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第10話 トーマ、結末を聞く
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翌日、アリスが続報を教えてくれた。
「ダグおじーちゃん、夜が明ける前にトンズラしたって。短期間で随分恨み買ってたみたいだからねー」
「売りつけられた方が黙ってなかったか」
俺の弱体化パンチで死ななかったものの、負傷のバーゲンセールだったらしい。骨折やら打撲やらでのたうち回りながら姿をくらましたそうだ。
「出ていったか。ルビッシュヒープにはもう居場所がないだろうし」
「さあてね。他にアテがあるなら、あんな年齢でルビッシュヒープに住んでないと思うケド」
縁側で猫抱いてるのが似合う年齢だってのにな。
「それにしてもあの老人、こうなることが予想できなかったかな」
ダグ老人はフッドラムがボコられるところを自分の目で見ている。ウソがばれた時、自分にその役割が回ってくることに気付けなかったのか。
「リスクを承知で跳ねるしかなかったんでしょ。最下層が浮かび上がる目なんてそうそうないもの」
高齢で、腕っぷしもないとなると搾取され続ける。それよりは、ってことか。
「って、悲壮な決意があったんじゃなくて、単にトーマがフッドラムより騙しやすそう、って侮られただけかもね?」
そう聞くと腹が立ってくるな。
警衛兵詰め所からようやく報酬を受け取ることができたので、いつもの本屋へ。
「いらっしゃい」
店主のボストアさんが、愛想笑いと諦めのブレンドされた顔で出迎えてくれる。
「今日は買いますから、ほら」
金貨の入った袋を見せる。
「ウチの愚弟が迷惑をかけます」
誰が弟だ。アリスは2歳も年下だろ。……まあ、世間的な知恵では大敗してる気がするが。
「いや、別に迷惑かけられてるわけじゃないんだけどねえ。いつも本棚を眺めたまま2,3時間も微動だにしないから、見てて怖いんだよ」
そういや俺、小学生の時休憩時間に外で遊びもせず、ずっと教室で本を読んでたから「座敷わらし」ってあだ名つけられたなあ。
熟慮の末に買ったのは「貴族の社会」。
「貴族になりたいの?」
「いや? 知りたいだけ」
「……使うつもりのない知識なんて、仕入れてもムダだと思うんだけど」
何を言ってるんだか。貯め込んで使わないのがいいんじゃないか。と教えたら、俺の株が更に暴落した気配。
なお、2時間ほど夢中で悩んでたら、いつのまにか額に「石化中」と墨で書かれていた。
「まさか書き終わっても気づかないとは思わなかった」とは容疑者の弁。おのれ。
帰り道も、不審人物に後をつけられたりするようなことはなかった。
「どうせなら、もうちょっと華のある相手に後をつけられたいもんだ」
小汚いオッサンたちじゃなあ。
「そういや、アリスはリザードマンと事構えるの敬遠してたな。なんで?」
「リザードマンって、ちょっとメンドい思考回路しててさ。極端ってゆーか」
「なんだ?負けた腹いせに復讐してくるとかか?」
「そーじゃないけど」
そこに、大きな影が立ち塞がった。鼻に傷のあるリザードマンが。
せっかく闇討ちされる心配がなくなって安心だと思ってたのに。
「待ってたゾ、兄貴!」
身構える前に、身体を抱きしめられた。痛い痛い! これじゃベアハッグだ。
「兄貴って誰のことだよ?」
「オレに勝ったから兄貴ダ!」
なにその理論?
「さっき言いかけたけど、リザードマンは強いもの至上主義なワケ。負けた相手に従うのよ」
究極の体育会系だな。
「どこにでもついてゆくゾ! 兄貴!」
やめてくれ。こんな物騒で日当たりが悪いのに付きまとわれたら本屋出禁になる。
「よかったじゃない、夢が叶ったわよ?」
「どこの夢だよ!」
「スカーはリザードマンの中じゃ評判の美人よ。華やかな美女に追いかけまわされたいんでしょ?」
見分けがつくわけない。ってゆうかメスだったのかよ! 一人称「オレ」のクセに!
