体の脅威ではありませんか。私は、常識的な人間です。これに関しては、手を出すことが憚られます。」
「なんじゃつまらん、これの実物を見てみたいとは思わんのか?」
「見てみたくもアリ、見てみたくもなしというところですな。」
「ふむ、小心者じゃのう。」
「それでこの地位まで来たのですよ。」
「なるほどのう。」
アナハイムは、苦笑して見せた。
「博士、あなたも命が大事か、研究が大事か、良く考えていただきたい。」
「ほう。」
アナハイムは、顎をなぜる。
「研究と言ったら?」
「この洞窟ごと、地の底に眠っていただきます。」
「涼しい顔して言う言葉か!」
「私にとっては、帝国の存亡が第一義です。人の命など、『屁』ですね。」
「ワシは、屁かよ。」
「そうとは言いませんが、博士の研究の成果は『三つ首』でなくとも、十分人の役に立つと思います。」
「しかしなあ…」
「一度、帝都に戻って、研究発表をしましょう、それが、どれだけ帝国の発展に寄与するかわかります。」
「そうかのう?」
「まずは、帝都の大学で研究をまとめましょう。」
「わしは、その大学を追い出されたのだぞ。」
「私が付いております。博士の一番の理解者が。」
「シューマハー…」
シューマハーは力強く何度も頷いて見せた。
アナハイムは、その姿になにかを感じ、こちらも首を縦に振ってシューマハーの手をにぎった。
そののち、洞窟の入り口は固く封印されて、博士の小屋の中の資料はすべて持ち出した。
「名残惜しいのう。」
博士の小屋も壊され、残骸は見えないように隠された。
すべて終わってみると、そこには何もなかったような広場があるだけである。
第一次『三つ首』捜査隊は、こうして成果を上げて帝都に帰還したのであった。
安直って言うなよ、これは高度に政治的な考えなんだ。
第一次ってことは、この後も捜索隊は出す予定があるってことだ。
帝国は、あきらめが悪いからな。
アナハイムを使って、さらに『三つ首』に対する研究をするのだ。
これに気付いたロマーニャの喇叭は、彼らの後をそっと着いて行った。
ロマーニャの喇叭は、一歩遅かったため、洞窟を見つけることが出来なかった。
「イシュタール王国奴、いまごろ目を白黒させておろう。」
オルキスタン教皇は、いかにも楽しそうに笑った。
「教皇様もお人が悪うございます。」
緋の衣の枢機卿筆頭、ガルキメデス枢機卿がにやにや笑う。
「なに、いいではないか、全額払えば儲けもの、減額交渉に来ればいじくってやろうほどに。」
「どの程度までお認めに?」
「そうさの、半額までは譲ってやろうかのう。」
「くくく、それは楽しみですな。」
「であろう?あのクサレ王弟め、教国の恐ろしさを身に染みるが良いのだ。」
「さようでございますね。」
ガルキメデスも、いやな笑いを含んでいる。
教国は、今日も平常営業である。
「暴徒どもに殺された聖職者五〇人余り、金貨一万枚では安いかもしれんがの。」
「それよりも、国教会に納められた絵画や美術品のほうが、よほど高価でございましょう。」
「それを言うな。」
「「くくくくく」」
ナマグサ坊主どもめ!
ガストンでなくても、こいつらキライだわ。
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一方、ロマーニャ王国情報部。
「はあ?遺跡の痕跡がない?」
「は、シューマハーが居たあたりには、キャンプの跡はありましたが、遺跡など影も形もありません。」
「それでは、報告にならんではないか!」
「そう申されましても、遺跡を探しに来ただけで、ほかの場所かもしれませんので。」
「ううむ、それはそうかもしれんが…まあよい、シューマハーの動向は探っておるな。」
「もとより人員は貼り付けております。」
「よし、やつらの動きには目を離すな。」
「かしこまりました。」
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さらに、バイヨンヌ伯爵領。
「レイクサイド事変か…いよいよ、貴族側も本気になってきたな。」
「そうだな、バイヨンヌ伯爵領の領民は、どうする?」
「そんなもの、勝手にほろびるさ。なにせい、奴らにはもう食い物がない。」
「ない場合は?」
「たぶん、ほかの領地を襲いに行くだろうよ。」
「なるほど。」
「つまり、我ら新教徒には、関わりのないことだ。」
「汚いぞ。」
「オルレアンの奴らみたいに、いい気になって突っ走るからこうなるのだ。」
「しかし、やり方は悪くなかったがな。」
「そこよ、ガストン偽王がやったように、本気で革命(レヴォルシオン)を起こさなくてはならない。」
「同志は増えているぞ。」
「もちろん、それも必要だが、武器をもっと集めるのだ。」
「「おお!」」
「市民からも、同志をつのり、一大勢力として地方から王都へ攻め込ませる。」
「なんだ、また政権をひっくり返すのか?」
「そうだ、こんどは民衆の民衆による民衆のための政治にするのだ。」
リンカーンかおまいは!
「エイブラハム、挙兵するのか?」
「我々は聖職者だぞ、挙兵の中心には平民がいいだろう。」
「うむ、バイヨンヌの若いので、いい傀儡≪かいらい≫がいる。」
「ほう、長生きしそうか?」
「臆病もので、戦闘の時も後ろで隠れていた。」
「そいつはいい!」
「ボナパルトと言うのだ。」
「よし、祭り上げて傀儡としよう。」
「わかった、すぐにつなぎとしよう。」
すぐに鳩が飛び、バイヨンヌ伯爵領周辺の各領地に指示が飛んだ。
この地方は、すでに新教徒が去来し、領民の煽動に余念がない。
彼らにしても、バイヨンヌ伯爵の虐殺はやりすぎた。
このことにより、現状バイヨンヌ伯爵には領主不在。
国も、まだ対策に乗り出していない空白期間である。
この機に乗じ、同志をふやし王都までの道筋を作るのだ。
下剋上は終わっていない、いや、いまこそ下剋上の時代が来たのだ。
イシュタール王国の内戦は、いま始まった!
エイブラハムは、隣のエスパーニャ王国との国境ぞいにあるビダールレ子爵領に向かうため、ニーヴ川を船で上った。
ビダールレ子爵領は、山脈を背にした街であり、比較的森も近く危険な個所も多い。
それは魔物・魔獣が出るからである。
山脈沿いに、ブドウ畑が広がり、ワインの生産が盛んである。
バイヨンヌと言えば、実はバスク地方最大の聖堂、サント=マリー大聖堂があり、オシリス教の聖地でもある。
そこが領民により破壊されなかっただけマシと言うものか。
ニーヴ川にかかるジェニ橋から見る大聖堂は、荘厳で王都にあるノートルダム大聖堂にも負けない美しさである。
南西部の貴族たちは、日和見と言うよりも反オルレアンの気質がある。
それは、王弟領と言う体質から、他の領地や貴族を見下し、たまに無理難題を押し付けてくるからだ。
本来、バイヨンヌ伯爵はその先鋒であり生かしておくべきだったのだが、勢いの着いた民衆は止められなかった。
ブドウに良い気候が、麦にも良いとは限らず、いきなりの不作にパニックになったと言うのが本当であろう。
エイブラハムは、バイヨンヌ伯爵の代わりに、ビダールレ子爵を当てようと考えた。
彼が、この挙兵に乗ってくれればよし。
だめならまた民衆を煽ってやるだけである。
実験的に動いた新教徒は、まとまりがなく結果として、バイヨンヌ伯爵の虐殺になってしまった。
これは、明らかにエイブラハムの失態である。
しかし、手探りで挙兵せざるを得ず、失敗は失敗でしょうがないと考えていた。
(エイブラハム、挙兵に失敗すると、サン=ジュストやロベスピエールみたいに処刑されるぞ。)
ヴィルフランク・ユスタリッツ・ラソレール・ルオソアの街を経由して、ビダールレに着いたのは、七日後であった。
「はあ?坊主の面会?布施でも寄こせと言うのか?」
「いえ、重大な話があると。」
「まあよい、今日は暇だからな、あってやろう。」
ビダールレの殿さまは、濃い栗色の髪をした、恰幅の好い四十代であった。
濃いグリーンの上着に、ドレスシャツ。キュロットに白靴下と言う、貴族のお手本のような服装である。
かたや、少しくたびれた僧衣でやってきたエイブラハムは、旅の埃をまとっていた。
「初めて御意を得ます、バイヨンヌ伯爵のサント=マリー大聖堂の修道士でございます。」
「ほ~う、サント=マリー大聖堂と言えば、この地方最大の教会ではないか。その修道士がいかがしたのだ?」
「は、閣下にお知らせしたいことがございまして、まかり越しました。」
エイブラハムは、言葉巧みにビダールレ子爵に話しかけた。
「偽王か…」
「はは。」
「私も簒奪者は好かん。」
言いきっちゃったよ、ビダールレ子爵さま。
「では?」
「うむ、常々思っていたのだ、先の国王陛下はどうなったのか?幽閉か、処刑か?」
「それは、私にもわかり申さず。」
「たぶん、王国の誰も知るまい。」
「左様で。」
「それだけに、オルレアン殿の挙兵は理屈に合わぬ。」
「御意。」
「オシリス教の教義でも、自分のいやなことは人にするなと言うものがある。」
言葉は難しくしているが、意味はその通りだ。
「ガストンは、いままで散々我々に嫌がらせをしてきた。その報いは受けるべきだ。」
ビダールレ子爵の意志は固かった。
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ゲルマニア帝国の西の端、帝都から千五百キロのザールブリュッケンと隣り合わせなのはメッスの町である。
メッス辺境伯は、毎年、ザールブリュッケンからの嫌がらせに、派兵を強いられていた。
そんな中、王都での変事を聞き、怒り狂っていた。
「ガストンドルレアンめ!王弟でありながら、兄王を殺≪しい≫したてまつり、その座を奪い取るとは不敬千万!」
毎年の苦労に対し、同情的に心を痛めてくれたのは、ヘルムート王であった。
なかなか言うことを聞かない財務貴族を説き伏せて、メッス領に支援をしてくれた。
その志はわずかであっても、メッス辺境伯にとっては心のこもったものと受け取っていた。
「やつめを、偽王と言わずして、なんと言うか!」
メッスは、軍備を整えて、東部方面の各貴族に檄を飛ばした!
