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 教室から出て靴箱で靴を履き替えていると、不意に後ろから声が掛かる。

「早見! 止まれ!」
 
 俺は聞きなれた声に振り向く。

「何だ花宮」
 
 彼女の名前は花宮香織(はなみやかおり)。
 言葉遣いは男っぽいが、歴とした女の子だ。
 花宮とは中学三年間同じクラスで、唯一無二の親友である。

「何で私を置いていくんだよ! 悲しいだろうが!」
 
 感情豊かな可愛い女の子である。

「女子と喋ってただろ?」
「友達作ろうと努力してんだよ!」
「知ってるよ……だから俺も気を使って先に帰ろうと……」
「待っててよ!」

 めんどくさ。

「てか何で友達欲しいんだ? 別に俺がいるからいいだろ?」

「確かに私には早見という立派な友達がいる……でも私達は男と女だろ? だから体育や班決めの時には結局一緒に組めない……」
 
 確信めいたことを言ってくる花宮に、僅かに返す言葉が遅れてしまう。

「……確かに一理あるな……でも中学の時も俺以外に友達作れなかったよな?」

「所詮過去は過去だ! 中学の時はダメでも、高校なら友達ができる筈だ!」
 
 花宮の言ってることも分からなくはない。
 高校では環境が一度リセットされる為、一度ついた悪いイメージは払拭できるし、イメチェンで高校デビューを飾ることも可能だろう。
 だがそれはあくまで一般的な例での話……今の花宮には無理だ。
 別に嫌味や皮肉で言ってるワケじゃない……ただ花宮には致命的な欠点がない。
人は本来プラスの部分ではなく、マイナスの部分で評価される。
 容姿、性格、イメージ。
 前者が悪ければ悪い程、孤立する確率が高くなる。
 しかし花宮には直すところが一つもない……容姿端麗、性格普通、イメージ良好。
『なら何故友達ができないか?』理由は明確……単純に周りと馬が合わないから。
 現に花宮が周りに合わせれば、直ぐにでも友達はできるだろう。
 だがそれは花宮の良さを消すことに繋がる……親友の俺には提案できない。

「……花宮、友達は俺で妥協出来ないのか?」

「早見! 私達が学生生活を安全に送るには〝同性〟の友達が必要なんだよ!」
 
 やけに同性を強調して言ってくる。

「別にペアは教師でもいいだろ?」
「よくない!」
 
 俺は結構好きなんだけどな。

「……だとしてもだ? 友達は無理に作るものじゃないだろ?」
「……」
 
 鳩が豆鉄砲を食らったような顔をする花宮……

「……そんなことより帰りにカラオケ行かないか?」
  
 話の脈略どうなってんだ……何で友達の話から急にカラオケの話になってんだよ。
 俺は姫川の起承転結な回答に思わず頭を抱える。

「……友達の話はどうしたんだ?」

「早見が正論言ったから飽きた」
 
 クソ理不尽だな……しかし逆に言えばそこが花宮の良さでもある。
 
 人は一般的に心の中の本心を表に出すことはない。
 場の空気を読んで、一番適切な言葉を選んでいるに過ぎないだろう。
 しかし花宮は例外だ。
 花宮は『レプリカ』ではなく、『本物』を話してくれる。
 当然それが正しいとは限らないし、社会的に見たら間違っていることかもしれない。
 でも俺の『ものさし』ではそれが正しく、そして心地いい……

「……じゃあ行くかカラオケ」
 
 だからついつい甘くなってしまう……

「おう! 早見の奢りでな!」
 
 うん……間違いなく本心だな。
 
 俺は少し花宮を心の中で褒めたことを後悔していた。
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