後日、宿屋に1匹のリザードマンがやってきた。
「我ガ同族ガ迷惑ヲカケタヨウダナ」
聞けば、この男(たぶん)はリザードマンのまとめ役のような立場らしい。鱗とかにも年季が入ってる気がする。
「同族ノヤッタコト、許シテクレ。ソシテ、警衛兵二突キ出サナカッタコト、感謝スル」
ぎこちない言葉遣いだ。お礼参りでなく、騒動を起こしたことを詫びに来ただけか。
まああのときは、それどころじゃなかったから見逃しただけなんだが。
「それは別にいいけど。えらく律儀だな」
治安のよろしくないこんな街で、わざわざ謝りに来るとは。
「リザードマンとかの異種族はどうしたって少数派だから。立場が悪くなるのは避けたいワケ」
アリスが耳打ちする。ははあ。ルビッシュヒープが「異種族は追放だ!」とか言い出されちゃ困るから、穏便に収めたいんだな。
「遺恨は持ってないよ」
痛い目見たのはそっちだしな。
「感謝スル。騒ギヲ軽イウチ二収メテクレタ礼ダ」
小さな袋をテーブルに置いた。開いた口からは宝石が覗いている。
「いいのか?」
「人間二怪我人ガ出ル前二片ガツキ、ナオカツ同族ノ死亡者モ出ナカッタ。最上ノ収メ方ダ」
「リザードマンって同族意識が強くって、1人でも殺されると報復を始める種族なのよ」
げ、ってことは、勢い余ってあのスカーを死なせてたら、全面戦争の可能性もあったのか。
「じゃあついでに、あのスカーにつきまとうのをやめるように諭してくれよ」
「そこはそれ、種族的な本能なので」
なんでこんなときだけ流暢にしゃべるんだよ。
リーダーはニヤリと笑った、ように見えた。さてはこいつ、わざとたどたどしいしゃべり方してたんだな? どうりで接続語がしっかりしてると思った。
リザードマンリーダーはさっさと出て行ってしまった。さすがまとめ役、食えない。
しかし、タダ働きとばかり思ってたが、思わぬ臨時収入だ。これで今夜の本は確保できそうだな。
「アタシの伯父さんがバクチ好きでさ」
袋を握りしめて本屋へ駆けだそうとする俺に、アリスがポツリと呟いた。
「ん?」
「トーマの目、全財産握りしめてバクチ場へ駆け出すおじさんにそっくりだわ」
そう言った彼女の目は、ダメな弟を見やる姉のような目だった。
「ダグおじーちゃん、夜が明ける前にトンズラしたって。短期間で随分恨み買ってたみたいだからねー」
「売りつけられた方が黙ってなかったか」
俺の弱体化パンチで死ななかったものの、負傷のバーゲンセールだったらしい。骨折やら打撲やらでのたうち回りながら姿をくらましたそうだ。
「出ていったか。ルビッシュヒープにはもう居場所がないだろうし」
「さあてね。他にアテがあるなら、あんな年齢でルビッシュヒープに住んでないと思うケド」
縁側で猫抱いてるのが似合う年齢だってのにな。
「それにしてもあの老人、こうなることが予想できなかったかな」
ダグ老人はフッドラムがボコられるところを自分の目で見ている。ウソがばれた時、自分にその役割が回ってくることに気付けなかったのか。
「リスクを承知で跳ねるしかなかったんでしょ。最下層が浮かび上がる目なんてそうそうないもの」
高齢で、腕っぷしもないとなると搾取され続ける。それよりは、ってことか。
「って、悲壮な決意があったんじゃなくて、単にトーマがフッドラムより騙しやすそう、って侮られただけかもね?」
そう聞くと腹が立ってくるな。
警衛兵詰め所からようやく報酬を受け取ることができたので、いつもの本屋へ。
「いらっしゃい」
店主のボストアさんが、愛想笑いと諦めのブレンドされた顔で出迎えてくれる。
「今日は買いますから、ほら」
金貨の入った袋を見せる。
「ウチの愚弟が迷惑をかけます」
誰が弟だ。アリスは2歳も年下だろ。……まあ、世間的な知恵では大敗してる気がするが。
「いや、別に迷惑かけられてるわけじゃないんだけどねえ。いつも本棚を眺めたまま2,3時間も微動だにしないから、見てて怖いんだよ」
そういや俺、小学生の時休憩時間に外で遊びもせず、ずっと教室で本を読んでたから「座敷わらし」ってあだ名つけられたなあ。
