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第4話 トーマ、人形遊びをする
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宿屋は一階が酒舗になっていた。1階で食事を提供し、2階は泊りの部屋、という作りが一般的らしい。
出てきたのは黒いパンにレンズ豆のスープ。根菜類の煮込み。
「地域史」で仕入れたばかりの情報によると、豆類はたんぱく質が豊富で、庶民に重宝されてるらしい。野菜は生で食べる習慣がない。
さっそく役に立ってる「地域史」の知識だが、住んでる人間にとっては当たり前なことしか書いてないわけで。だから安かったんだろうか。
パンは固めだし薄味だが、けっこうおいしかった。正直、ちょっと心配してたんだよな。
「これからお金を稼がないといけないなあ」
16歳で生活のことを考える身の上になろうとは。
「昨日みたいなことがあれば、本……金貨10枚稼げるんだけどなー」
途中で単位を修正したのは、決してアリスに睨まれたからではない。たぶん。おおむね。
「昨日のは特別よ。ストロングホールド商会の商人は金払いがいいから。普段はもっと渋いからね」
うーん、残念。
朝食の代金はまたアリスに借りる。なんだか多重債務者の気分。
午前中は街を見て回ることにした。アリスが案内をしてくれることに。年下に使っていい表現か分からないが、面倒見がいい性格だ。
「アリスは、いつからこの街を拠点にしてるんだ?」
俺と同じ宿屋に泊まってたから、故郷ってことはないだろう。
「1年ぐらいね。それまでは西の大国をホームにしてたんだけど、内乱始まっちゃって。住んでられなくなったのよ」
で、よそ者を受け入れてるここに流れ着いた、ってところか。
街を歩く。冗談でもお上品とは言えないが、とにかく賑やかだ。地べたに怪しげな商品を並べた露店も多い。
闇市とか縁日の屋台みたいな、活気とうさん臭さが同居してるような雰囲気。
「へい兄ちゃんお待ち!」
歩いてると、突然露店のガラの悪い男に声をかけられた。肉を盛った木皿を押し付けられる。
「……? 注文してないけど?」
屋根や柱に、動物の骨がたくさんくくりつけられてる。アクの強い屋台だな。
「はあ? いまさら何言ってんだよ。さっき一皿くれ、って言ったじゃねえか!」
聞き間違ったのか?
「まあ、せっかくだから1つぐらい買ってもいいか」
「おう、金貨10枚な!」
「おふっ?」
一皿10万?
基本この世界、食料や生活必需品は安い。代わりに本とか趣味の品は高い。
10万ってのは法外だ。
「止めときなさい。アイツは“押し売りのフラウド”ってケチな悪党よ」
アリスが耳元でささやいた。
「ああやって売りつけるのがいつもの手口なワケ」
なるほど。よく観察してみたら、肉も色が悪くて臭い。たぶんそこらで拾ってきた、腐りかけの残飯だ。金貨どころか、銅貨1枚でも釣り合わない。
「なんだあ? 注文しといて買うつもりがねぇってかあ?」
肉切り包丁片手に、屋台から飛び出してきた。暴力をちらつかせてムリヤリ買わせるのか。
周囲の連中は面白そうに見物してるだけ。
「なんて薄情な。アリスは助太刀してくれるか?」
「アタシが絡まれたワケじゃないし。当事者のトーマが体張るのが筋でしょ。10分の9殺しぐらいになったら助けたげるから」
もっと薄情なのが隣にいた。
「せめて半殺しぐらいで手を打ってくれ」
まあ、やられてやる気も金を払ってやる気もないんだけどな。
「街中で火の玉はやめてね。放火は重罪よ?」
アドバイスは、広義では助太刀と一緒だと思うが。そこがアリスの面倒見の良いところだろう。
木の家ばかりだからな。江戸時代でも、火付けは極刑(死刑)の重罪だったけど、事情は一緒か。
じゃあ、別の手段。ちょっとした悪戯を思いついた。
「ソウェイル・イーラ」
屋台に飾りつけられてたたくさんの骨が、一斉に動き出した。ガチャガチャと組み合わさり、でっかい骸骨人形ができあがる。
「お……?」
フラウドが口を開けてポカンと見上げている。
「看板娘が、待遇に抗議したいってさ」
ソウェイルは「生命力」を表す名詞。イーラは「創造する」を表す動詞。「生命力を創造する」。かりそめのゴーレムだ。
骸骨人形は、あばら骨や肋骨で作られた手でフラウドを掴み、握り潰した。
「骨折られ損のくたびれ儲け、ってね」
さっさとその場を後にした。骸骨は血を吐いて痙攣しているフラウドを、その辺にいた見物人に投げつける。悲鳴が上がった。
「あらら。被害が拡大してるわよ?」
そこまで責任持てるか。
「見物してる方が悪い」
10分もしないうちに元に戻るだろ、たぶん。
「ひっどい悪徳屋台だ」
「もっとタチの悪いトコだと、ゾンビの肉とか使ってるけどね」
想像以上にデンジャラスな街だった!
