15 / 32
14. ローラ
しおりを挟むあれは、私がまだ十三歳の頃。義母の策略に気づいてしばらく経った頃だ。
清楚なドレスなのにあくどい表情に見える化粧を施されて、夜会に連れて行かれた日だった。
「ずっとお友達だと思ってたのに、そんな人だったなんて……私を騙してたのね」
ローラは、そう言って私を睨んだ。
他の友人たちには、噂は嘘だと伝えたのに、「そうなの」とだけ言って去って行った。
ローラだけはと思ったのに……
「伯爵夫人……私に、彼女に復讐する機会をいただけませんか?」
その言葉と憎しみのこもった表情に、私は愕然とした。悲しくてこぼれそうな涙を、必死にこらえる。
そしてその場で、翌日、ローラの屋敷を訪れることが決まった。
(話せば分かってくれるかもしれない……)
屋敷の離れに案内される間、私はずっと震えていた。
……でも、一室に通されて、人払いされた瞬間。
「アリアドネっ、会いたかったわ!」
「ローラっ?」
彼女は私に飛びつき、涙を流した。
「どうして……? 私に、復讐するって……」
「復讐? そんなの嘘に決まってるでしょ?」
流れる涙を拭うこともなく、ローラは眩しい笑顔を浮かべる。
「だって、あなたを嫌う仲間にならないと、二人きりにさせて貰えないもの」
帰ったら毒を飲まされてフラフラしてる演技をするのよ、と物騒なことを言って、私を椅子に座らせてくれた。
温かいお茶と、サンドイッチや色とりどりのケーキが並べられたテーブル。胸がいっぱいになって泣いてしまった私を、ローラはまた抱きしめてくれた。
(ローラだけは、私を信じてくれていた……)
お母様が幼い私にしてくれたように、頭を撫でてくれる。
「ごめんなさい、アリアドネ……私たちでは、あなたを助けられなくて……」
ローラはまた涙をこぼした。
義母の実家は、侯爵家だ。事業に失敗して負債を抱えているけれど、侯爵家の方が身分は上。社交界での影響力もある。
嘘をついて私と二人になることすら危険なのに、ローラは……ローラとご家族は、私をこうして迎え入れてくれた。
(絶対に、嘘だと知られてはいけない……)
大袈裟な演技じゃなく、ローラのように必死で感情を押し殺している、誰にも見破れない演技をしなくては。私が、ローラを守るんだ。
「ローラ……気持ちだけで充分すぎるほどよ。それに、家の中のことだもの。どんな身分でも口出しできないわ」
私が友人たちに潔白を訴えていた時、近くの大人が言っていた。だから噂が嘘だとしても、誰も助けてはくれない。
「……ありがとう、ローラ。あなたに会えて、嬉しかったわ」
「最後じゃないわ。また呼ぶわよ。私の恨みは、一度きりじゃ尽きないんだから」
「でも……」
「私はあなたを本気でお友達だと思ってたの。親友よ。それを裏切られたんだから、最低十年は復讐させて貰うわ」
私の頬を両手ではさんで、ぷくっと頬を膨らませた。
「そうねぇ……まずは、犬の真似でもして貰おうかしら? ほら、食べなさい」
焼き菓子を床に放るでもなく、私の口元に近付ける。
「ローラ、悪役は向いてないわ」
つい小さく笑ってしまう。焼き菓子をかじると、ローラは嬉しそうに私を見つめた。
「もっともっと悪女っぽく虐げてあげるんだからっ、覚悟していなさいっ」
慣れない高笑いをするローラが可愛くて、まるでお母様が生きていた頃のように、幸せな時間だった。
***
静かに私の話を聞いていたレイスは、困惑した顔をした。