熟慮の末に買ったのは「貴族の社会」。
「貴族になりたいの?」
「いや? 知りたいだけ」
「……使うつもりのない知識なんて、仕入れてもムダだと思うんだけど」
何を言ってるんだか。貯め込んで使わないのがいいんじゃないか。と教えたら、俺の株が更に暴落した気配。
なお、2時間ほど夢中で悩んでたら、いつのまにか額に「石化中」と墨で書かれていた。
「まさか書き終わっても気づかないとは思わなかった」とは容疑者の弁。おのれ。
帰り道も、不審人物に後をつけられたりするようなことはなかった。
「どうせなら、もうちょっと華のある相手に後をつけられたいもんだ」
小汚いオッサンたちじゃなあ。
「そういや、アリスはリザードマンと事構えるの敬遠してたな。なんで?」
「リザードマンって、ちょっとメンドい思考回路しててさ。極端ってゆーか」
「なんだ?負けた腹いせに復讐してくるとかか?」
「そーじゃないけど」
そこに、大きな影が立ち塞がった。鼻に傷のあるリザードマンが。
せっかく闇討ちされる心配がなくなって安心だと思ってたのに。
「待ってたゾ、兄貴!」
身構える前に、身体を抱きしめられた。痛い痛い! これじゃベアハッグだ。
「兄貴って誰のことだよ?」
「オレに勝ったから兄貴ダ!」
なにその理論?
「さっき言いかけたけど、リザードマンは強いもの至上主義なワケ。負けた相手に従うのよ」
究極の体育会系だな。
「どこにでもついてゆくゾ! 兄貴!」
やめてくれ。こんな物騒で日当たりが悪いのに付きまとわれたら本屋出禁になる。
「よかったじゃない、夢が叶ったわよ?」
「どこの夢だよ!」
「スカーはリザードマンの中じゃ評判の美人よ。華やかな美女に追いかけまわされたいんでしょ?」
見分けがつくわけない。ってゆうかメスだったのかよ! 一人称「オレ」のクセに!
後日、宿屋に1匹のリザードマンがやってきた。
「我ガ同族ガ迷惑ヲカケタヨウダナ」
聞けば、この男(たぶん)はリザードマンのまとめ役のような立場らしい。鱗とかにも年季が入ってる気がする。
「同族ノヤッタコト、許シテクレ。ソシテ、警衛兵二突キ出サナカッタコト、感謝スル」
ぎこちない言葉遣いだ。お礼参りでなく、騒動を起こしたことを詫びに来ただけか。
まああのときは、それどころじゃなかったから見逃しただけなんだが。
「それは別にいいけど。えらく律儀だな」
治安のよろしくないこんな街で、わざわざ謝りに来るとは。
「リザードマンとかの異種族はどうしたって少数派だから。立場が悪くなるのは避けたいワケ」
アリスが耳打ちする。ははあ。ルビッシュヒープが「異種族は追放だ!」とか言い出されちゃ困るから、穏便に収めたいんだな。
「遺恨は持ってないよ」
痛い目見たのはそっちだしな。
「感謝スル。騒ギヲ軽イウチ二収メテクレタ礼ダ」
小さな袋をテーブルに置いた。開いた口からは宝石が覗いている。
「いいのか?」
「人間二怪我人ガ出ル前二片ガツキ、ナオカツ同族ノ死亡者モ出ナカッタ。最上ノ収メ方ダ」
「リザードマンって同族意識が強くって、1人でも殺されると報復を始める種族なのよ」
げ、ってことは、勢い余ってあのスカーを死なせてたら、全面戦争の可能性もあったのか。
「じゃあついでに、あのスカーにつきまとうのをやめるように諭してくれよ」
「そこはそれ、種族的な本能なので」
なんでこんなときだけ流暢にしゃべるんだよ。
リーダーはニヤリと笑った、ように見えた。さてはこいつ、わざとたどたどしいしゃべり方してたんだな? どうりで接続語がしっかりしてると思った。
リザードマンリーダーはさっさと出て行ってしまった。さすがまとめ役、食えない。
しかし、タダ働きとばかり思ってたが、思わぬ臨時収入だ。これで今夜の本は確保できそうだな。
「アタシの伯父さんがバクチ好きでさ」
袋を握りしめて本屋へ駆けだそうとする俺に、アリスがポツリと呟いた。
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