偽王を打ち倒し、正当な血統に戻すことを目的とする。
私は、ガストンに同情的ではないのだけれど、だれが有利かまだ決めかねているのですよ。
ガストン=ド=イシュタール、明日はどっちだ?
「勝手に決めるな!」
ガストンは、訳も判らず自室でわめいた。
良く肥えた妻は、真っ白である。
「殿、いかがなさいました?」
「ああいや、いやな声が聞こえたような気がしたのだ。」
「まあ!お耳の病気でしょうか?」
「いやいや、ただの疲れだろうよ。」
こんなのんびりした会話のうちに、四方八方から戦火が迫っていることを、ガストンは知る由もなかった。
銀河の歴史がまた一ページ
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マリアが焼いた正統派レジオのパンは、ふっくらとやわらかく、ほかほかと湯気を上げてテーブルの上にあった。
「あいかわらずマリアのパンはうまそうだね~。」
ベスは、パンを眺めながら、マリアに色白の顔を向けた。
「お屋形さまのタネ菌がよかったんだよ、あたしの手柄じゃない。」
「なに言ってんだい、そのタネ菌を育てたのはあんたじゃないか、自慢していいんだよ。」
「…」
マリアは、ベスから顔を背けると、だまって次のパン生地をこね始めた。
ベスも、だまってパン生地をこねる。
ベスの額には、しだいに汗の粒がうかんできた。
ふと、横合いから額をぬぐう、白いハンカチ。
「?」
「ほら、汗が生地に入っちゃう。」
「はは、そしたら塩味がきつくなるね。」
「ふふふ。」
なんだかんだと言いながら、いいコンビの二人である。
実際には、マリアのほうがきつい性格なんだけど、いかにもな顔立ちが、それを隠している。
ベスはベスで、好きな男に目も合わせられないほど晩生≪おくて≫な性格なのだが、勝気そうな目元がそうは見せない。
これで意外とマリアを頼りにしているベスである。
こねて空気を抜いた生地をボウルにうつして、濡れフキンをかけて、一時発酵を促す。
アンジェラを連れたティリスが、テーブルの向こうにスタンバっていて、フキンのかかったボウルに、発酵促進の魔法をかける。
すると、活性化した酵母菌は、パン生地をむくむくと脹らませるのだ。
「アンジェリカさま、いかがですか?」
「これは…難しいですね。」
「そうですか?」
「こんな細かい魔法を、日常的に使えるティリスさまは、たいしたものです。」
「いえいえ、こんなもの生活魔法の延長みたいなものですから。」
「わたくしには、魔法理論すら理解できませんわ。」
「う~ん、私には、説明のほうが難しいです。魔法を言葉にするのって、難しいですね。」
ティリスには、酵母菌の一粒一粒が見えているのだ。
それに魔力で働きかけて、活動を活性化させているので、実に単純な作業でしかない。
もちろん、ほとんど魔力も使っていない。
あえて言うならば、子猫のあご下をくすぐっているようなものである。
子猫は、気持ちよくなって、ごろごろ動き出す。
酵母菌も、同じように活発に動き出すのだ。
そこに、理論だの説明だのは存在しない。
理屈でなく、感性の問題だからだ。
さて、洗濯を終えたり、掃除を終えたりしたおかみさんたちも、館の台所にやってきた。
「ベス、手伝うよ。」
「ああ、ありがとう、そっちでたのむよ。」
「あい。」
数人のおかみさんが、小麦粉を取り出して、秤に乗せる。
ここレジオでは、大雑把なはかりが使われているのだ。
おかみさんたちの手伝いで、百人分にはやけに多いパン生地がこねられて、ロールパンに形成されていく。
台所の隅には、大きな石釜が用意されていて、そこにはアリスティアの姿があった。
「マリアさん、もういつでも焼けますよ。」
「ありがとうございます、聖女様。」
ティリスによって二次発酵されたパンだねは、大きな鉄板に乗せられ、次々と石釜の中に設置されていく。
ロールパンは、釜があたたまっていると、約一〇分で焼きあがるのだ。
厨房の中では、パンの焼けるいいにおいが充満していた。
「おかあさま、いいにおい。」
長女のアンリエットは、アンジェリカ王妃の手を握って微笑んだ。
「そうですね、パンがこのように出来上がるのだと、母は初めて知りましたよ。」
「わたしもです。」
娘は、うれしそうに笑顔を浮かべた。
☆★☆★☆★☆★☆★☆★
「精霊たち、たのむよ。」
カズマの声に、木の精霊は樹木を移動させ、土の精霊は道を開く。
下り坂もあいまって、道は二割り増しに進んでいく。
プルミエと契約している精霊は、別の集団を引き連れてきて、地面の舗装を進めていった。
「今日は進みが早いのう。」
「あ~、テンション上がってるからな、精霊はそういうのに乗りやすいもんな。」
「まあ、こっちが楽しそうだと、精霊のノリも良いものじゃ。」
「よし、少し休んだらもう一回やるぞ。」
「うむ。」
山が古いせいか、山頂が丸く、傾斜もゆるくなっている。
長年の浸食を受け、山が低くなってきたのかもしれない。
延々と続くような、広葉樹の山並みを縫って、カズマの道は進んでいく。
森の中に入ってみると、日の光がさえぎられているが、場所によっては明るかったりする。
「森の植生も、緊密と言うほどでもないんだな。」
「まあ、木にしても近付きすぎては、生きていけないしのう。」
地面には、落ち葉が積み重なっていて、ふわふわする。
この辺は、あまり低木がないらしい。
日本で言えば、クヌギやミズナラみたいな木が多い。
少し上のほうには、杉やヒノキのような針葉樹が見える。
(やれやれ、せっかく書いた部分が消えている…あ~あ。)
木漏れ日の中、見上げると青い空の一部が見え、そこを小鳥が飛んで行く。
「のどかなもんじゃな。」
「まあ、何もなければ平和なもんだが。」
「それでいいではないか。」
「ああ…」
そのとき、木立の枝から一斉に小鳥たちが舞い上がった。
ざあっという音とともに、何百と言う小鳥の舞うさまは、黒い雲のようだ。
「なんだ?」
木立の間に大きな影が舞う。
「ワイバーン!」
そう、ワイバーンだ。
灰色の巨体は、優に十五メートルを超す。
翼長は二十メートル。
薄い膜を張った羽根は、空が見えるほど透き通っている。
体の割に太い足には、びっくりするほど鋭利な爪。
バッファローもひと裂きしてしまうほどである。
細く三角な顔には、鋭い角が一本。
細長い尻尾には、凶悪な毒針を持っている。
神経毒で、これに刺されると、呼吸困難を起こし十分で死んでしまう。
その間は、地獄の苦しみである。
いま、そのワイバーンが悠然と姿を現した。
「ちくしょうめ、道が延びて来たので偵察に来たか?」
「そうかも知れんのう。」
「どうする?」
「知れたことよ、キャラバンの村に行く前に、息の根を止める。」
プルミエは、親指を首に当て、ぎゅっと横に引いた。
「やはりそれしかないな。」
「どうやる?」
「まあ、シビれて落ちてもらおうか、そしたらすぐにカタが付く。」
「それもそうじゃのう、じゃあ任せるわ。」
「了解。」
カズマは、マジックアロー一〇本を出して、ワイバーンに軽く当てた。
普通の盗賊なら、これでズタズタになるのだが、さすがに腐っても竜種。
最下層の竜種なのだが、かすり傷が数本付いた程度。
「さすがに固いな。」
カズマは、独り言と共に、魔力を練る。
薄い青色をした風の精霊が、手助けにやってきた。
『ギャース!』
かすり傷でもむかっ腹がたったのか、ワイバーンは耳障りな声をあげて、カズマをロックオンした。
グレーの薄羽根がひらめきながら羽ばたく。
急降下を始めると、ワイバーンの速度は時速三〇〇キロ近くなる。
F1並みだ。
それなのに、Gで被膜が破れるようなことはない。
このへん、ワイバーンも魔力で飛んでいるらしい。
カズマの周りでは、紫電が走り、いつでも放出できるようになっていた。
『ぎゃぎゃ~!』
