読書バカ異世界へ行く

猫元わあむ

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第17話 トーマ、いじめる

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「あら、随分早く帰ってきたのね」
 アリスが意外そうな顔をする。

「泊まり込む勢いで出てったくせに」

 そう。俺はマジックギルドの客員導師に登録することになった。
 目的はミーティアの言ってた、ギルド秘蔵の図書。

 が、だ。喜び勇んで出かけたはいいものの、3時間で帰宅してしまう羽目になろうとは。

 理由は簡単。

「専門用語の羅列でさっぱり理解できんかった」

 マジックギルドの本はどれも売り物でなく、記録媒体に過ぎない。「仲間内に伝わればいいや」って認識なんだろう。
 だから親切な補足や用語説明がついてるはずもない。
 理解できるようになるのは、だいぶ先の話だろう。


「それ以上に、ちょいと困った問題が出てきた」
 ギルドに出入りすると、どうしたって会話する機会が増える。んだが、ちぐはぐな返答をしてしまうことが多い。

 この世界の常識が身についていないせいだ。

 考えてみれば俺は、会話ができて字が読めるだけで、この世界の皆が常識として知ってるはずの地名、人名などがまるで分からない。

 例えば日本のことを全く知らない人間に、

 【徳川家康、慶長8年征夷大将軍になる】

と伝えても何が何やらさっぱり伝わらないのと同じだ。
 
「こんなことで悪目立ちしたくないな」
「前に大立ち回りしといて、何をいまさら」
 アリスのツッコミは容赦ないなあ。しかも的確だ。


 いままではならず者の巣窟のルビッシュヒープだったから気にならなかったが、これは問題だ。
  
「マジックギルドをやめる、って選択肢はないのね」
 アリスがため息を吐く。
「宝の山に入って、手ぶらで出てくるようなマネができるか」
と熱弁したが、アリスの賛同は得られなかった。


「基礎的な用語集とか辞典が欲しい。けど絶対高いよなあ。一冊で済むとは思えないし」
 資金力がもたない。
「そんな本本本ってゾンビみたいに徘徊してて、いままで良く生きてこれたわね?」

 他に健全な例えは思いつかなかったのか? たしかに日本にいたときも、小遣いは全部本に消えてたが。

「日本には図書館があったからなあ。それこそ週5日通い、家族の名義のカードで30冊は……」
 そうだ、図書館!
「図書館はないのか?」
「あるわよ」
 即答だった。あるのか!

 この世界は本が高価なのに、図書館を作ってるとは実に感心。

「だったらもっと早く教え……」
「ただし、フィールフリード北区にね」
 抗議に被せるように言葉が続いた。

「北区の住民で、ある程度社会的信用のある人間にしか利用させないはずだけども?」

 なるほどなあ。日本で俺が利用してた市の図書館も、住民票がないと貸出しカード作ってくれなかったもんな。
 この世界本が高価だから、余計に貸す相手は選ぶわけか。

「ルビッシュヒープに図書館はないのか?」
ここルビッシュヒープの連中の人生設計に、読書なんて組み込まれてないもの」
「そんなバカな! それじゃあ人生の92%を損してるようなもんだ!」

「……残り92%が満たされた完全体がトーマだとしたら、アタシは満たされないままで良いと思うワケ」

 なんたる暴言。



 諦めきれずに、フィールフリードへ足を運ぶことにする。
 本来なら検問所チェックポイントで厳重なチェックを受けるんだが、マジックギルドの紹介状葵の印籠があるからすんなり通れる。

「通行料、銀貨2枚な」
 ただし、まっとうな料金は取られる。銀貨2枚は2000円ぐらい。
 不定期収入の身としてはちと痛い出費だ。

「ちっ、普通だったら難癖つけてワイロをふんだくってやれるのによう」
 警衛兵ガードどもがぶつくさ言っている。
本当にモヒカンと大差ないな、コイツら。

 図書館のことをまるで知らないので、まずはミーティアに訊いてみるか。なんせ、フィールフリード北区でまともな知り合いって彼女しかいないからな。

 まだマジックギルドにいるだろ。

 でもマジックギルドまで地味に遠いんだよな。
思いついたあの組み合わせ、試してみるか。



「エオリア・ラド!」

 風に運ばれて、マジックギルド前に着地。というか墜落。

 エオリアラド移動するの組み合わせで、移動魔法みたく使えないかと思ったんだが。
 出力調節が難しい。移動はできるが、まるで人間砲弾だ。したたかに腰を打ってしまった。
 
 マジックギルドじゃ街中での魔法の使用は禁じてるらしいが、俺は少々なら見逃してもらえる。

 まあ、最初にギルドが壮絶なオウンゴールかまして、俺に文句が言いにくい空気ができちゃったからな。

 さて、どこにいるか分からん。このデカい建物を1つ1つ見て回るしかないのか……あ、知り合い発見。教えてもらおう。

「ウザレス導師!」

 廊下のベンチで休んでた老人が、こちらを見てビクッと震える。

「ちょうどよかった。人を探してるんですよー」

「は、はて……?」
 居心地悪そうに、さりとて、逃げ出すことできずにベンチで縮まっている老人。おれはその隣に腰を下ろした。

「名前はミーティアっていう女の子なんですけど。ああでも、名前だけじゃ導師には誰だか分からないですよね。ええと、どう説明すればいいかな……」

 考えるフリをする。やおら手をポンと叩いた。

「そうそう! 俺が始めてマジックギルドここに呼ばれたとき、ウザレス導師が、“今は落ち目のラズロー親子”と一緒になってイジメてた子ですよ」

 もちろんわざとです、はい。

「あ…‥‥ええ…‥」

「その後あなたがギルド長に怒りを買ってボコられた挙句、無能がバレて閑職に追いやられるキッカケになった子ですよ。どこかで見ませんでした?」

「うっ、も、もう放っておいてくれ!」
 あ、逃げ出した。

「がんばって這いあがってきてくださいねー」
 暖かい声をかけておいてやった。

 我ながら悪質だな。

 まあ、ウザレス老人はラズロー親子のゴキゲンを取って出世したいってだけの、他力本願の小野心家だ。
 「悪い奴」ってよりは「しょーもない奴」。

 今回の件でマクスウェルギルド長に左遷されたが、正しい判断だと思う。

 あの性格で大成することはないだろうから。


「あ、いじめるのに夢中でミーティアの居場所訊き損ねた」
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