「アリアドネ……ごめん。幸せな思い出にこう言うのは良くないんだけど……ちょっと、彼女は想像してた人と違った」
「そう?」
「命がけで君の心を救ってくれた彼女には、できることなら実際に会ってお礼を伝えたいよ。僕がお礼をするのも違う気はするけど……アリィのための演技だって分かってるんだけど……犬の真似って」
レイスが引っかかっているのはそこだったみたい。
「きっと彼女が読んでた小説の影響ね。一生懸命に悪女をしてて、可愛かったわ」
可愛い? とレイスは怪訝な顔をする。
「……女神だって聞いてたから、先入観があったのかな。彼女が優しい人なのは確かだね」
「ええ、私の女神様よ」
「君は僕のことも天使って言うけど、天使と女神ではないよ?」
「彼女は女神様で、レイスは天使様よ? 自分に損しかないのに、私のために手を差し伸べてくれたんだもの」
ローラは半年に一度、私を呼んでくれた。
二回目に会った時は、義母が同席した。でもローラはそれを予想していた。お茶を飲んだ瞬間に吐き出して苦しむ私に、「死なない程度の毒を盛ったの」とローラは楽しそうに笑った。
それで義母はすっかり信じて帰ったのだけど……あれは、苦かったわ。毒という名の、吐き出すほどに苦い健康にいいお茶だった。
「君の方が、よっぽど天使で女神だよ。……僕も、彼女と話してみたいな。二人でアリィを取り合うんだ。すごく楽しそう」
そう話すレイスは、優しく微笑んでいた。ローラにはレイスが見えなくても、そんな未来が訪れればと想像してしまう。
「二人とも、いいお友達になれそうだわ」
「彼女とはお互いに友達にはなれないかも。同族嫌悪?」
なるならライバルかな、とレイスはクスリと笑った。
23
あなたにおすすめの小説
ひとつだけ、ご褒美いただけますか?――没落令嬢、氷の王子にお願いしたら溺愛されました。
猫屋敷 むぎ
恋愛
没落伯爵家の娘の私、ノエル・カスティーユにとっては少し眩しすぎる学院の舞踏会で――
私の願いは一瞬にして踏みにじられました。
母が苦労して買ってくれた唯一の白いドレスは赤ワインに染められ、
婚約者ジルベールは私を見下ろしてこう言ったのです。
「君は、僕に恥をかかせたいのかい?」
まさか――あの優しい彼が?
そんなはずはない。そう信じていた私に、現実は冷たく突きつけられました。
子爵令嬢カトリーヌの冷笑と取り巻きの嘲笑。
でも、私には、味方など誰もいませんでした。
ただ一人、“氷の王子”カスパル殿下だけが。
白いハンカチを差し出し――その瞬間、止まっていた時間が静かに動き出したのです。
「……ひとつだけ、ご褒美いただけますか?」
やがて、勇気を振り絞って願った、小さな言葉。
それは、水底に沈んでいた私の人生をすくい上げ、
冷たい王子の心をそっと溶かしていく――最初の奇跡でした。
没落令嬢ノエルと、孤独な氷の王子カスパル。
これは、ふたりが“本当の幸せを掴むまで”のお話です。
※全10話+番外編・約2.5万字の短編。一気読みもどうぞ
※ざまぁ要素あり。最後は甘く後味スッキリ
編み物好き地味令嬢はお荷物として幼女化されましたが、えっ?これ魔法陣なんですか?
灯息めてら
恋愛
編み物しか芸がないと言われた地味令嬢ニニィアネは、家族から冷遇された挙句、幼女化されて魔族の公爵に売り飛ばされてしまう。
しかし、彼女の編み物が複雑な魔法陣だと発見した公爵によって、ニニィアネの生活は一変する。しかもなんだか……溺愛されてる!?
