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地下牢の告白

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 僕の思い通りにならないことなんて
何もないと思ってたけど


世界でただ1人。


「なに、してんの。レイ。」


レイだけが、思い通りにならない。



「あ、……!?ノエル様ぁ。」



会場に戻れば、レイはいなくて
空のグラスだけが置いてあった。



心配になって探していれば
裏庭のベンチに座って



「どういう状況か
説明してくれる?」




「ご、ごめんなさい。
ネオ様と少し話していたら

……寝てしまって。」



動けないんです。と
肩を竦める。




レイの膝枕で、気持ちよさそうに
寝息を立てている。



実の弟と言えど
レイの膝枕で眠るなんて。




「……今すぐ叩き起こすから
そこ退いて。」



……許されない。



夢から醒めるよう、頭から冷水でも
かけてやろうか。


レイに退くように言ったのに。




「で、でも……可哀想です。」



モジモジするばかりで
一向に退く気配がない。


お人好し……。レイの悪い癖。


普段は可愛らしいと思うのに
今はどっち付かずのレイの態度に苛立った。



透けるように白い、レイの太腿に
頰をぴたりと付けて眠っているネオ。

幾久しく見ていない弟の顔。
子供みたいに、安心しきった寝顔だ。


たかが膝枕くらい、騒ぎ立てることじゃない。


……本当に、僕はどうしてしまったんだ。



僕以外が……レイに触れている。
それを当たり前に許している。


それだけが、こんなにも


「なら、一生そうしてなよ。
……僕は帰る。」



「まっ……待ってください。
ノエル様!!」



……耐えられない、なんて。



刷り込みの話を聞いたからか?
それとも




「ご、ごめんなさい。
僕……帰ります。」



自分のローブを脱ぐと躊躇うことなく
ネオに被せてやる。



「うぅん……」



ネオは、子供みたいに
唸ると寝返りを打った。


昔はよく僕の後ろばかりついてきたけと、今じゃ見る影もない。

魔族との殺し合いに明け暮れる冷酷な騎士団長に成り果てた。

そんなネオが、外で無防備に眠るなんて考えられない。


「疲れていたんでしょう。
ぐっすり眠ってる。」



それを母親のように
優しげな眼差しで見つめる

レイに、無性に腹が立った。

僕らの周りにいるのは、私利私欲に塗れた嘘つきばかり。どんなに甘い言葉で、容姿で、それを隠しても透けて見える浅はかな計算。

そんなもの欠片も待ち合わせていない純粋無垢なレイだから。僕がそう育てたから……ネオは心を許したんだろう。


「すみませんノエル様。
約束……したのに。」


「そうだね。……レイ。
お仕置きだ。」



「!?」



レイは悪くない、理解しているのに、心がそれを拒絶する。


目の前で、泣き出しそうな彼を
……今すぐに壊してやりたい


衝動に駆られた。














✳︎✳︎









「い、痛い……!!ノエル様。

ここは、嫌です……っ
家に帰りましょう?」



「言ったでしょ。
……お仕置きだって。」



「どんなお叱りも
受けますからっ

だから……!」




ここは、嫌だ。
暗くて冷たくて


湿った壁からカビの生えた
嫌な匂いがする。




硬い床が痛くて
自分の身体を抱き寄せ



小さく丸まって
眠るしかなかった。




ノエル様と出会う前の
あの頃の僕を





「やっ、……やだぁ!!」




……思い出すから。






きつく腕を掴まれたと思えば、中に放り込むように押されて尻餅を付くた。



同時にノエル様がパチンと1つ指を打つ。


ガシャン!!目の前で
鉄格子の南京錠が掛かった。





暗い牢獄の壁に
頼りない蝋燭の火が灯もる。



あとは、漆黒の闇。



城にある、地下牢。
独房なのか他には誰もいない。



コウモリか、鼠か、はたまた得体の知れない何かが暗闇の中、隅の方でガサガサと動く音がした。




「僕は、良い子で待ってろと
言ったよね?」



「ノエル様、ごめ……なさいっ!
約束守れなくて、ごめんなさい……!!」




錆び付いた鉄格子に縋りながら
隙間から伸ばした手を



ノエル様は、一瞥するだけで
……握ってはくれない。









「お前は、誰のもの?」


「ノエル様……のものです。」


「どうして
ネオに触れさせた?」


「触れさせ……てません。
眠たくなったと言うので

膝を貸しただけで。」


「いい?金糸雀。
……もう一度聞く。」






暗闇の中でも
ノエル様の碧眼は



深海のように、揺らめく青を纏う。




「……お前は、誰のもの?」


……その肌は、瞳は、声は
命は?

誰のためにある?