「街の中央に行けば、“ちゃんとしたお店”もたくさんあるワケ」
街の中心に近ければ近いほど安全な店が集まり、外壁に近いほどその逆らしい。
「じゃあそっちにも足をのばしてみるか」
アリスは屋台で煮込みを買っている。さっきの件があるだけに、浮かんでる得体のしれない肉が気になるんだが。
街の中央付近は、高級そうな店や宿が整然と並んでいた。
ためしに、一軒の店の看板を覗いてみる。
「昼食金貨20枚? たっかいな!」
さっきのぼったくり屋台よりはるかに高いじゃないか。本2冊分! なんっってもったいない!
「こんなところで食えるヤツ、そうそういないだろ?」
と思ったが、店内はそこそこ客が入ってる。
「ルビッシュヒープの住人は滅多に入れないけどね」
「じゃあどこのどなたさまが利用するんだよ」
アリスが煮込みを食べつつ説明する。行儀悪いな。
「元々は1つの国だったって言ったわよね?」
「それが3つに分かれたんだったな」
「そっ。革命を主導した革新派は北区を独立させた。一方、北区を追放された王族の残党は、南区に逃げて健在をアピール、いがみ合ってるワケ」
北区をフィールフリード、南区をオースオドックと呼んでるらしい。
「でも隣合わせの小さい都市国家同士、完全に絶交! なんてできなくて、むしろ協力したり話し合ったりしないといけないことばっかりだから」
「そういったやりとりはココですることになるわけか」
代表同士が話し合いの場に使ったりするんだろう。
「他にも、“北区の商品や食べ物が食べたい! けど行きたくない!”とかね」
両国の中継地になってるのな。
おぼろげながら、この街の立場が分かってきたぞ。
出てきたのは黒いパンにレンズ豆のスープ。根菜類の煮込み。
「地域史」で仕入れたばかりの情報によると、豆類はたんぱく質が豊富で、庶民に重宝されてるらしい。野菜は生で食べる習慣がない。
さっそく役に立ってる「地域史」の知識だが、住んでる人間にとっては当たり前なことしか書いてないわけで。だから安かったんだろうか。
パンは固めだし薄味だが、けっこうおいしかった。正直、ちょっと心配してたんだよな。
「これからお金を稼がないといけないなあ」
16歳で生活のことを考える身の上になろうとは。
「昨日みたいなことがあれば、本……金貨10枚稼げるんだけどなー」
途中で単位を修正したのは、決してアリスに睨まれたからではない。たぶん。おおむね。
「昨日のは特別よ。ストロングホールド商会の商人は金払いがいいから。普段はもっと渋いからね」
うーん、残念。
朝食の代金はまたアリスに借りる。なんだか多重債務者の気分。
午前中は街を見て回ることにした。アリスが案内をしてくれることに。年下に使っていい表現か分からないが、面倒見がいい性格だ。
「アリスは、いつからこの街を拠点にしてるんだ?」
俺と同じ宿屋に泊まってたから、故郷ってことはないだろう。
「1年ぐらいね。それまでは西の大国をホームにしてたんだけど、内乱始まっちゃって。住んでられなくなったのよ」
で、よそ者を受け入れてるここに流れ着いた、ってところか。
街を歩く。冗談でもお上品とは言えないが、とにかく賑やかだ。地べたに怪しげな商品を並べた露店も多い。
闇市とか縁日の屋台みたいな、活気とうさん臭さが同居してるような雰囲気。
「へい兄ちゃんお待ち!」
歩いてると、突然露店のガラの悪い男に声をかけられた。肉を盛った木皿を押し付けられる。
「……? 注文してないけど?」
屋根や柱に、動物の骨がたくさんくくりつけられてる。アクの強い屋台だな。
「はあ? いまさら何言ってんだよ。さっき一皿くれ、って言ったじゃねえか!」
聞き間違ったのか?
「まあ、せっかくだから1つぐらい買ってもいいか」
「おう、金貨10枚な!」
「おふっ?」
一皿10万?
基本この世界、食料や生活必需品は安い。代わりに本とか趣味の品は高い。
10万ってのは法外だ。
「止めときなさい。アイツは“押し売りのフラウド”ってケチな悪党よ」
アリスが耳元でささやいた。
「ああやって売りつけるのがいつもの手口なワケ」
なるほど。よく観察してみたら、肉も色が悪くて臭い。たぶんそこらで拾ってきた、腐りかけの残飯だ。金貨どころか、銅貨1枚でも釣り合わない。
「なんだあ? 注文しといて買うつもりがねぇってかあ?」
肉切り包丁片手に、屋台から飛び出してきた。暴力をちらつかせてムリヤリ買わせるのか。
周囲の連中は面白そうに見物してるだけ。
「なんて薄情な。アリスは助太刀してくれるか?」
「アタシが絡まれたワケじゃないし。当事者のトーマが体張るのが筋でしょ。10分の9殺しぐらいになったら助けたげるから」
もっと薄情なのが隣にいた。
「せめて半殺しぐらいで手を打ってくれ」
まあ、やられてやる気も金を払ってやる気もないんだけどな。
「街中で火の玉はやめてね。放火は重罪よ?」
アドバイスは、広義では助太刀と一緒だと思うが。そこがアリスの面倒見の良いところだろう。
木の家ばかりだからな。江戸時代でも、火付けは極刑(死刑)の重罪だったけど、事情は一緒か。
じゃあ、別の手段。ちょっとした悪戯を思いついた。
「ソウェイル・イーラ」
屋台に飾りつけられてたたくさんの骨が、一斉に動き出した。ガチャガチャと組み合わさり、でっかい骸骨人形ができあがる。
「お……?」
フラウドが口を開けてポカンと見上げている。
「看板娘が、待遇に抗議したいってさ」
ソウェイルは「生命力」を表す名詞。イーラは「創造する」を表す動詞。「生命力を創造する」。かりそめのゴーレムだ。
骸骨人形は、あばら骨や肋骨で作られた手でフラウドを掴み、握り潰した。
「骨折られ損のくたびれ儲け、ってね」
さっさとその場を後にした。骸骨は血を吐いて痙攣しているフラウドを、その辺にいた見物人に投げつける。悲鳴が上がった。
「あらら。被害が拡大してるわよ?」
そこまで責任持てるか。
「見物してる方が悪い」
10分もしないうちに元に戻るだろ、たぶん。
「ひっどい悪徳屋台だ」
「もっとタチの悪いトコだと、ゾンビの肉とか使ってるけどね」
想像以上にデンジャラスな街だった!
「街の中央に行けば、“ちゃんとしたお店”もたくさんあるワケ」
街の中心に近ければ近いほど安全な店が集まり、外壁に近いほどその逆らしい。
「じゃあそっちにも足をのばしてみるか」
アリスは屋台で煮込みを買っている。さっきの件があるだけに、浮かんでる得体のしれない肉が気になるんだが。
街の中央付近は、高級そうな店や宿が整然と並んでいた。
ためしに、一軒の店の看板を覗いてみる。
「昼食金貨20枚? たっかいな!」
さっきのぼったくり屋台よりはるかに高いじゃないか。本2冊分! なんっってもったいない!
「こんなところで食えるヤツ、そうそういないだろ?」
と思ったが、店内はそこそこ客が入ってる。
「ルビッシュヒープの住人は滅多に入れないけどね」
「じゃあどこのどなたさまが利用するんだよ」
アリスが煮込みを食べつつ説明する。行儀悪いな。
「元々は1つの国だったって言ったわよね?」
「それが3つに分かれたんだったな」
「そっ。革命を主導した革新派は北区を独立させた。一方、北区を追放された王族の残党は、南区に逃げて健在をアピール、いがみ合ってるワケ」
北区をフィールフリード、南区をオースオドックと呼んでるらしい。
「でも隣合わせの小さい都市国家同士、完全に絶交! なんてできなくて、むしろ協力したり話し合ったりしないといけないことばっかりだから」
「そういったやりとりはココですることになるわけか」
代表同士が話し合いの場に使ったりするんだろう。
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