無魔力の令嬢、婚約者に裏切られた瞬間、契約竜が激怒して王宮を吹き飛ばしたんですが……
タマ マコト
ファンタジー
王宮の祝賀会で、無魔力と蔑まれてきた伯爵令嬢エリーナは、王太子アレクシオンから突然「婚約破棄」を宣告される。侍女上がりの聖女セレスが“新たな妃”として選ばれ、貴族たちの嘲笑がエリーナを包む。絶望に胸が沈んだ瞬間、彼女の奥底で眠っていた“竜との契約”が目を覚まし、空から白銀竜アークヴァンが降臨。彼はエリーナの涙に激怒し、王宮を半壊させるほどの力で彼女を守る。王国は震え、エリーナは自分が竜の真の主であるという運命に巻き込まれていく。
【完結】 笑わない、かわいげがない、胸がないの『ないないない令嬢』、国外追放を言い渡される~私を追い出せば国が大変なことになりますよ?~
夏芽空
恋愛
「笑わない! かわいげがない! 胸がない! 三つのないを持つ、『ないないない令嬢』のオフェリア! 君との婚約を破棄する!」
婚約者の第一王子はオフェリアに婚約破棄を言い渡した上に、さらには国外追放するとまで言ってきた。
「私は構いませんが、この国が困ることになりますよ?」
オフェリアは国で唯一の特別な力を持っている。
傷を癒したり、作物を実らせたり、邪悪な心を持つ魔物から国を守ったりと、力には様々な種類がある。
オフェリアがいなくなれば、その力も消えてしまう。
国は困ることになるだろう。
だから親切心で言ってあげたのだが、第一王子は聞く耳を持たなかった。
警告を無視して、オフェリアを国外追放した。
国を出たオフェリアは、隣国で魔術師団の団長と出会う。
ひょんなことから彼の下で働くことになり、絆を深めていく。
一方、オフェリアを追放した国は、第一王子の愚かな選択のせいで崩壊していくのだった……。
追放された悪役令嬢、農業チートと“もふもふ”で国を救い、いつの間にか騎士団長と宰相に溺愛されていました
黒崎隼人
ファンタジー
公爵令嬢のエリナは、婚約者である第一王子から「とんでもない悪役令嬢だ!」と罵られ、婚約破棄されてしまう。しかも、見知らぬ辺境の地に追放されることに。
絶望の淵に立たされたエリナだったが、彼女には誰にも知られていない秘密のスキルがあった。それは、植物を育て、その成長を何倍にも加速させる規格外の「農業チート」!
畑を耕し、作物を育て始めたエリナの周りには、なぜか不思議な生き物たちが集まってきて……。もふもふな魔物たちに囲まれ、マイペースに農業に勤しむエリナ。
はじめは彼女を蔑んでいた辺境の人々も、彼女が作る美味しくて不思議な作物に魅了されていく。そして、彼女を追放したはずの元婚約者や、彼女の力を狙う者たちも現れて……。
これは、追放された悪役令嬢が、農業の力と少しのもふもふに助けられ、世界の常識をひっくり返していく、痛快でハートフルな成り上がりストーリー!
【完結】花咲く手には、秘密がある 〜エルバの手と森の記憶〜
ソニエッタ
ファンタジー
森のはずれで花屋を営むオルガ。
草花を咲かせる不思議な力《エルバの手》を使い、今日ものんびり畑をたがやす。
そんな彼女のもとに、ある日突然やってきた帝国騎士団。
「皇子が呪いにかけられた。魔法が効かない」
は? それ、なんでウチに言いに来る?
天然で楽天的、敬語が使えない花屋の娘が、“咲かせる力”で事件を解決していく
―異世界・草花ファンタジー
傷跡の聖女~武術皆無な公爵様が、私を世界で一番美しいと言ってくれます~
紅葉山参
恋愛
長きにわたる戦乱で、私は全てを捧げてきた。帝国最強と謳われた女傑、ルイジアナ。
しかし、私の身体には、その栄光の裏側にある凄惨な傷跡が残った。特に顔に残った大きな傷は、戦線の離脱を余儀なくさせ、私の心を深く閉ざした。もう誰も、私のような傷だらけの女を愛してなどくれないだろうと。
そんな私に与えられた新たな任務は、内政と魔術に優れる一方で、武術の才能だけがまるでダメなロキサーニ公爵の護衛だった。
優雅で気品のある彼は、私を見るたび、私の傷跡を恐れるどころか、まるで星屑のように尊いものだと語る。
「あなたの傷は、あなたが世界を救った証。私にとって、これほど美しいものは他にありません」
初めは信じられなかった。偽りの愛ではないかと疑い続けた。でも、公爵様の真摯な眼差し、不器用なほどの愛情、そして彼自身の秘められた孤独に触れるにつれて、私の凍てついた心は溶け始めていく。
これは、傷だらけの彼女と、武術とは無縁のあなたが織りなす、壮大な愛の物語。
真の強さと、真実の愛を見つける、異世界ロマンス。
幼女はリペア(修復魔法)で無双……しない
しろこねこ
ファンタジー
田舎の小さな村・セデル村に生まれた貧乏貴族のリナ5歳はある日魔法にめざめる。それは貧乏村にとって最強の魔法、リペア、修復の魔法だった。ちょっと説明がつかないでたらめチートな魔法でリナは覇王を目指……さない。だって平凡が1番だもん。騙され上手な父ヘンリーと脳筋な兄カイル、スーパー執事のゴフじいさんと乙女なおかんマール婆さんとの平和で凹凸な日々の話。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる