受付嬢レベッカは落ちこぼれ冒険者を成り上がらせたい

倉名まさ

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第三話 盗賊レヴィン②

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 いつの世も、冒険者の中には伝説となり、語り継がれる者たちがいた。 
 悪しき竜を討ち、北の平原を人間たちの手に取り戻した砂漠の冒険者カシム・アルヤッド。
 魔族に奪われた姫君を救出し、一国の王まで成り上がった放浪の戦士ランディ・グリーンリバー。
 大陸を襲った巨大な魔獣を封印し、救国の英雄と讃《たた》えられる魔導士グウェイン・マナケミス。

 その一方、ラパン・ドレトークの名は、人々の記憶に残ることはなかった。

「でも……でもですよ! ラパンの功績はそうした伝説及の冒険者に劣るものではないとわたしは思っています!」

 レベッカの説明に熱がこもる。
 冒険者マニア。
 情熱を持って冒険者ギルドの受付嬢という仕事を務める彼女の正体がこれだった。

 古今東西の冒険者記録を読みあさっては空想にふける。
 幼い頃からの、彼女の習慣だ。
 その時の恍惚こうこつとした表情は、ちょっと人にはお見せできないアブナイものなのだが、本人にその自覚はない。

「はぁ……」

 対するレヴィンはあっけに取られていた。
 Sランク冒険者というのは、やはり彼にとっては雲の上の存在過ぎて、ピンとこなかった。
 異様に熱のこもったレベッカの様子に、ちょっと引き気味になってるのもあった。

「たとえばですね。いまわたしたちが当たり前のように武器や防具の補強に用いている、南海鉱石。あれを発見したのもラパンなんですよ。それに、現在使われている王都から北の港町に向かう街道も、元はラパンの開拓したルートですし……。それに、南の古代帝国の遺跡。そこから発見された秘宝の多くは現在王立博物館に展示されていますが、ほとんど全部ラパンが発見したものです! まだまだありますよ、例えば……」
「ちょ、ちょっと待ってください。それ凄すぎませんか!?」
「そうです。スゴイんです!」

 まるで我がことのように「えっへん」とレベッカはつつましやかな胸を張り、ふんぞり返っている。

「でも、モンスターを倒してないんですよね?」
「倒していません。ただの一体も」
「え、ええ……?」

 レヴィンはますます混乱した。
 モンスターを倒さない冒険者なんてこの世に存在するのだろうか。
 まるで畑を耕したことのない農家だとか、魔法を使えない魔術師だとかみたいに、言葉自体が矛盾して思えた。

「じゃあ、どうやって……」
「答えは簡単です。“隠密”と“逃走”スキルを駆使しただけです!」
「そんなムチャな……」

 たしかに、敵から発見されにくくなる“隠密”と、モンスターから逃げる“逃走”スキルは盗賊《シーフ》クラスがもっとも得意としている。
 けど、普通それは冒険において、補助的に使われるに過ぎない。
 “隠密”も“逃走”も万能ではないのだ。

 モンスターの多くはヒトよりも優れた感覚器官や身体能力の持ち主だ。
 どれだけ”隠密”スキルを磨いたところで見つかる時は見つかってしまうし、獣型のモンスター相手にどれだけ“逃走”スキルを使ったところで逃げ切るのは難しい。

 一般に、これらのスキルに頼りすぎるのは冒険者にとって危険であるとされている。
 ちゃんと冒険者の手引きにもそう書かれていた。

「ふつうはそうですよね。でも、そこが盗賊純特化《シーフ・スペシャル》クラスのすごいところなんです。はっきり言ってチートですよ、この能力は」
「はぁ……」
「ざっくり言ってしまうと、モンスターは攻撃力ゼロの対象が隠密か逃走のスキルを発動していると、相手を攻撃対象と認識できないんです」
「は?」

