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第十話 受付嬢ダリア①
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ここ近日、冒険者ギルドでは珍しいほど、平穏な日々が続いていた。
特に目立ったトラブルもなく、冒険者たちも順調にクエストをこなしている。
事務仕事も立て込んではおらず、レベッカも上機嫌だった。
「おめでとうございます! クエスト連続達成を祝して“銀妖精の輪舞”に特別報酬を授与します!」
レベッカは金貨の詰まった袋をカウンターの上に差し出した。
「あざーすッ!」
意気揚々とそれを受け取ったのは、冒険者パーティー“銀妖精の輪舞”のリーダーだ。
精霊魔術の使い手の女性で、名をミーシャという。
“銀妖精の輪舞”は先日、弓使いのクロスをパーティーメンバーとして迎えたCランクのパーティーだった。
クロスを含めて五人組のパーティーで、モンスター討伐系のクエストを中心に活躍しており、Bランクへの昇格も間近ではないかと噂されていた。
誇らしげに革袋を掲げるミーシャの姿に、ギルドに居合わせた冒険者たちからも拍手が送られた。
「さっすが、いまノリにノッテる“銀妖精の輪舞”だな」
「こいつは俺たちもさっそくお祝いしねえとな」
「だな! その金でパーッとやろうぜ、ミーシャ」
「おう、ゴチになるぜ」
もっとも、報酬を受け取った冒険者にたかろうとするのも、彼らの恒例行事で、純粋に祝うばかりではなかったが……。
「ばーか。ウチらだって金欠だっての。いいかげん、傷んできた防具修理しなきゃだし、クロスの歓迎会ものびのびだったし」
それをうまいことかわすか、あるいは一杯おごって横のつながりを強くするかも、冒険者の腕の見せ所だった。
「えっ、わ、わたし……ですか」
急に名を呼ばれ、クロスがうろたえる。
パーティーに加入してからも、彼女の人見知りな性格は相変わらずだった。
「そうそ~。改めてうちに入ってくれてありがとね~。クロスいるから、最近ウチらめっちゃ調子いいじゃん?」
「こ、こちらこそ……です。わたしは、その、大してお役に立ては……」
縮こまってしまうクロスに、“銀妖精の輪舞”の他のメンバー達も集まり、あるいは背を叩きあるいは頭を撫でて励ました。
「そんなこと言うなって。めちゃくちゃ助かってるって」
「ねえ。今回もクロスがクリティカル連発してくれなかったら、ちょっとヤバかったもんね~」
「いまや、あなたはわたし達“銀妖精の輪舞”に欠かせない一員ですよ、クロス」
その光景に、カウンターの向こうでレベッカもこっそり、うんうんうなずいていた。
クロスが良いパーティーに出会えて活躍しているのを、我がことのように嬉しく感じる。
もちろん、他の冒険者達のことだって、がんばってる姿を見るのは何よりの楽しみだ。
順風満帆《じゅんぷうまんぱん》。
そんな時こそ、新たな不穏な風が吹くのが世の常だ。
何もかもがうまくいく時期なんて、そう長続きするものではない。
戦いと冒険の日々を送る冒険者ギルドであれば、なおさらだった。
逆風は、バタンと大きな音を立て、勢いよくギルドの扉を開いた者がもたらした。
やってきたのは、そこにいるほぼ全員にとって顔見知りの相手だった。
最初に声をかけたのはレベッカだ。
「あれ、ダリアさん。お休みの日に珍しいですね?」
冒険者ギルドもう一人の受付嬢、ダリア。
ウェーブのかかった黄金色の髪、神秘的な輝きを宿した青い瞳、透き通るような白い肌、そしてはちきれんばかりの大きな胸の持ち主だ。
レベッカとは少し別のニュアンスで冒険者たちから人気だった。……主に、男性の冒険者から。
母方の祖母がエルフ族という、エルフのクオーターで、耳こそ尖ってないが、彼女の美貌《びぼう》を見ればエルフの血が混ざってると聞いて納得しない者はいないだろう。
一般にスレンダーな体型の持ち主が多いエルフだが、胸のサイズに関しては都合よく人間の血の方が勝ったようだ。
ダリア本人も自分の美しさは自覚しているようで、身だしなみを磨くことに余念がなく、いつも胸元を強調するような衣服を身につけていた。
そんなダリアがいまは肩を怒らせて、ずんずんとカウンターの方にやってくる。
冒険者達には目もくれず、その目はまっすぐレベッカを見据えていた。
「いったいどういうこと!?」
前置きも何もなく、咎めるような激しい口調でダリアは言う。
対するレベッカは、きょとんと首をかしげるしかなかった。
「えっと、すみません。……なんのことでしょう?」
レベッカにはダリアに睨まれる理由が本気で分からなかった。
何か約束をすっぽかしたりしていただろうか、と必死で頭を回転させる。
「決まっているでしょう!? あなたの最近の成績よ、レベッカ!」
何が決まっているのか不明だが、ダリアはびしっとレベッカを指さす。
なんだなんだ、と冒険者達が二人の様子に好奇の目を向け始めた。
「えっと、わたしの成績ですか? ギルドの? 特に問題なく順調にいってるつもりでしたけど……」
もちろん、レベッカ当人としても、まだまだ未熟だという自覚はある。
冒険者達をサポートするためには、もっと工夫を凝らさないと、とは常日頃から思っている。
けれど、いまこのタイミングで同僚に咎められるようなことが何かあっただろうか?