今まさに、大きな口でカズマを捕えようとしたときに、カズマの魔法が解き放たれた。
「サンダーブレーク!」
何本もの紫電が、ワイバーンの頭に吸い込まれると同時に、カズマの体は空中にあった。
そのままでは、彼の直撃を喰らってしまうからだ。
紫電を喰らったワイバーンは、頭に直撃を受けて白目をむいている。
もうすでにその命は刈り取られているのだ。
顎から着地し、ずざざざと滑り込んだ。
「おみごと!」
プルミエは、にこにこと近づいてきた。
「あぶな~、タイミング遅かったわ~!」
カズマは冷や汗をかいていた。
「まあ、うまく上空に逃げられたのじゃから、良しとすべしじゃな。」
「さよう、まずは上々だ。」
「うむ、これはよい土産じゃのう。」
「ワイバーンって、食えるのか?」
「極上素材じゃぞ。マーダーディアーよりうまいぞ。」
「へえ~、そりゃけっこうだな、収納しておこう。」
カズマは、革袋を出して、ワイバーンをしまった。
「もうちょっと道を広げてから、もどるとするか?」
「そうじゃの、まだ余裕はあるしのう。」
二人は、まだ道がやりかけなのを思い出した。
「う~っし、先が見えているんだ、がんばるぞ。」
「おおよ、ワシもがんばるぞ。」
ほわほわの金髪にネコ耳のプルミエに、ワシと言われるとひざ裏の力ががくりと抜けそうになる。
カズマは、乾いた笑いを浮かべている。
この山に入ってから、柿に似た実をつけるもの、モモに似た実をつけるもの、りんご、ナシなど様々な木の実が見られる。
「いい山だな、木の実がたくさんあるし。」
「それだけ、それを食うものが多いのかも知れんぞ。」
「まあそうだな、マゼランのまわりにも、すばらしい果物の森があった。だけど、森ゴリラのような、でかい魔物もいたからな。」
「それだけ、豊かな土地なのであろうよ。」
「それはたしかにそうだ、なによりこうして豊かな森がある。」
「ロワール海岸の近くはどうなのじゃ?」
「ああ、あそこにもたくさん果物の木がある。」
「それはよい、たくさんワインが作れるのう。」
「そうだな、黒いほど実の色の濃いブドウがある。」
「ピノ=ノワールかえ、それは良いのう。」
赤ワインの深い色合いのものができるのだ。
「一人ばえでは味が出ぬ、より良いものにせねばのう。」
「お屋形さまはたいへんじゃのう。」
「なに、俺たちは内政チートだ、心配するな。」
ぴくりとプルミエの空が揺れた。
「おぬし…」
「わかっているだろう?俺の正体を。」
「…うすうすじゃ。」
「それでよい、今はこんな形<なり>だが、俺は前世で五十八で死んだ。」
カズマは、のんびりとプルミエの頭をなぜている。
「その魂が、そのままこの体を使っておる。このイシュタール王国よりも、さまざまな進化を遂げた世界から来たのだ。」
「そうか、まあ迷い人など、どこにでもおる。先代勇者も、そのようなものだ。夕暮れの金の波と銀の波の間にある国からきたのじゃ。」
「そうだろうな、勇気みたいなやつはほかにもいるかもしれん。」
「まあよい、我らは新しい、よい国を作ろうぞ。」
「あんたが師匠でほんとうに良かったよ。」
「たわけ。」
道は、平野を望む扇状地の入り口にたどり着いた。
「やっと来たなあ。」
「うむ、ここまで来れば、あとはもう一息じゃ。」
「そうだな、あそこに見えるだろう、新レジオの城壁が。」
「おお、見えるぞ、たいしたものじゃのう。」
「旧レジオの四倍の広さがある、中で畑もできるように運河も引いてある。」
「ふむ、それは結構じゃな。みんな食べ物に困らなければよい。」
「まったくだ、ヒマに任せてこつこつ作っておいて正解だったわ。」
「ヒマってお前。」
「時間は作らんと、できんものだよ。」
「なるほどのう。」
山裾から、新レジオまでは六十キロほど離れている。
川の流れに沿って、くねくねと道を作るか、まっすぐ下ろすか。
まあ、面倒だからまっすぐ引いた方が、あとあと開発に面倒がない。
「よし、ここからレジオまで、まっすぐ道を開くぞ。」
「おうよ、任せておけ。」
カズマは、魔力を練ると精霊の集まるに任せて、一気に魔力を放出した。
平地であるが、場所によってはうねうねと波打つように平野が広がる扇状地は、海に向けて一気に流れ出す。
カズマは、計算違いをしていたのだが、カズマは新レジオの壁をレジオを基準に四倍に伸ばした。
つまり、カズマは面積が四倍と考えてやったのだが、考えても見るがいい。
四倍かける四倍の十六倍の面積にならないか?
まあいい、畑なども塀の中に作るなら、それでも行けるだろう。
まったく、思いつきで物事は進めるものではないな。
カズマとプルミエは、峡谷の上に立って、平野を見下ろしていた。
カズマの放った魔法は、一気に城壁まで森を広げて進んで行く。
「あいかわらず、規格外の魔力じゃのう。」
「ま、異世界転位のお約束だろう。」
「それを言うな。」
くだらねえ会話をしながらも、道はレジオに到達したようで、木の割れるのが止まったようだ。
「それでは、舗装も済ませてしまうかのう。」
「よろしく。」
「おぬし、すでに覚えてしまったじゃろう?」
「な、なにかな?」
「これだけ毎日見ておるのじゃ、やりかたなどすでにお主の頭の中にはあるのじゃろう?」
「まあ、土魔法の発展型だからな、魔力の流れもだいたいつかんだ。」
「そうか、ではやってみせい。」
「ええ~、おれがやるの~?」
「まあ、やってみせるがよい。」
「それじゃあまあ、やってみるよ。」
カズマが地の精霊に働きかけて、路面の硬化を依頼する。
路盤工は、深度十五センチくらい、表層工は十センチ。
「いけるか?」
カズマはつぶやいて、精霊を解放する。
精霊は、嬉しそうに歌いながら、カズマの元から放出されて、一気に路盤を形成して行く。
「おお、やはりできるようになったか。」
「どんな感じ?」
プルミエは、路盤に手を添えて、その内部までを探っている。
「ふむ、若干固すぎるな。馬車が通ると、少し揺れるぞ。」
「そうなの?固すぎる…」
「固ければ好いと言うものでもないのじゃ、馬車をやさしく受け止めてくれねばのう。」
「なるほどねえ。」
「ま、これはこれでよかろうよ、滑り止めもうまく付いているしのう。」
カズマは、合格点をもらってほっと胸をなでおろした。
カズマ達の居る平野への出口に、最後の休憩地を作り、プルミエと二人中継地に戻って行った。
★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆
「これでどうだー!」
ラルは、一生懸命固めたランドランサーを打ちあげた。
若干不細工なランサーは、上空に風魔法で持ち上げられて行く。
「上がれ、あがれ!」
ラルの願いに答えるように、ランサーは上空に持ちあがって行く。
カズマのそばで、いちばん魔法を見て来たラルである。
魔法に対するイメージは、誰よりも深いと言える。
「あがれ、あがれ。」
上空三百メートルほどに上がって、ランサーは下向きに落ち始めた。
「いかん、こっちだ。」
風をあやつって、落下地点である目標にランサーを誘導する。
「いいぞ、そこだ。」
かきい~んと、小気味いい音を立てて、ランサーはマトのすぐ横に刺さった。
「ああ~、もうちょっとだったのに。」
「ラルにいちゃ~ん。」
ポーラが、手を振ってラルを呼ぶ。
「おう、ここだ~。」
ラルも、手を振り返している。
ポーラは急いで走ってきた。
「はあはあ、どう?」
「見ての通り、あと少しで的に当たったのに。」
「あら、でもこれなら大きい魔物には当たるわよ。」
「それじゃあ、意味がない。」
「?」
「お屋形さまは、針の穴を通すようにコントロールするよ。」
「それはしょうがないわよ、お屋形さまだもの。」
ポーラは、金色の髪をなびかせて、ラルの隣に腰かけた。
手には、水筒が握られている。
「はい、お茶。」
「おお、ありがと。ランサーも、きれいにまるくならないしさ。」
じゃっかんいびつにでこぼこした胴を指差す。
「あらまあ、でも最初に比べればねえ。」
「そうだな、このでこぼこが風を乱して、うまくコントロールできないんだ。」
「ふうん、じゃあ矢羽根でも付けてみる?」
「矢羽根?」
「そうすれば、矢は、まっすぐ飛ぶじゃない。」
「なるほど、形成の時に矢羽根を付けるのか。」
「お屋形さまみたいに、最初からきれいにする必要はないわよ。」
「そうだな、やってみるよ。お茶、ありがとう。」
「うん。」
少女は、立ち上がったラルをまぶしそうに見上げた。
女の子の成長は早い。
ポーラは十三歳、そろそろ男の子を意識し始めるお年頃。
それに比べて、ラルは十五になるのに、まるでその気はないみたいね。
アンジェラを連れたティリスと連れだって、アリスティアがラルの練習を見に来た。
「奥方さま、聖女さま。」
「あのねえ、あたしだって聖女なんだよ。」
ティリスは、呼び方の差にぶんむくれる。
「なにを気にしてらっしゃるの?いいじゃないですか、アンジェラを産んで、名実ともに奥方さまですよ。」
「だって、ラルったら露骨に差別するんだもん。」
「差別じゃありません、区別です。」
「はいはい、ラルは上手になったかな?」
「あ、いえ、なかなか。」
「そう?マトのすぐ横に当たっているじゃない、大したものよ。」
「そうですか?」
「そうよ、ラルは始めたばかりじゃない、それでそこまでコントロールできたら、じょうできよ。」
ティリスは、手放しでほめている。
ラルは、どうにもくすぐったい。
「ラルは、目標がお屋形さまなのですから、精進するしかありませんわ。」
アリスティアは、まぶしげにラルを見た。
「ああ、そうね。でも、カズマが目標では、遠い道のりねえ。」
「それは…まあ、山は高ければ高いほど、登りきった時の喜びは大きいと言いますわ。」
「なるほど。ラル、表面のイメージが悪いわ。アンジェラのほっぺを想像して、表面はアンジェラのほっぺよ。」
「イメージか…」
「もう一回ランサーを作ってごらんなさい。」
ラルは魔力を練って、土を固める。
「そうよ、そこで表面は、アンジェラのほっぺ。」
「ぬうん。」
ラルの練り上げたランサーは、見事につるりとした表面になっている。
「さすが奥方さま、ラルが急に上手になったわ。」
ポーラは、ため息交じりにランサーとラルの顔を交互に見ている。
ラルは、出来上がったランサーの出来栄えに満足そうな顔をしている。
「これに矢羽根か。」
「矢羽根?」
アリスティアは首をかしげる。
「これに矢羽根を付けたいんです。」
「ああ、なるほど。では、このようにしてはいかがでしょう?」
アリスは、地面に絵を描いて見せる。
「はあ~、そんな矢羽根があるんですか?」
アリスの描いたのは、ランサーの中央部分に、五センチほどの薄い羽根を付けたところである。
「矢羽根はお尻に付くものと、限ったものではございませんわ。風を切って、まっすぐ飛べばいいんですの。」
「ありがとうございます、やってみます。」
あらら、ラルの目は聖女アリスティアにクギヅケですね、なんだ、そう言うことだったんですね。
アリスの助言でできたランサーを、もう一度風魔法で舞い上げる。
「ちがう、ラル!もっと風に渦を付けて!ランサーを回すように持ち上げるのよ!」
ティリスの声に、ラルは風にひねりを加える。
「本当だ!まっすぐ持ち上がる!」
ライフルのように回転しながら上昇するランサーは、先ほどより五十メートルも上に上がった。
「すごい!より高くなってる。」
重力に引かれて落下するランサーを、風の魔法で誘導すると、ランサーは見事にマトの真ん中に突き刺さった。
「すごい…」
ポーラの目はまんまるに開かれた。
「すごい!」
ラルは、的を見つめて仁王<ジョジョ>立ち。
「さすがはラル!やればできるじゃない!」
「立派ですわよ、これでお屋形さまも安心ですわ。」
聖女二人に褒められて、ラルは顔を真っ赤にさせた。
ポーラは、つかつかとラルに近づくと、思い切り足を踏んで帰って行った。
「いで~!」
女心に疎い、自分を恨め、ラル。
リア充爆発しろ!
御者は、外套にまとわりつく雨粒を軽く振り払って寒さに震えた。
雨はいつの日も、自分の体温を奪っていく。
前後には神殿騎士団の精鋭が、銀の鎧に包まれて騎乗の人となる。
一介の使者にしては物々しい装いで、たまりに滑り込む。
王宮前のロータリーから、ひさしにつけた馬車は、後ろに乗っていた侍従によって扉を開かれる。
そこから顔を出したのは、白皙の貴公子。
金の巻き毛を広げて、黒い僧衣を身にまといながら、華やかな印象を振りまくその人こそマルチェロ=マストロヤンニ枢機卿である。
イシュタール王国への赴任は、まだ先の話なのだが、今回は上層部のお達しにより使者として、教皇の親書を携えてきた。
しかし、親書の内容が内容だけに、この人事はやりすぎと言うか、いやがらせと言うか。
マルチェロにとっては、今後の王国滞在に影を挿しそうな使者である。
王国御用取次ぎ役のアロンソ=ポアソンは、役目に忠実に、実に慇懃に枢機卿を迎えた。
「お疲れ様にございます。どうぞ、まずはお部屋にておくつろぎくださいませ。」
「うむ、ご苦労です。」
短い言葉でアロンソに答え、雨に冷やされた体を王宮の客室に納める。
直答を受けて、驚いたアロンソは、驚きを顔には乗せず案内した部屋で、メイドにお茶を申し付ける。
「雨で冷えた体には、なによりのご馳走ですね。」
やわらかな男女かかわらず魅了する声に、アロンソは背筋になにやら走ったような気がする。
枢機卿はその日は、そのまま客間で休み、翌朝国王の御前に伺候した。
「国王陛下にあらせられましてはご機嫌麗しく、重畳至極に存知奉ります。」
「お使者殿、面を上げられよ。」
「はは。」
「マストロヤンニ枢機卿殿、此度は教皇よりの使者、ご苦労に存ずる。」
「もったいなきお言葉。わが身は身の引き締まる思いにございます。」
「そう固くなるでない。では、教皇様の親書をいただこう。」
「はは、これに。」
マルチェロは、懐に抱いた親書を恭しく差し出す。
侍従が、それを盆に受け、国王の御前に運ぶ。
ぱらりと親書を開いて、ガストンの目が見開かれた。
「な、なに!」
マルチェロは、不審げに顔を上げる。
「こ、これはまことか!」
「?」
事態が飲み込めず、マルチェロはその場で固まった。
「お使者殿、この内容はまことか?」
「私は、今回親書をお届けするよう申し付かっただけでございます。」
「そ、そうか…では、お使者どのは部屋に下がって休むがよかろう。」
「は、お気遣い痛み入ります。」
マルチェロは、侍従に促されて王の御前を辞した。
わずかな違和感は、居並ぶ貴族たちの中に僧衣のものの姿がないこと。
マルチェロにしても葛藤はあった。
大聖堂を襲い、不貞の僧侶を引きずり出して虐殺に至った経緯もある。
この王国が、教国に対して不審を抱いていること。
また、国教としてのオシリス教を排除するのではないかという不安。
まだ、すべてが払拭されたわけではない。
本日の会見にしても、ごく短いものであったことも、枢機卿には重くのしかかっていた。
「妙な雰囲気でしたね…」
「枢機卿様、城全体がなにやら落ち着きのない様子です。」
「ふむ、体制が変わったばかりですからね。」
「はい…」
どこに監視の目があるかわからない。
迂闊なことは、口にはできない。
「シャルル、これをどう見る。」
ガストンは、バロア侯爵に親書を渡した。
「どれ…こ、これは!」
内大臣であるシャルル=ド=バロアは、親書を手に持って震えた。
「謝罪と賠償…」
シャルルの絞り出すような声が聞こえる。
「うむ、こんな金だせるものか?」
「しかし、くそ坊主の値段がこれほどとは!」
「国の屋台骨がかたぐわ。」
「金貨一万枚…」
約三千億円くらいかな?
この声にはさすがの王国貴族もざわめいた。
クーデターのおこぼれで、階位も上がったり領地を受けたりしたものの、実利はこれからという者も少なくない。
財務卿副主任となった、タイレル伯爵(子爵から一階級上がった。)は冷や汗をかいた。
「それは、国庫の保持金貨の二割に相当します。」
「…で、あるか…」
どっかの信長さまじゃねーよ、様にならねえ。
しかし、そんな余裕もなく、また、増税分はまだ国庫に納まっていない。
「各大臣は会議室に集合せよ。タイレル卿、お主たち財務閥も出席するのだ。」
「「「はは!」」」
謁見は、思わぬ運びとなった。
実は、書面にはさらにきびしい内容があった。
国王が謝罪し、賠償せぬ場合は、教会からの破門もありうるということ。
直接書いてはいないが、それを匂わせている。
「くっそ坊主ども奴…人の国を食い物にしようとてか!」
シャルル=ド=バロアは、口汚く罵った。
「まあそういきり立つな、くそ坊主がきらいなのはお主だけではない。」
「国王陛下…」
左大臣、オロール=ド=シャンティイ伯爵が手を上げた。
「左大臣、なにか策があるのか?」
「いえ、これは国家の方針を根底から決定する必要があります。」
「どう言うことだ?」
「今後、オシリス教と、共に進むのか、決別するかです。」
「「「「「おおおおおお」」」」」
会議の面々は、驚愕に目を見開いた。
「け!決別だと!」
右大臣・マクシム=ド=ボーボワールが声を荒げた。
「それも視野にありうると言うだけです。いますぐ決別とは言っておりません。」
「しかし、十分にありうる話ではないか。」
「そうです、しかし、オシリス教はこのイシュタル大陸唯一の宗教であります。」
「うむ。」
「それと決別することは、周辺各国から攻撃されても文句は言えないと言うことです。」
「もっともだ。攻撃されたら、迎え撃たねばならん。」
「わが国に、同時に二国・三国と戦う余力はありませんよ。どうです?マヌエル陸軍大臣。」
「さよう、近衛が一八〇〇人も抜けて、そこに陸軍から一〇〇〇人補充しておりますからな。」
マヌエル陸軍大臣は、渋い顔をしている。
「残存兵力は国境警備隊五〇〇〇.王都守備隊三〇〇〇.予備兵力一一〇〇〇と心もとないですな。」
「農民などの歩兵化はどうだ?」
「それは、動員をかければ全国で二十万人は出せるでしょうが、農繁期にそれは無理があります。」
陸軍のマルメ将軍・近衛のジョルジュ将軍が抜けた穴は大きい。
その将軍個人に陶酔している兵士も多いのだ。
「常勝不敗のマゼラン伯爵がいるではないか。」
「彼は内陸部の治安出動がメインですからな。」
「剛腕シェルブール伯爵や、ロワール辺境伯はどうだ?」
「彼らは、国境の警備がございます。」
「まあまて、オシリス教からの決別には無理があろう。」
ガストンが声を出した。
「は、左様でございます。」
シャンティイ大臣も同意する。
「ここはひとまず引き延ばし工作をして、時間を稼ぐと言う手はどうだ。」
姑息な手段ではあるが、悪くはない。
「時間を稼いでいかがいたします?」
シャンティイは、不審な顔をする。
「その間に、値引き交渉をする。国庫にとって、あまりに過大な要求は呑めぬ。」
「さようでございますね。」
「せめて半分以下にさせる必要がある。」
「まったく、法外な要求でございます。」
ボーボワール大臣も、顔をしかめる。
「なに、教会にしても全額出すとは思っていまい、減額と分割払いにさせるのだ。」
「なるほど!名案でございます。」
「分割ならば…」
タイレル伯爵はなんとか声を絞り出した。
「いやしかし、それだけの出費となると…」
財務卿、プロスト侯爵はまだ渋る。
「プロスト侯爵、代案はあるか?」
王の声に、プロストはこうべを垂れた。
「御意のままに。」
「うむ、苦しいだろうががんばってくれ、その分公共事業などに遅れがでるだろうが、それは計画を練り直すしかない。」
「「「ははっ!」」」
「どうしようもなくなれば、坊主どもを皆殺しにするのも手だろうて。」
ぼそりとつぶやく国王の目は、かぎりなく酷薄になっていた。
坊主を皆殺しにするには、ロマーニャ王国に攻め入る方法と、暗部による暗殺と、二通りの手がある。
現在の王国の状態では、正攻法では進めない。
つまり、暗部による『火種』の活躍しか手はないのだ。
『火消し』が、地方の過激派坊主を始末してまわり、『火種』は教国の中枢を始末する。
王国は、いよいよ差し迫った決断を余儀なくされている。
ゲルマニア帝国魔法師団副師団長ミヒャエル=フォン=シューマハーは、ジョシュ=アナハイムと共に洞窟に入っていた。
薄暗い洞窟は、五〇〇メートルも進み、内部が急に東京ドーム程の大きさになる。
「なんと!この広さで崩落しないとは!」
「うむ、これも古代の魔法のようだ。」
「興味深いですな。この技術があれば、帝国の建設技術が飛躍的に伸びます。」
「ああ、なるほど、そういう解釈もありか。実は、この硬化技術はほとんど古文書から解析している。」
「おお!それはすばらしい。その技術だけで、博士の今後は安泰ですぞ。」
「ほう、そうかえ。それは良かった。」
なにしろ、一三〇〇〇平米の広さを柱なしで支える技術である。
これが現実として使えれば、どれほど技術革新できるか。
別に『三つ首』がいなくても、十分ペイできる技術である。
同行した魔法師団の者たちも、一様に驚いて見上げている。
さて、その突きあたりに巨大な壁面がある。高さは優に五〇メートルはあろうかという壁で、平らになっている。
「なんという技術!つるつるだ!」
別に、アナハイムの頭頂部の話ではない。
五〇メートルの高さの壁が、一面ガラスのようにつるつるした平面になっている。
「これは…本当に人の手でできたものなのか?」
「いや、違うよ。これは、たぶん黒竜の仕業じゃろうて。」
「ああ…そうか…て!では、この中に本当に『三つ首』が眠っているのか?」
「そう言っているのだがな、おとぎ話だと思ったかね?」
「いや…あまりに簡単に見つかるから、冗談にしか思えん。」
「わしが三〇年かけて見つけたのだ、冗談ではない。」
「なるほど、博士にとっての三〇年は長かったな、いやすまぬ。」
「まあ、結果だけを手に入れれば、そう思うのも無理からぬ。しかし、見よ。現実にここに封印されたのは、明らかじゃ。」
「…なぜ、そう言えるのだ?」
「あれを見よ!」
アナハイムの指さす先には、巨大な手のひらが見えた。
「手のひら?」
「さよう、近寄って見るが好い、人の手ではないことがよくわかる。」
アナハイムは、ふよふよとレビテーションで舞い上がる。
シューマハーは、あわててそのあとを追った。
「これは…」
「これが、黒竜が封印した証拠として残された手形じゃのう。」
「な、なるほど…」
「この手形が、封印のカギのようじゃが、あまりに巨大な魔力で、わしでは解析できん。」
「確かに、巨大な魔力を感じますな。」
「この封印の解き方は、竜族でなくばわかるまいよ。」
「…ますます、あの男が欲しくなりますな。」
シューマハーは、カメムシを噛みつぶしたような顔をしている。
「あの男?」
「ええ、魔物一万匹の英雄…」
「ああ、そうか。奴は青龍と交流があるのじゃな。」
「左様、青龍ならこの封印も読めると思いますが。」
「まず、人の要求など呑むはずもなしか。」
「そうですね、ただ、この建築技術だけでも持ち帰りましょう。そして、この洞窟は封印すべきです。」
「なに?」
「私どもの手に負えるならと思って、ここまで来ましたが、まさかこれほどのものとは。」
「…」
「帝国の役になるなら良し、もし敵に渡ったらどれほどの脅威かわかり申さず。」
「軍人らしいモノ言いよ。ワシの三〇年はどうなる。」
「もちろん、帝国が買い上げますよ。研究資料にも、今後の研究にもです。」
「なんじゃ、研究してもいいのか?」
「もちろんですよ、ただ、この洞窟には余人を近づける訳にはまいりません、たとえ皇帝であってもです。」
「話が大きくなってきおったな。」
「ええ、これは人族全体の脅威ではありませんか。私は、常識的な人間です。これに関しては、手を出すことが憚られます。」
「なんじゃつまらん、これの実物を見てみたいとは思わんのか?」
「見てみたくもアリ、見てみたくもなしというところですな。」
「ふむ、小心者じゃのう。」
「それでこの地位まで来たのですよ。」
「なるほどのう。」
アナハイムは、苦笑して見せた。
「博士、あなたも命が大事か、研究が大事か、良く考えていただきたい。」
「ほう。」
アナハイムは、顎をなぜる。
「研究と言ったら?」
「この洞窟ごと、地の底に眠っていただきます。」
「涼しい顔して言う言葉か!」
「私にとっては、帝国の存亡が第一義です。人の命など、『屁』ですね。」
「ワシは、屁かよ。」
「そうとは言いませんが、博士の研究の成果は『三つ首』でなくとも、十分人の役に立つと思います。」
「しかしなあ…」
「一度、帝都に戻って、研究発表をしましょう、それが、どれだけ帝国の発展に寄与するかわかります。」
「そうかのう?」
「まずは、帝都の大学で研究をまとめましょう。」
「わしは、その大学を追い出されたのだぞ。」
「私が付いております。博士の一番の理解者が。」
「シューマハー…」
シューマハーは力強く何度も頷いて見せた。
アナハイムは、その姿になにかを感じ、こちらも首を縦に振ってシューマハーの手をにぎった。
そののち、洞窟の入り口は固く封印されて、博士の小屋の中の資料はすべて持ち出した。
「名残惜しいのう。」
博士の小屋も壊され、残骸は見えないように隠された。
すべて終わってみると、そこには何もなかったような広場があるだけである。
第一次『三つ首』捜査隊は、こうして成果を上げて帝都に帰還したのであった。
安直って言うなよ、これは高度に政治的な考えなんだ。
第一次ってことは、この後も捜索隊は出す予定があるってことだ。
帝国は、あきらめが悪いからな。
アナハイムを使って、さらに『三つ首』に対する研究をするのだ。
これに気付いたロマーニャの喇叭は、彼らの後をそっと着いて行った。
ロマーニャの喇叭は、一歩遅かったため、洞窟を見つけることが出来なかった。
「イシュタール王国奴、いまごろ目を白黒させておろう。」
オルキスタン教皇は、いかにも楽しそうに笑った。
「教皇様もお人が悪うございます。」
緋の衣の枢機卿筆頭、ガルキメデス枢機卿がにやにや笑う。
「なに、いいではないか、全額払えば儲けもの、減額交渉に来ればいじくってやろうほどに。」
「どの程度までお認めに?」
「そうさの、半額までは譲ってやろうかのう。」
「くくく、それは楽しみですな。」
「であろう?あのクサレ王弟め、教国の恐ろしさを身に染みるが良いのだ。」
「さようでございますね。」
ガルキメデスも、いやな笑いを含んでいる。
教国は、今日も平常営業である。
「暴徒どもに殺された聖職者五〇人余り、金貨一万枚では安いかもしれんがの。」
「それよりも、国教会に納められた絵画や美術品のほうが、よほど高価でございましょう。」
「それを言うな。」
「「くくくくく」」
ナマグサ坊主どもめ!
ガストンでなくても、こいつらキライだわ。
☆★☆★☆★☆★☆★☆★
一方、ロマーニャ王国情報部。
「はあ?遺跡の痕跡がない?」
「は、シューマハーが居たあたりには、キャンプの跡はありましたが、遺跡など影も形もありません。」
「それでは、報告にならんではないか!」
「そう申されましても、遺跡を探しに来ただけで、ほかの場所かもしれませんので。」
「ううむ、それはそうかもしれんが…まあよい、シューマハーの動向は探っておるな。」
「もとより人員は貼り付けております。」
「よし、やつらの動きには目を離すな。」
「かしこまりました。」
☆★☆★☆★☆★☆★☆★
さらに、バイヨンヌ伯爵領。
「レイクサイド事変か…いよいよ、貴族側も本気になってきたな。」
「そうだな、バイヨンヌ伯爵領の領民は、どうする?」
「そんなもの、勝手にほろびるさ。なにせい、奴らにはもう食い物がない。」
「ない場合は?」
「たぶん、ほかの領地を襲いに行くだろうよ。」
「なるほど。」
「つまり、我ら新教徒には、関わりのないことだ。」
「汚いぞ。」
「オルレアンの奴らみたいに、いい気になって突っ走るからこうなるのだ。」
「しかし、やり方は悪くなかったがな。」
「そこよ、ガストン偽王がやったように、本気で革命(レヴォルシオン)を起こさなくてはならない。」
「同志は増えているぞ。」
「もちろん、それも必要だが、武器をもっと集めるのだ。」
「「おお!」」
「市民からも、同志をつのり、一大勢力として地方から王都へ攻め込ませる。」
「なんだ、また政権をひっくり返すのか?」
「そうだ、こんどは民衆の民衆による民衆のための政治にするのだ。」
リンカーンかおまいは!
「エイブラハム、挙兵するのか?」
「我々は聖職者だぞ、挙兵の中心には平民がいいだろう。」
「うむ、バイヨンヌの若いので、いい傀儡≪かいらい≫がいる。」
「ほう、長生きしそうか?」
「臆病もので、戦闘の時も後ろで隠れていた。」
「そいつはいい!」
「ボナパルトと言うのだ。」
「よし、祭り上げて傀儡としよう。」
「わかった、すぐにつなぎとしよう。」
すぐに鳩が飛び、バイヨンヌ伯爵領周辺の各領地に指示が飛んだ。
この地方は、すでに新教徒が去来し、領民の煽動に余念がない。
彼らにしても、バイヨンヌ伯爵の虐殺はやりすぎた。
このことにより、現状バイヨンヌ伯爵には領主不在。
国も、まだ対策に乗り出していない空白期間である。
この機に乗じ、同志をふやし王都までの道筋を作るのだ。
下剋上は終わっていない、いや、いまこそ下剋上の時代が来たのだ。
イシュタール王国の内戦は、いま始まった!
エイブラハムは、隣のエスパーニャ王国との国境ぞいにあるビダールレ子爵領に向かうため、ニーヴ川を船で上った。
ビダールレ子爵領は、山脈を背にした街であり、比較的森も近く危険な個所も多い。
それは魔物・魔獣が出るからである。
山脈沿いに、ブドウ畑が広がり、ワインの生産が盛んである。
バイヨンヌと言えば、実はバスク地方最大の聖堂、サント=マリー大聖堂があり、オシリス教の聖地でもある。
そこが領民により破壊されなかっただけマシと言うものか。
ニーヴ川にかかるジェニ橋から見る大聖堂は、荘厳で王都にあるノートルダム大聖堂にも負けない美しさである。
南西部の貴族たちは、日和見と言うよりも反オルレアンの気質がある。
それは、王弟領と言う体質から、他の領地や貴族を見下し、たまに無理難題を押し付けてくるからだ。
本来、バイヨンヌ伯爵はその先鋒であり生かしておくべきだったのだが、勢いの着いた民衆は止められなかった。
ブドウに良い気候が、麦にも良いとは限らず、いきなりの不作にパニックになったと言うのが本当であろう。
エイブラハムは、バイヨンヌ伯爵の代わりに、ビダールレ子爵を当てようと考えた。
彼が、この挙兵に乗ってくれればよし。
だめならまた民衆を煽ってやるだけである。
実験的に動いた新教徒は、まとまりがなく結果として、バイヨンヌ伯爵の虐殺になってしまった。
これは、明らかにエイブラハムの失態である。
しかし、手探りで挙兵せざるを得ず、失敗は失敗でしょうがないと考えていた。
(エイブラハム、挙兵に失敗すると、サン=ジュストやロベスピエールみたいに処刑されるぞ。)
ヴィルフランク・ユスタリッツ・ラソレール・ルオソアの街を経由して、ビダールレに着いたのは、七日後であった。
「はあ?坊主の面会?布施でも寄こせと言うのか?」
「いえ、重大な話があると。」
「まあよい、今日は暇だからな、あってやろう。」
ビダールレの殿さまは、濃い栗色の髪をした、恰幅の好い四十代であった。
濃いグリーンの上着に、ドレスシャツ。キュロットに白靴下と言う、貴族のお手本のような服装である。
かたや、少しくたびれた僧衣でやってきたエイブラハムは、旅の埃をまとっていた。
「初めて御意を得ます、バイヨンヌ伯爵のサント=マリー大聖堂の修道士でございます。」
「ほ~う、サント=マリー大聖堂と言えば、この地方最大の教会ではないか。その修道士がいかがしたのだ?」
「は、閣下にお知らせしたいことがございまして、まかり越しました。」
エイブラハムは、言葉巧みにビダールレ子爵に話しかけた。
「偽王か…」
「はは。」
「私も簒奪者は好かん。」
言いきっちゃったよ、ビダールレ子爵さま。
「では?」
「うむ、常々思っていたのだ、先の国王陛下はどうなったのか?幽閉か、処刑か?」
「それは、私にもわかり申さず。」
「たぶん、王国の誰も知るまい。」
「左様で。」
「それだけに、オルレアン殿の挙兵は理屈に合わぬ。」
「御意。」
「オシリス教の教義でも、自分のいやなことは人にするなと言うものがある。」
言葉は難しくしているが、意味はその通りだ。
「ガストンは、いままで散々我々に嫌がらせをしてきた。その報いは受けるべきだ。」
ビダールレ子爵の意志は固かった。
☆★☆★☆★☆★☆★☆★
ゲルマニア帝国の西の端、帝都から千五百キロのザールブリュッケンと隣り合わせなのはメッスの町である。
メッス辺境伯は、毎年、ザールブリュッケンからの嫌がらせに、派兵を強いられていた。
そんな中、王都での変事を聞き、怒り狂っていた。
「ガストンドルレアンめ!王弟でありながら、兄王を殺≪しい≫したてまつり、その座を奪い取るとは不敬千万!」
毎年の苦労に対し、同情的に心を痛めてくれたのは、ヘルムート王であった。
なかなか言うことを聞かない財務貴族を説き伏せて、メッス領に支援をしてくれた。
その志はわずかであっても、メッス辺境伯にとっては心のこもったものと受け取っていた。
「やつめを、偽王と言わずして、なんと言うか!」
メッスは、軍備を整えて、東部方面の各貴族に檄を飛ばした!
偽王を打ち倒し、正当な血統に戻すことを目的とする。
私は、ガストンに同情的ではないのだけれど、だれが有利かまだ決めかねているのですよ。
ガストン=ド=イシュタール、明日はどっちだ?
「勝手に決めるな!」
ガストンは、訳も判らず自室でわめいた。
良く肥えた妻は、真っ白である。
「殿、いかがなさいました?」
「ああいや、いやな声が聞こえたような気がしたのだ。」
「まあ!お耳の病気でしょうか?」
「いやいや、ただの疲れだろうよ。」
こんなのんびりした会話のうちに、四方八方から戦火が迫っていることを、ガストンは知る由もなかった。
銀河の歴史がまた一ページ
☆★☆★☆★☆★☆★☆★
マリアが焼いた正統派レジオのパンは、ふっくらとやわらかく、ほかほかと湯気を上げてテーブルの上にあった。
「あいかわらずマリアのパンはうまそうだね~。」
ベスは、パンを眺めながら、マリアに色白の顔を向けた。
「お屋形さまのタネ菌がよかったんだよ、あたしの手柄じゃない。」
「なに言ってんだい、そのタネ菌を育てたのはあんたじゃないか、自慢していいんだよ。」
「…」
マリアは、ベスから顔を背けると、だまって次のパン生地をこね始めた。
ベスも、だまってパン生地をこねる。
ベスの額には、しだいに汗の粒がうかんできた。
ふと、横合いから額をぬぐう、白いハンカチ。
「?」
「ほら、汗が生地に入っちゃう。」
「はは、そしたら塩味がきつくなるね。」
「ふふふ。」
なんだかんだと言いながら、いいコンビの二人である。
実際には、マリアのほうがきつい性格なんだけど、いかにもな顔立ちが、それを隠している。
ベスはベスで、好きな男に目も合わせられないほど晩生≪おくて≫な性格なのだが、勝気そうな目元がそうは見せない。
これで意外とマリアを頼りにしているベスである。
こねて空気を抜いた生地をボウルにうつして、濡れフキンをかけて、一時発酵を促す。
アンジェラを連れたティリスが、テーブルの向こうにスタンバっていて、フキンのかかったボウルに、発酵促進の魔法をかける。
すると、活性化した酵母菌は、パン生地をむくむくと脹らませるのだ。
「アンジェリカさま、いかがですか?」
「これは…難しいですね。」
「そうですか?」
「こんな細かい魔法を、日常的に使えるティリスさまは、たいしたものです。」
「いえいえ、こんなもの生活魔法の延長みたいなものですから。」
「わたくしには、魔法理論すら理解できませんわ。」
「う~ん、私には、説明のほうが難しいです。魔法を言葉にするのって、難しいですね。」
ティリスには、酵母菌の一粒一粒が見えているのだ。
それに魔力で働きかけて、活動を活性化させているので、実に単純な作業でしかない。
もちろん、ほとんど魔力も使っていない。
あえて言うならば、子猫のあご下をくすぐっているようなものである。
子猫は、気持ちよくなって、ごろごろ動き出す。
酵母菌も、同じように活発に動き出すのだ。
そこに、理論だの説明だのは存在しない。
理屈でなく、感性の問題だからだ。
さて、洗濯を終えたり、掃除を終えたりしたおかみさんたちも、館の台所にやってきた。
「ベス、手伝うよ。」
「ああ、ありがとう、そっちでたのむよ。」
「あい。」
数人のおかみさんが、小麦粉を取り出して、秤に乗せる。
ここレジオでは、大雑把なはかりが使われているのだ。
おかみさんたちの手伝いで、百人分にはやけに多いパン生地がこねられて、ロールパンに形成されていく。
台所の隅には、大きな石釜が用意されていて、そこにはアリスティアの姿があった。
「マリアさん、もういつでも焼けますよ。」
「ありがとうございます、聖女様。」
ティリスによって二次発酵されたパンだねは、大きな鉄板に乗せられ、次々と石釜の中に設置されていく。
ロールパンは、釜があたたまっていると、約一〇分で焼きあがるのだ。
厨房の中では、パンの焼けるいいにおいが充満していた。
「おかあさま、いいにおい。」
長女のアンリエットは、アンジェリカ王妃の手を握って微笑んだ。
「そうですね、パンがこのように出来上がるのだと、母は初めて知りましたよ。」
「わたしもです。」
娘は、うれしそうに笑顔を浮かべた。
☆★☆★☆★☆★☆★☆★
「精霊たち、たのむよ。」
カズマの声に、木の精霊は樹木を移動させ、土の精霊は道を開く。
下り坂もあいまって、道は二割り増しに進んでいく。
プルミエと契約している精霊は、別の集団を引き連れてきて、地面の舗装を進めていった。
「今日は進みが早いのう。」
「あ~、テンション上がってるからな、精霊はそういうのに乗りやすいもんな。」
「まあ、こっちが楽しそうだと、精霊のノリも良いものじゃ。」
「よし、少し休んだらもう一回やるぞ。」
「うむ。」
山が古いせいか、山頂が丸く、傾斜もゆるくなっている。
長年の浸食を受け、山が低くなってきたのかもしれない。
延々と続くような、広葉樹の山並みを縫って、カズマの道は進んでいく。
森の中に入ってみると、日の光がさえぎられているが、場所によっては明るかったりする。
「森の植生も、緊密と言うほどでもないんだな。」
「まあ、木にしても近付きすぎては、生きていけないしのう。」
地面には、落ち葉が積み重なっていて、ふわふわする。
この辺は、あまり低木がないらしい。
日本で言えば、クヌギやミズナラみたいな木が多い。
少し上のほうには、杉やヒノキのような針葉樹が見える。
(やれやれ、せっかく書いた部分が消えている…あ~あ。)
木漏れ日の中、見上げると青い空の一部が見え、そこを小鳥が飛んで行く。
「のどかなもんじゃな。」
「まあ、何もなければ平和なもんだが。」
「それでいいではないか。」
「ああ…」
そのとき、木立の枝から一斉に小鳥たちが舞い上がった。
ざあっという音とともに、何百と言う小鳥の舞うさまは、黒い雲のようだ。
「なんだ?」
木立の間に大きな影が舞う。
「ワイバーン!」
そう、ワイバーンだ。
灰色の巨体は、優に十五メートルを超す。
翼長は二十メートル。
薄い膜を張った羽根は、空が見えるほど透き通っている。
体の割に太い足には、びっくりするほど鋭利な爪。
バッファローもひと裂きしてしまうほどである。
細く三角な顔には、鋭い角が一本。
細長い尻尾には、凶悪な毒針を持っている。
神経毒で、これに刺されると、呼吸困難を起こし十分で死んでしまう。
その間は、地獄の苦しみである。
いま、そのワイバーンが悠然と姿を現した。
「ちくしょうめ、道が延びて来たので偵察に来たか?」
「そうかも知れんのう。」
「どうする?」
「知れたことよ、キャラバンの村に行く前に、息の根を止める。」
プルミエは、親指を首に当て、ぎゅっと横に引いた。
「やはりそれしかないな。」
「どうやる?」
「まあ、シビれて落ちてもらおうか、そしたらすぐにカタが付く。」
「それもそうじゃのう、じゃあ任せるわ。」
「了解。」
カズマは、マジックアロー一〇本を出して、ワイバーンに軽く当てた。
普通の盗賊なら、これでズタズタになるのだが、さすがに腐っても竜種。
最下層の竜種なのだが、かすり傷が数本付いた程度。
「さすがに固いな。」
カズマは、独り言と共に、魔力を練る。
薄い青色をした風の精霊が、手助けにやってきた。
『ギャース!』
かすり傷でもむかっ腹がたったのか、ワイバーンは耳障りな声をあげて、カズマをロックオンした。
グレーの薄羽根がひらめきながら羽ばたく。
急降下を始めると、ワイバーンの速度は時速三〇〇キロ近くなる。
F1並みだ。
それなのに、Gで被膜が破れるようなことはない。
このへん、ワイバーンも魔力で飛んでいるらしい。
カズマの周りでは、紫電が走り、いつでも放出できるようになっていた。
『ぎゃぎゃ~!』
今まさに、大きな口でカズマを捕えようとしたときに、カズマの魔法が解き放たれた。
「サンダーブレーク!」
何本もの紫電が、ワイバーンの頭に吸い込まれると同時に、カズマの体は空中にあった。
そのままでは、彼の直撃を喰らってしまうからだ。
紫電を喰らったワイバーンは、頭に直撃を受けて白目をむいている。
もうすでにその命は刈り取られているのだ。
顎から着地し、ずざざざと滑り込んだ。
「おみごと!」
プルミエは、にこにこと近づいてきた。
「あぶな~、タイミング遅かったわ~!」
カズマは冷や汗をかいていた。
「まあ、うまく上空に逃げられたのじゃから、良しとすべしじゃな。」
「さよう、まずは上々だ。」
「うむ、これはよい土産じゃのう。」
「ワイバーンって、食えるのか?」
「極上素材じゃぞ。マーダーディアーよりうまいぞ。」
「へえ~、そりゃけっこうだな、収納しておこう。」
カズマは、革袋を出して、ワイバーンをしまった。
「もうちょっと道を広げてから、もどるとするか?」
「そうじゃの、まだ余裕はあるしのう。」
二人は、まだ道がやりかけなのを思い出した。
「う~っし、先が見えているんだ、がんばるぞ。」
「おおよ、ワシもがんばるぞ。」
ほわほわの金髪にネコ耳のプルミエに、ワシと言われるとひざ裏の力ががくりと抜けそうになる。
カズマは、乾いた笑いを浮かべている。
この山に入ってから、柿に似た実をつけるもの、モモに似た実をつけるもの、りんご、ナシなど様々な木の実が見られる。
「いい山だな、木の実がたくさんあるし。」
「それだけ、それを食うものが多いのかも知れんぞ。」
「まあそうだな、マゼランのまわりにも、すばらしい果物の森があった。だけど、森ゴリラのような、でかい魔物もいたからな。」
「それだけ、豊かな土地なのであろうよ。」
「それはたしかにそうだ、なによりこうして豊かな森がある。」
「ロワール海岸の近くはどうなのじゃ?」
「ああ、あそこにもたくさん果物の木がある。」
「それはよい、たくさんワインが作れるのう。」
「そうだな、黒いほど実の色の濃いブドウがある。」
「ピノ=ノワールかえ、それは良いのう。」
赤ワインの深い色合いのものができるのだ。
「一人ばえでは味が出ぬ、より良いものにせねばのう。」
「お屋形さまはたいへんじゃのう。」
「なに、俺たちは内政チートだ、心配するな。」
ぴくりとプルミエの空が揺れた。
「おぬし…」
「わかっているだろう?俺の正体を。」
「…うすうすじゃ。」
「それでよい、今はこんな形<なり>だが、俺は前世で五十八で死んだ。」
カズマは、のんびりとプルミエの頭をなぜている。
「その魂が、そのままこの体を使っておる。このイシュタール王国よりも、さまざまな進化を遂げた世界から来たのだ。」
「そうか、まあ迷い人など、どこにでもおる。先代勇者も、そのようなものだ。夕暮れの金の波と銀の波の間にある国からきたのじゃ。」
「そうだろうな、勇気みたいなやつはほかにもいるかもしれん。」
「まあよい、我らは新しい、よい国を作ろうぞ。」
「あんたが師匠でほんとうに良かったよ。」
「たわけ。」
道は、平野を望む扇状地の入り口にたどり着いた。
「やっと来たなあ。」
「うむ、ここまで来れば、あとはもう一息じゃ。」
「そうだな、あそこに見えるだろう、新レジオの城壁が。」
「おお、見えるぞ、たいしたものじゃのう。」
「旧レジオの四倍の広さがある、中で畑もできるように運河も引いてある。」
「ふむ、それは結構じゃな。みんな食べ物に困らなければよい。」
「まったくだ、ヒマに任せてこつこつ作っておいて正解だったわ。」
「ヒマってお前。」
「時間は作らんと、できんものだよ。」
「なるほどのう。」
山裾から、新レジオまでは六十キロほど離れている。
川の流れに沿って、くねくねと道を作るか、まっすぐ下ろすか。
まあ、面倒だからまっすぐ引いた方が、あとあと開発に面倒がない。
「よし、ここからレジオまで、まっすぐ道を開くぞ。」
「おうよ、任せておけ。」
カズマは、魔力を練ると精霊の集まるに任せて、一気に魔力を放出した。
平地であるが、場所によってはうねうねと波打つように平野が広がる扇状地は、海に向けて一気に流れ出す。
カズマは、計算違いをしていたのだが、カズマは新レジオの壁をレジオを基準に四倍に伸ばした。
つまり、カズマは面積が四倍と考えてやったのだが、考えても見るがいい。
四倍かける四倍の十六倍の面積にならないか?
まあいい、畑なども塀の中に作るなら、それでも行けるだろう。
まったく、思いつきで物事は進めるものではないな。
カズマとプルミエは、峡谷の上に立って、平野を見下ろしていた。
カズマの放った魔法は、一気に城壁まで森を広げて進んで行く。
「あいかわらず、規格外の魔力じゃのう。」
「ま、異世界転位のお約束だろう。」
「それを言うな。」
くだらねえ会話をしながらも、道はレジオに到達したようで、木の割れるのが止まったようだ。
「それでは、舗装も済ませてしまうかのう。」
「よろしく。」
「おぬし、すでに覚えてしまったじゃろう?」
「な、なにかな?」
「これだけ毎日見ておるのじゃ、やりかたなどすでにお主の頭の中にはあるのじゃろう?」
「まあ、土魔法の発展型だからな、魔力の流れもだいたいつかんだ。」
「そうか、ではやってみせい。」
「ええ~、おれがやるの~?」
「まあ、やってみせるがよい。」
「それじゃあまあ、やってみるよ。」
カズマが地の精霊に働きかけて、路面の硬化を依頼する。
路盤工は、深度十五センチくらい、表層工は十センチ。
「いけるか?」
カズマはつぶやいて、精霊を解放する。
精霊は、嬉しそうに歌いながら、カズマの元から放出されて、一気に路盤を形成して行く。
「おお、やはりできるようになったか。」
「どんな感じ?」
プルミエは、路盤に手を添えて、その内部までを探っている。
「ふむ、若干固すぎるな。馬車が通ると、少し揺れるぞ。」
「そうなの?固すぎる…」
「固ければ好いと言うものでもないのじゃ、馬車をやさしく受け止めてくれねばのう。」
「なるほどねえ。」
「ま、これはこれでよかろうよ、滑り止めもうまく付いているしのう。」
カズマは、合格点をもらってほっと胸をなでおろした。
カズマ達の居る平野への出口に、最後の休憩地を作り、プルミエと二人中継地に戻って行った。
★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆
「これでどうだー!」
ラルは、一生懸命固めたランドランサーを打ちあげた。
若干不細工なランサーは、上空に風魔法で持ち上げられて行く。
「上がれ、あがれ!」
ラルの願いに答えるように、ランサーは上空に持ちあがって行く。
カズマのそばで、いちばん魔法を見て来たラルである。
魔法に対するイメージは、誰よりも深いと言える。
「あがれ、あがれ。」
上空三百メートルほどに上がって、ランサーは下向きに落ち始めた。
「いかん、こっちだ。」
風をあやつって、落下地点である目標にランサーを誘導する。
「いいぞ、そこだ。」
かきい~んと、小気味いい音を立てて、ランサーはマトのすぐ横に刺さった。
「ああ~、もうちょっとだったのに。」
「ラルにいちゃ~ん。」
ポーラが、手を振ってラルを呼ぶ。
「おう、ここだ~。」
ラルも、手を振り返している。
ポーラは急いで走ってきた。
「はあはあ、どう?」
「見ての通り、あと少しで的に当たったのに。」
「あら、でもこれなら大きい魔物には当たるわよ。」
「それじゃあ、意味がない。」
「?」
「お屋形さまは、針の穴を通すようにコントロールするよ。」
「それはしょうがないわよ、お屋形さまだもの。」
ポーラは、金色の髪をなびかせて、ラルの隣に腰かけた。
手には、水筒が握られている。
「はい、お茶。」
「おお、ありがと。ランサーも、きれいにまるくならないしさ。」
じゃっかんいびつにでこぼこした胴を指差す。
「あらまあ、でも最初に比べればねえ。」
「そうだな、このでこぼこが風を乱して、うまくコントロールできないんだ。」
「ふうん、じゃあ矢羽根でも付けてみる?」
「矢羽根?」
「そうすれば、矢は、まっすぐ飛ぶじゃない。」
「なるほど、形成の時に矢羽根を付けるのか。」
「お屋形さまみたいに、最初からきれいにする必要はないわよ。」
「そうだな、やってみるよ。お茶、ありがとう。」
「うん。」
少女は、立ち上がったラルをまぶしそうに見上げた。
女の子の成長は早い。
ポーラは十三歳、そろそろ男の子を意識し始めるお年頃。
それに比べて、ラルは十五になるのに、まるでその気はないみたいね。
アンジェラを連れたティリスと連れだって、アリスティアがラルの練習を見に来た。
「奥方さま、聖女さま。」
「あのねえ、あたしだって聖女なんだよ。」
ティリスは、呼び方の差にぶんむくれる。
「なにを気にしてらっしゃるの?いいじゃないですか、アンジェラを産んで、名実ともに奥方さまですよ。」
「だって、ラルったら露骨に差別するんだもん。」
「差別じゃありません、区別です。」
「はいはい、ラルは上手になったかな?」
「あ、いえ、なかなか。」
「そう?マトのすぐ横に当たっているじゃない、大したものよ。」
「そうですか?」
「そうよ、ラルは始めたばかりじゃない、それでそこまでコントロールできたら、じょうできよ。」
ティリスは、手放しでほめている。
ラルは、どうにもくすぐったい。
「ラルは、目標がお屋形さまなのですから、精進するしかありませんわ。」
アリスティアは、まぶしげにラルを見た。
「ああ、そうね。でも、カズマが目標では、遠い道のりねえ。」
「それは…まあ、山は高ければ高いほど、登りきった時の喜びは大きいと言いますわ。」
「なるほど。ラル、表面のイメージが悪いわ。アンジェラのほっぺを想像して、表面はアンジェラのほっぺよ。」
「イメージか…」
「もう一回ランサーを作ってごらんなさい。」
ラルは魔力を練って、土を固める。
「そうよ、そこで表面は、アンジェラのほっぺ。」
「ぬうん。」
ラルの練り上げたランサーは、見事につるりとした表面になっている。
「さすが奥方さま、ラルが急に上手になったわ。」
ポーラは、ため息交じりにランサーとラルの顔を交互に見ている。
ラルは、出来上がったランサーの出来栄えに満足そうな顔をしている。
「これに矢羽根か。」
「矢羽根?」
アリスティアは首をかしげる。
「これに矢羽根を付けたいんです。」
「ああ、なるほど。では、このようにしてはいかがでしょう?」
アリスは、地面に絵を描いて見せる。
「はあ~、そんな矢羽根があるんですか?」
アリスの描いたのは、ランサーの中央部分に、五センチほどの薄い羽根を付けたところである。
「矢羽根はお尻に付くものと、限ったものではございませんわ。風を切って、まっすぐ飛べばいいんですの。」
「ありがとうございます、やってみます。」
あらら、ラルの目は聖女アリスティアにクギヅケですね、なんだ、そう言うことだったんですね。
アリスの助言でできたランサーを、もう一度風魔法で舞い上げる。
「ちがう、ラル!もっと風に渦を付けて!ランサーを回すように持ち上げるのよ!」
ティリスの声に、ラルは風にひねりを加える。
「本当だ!まっすぐ持ち上がる!」
ライフルのように回転しながら上昇するランサーは、先ほどより五十メートルも上に上がった。
「すごい!より高くなってる。」
重力に引かれて落下するランサーを、風の魔法で誘導すると、ランサーは見事にマトの真ん中に突き刺さった。
「すごい…」
ポーラの目はまんまるに開かれた。
「すごい!」
ラルは、的を見つめて仁王<ジョジョ>立ち。
「さすがはラル!やればできるじゃない!」
「立派ですわよ、これでお屋形さまも安心ですわ。」
聖女二人に褒められて、ラルは顔を真っ赤にさせた。
ポーラは、つかつかとラルに近づくと、思い切り足を踏んで帰って行った。
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その『勇者』は今、ワグナー王国にいるらしい。
曖昧なのには理由があった。
『勇者』だと思わしき少年、レンが頑なに「僕は勇者じゃない」と言っているからだ。
どんなに周りが勇者だと持て囃してもレンは認めようとしない。
※小説家になろうにも随時転載中。
レンはただ、ある目的のついでに人々を助けただけだと言う。
それでも皆はレンが勇者だと思っていた。
突如日本という国から彼らが転移してくるまでは。
はたして、レンは本当に勇者ではないのか……。
ざまぁあり・友情あり・謎ありな作品です。
※小説家になろう、カクヨム、ネオページにも掲載。
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