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15. 25日目 夢
しおりを挟むその夜、また実家の夢を見た。
レイスがそばにいてくれて、ずっと見ていなかったのに。
(ローラの話をしたから?)
楽しい思い出しか話していないのに、義母と義妹に虐げられた日々は、私の中で消えない傷になっているのね……
溜め息をつき、何かに導かれるように暗い廊下を進む。ふと気になった部屋の扉をスゥッとすり抜け、笑みがこぼれた。
(レイスも、こんな気持ちなのかしら)
一瞬暗くなって、すぐに明るくなる。何ともいえない不思議な感覚だった。
(母屋なのは分かるけど、何の部屋だったかしら?)
離れに追いやられて何年も経つから、記憶が曖昧で、夢の中でも再現できないみたいだ。
部屋の中にある扉に気づき、今度はドアノブに手をかける。手はすり抜けるのに、ドアノブが動いて静かに扉が開いた。
「誰かいるの!?」
突然、金切り声が響く。
まず目に入ったのは、存在感のある大きなベッド。それから、大きな窓。外は暗くて、夜だと分かった。
声のした方、ドレッサーの前に座っていたのは……
『……あなたの部屋だったのね』
化粧を落としていても分かる、忘れもしない顔。ここは、義母の部屋だ。
私は義母の部屋を見たことがない。私が納屋で飢えと寒さに苦しんでいる間、義母はこんな豪華な部屋で眠っていたのだろう。そう、想像していた。
(ここは、私の夢の中だもの)
「あ……アリア、ドネ……?」
義母の顔色が変わる。ふと、あの頃の感情がよみがえる。初めて納屋に閉じ込められた、あの日。
『ねえ、お義母様』
夢のせいか、やけに私の声が響く。
『どうして、仔狐を殺したの?』
「なに、を……」
『私を陥れるためだけに、どうして命を奪ったの?』
ずっと言いたかった。ずっとあの子のかたきをとりたかった。
あの頃はそう言いたくても、口を開く前に殴られた。でも今は、何かを投げつけられても痛くない。全部すり抜けていく。
私の背後で、高級そうな化粧品の瓶がいくつも音を立てて割れた。
「ひっ……」
(透けている人間を目の前にしたら、怯えるのが正解なのよね)
レイスと出逢った頃の自分を思い出すと、確かに少し変な反応だった。
ついくすりと笑ったら、義母は立ち上がろうとして椅子から落ちてしまった。
『ねえ、お義母様。あの子に、謝ってちょうだい。あなたが無惨に殺させた、あの仔狐に……謝って』
「っ……ごめんなさいっ、ごめんなさいっ!!」
義母はあっさりと謝罪を口にした。
きっと夢の中だから、義母も私に都合の良いようにできている。
「謝るからっ、殺さないでっ!!」
……そうよね。あなたは、誰かを傷つけても少しも悪いと思わない人。謝罪をしたのも命乞いのため。
それが、あなただもの……
「お母様、今日一緒に寝てもいい? あら? どうして割れて……ひっ、アリアドネっ……!?」
部屋に入ってきたのは、義妹だった。
ランプに照らされた美しい顔立ち。初めて会った時に、お人形さんみたいで見惚れたのを覚えている。
『……私、あなたと、仲の良い姉妹になりたかったの』
あなたは私を嫌ってて、近付くことも許して貰えなかったけど。
義母が私を虐げ始めてからは、頻繁に離れにきて、私に熱湯をかけたこともあった。
『どうして、私のことをあんなに憎んでいたの? 私、あなたに何かしてしまったの?』
夢の中だから。そう思うと、今まで聞きたかったことが溢れてくる。
夢なら、優しい答えが返ってくればいいのに。
「っ……目障りだったからよっ!! 嫌いだった!! 憎かった!!」
『どうして……』
「あなたが存在してるだけで憎かったのっ!! 死んでくれて清々したわ!!」
返ったのは、想像したより心を抉る言葉だった。
「なんであなたなんかにっ、殿下もみんなもっ……」
殿下? どうしてそこで王族の方の話が出るの?
「血……血がっ……」
疑問は消えないまま、義母の声がして視線を向ける。何故か、私の方を指さしていた。
私の白い服の、胸の辺り。じわりと浮かんだ赤い染みが、ゆっくりと広がっていく。
『……痛くないわ』
痛くないし、体温が奪われてる感覚もない。
その間に、カーペットも真っ赤に染まっていく。人間一人の血液にしてはちょっと多すぎだわ。きっと夢だから大袈裟なのね。
(そう……夢、よね……)
実際に言われたわけでもないのに、傷つく必要はない。これは夢。夢だから、気にすることはない。
「ひぃっ! 血が、血がぁ!!」
あっという間に義母と義妹のところまで広がる。何故か真上から被ったように、真っ赤に染まっていた。
腰を抜かして血溜まりに浸かりながら、可哀想なほどに震えている。
(今までされてきたことは、許せないけど……)
どれを思い出しても、何一つ許せない。
でも、あの山に捨てられたからレイスに出逢えた。たとえ私を殺すためでも、それだけは、感謝したい。
『……私は、幸せよ』
レイスを思い出して、笑みがこぼれる。
あなたたちが殺そうとした私は、今、とても幸せなの。ざまあみろだわ。
だからこれで、あなたたちへの復讐は終わりにしてあげる。……元から、あなたたちの元に帰るつもりもなかったけどね。
私が部屋を出ると、大量の血が頭上から降り注いで、触れてもいないのにぱたりと扉が閉まった。
私の復讐は終わり。でも……夢の中で血塗れにしたところで、あの小さな仔狐は浮かばれない。
(私のせいで命を奪われたのに……私も、同罪だわ……)
落とした視線の先に、ふと何かが映る。
ふわりとした黄金色の毛玉が、私の周りをくるくると回って、私の手に擦り寄った。
『仔狐さん……?』
そっと撫でると、とても綺麗な声で鳴いて、小さな身体は光に包まれて見えなくなった。
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