読書バカ異世界へ行く

猫元わあむ

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第3話 トーマ、念願の本を買う

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 真ん中の街、ルビッシュヒープに入る。大門を潜るときにも、紙切れ一枚で自己申告しただけで面倒な手続きは一切なかった。これなら嘘をつき放題だな。

 俺は職業に「本読み」って書いたけど、あっさり許可が出た。日本の税関でこれやったら100%「ちょっとこっち来て」案件だろうけどな。

「北や南の都市じゃダメなのか?」
「身元の怪しい流れ者を泊めてくれるトコなんて、どっちにもないわよ」
 なんだか込み入ったいきさつがありそうだ。


「ざっくり背景を教えてくれないか」
 でないと、他人と話をしたときに大ポカしそうだ。
「うーんとね。前まで1つの都市国家だったワケ」
 都市=国家の規模か。
「でも政変が起きて、王族派と改革派で南北に分裂したんだって」
 「日」のカタチに分かれたわけか。

「2つの都市国家の仲はサイアク。いつも境界でいさかいが絶えないから……」
「中間に緩衝地帯になるような、小さい街を作った?」
 それがルビッシュヒープか。

「そーそー。2国が境界の土地を出し合って、どっちにも肩入れしない国を作っちゃった」
 それで、「目」の形になったと。仲が悪い同士でモロに境が接してると、些細なきっかけで戦争に発展するってことは世界史でも何度もあったからな。

 仲の悪い村同士が、子どもたちの小さな言い争いをきっかけに、戦争を始めて両者滅んでしまった、という中国の逸話は読んだことがある。
 そういった最悪を回避するために、ワンクッション置くのは賢明な選択かもしれない。


「作られたはいいものの、特に産業とかないから、ならず者や異種族まで受け入れてイロイロやってるワケ」
 「イロイロ」の部分に含みがありそうだ。非合法なこともやってるのか?

 ともあれ、俺みたいな人間が潜り込むのに最適ってことだな。


 別れ際、商人のオッサンが小さな袋くれた。開いてみると、金ピカのコインが10枚。
「約束よりずいぶん多いわよ?」
 同じくもらったアリスが怪訝けげんな顔をする。どうやら大金らしい。
「ゴブリンに襲われた分の危険手当てを上乗せしておいた」
 無一文の俺としちゃあありがたい話だが。
「いいのか?」
「なに、“命の値段をケチるな”ってのがストロングホールド師匠の教えでな。破ったら破門されちまう」
 ムダに強そうな名前の師匠だ。

「ありがとう、大切に使わせてもらうよ」
 正直、どこの軒先で野宿しようか、とか考えてたところだったからな。


 街は、活気がありながらも雑多な印象だった。所狭しと露店が立ち並び、お客が賑やかに買い物を楽しんでる。

「値上げしてやがル!」
 うわ、びっくりした。屋台に怒鳴ってるのは、直立したトカゲ人間だ。リザードマンってやつかな。喉の構造の差か、声が割れて聞き取りにくい。
「イヤなら他で買っとくれ!」
 鼻に傷のあるリザードマンは、店のおばちゃんと飾りのないやり取りを繰り広げてる。
「俺は“おとくいさま”だゾ!」
 エキサイトしてるなあ。

「店も客もガラが悪いな」
 戦後の闇市なんかは、こんな雰囲気だったんだろうか。

「取り締まりが極端に甘いからねー」
 アリスはお行儀のよくない攻防をしていた屋台から、焼き串を2本買い求める。
「トラブルも飯のタネにも事欠かない街よ。はいこれ」
 1本を俺に差し出した。ぱっと見はつくねみたいだ。
「サンキュ。……お、なかなかうまい」
 淡白な味の肉に、甘辛い濃厚なタレがたっぷり塗られている。
「なんの肉だ?」
 鳥や豚じゃないことしか分からないぞ。
「ウェイストランド・ティモシー。乾燥地帯にいる大型のトカゲの肉よ」
「ふーん」
 ……ってことはあのリザードマントカゲ男、トカゲの肉を食いたがってたのかよ!



「いやいや! 珍妙な生態系にツッコミを入れてる場合じゃない! 本屋! 本屋はどこだ?」
「えっと、突き当りを右だけど」
「ぃよっしゃー!」
 やっと本が買える!

 勇んで飛び出した背後で、アリスがポツリと呟くのがかろうじて聞こえた。

「トーマ、本の相場知ってるワケ?」



「あー、もう夜が明けたのか」
 本から目を離して、白んできた空を見上げる。心なしか、地球の空より青くて澄んでる気がする。慣れればランプの明かりも、風情があっていいもんだ。

 簡素な装丁の本を閉じた。昨日、悩みに悩んで――金銭的な事情で、実はそんなに選択の余地はなかったんだが――買い求めた「地域史」というタイトルの本だ。

 不思議と、この世界でも会話や文字に困らない。たぶんフギンが何かしてくれたんだろう。

「おっはよー、起きてる?」
 ノックとほぼ同時に、アリスが入ってくる。ノックの意味がないぞ。
「目の下にクマができてるわよ。ひょっとして、徹夜であの本読んでたワケ?」
「もう3回は読んだかな」
「……うすうす気付いてたけど、変人ね」
「失礼な」
 単に優先順位で、衣食住より上に本がランクインされてるだけなのに。

「フツー、“大切に使うよ”宣言から3分たたない間に全財産使い果たす? コドモか」 
 叱られた。だから、「一番大切なもの」に使ったんだけどな。
「一番安い本でも金貨10枚だったんだから、仕方ないじゃないか」

 驚いたことにこの世界、本が異様に高い。印刷技術が発展してないからだろう。文字も手書きだ。
 中世ヨーロッパでも、本1冊の値段が労働者の給金半年分ぐらいだったって読んだことがある。それに近い相場だろうか。

 ちなみにアリスに聞くと、金貨10枚は慎ましやかに生活すれば2ヶ月は食べていける額だそうだ。
 俺の感覚で言うなら、本1冊10万円ってあたりか。金貨1枚1万円。

「宿代を貸してくれたことには感謝するけど、なにもこんな高いところに泊まらなくたって」
 ルビッシュヒープには宿屋が幾つかあって、安いとこなら残った銅貨をかき集めれば泊まれた。のだが、なぜか強硬に反対されて高めの宿に泊まることになったのだった。
「あのねー、安すぎたと思わない? ああいったトコは、泥棒とグルなのよ」

 泥棒宿ってやつか。ボリビアの首都ラパスで有名な。うかうか泊まったら、宿屋が泥棒を手引きして宿泊客から金品を盗ませるとか本で読んだ。

 これは本格的に、日本の治安を基準にしない方がよさそうだ。

「うーん、でもいまは文無しだしな。やっぱ安い宿にして、浮いた金を本に回す方が」
「その本が狙われるっての。高く売れるんだから」
 あ、そうか。
「良い宿を紹介してくれてありがとう。アリスは命の恩人だな!」
 手を握りしめて感謝を伝えたってのに、ものすごい白い目で見返された。
「自分の身の安全より本の安全の方が優先なワケ?」
 本はケガしたら治らないからな。

「しかし困った。既に一文無しどころか借金モチだ。このままじゃ本が買えない」
「生活の不安はないワケ?」

 おかしいな。口を開くたびにアリスの評価が下がってる気がする。
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