ノエル様が話す度に


キィン、と耳鳴りがする。
強い力を持つ魔導師には

その声にまで魔力が宿るという。



僕の何が……?
ノエル様を怒らせたのかわからない。



だけど、今求められているのは。



「……ノエル様です。
全てご主人様のものです。」





僕の、忠誠心。



ノエル様との約束を破るなんて
今までなかったから。




ネオ様の背中を追ったのは
紛れもなく僕の意志。



……僕の我儘だった。




ノエル様に、怒られても仕方ない。
それだけのことを、したのだ。



どんな拒絶の言葉が
返ってくるのか。


怖くて、不安で身体が震えた。
返ってきたのは



「……違うよ?
レイの心はレイだけのもの。」


予想していたよりずっと
優しくて、哀しい声。



「え?」


「どんな魔法も、心だけは
変えられない。」


「ノエル様……」



「だから怖いんだ。

こんな風にしか愛せない
僕を……許して。」



ここに閉じ込めたのは
ノエル様なのに




……どうして?ノエル様の方が
泣きそうな顔をしてるの?




「あの日僕の心は……貴方が
くれました。」




「!」




死んでいた心に
光をくれたのはノエル様なのに






「……あなたの、ものです。」





泣かないで、苦しまないで。
あなたが泣くなら







「……レイ。」



……僕も、泣く。
あなたの金糸雀だから。




項垂れるように頭を抱えたノエル様に



魔力を失ったのか
鉄格子の南京錠が、開いた。





「……お願いだ、逃げて。」


「え?」


「そうじゃなきゃ、僕は
僕を抑えられない。


レイ……君のことになると
おかしくなる。

いつか傷付けてしまう前に。」




逃げてよ。





「……自由になっていいよ。
金糸雀。」



暗闇を、照らすのは
四角い石窓から微かに漏れる月明かりだけ。



頭を両腕で抱えたまま
……顔を上げようとしない。


ノエル様に、そっと近付くと



「僕の居場所は
ここです……!!」



「!?」



ぎゅっと、精一杯抱き締めた。
トクトクと脈打つ鼓動さえ

……愛おしい。




「ノエル様の傍にいたいと
こんなにも思ってるのに……」


どうして?


「傷付いていい……傷付けていい……!

何があっても僕は、ノエル様の傍にいます……!
いたいんです!」


……お願い。


「自由なんか、いりません。」


貴方が望むなら、この鉄格子の奥に
一生、囚われて構わない。


僕の望みは唯一つ。



「この命が……尽きるまで。
ノエル様の側で……生きたいです。」



……それだけなんだ。
ノエル様がゆっくりと顔を上げた瞬間


グッと、強く腕を取られて
気付けば




「んっ……!?」

唇が、重なっていた。


ノエル様の唇は冷たかったけど
滑らかで……柔らかくて。


胸が詰まるほど……甘い。



……あぁ、そうか。
僕はこんなにも



「……いいの?そんなこと言って。
もう2度と離してあげないよ?」


「……はいっ……離さないで……下さい。」


……彼のことを思ってる。
ノエル様のことが、好きだ。

それよりも、もっと。


ツウッと、一筋伝った涙を
繊細な指先で拭う。


いくら手を伸ばしても届かない
今宵の月のように

遠く輝く美しいこの人を
いつの間にか




「……れて。」




「え?」




「もっと僕に触れて……
ノエル様……っ」



愛して……しまったんだ。



ドクンドクン……
身体の奥が熱い。


縋るように、ノエル様の
首に両腕を回すと




「……!?この匂い。
誘発剤は、いらなそうだね。」



「……へ?」



「何でもないよ。
……可愛い僕のレイ。」




たくさん、可愛がってあげる。






そう言って、僕の首筋に
顔を埋めて



スッと息を吸った
ノエル様は





「……良い香り。
まだ弱いけど。


これが……」



Ωの……初潮の兆し。






「んっ、ノエル様……
僕っ……」



「身体が熱いね。」



「ん、は……ぃ。どうすれば……?」



「大丈夫、僕に任せて。」






ノエル様が、好き、大好き。
思うほどに身体の、奥が熱く疼いて堪らない。

表面じゃないもっと、お腹の奥の方。

モジモジと、膝を擦る僕を
蕩けた瞳で見つめ返すノエル様は




「……さぁ、家に帰ろう。」



「いいんですか?
ノエル様……怒って、ない?」


僕を捨てずにいて、くれるの?




じっ、と見つめると
困ったように視線を逸らした。




「他人に嫉妬したのは……初めてだから。
上手く加減が出来なくて、ごめんね?」


申し訳なさそうに
頰を撫でてくれた。



嫉妬?ノエル様が……僕に?


信じられなくて
頰が赤くなる。


嬉しい……けど
そんなこと言われると


勘違いしそうになる。







「許してくれる?レイ。」


「は、はい。」


「もう泣かせないから。」





僕も、この人に



少しは
愛されてるんじゃないかって。



……あり得ない期待を
してしまうんだ。



身分違いの恋
叶うはずもない。



……だけど、もう少しだけ
夢を見ていいかな?



この気持ちは
一生心の奥にしまって


伝えることすら
叶わないだろう。






「ノエル様?」


「ん?」


「今日も一緒に……寝てくれますか?」


「あぁ、もちろん。」



だから、許される限り
彼の傍にいさせて。




……僕の、愛しいご主人様。
それ以外もう何も、いらない。



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