 言われた意味が分からなかった。
 目をぱちくりとさせるレヴィンをよそに、レベッカは熱弁をふるい続けた。

「ラパンは次々とこのスキルを駆使してモンスターひしめく遺跡の探索調査や魔境のマッピングをしていきました。その過程でレベルもずいぶん上がったのですが、ついに攻撃力はゼロのままでした」

 レベルアップのためには、通常モンスターを倒すのが基本だ。
 だが、宝箱の発見や未踏破のマップの攻略でも、経験値が多少は貯まる。
 それにしても、それだけでSランク冒険者まで成り上がるなんて、気の遠くなるような話だ。

「こうしてラパンの名は『不殺の冒険者』として一部界隈のあいだで有名になっていきました」
「かっこ良いんだか悪いんだか分からない二つ名ですね」

 これが本職の盗賊で「盗みは働いても人は殺さない」とかなら“不殺”の二字も義賊《ぎぞく》みたいでロマンがある。
 けど、冒険者がモンスターの一匹も倒せないというのはどうなんだろう。

「そうですね。実際、冒険者ギルドでも彼の評価はいまだに分かれるみたいです。いまのギルドの方針では、冒険者はモンスターを倒してなんぼのように考えてる感じですし……。その名前すら知らない冒険者ギルド職員も少なくないと思います」
「まあ、イレギュラー過ぎますよね……」
「でも、わたしは偉大な冒険者だったと思っています! さっきも言った通り、いまのわたし達の生活は、知らないとこでたくさん彼の恩恵を受けているんです。そしてですね――」

 レベッカはもったいつけるみたいに、ちょっと間をあけた。
 ゆっくりと告げる。

「いままさに、ラパン二世の誕生にわたしは立ち合おうとしているんです」

 レヴィンは苦笑を返した。

「それって、俺のことですか?」
「そのとーりです!」

 勢いよくうなずき、レベッカは続ける。

「レヴィンさん。一つ、わたしの指定するクエストをやってみませんか。Aランクの遺跡調査のクエストです。レヴィンさんならきっとできます!」
「俺がAランククエストを?」

 レヴィンは目をしばたたき、やがて首を横に振った。

「それには二つ問題がありますよ」
「というと?」
「一つ。俺にはAランクのクエストを達成できる力量なんてありません。二つ目、恥ずかしい話ですが、クエスト受注のための申込金すら俺にはない」

 冒険者がクエストを受注するためには、ささやかだが申込金が必要となる。
 悪質な見切り受注をふせぐための処置だった。
 レヴィンは情けなく自嘲するように笑った。
 でも、レベッカの表情は少しも変わらなかった。

「そんなことですか。でしたら二つともカンタンに解決できます」
「えっ?」
「一つ目。このクエストがAランクなのは、遺跡に潜むモンスターを倒して進むことを前提にしているからです。ですが、レヴィンさんは一度も戦闘の必要はありません。遺跡の中では常に隠密スキルを発動しながら行動し、急ぎたい時だけ逃走スキルに切り替える。これだけです」
「ほ、ほんとうに……?」
「はい。そしてもう一つの問題。受注金については、わたしが立替えます。出世払いということでいいですよ」
「そ、そんなことできるんですか!?」

 レベッカは受付嬢の顔になって、にこりと微笑んだ。

「できますよ~。駆け出しの冒険者の救済処置としてそういうシステムがあるんです。まあ、申請にはめんどくさい審査がほんとは色々あるんですが……。その辺の書類は全部こっちで片付けときますので。あ、そうそう」

 レベッカはもう一度カウンターの奥に引っ込むと何かを手に持った。
 てのひらに収まるサイズの、護符だった。
 複雑な紋様が金と銀の糸で刺しゅうされている。

「念のため、これもお貸しします。一度だけダメージを身代わりしてくれる護符です。三つあれば十分ですね。万一、二つ以上使うようなことがあれば、迷わず引き返してください」
「えっ、これ、高いマジックアイテムなんじゃ……」
「まあ、それなりには。ですので、未使用でしたら返却していただけると助かります」

 身代わりの護符は確かに高級なマジックアイテムだったが、同時に使いどころの難しいアイテムでもあった。
 身につけていると自動的に発動してしまうため、たとえスライムの攻撃であっても身代わりを果たしてしまう。
 ならば、ボス級のモンスター討伐に使用する、といってもダメージの肩代わりをしてくれるのは一回だけだ。
 勝敗をこの護符が決定するということは滅多にない。

 結局のところ、一撃で絶命してしまうような不意打ちをふせぐくらいしか、使い道のないアイテムだった。
 だが、そもそも攻撃を受けること自体ゼロに等しい盗賊純特化シーフ・スペシャルのクラスなら、お守りとして十分意味がある。

 本来、特定の冒険者をひいきするのはギルドとしては好ましくないため、こうしたアイテムの付与にも書類申請が必要だった。
 けれど、ギルドマスター以上に規約に精通しているレベッカにとって、レヴィンのためにその書類を用意するのは簡単なことだ。
 それに、レベッカは内心、レヴィンがこの護符を使うことはないだろうことを確信していた。
 本人の気を楽にするための、文字通りのお守りくらいのつもりだ。

「ラパンという人も、このお守りを使っていたんですか?」
「う~ん、そのへんは記録にないですね。まだ身代わりの護符が時代的に合ったかどうかも疑わしいですし……。けど、使っていたとしてもごく初期の頃だけのはずです。レベルアップした時のラパンの敏捷値は最大八千までいっていたということなので……」
「八千!?」

 敏捷値のもっとも高い盗賊クラスでも、最大ステータスで五百程度がせいぜいだ。
 まったく規格外と言っていい。

「はい。ですので、後年のラパンはたとえ隠密スキルを使わなくてもモンスターの攻撃は一撃も当たらなかったし、対人戦でもずっと攻撃を避けかわし続けられたそうです。代わりに自分でも一切攻撃できないんですけどね」
「対人戦、ですか?」
「はい。ラパン自身は決して争いを好む人間ではなかったようですが……。モンスターの一体も倒してないのに、Sランクにまで昇格した彼をやっかんで、決闘を申し込む冒険者もけっこういたみたいです」
「あ~、それは想像つきます」

 いつの世も、プライドが高く他人を見下したがる冒険者というのは一定数いる。
 かくいうレヴィンが所属していた『火蜥蜴の尾』のパーティーリーダー、ゼルフもお世辞にも人格者とは呼べない性格だった。

「そんな時、彼は相手が疲れ果てるまで、ひょいひょいと攻撃を避けつづけたそうです。とうとう誰も、ただの一撃も彼にダメージを与えられるものはいなかっただろうと思います」
「敏捷値八千ですもんね……」

 そこまでいけば、たとえ目をつぶっていたって、身体が勝手に攻撃を避けてくれるレベルだろう。

「わたしの見立てに間違いなければ、あなたもそうですよ、レヴィンさん」
「俺が……」

 信じられない、というようにレヴィンはつぶやく。
 けど、にこにこと微笑むレベッカの瞳は少しも揺らがなかった。

 パーティーを追放され、クエストを受注する申込金さえ用意できない彼に、ここまで言葉を尽くしてくれたのだ。
 こともなげに言っているが、申込金の立替えも身代わりの護符の貸し出しも、ギルドとしては例外的な処置だし、手続きはかなりめんどくさいはずだ。
 それを全部肩代わりしてくれるというのは、レヴィンの力を信頼しているからに他ならない。

「分かりました。ちょっと自分でも信じられないですけど、そのクエストやってみようと思います」

 そこまで信頼を寄せられて引き受けないようじゃ、冒険者とは呼べない。
 お人好しのレヴィンだが、そのくらいのプライドは彼にもあった。

「クエスト受注、ありがとうございます。どうかお気をつけて」

 レベッカは受付嬢らしく微笑んで、クエストの受注を確認し、彼を送り出した。


 レヴィンがおびただしい遺跡の秘宝とともに、身代わりの護符三枚と委託金を全て返却しに戻ってくるのは、それから間もなくのことだった。
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