捨てられた令嬢と幽霊王子

柊木 ひなき

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14. ローラ

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 あれは、私がまだ十三歳の頃。義母の策略に気づいてしばらく経った頃だ。
 清楚なドレスなのにあくどい表情に見える化粧を施されて、夜会に連れて行かれた日だった。

「ずっとお友達だと思ってたのに、そんな人だったなんて……私を騙してたのね」

 ローラは、そう言って私を睨んだ。
 他の友人たちには、噂は嘘だと伝えたのに、「そうなの」とだけ言って去って行った。
 ローラだけはと思ったのに……

「伯爵夫人……私に、彼女に復讐する機会をいただけませんか?」

 その言葉と憎しみのこもった表情に、私は愕然とした。悲しくてこぼれそうな涙を、必死にこらえる。
 そしてその場で、翌日、ローラの屋敷を訪れることが決まった。


(話せば分かってくれるかもしれない……)

 屋敷の離れに案内される間、私はずっと震えていた。
 ……でも、一室に通されて、人払いされた瞬間。

「アリアドネっ、会いたかったわ!」
「ローラっ?」

 彼女は私に飛びつき、涙を流した。

「どうして……? 私に、復讐するって……」
「復讐? そんなの嘘に決まってるでしょ?」

 流れる涙を拭うこともなく、ローラは眩しい笑顔を浮かべる。

「だって、あなたを嫌う仲間にならないと、二人きりにさせて貰えないもの」

 帰ったら毒を飲まされてフラフラしてる演技をするのよ、と物騒なことを言って、私を椅子に座らせてくれた。
 温かいお茶と、サンドイッチや色とりどりのケーキが並べられたテーブル。胸がいっぱいになって泣いてしまった私を、ローラはまた抱きしめてくれた。

(ローラだけは、私を信じてくれていた……)

 お母様が幼い私にしてくれたように、頭を撫でてくれる。


「ごめんなさい、アリアドネ……私たちでは、あなたを助けられなくて……」

 ローラはまた涙をこぼした。
 義母の実家は、侯爵家だ。事業に失敗して負債を抱えているけれど、侯爵家の方が身分は上。社交界での影響力もある。
 嘘をついて私と二人になることすら危険なのに、ローラは……ローラとご家族は、私をこうして迎え入れてくれた。

(絶対に、嘘だと知られてはいけない……)

 大袈裟な演技じゃなく、ローラのように必死で感情を押し殺している、誰にも見破れない演技をしなくては。私が、ローラを守るんだ。

「ローラ……気持ちだけで充分すぎるほどよ。それに、家の中のことだもの。どんな身分でも口出しできないわ」

 私が友人たちに潔白を訴えていた時、近くの大人が言っていた。だから噂が嘘だとしても、誰も助けてはくれない。


「……ありがとう、ローラ。あなたに会えて、嬉しかったわ」
「最後じゃないわ。また呼ぶわよ。私の恨みは、一度きりじゃ尽きないんだから」
「でも……」
「私はあなたを本気でお友達だと思ってたの。親友よ。それを裏切られたんだから、最低十年は復讐させて貰うわ」

 私の頬を両手ではさんで、ぷくっと頬を膨らませた。

「そうねぇ……まずは、犬の真似でもして貰おうかしら? ほら、食べなさい」

 焼き菓子を床に放るでもなく、私の口元に近付ける。

「ローラ、悪役は向いてないわ」

 つい小さく笑ってしまう。焼き菓子をかじると、ローラは嬉しそうに私を見つめた。

「もっともっと悪女っぽく虐げてあげるんだからっ、覚悟していなさいっ」

 慣れない高笑いをするローラが可愛くて、まるでお母様が生きていた頃のように、幸せな時間だった。


***


 静かに私の話を聞いていたレイスは、困惑した顔をした。

「アリアドネ……ごめん。幸せな思い出にこう言うのは良くないんだけど……ちょっと、彼女は想像してた人と違った」
「そう?」
「命がけで君の心を救ってくれた彼女には、できることなら実際に会ってお礼を伝えたいよ。僕がお礼をするのも違う気はするけど……アリィのための演技だって分かってるんだけど……犬の真似って」

 レイスが引っかかっているのはそこだったみたい。

「きっと彼女が読んでた小説の影響ね。一生懸命に悪女をしてて、可愛かったわ」

 可愛い? とレイスは怪訝な顔をする。

「……女神だって聞いてたから、先入観があったのかな。彼女が優しい人なのは確かだね」
「ええ、私の女神様よ」
「君は僕のことも天使って言うけど、天使と女神ではないよ?」
「彼女は女神様で、レイスは天使様よ? 自分に損しかないのに、私のために手を差し伸べてくれたんだもの」


 ローラは半年に一度、私を呼んでくれた。
 二回目に会った時は、義母が同席した。でもローラはそれを予想していた。お茶を飲んだ瞬間に吐き出して苦しむ私に、「死なない程度の毒を盛ったの」とローラは楽しそうに笑った。
 それで義母はすっかり信じて帰ったのだけど……あれは、苦かったわ。毒という名の、吐き出すほどに苦い健康にいいお茶だった。

「君の方が、よっぽど天使で女神だよ。……僕も、彼女と話してみたいな。二人でアリィを取り合うんだ。すごく楽しそう」

 そう話すレイスは、優しく微笑んでいた。ローラにはレイスが見えなくても、そんな未来が訪れればと想像してしまう。

「二人とも、いいお友達になれそうだわ」
「彼女とはお互いに友達にはなれないかも。同族嫌悪?」

 なるならライバルかな、とレイスはクスリと笑った。


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