捨てられた令嬢と幽霊王子

柊木 ひなき

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16. 25日目 夢の後

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 目を開けると、見慣れた岩壁が映った。やっぱり私は、夢を見ていたみたいだ。

(私に比べたら、レイスって生命力みなぎってるわよね)

 普通に話しているのに、夢の中の私は、弱々しくて消えそうな声だった。表情もあまり動かせなくて、きっと無表情だった。

(仔狐さんは、天国に行けたのかしら……)

 でもあれは、私に都合のいい夢。私の罪悪感が生み出した、ただの夢だ。それでも、あの子が無事に天国に行けたのならと願ってしまう。


「アリィ……怖い夢、見てたの?」

 視界に、突然眩しい光が現れる。青白い光……よりも、美貌のレイスが、寝起きには眩しい。

「痛くない、って言ってたよ」

 弱々しい声で。レイスは心配そうに私の頬を撫でる。私が起き上がると、そっと手を握ってくれた。

「心配させてごめんなさい。でも、大丈夫よ。義母と義妹が、私を見て怯える……ありえない夢を見ていたの」

 あの二人が私に怯えるなんて、本当にありえないことだ。


「憎い相手だけど……天井から大量の血が降ってきて、真っ赤になってて可哀想だったわ」
「それは……痛快な夢だったね」
「レイス、悪い顔してるわよ」
「だって、笑わずにいられる? 君を虐げてきた人たちだよ?」

 満足そうなレイスに、私も頬が緩んでしまう。
 不幸を喜ぶのは彼女たちと同じになってしまう気がしたのに、レイスがそう言うと、これくらいやり返していいわよねと思えてしまう。

「夢の中だけじゃなくて、本当にそうなればいいのに。それでもアリィが受けてきた分には、全然足りないけど」
「レイス……」

 こんなにも大事に思ってくれていることが嬉しくて、思わず涙がこぼれた。


「私ね、もう義母たちを恨むのは終わりにしようと思うの」
「どうして?」
「ここに捨てられたおかげで、レイスに出逢えたもの。レイスと過ごす毎日が、幸せだからよ」
「……それは僕もだけど、恨むのをやめる必要はないんだよ?」

 レイスはむっとして私の頬をつついた。
 可愛い不機嫌に、頬が緩む。やっぱりレイスといると笑ってばかりだ。

「無理はしてないわ。私は今とても幸せよ。ざまあみろだわ。義母たちを前にしてそう思ったら、とてもすっきりしたの」

 たとえ現実の義母たちに何も仕返しできていなくても、それでも、いい。

「……アリィはそれで、幸せ?」
「もちろんよ。過去はもう捨てるわ。レイスも、私と過ごせて幸せって思ってくれているんだから」
「えっ? ……そうか、言ったな」

 それは僕もだけど、と返してくれたのは無意識だったみたい。嬉しくて笑みがこぼれる。レイスは「しまった」と唸った。

「……君が先に言ったことだし、本当のことだから、いいか」
「開き直ったわね」
「別に恥ずかしがることじゃないのに、どうして動揺したのか分からないよ」

 そう言ったレイスは、まだほんのりと頬が赤い。こっちが恥ずかしがることは平気で言うのに、レイスってば妙なところで恥ずかしがるわね。


「ほら、まだ夜中だよ。寝たら?」
「そうするわ」

 ぶっきらぼうな言い方をするレイスが可愛い。でも、可愛いなんて言ったらもっと拗ねてしまいそうで、私はおとなしく横になって目を閉じた。

(私のせいで命を奪われてしまったあの子のかたきだけは、どうにかして取りたいわ……)

 私の恨みは終わっても、それだけは。


***


「いやあああああっ!!」
「奥様っ、いかがされ……これはっ……?」

 真っ赤に染まった部屋。床には血溜まりが、壁や天井からは、生々しい血が滴っていた。
 悲鳴を聞き駆けつけた父親も、愕然としてその光景を見つめる。

「あ……アリアドネが……化けて……」
「アリアドネが?」

 父親の顔色が変わる。だがすぐに表情を緩め、すがりつく義母をなだめるように肩に触れた。


「あの子が死んだとは決まっていない。私兵を総動員して探しているから、すぐに見つかるよ」
「死んだわよっ!! 死んだのっ!!」

 金切り声を上げ、父親を突き飛ばした。

「魔物の棲む山に捨てたのよっ!? 生きてるはずないわ!!」
「何だと……? どういうことだっ……」
「お父様! お母様が直接アリアドネを殺したわけじゃないわ!」
「お前も知っていたのか!?」

 怒鳴られた義妹は、ビクリとして口を閉ざした。
 父親は、アリアドネと二人の仲があまり上手くいっていないことに気付いていた。
 最初こそ頑張って新しい家族を受け入れようとしていたアリアドネも、心の整理のために、自ら離れに移りたいと言い出したと聞いていた。
 社交界に出ないのも、アリアドネの意思だと。

「……二人を、隣の部屋へ。何があろうと外に出すな」

 命じられた兵は、叫ぶ義母と義妹を捕らえ、部屋から連れ出した。


「旦那様、この鉄の匂いは……」
「染料ではないな……」

 父親と老齢の侍従は、赤く染まった室内を見渡す。
 大量の血を用意すること自体は、不可能ではない。だが、この部屋まで運ぶには一体何人必要だろう。
 血溜まりの中に浮かぶ、ガラスの破片。二人が何かに怯えて投げたように、一方向に散らばっていた。

「アリアドネが……本当に、化けて出たとでもいうのか……」

 魔物の棲む山に捨てられた、恨みで……
 変わり果てた実の娘の姿を思い、ぐっと拳を握った。

「捜索隊をその山と周辺へ向かわせ、必ずアリアドネを見つけだせと伝えてくれ」
「承知しました」
「……せめて、亡骸を、実の母とともに眠らせてやりたい」

 力なく呟く主人に一礼して、侍従は静かに部屋を後にした。


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