「あなた、それ本気で言っているの?」
「……すみません。ちょっと思い当たらなくて。よければ、ご指摘もらえると助かります」
他の冒険者達の前ではあったが、何か問題があればいつでも言ってほしい、とレベッカは心から思っていた。それが、冒険者達の助けになるのであれば大歓迎だ。
けど、続くダリアの言葉はレベッカにとって、まったく予想外のものだった。
「今月、あなたが担当している冒険者達の総獲得報酬金額があたしを上回っていたのよ!」
「……へ?」
困惑するレベッカ相手に、ダリアはますます鼻息を荒くする。
それはダリアにとっては由々しき事態だった。
彼女は新人や落ちこぼれの冒険者の教育はレベッカに押しつけ、意図的に高ランクの冒険者達を担当していた。
その中にはギルド最強の稼ぎ頭《がしら》であるSランク冒険者、勇者パーティーも含む。
そのうえ、事務仕事をレベッカに任せきり、そのあいだに自分は高ランクのクエストを積極的に扱っていた。
すべては、“デキる女”アピールをするためだ。
そうする理由がダリアにはあった。
「いったい、どんなマジックを使ったっていうの?」
「え、いや、特に何も……」
一方、レベッカにはダリアをライバル視する気持ちなど、これっぽっちもなかった。
様々な書類に目を通し、事務作業もこなしているレベッカだが、自分の営業成績なんて振り返ることすらしていなかった。
「あたし、マスターから『ダリアくんもレベッカくんを見習ってこれからも精進してくれたまえ』なんて言われて、すごく恥ずかしかったんだから!」
「えっと、それはなんというか、すみません……」
あの能天気で無神経なギルドマスター、エドアルドならそういうこと言いそうだなあ、とレベッカはぼんやり思う。
それでダリアの自尊心が傷つけられたのであれば、後でエドアルドにきつく抗議しようか、とレベッカは思ったが……、
「ああ! このままじゃあたし、愛しのエドアルド様に見限られてしまうわ!!」
「え、ええ~……」
悲劇のヒロインよろしく、自分の身体を抱きしめ激しく首を振るダリアを、レベッカは困惑気味に見ていた。
オトコの趣味わるっ、とまではさすがに口に出さなかったが、正直どうかと思っていた。
いつも冒険者達のことで頭がいっぱいなレベッカは、同僚が上司に思いを寄せていたことなんて、いまのいままでこれっぽっちも気づかずにいた。
ダリアはよよと崩れ落ちてたかと思うと、また立ち上がってレベッカを睨みつける。
なかなかに目まぐるしい。
「そういうわけで、あなたの成績の秘密を偵察するために、こうしてわざわざ休日にギルドに足を運んだというわけよ!」
「……偵察に来たのにそれを本人に言っちゃうんですか?」
ダリアは、見た目は可憐な美女だったが、中身はちょっとアレなところがある受付嬢だった……。
「いったいどんな汚い手を使っているのかしら。まさか、冒険者達に色仕掛けでもしてるんじゃないでしょうね?」
ぶほっ、とくぐもった声が辺りから聞こえてきた。
「ちょっと、誰ですか、いま噴き出したの!?」
レベッカが声を荒げると、その場に居合わせた冒険者達は無言で挙手する。
「全員でいっせいに手をあげるな~!」
レベッカの抗議に、冒険者達は我慢できないとばかりに笑い声をあげた。
「だって、なあ……」
「くくっ、レベッカちゃんが色仕掛けとか……」
「やめろ、言うな。笑うの我慢してたのに。ぶははははっ」
「けど、あれだ。大ベテランの冒険者だったりしたら、つい甘やかしてお菓子とかおもちゃとかあげたくなっちまうかもな」
「誰が孫キャラか! まあ、お菓子をよく冒険者さん達から頂くのは事実ですけど……」
和気あいあいと言い合うレベッカと冒険者達の姿を、ダリアは神妙な面持ちで見つめていた。
「なるほど。こうやって冒険者達の人心を掌握しているわけね」
「いや、いまのやりとり見て本気でそんな結論に至ります?」
レベッカはダリアの方に向き直った。
「とにかく、そんな深刻に気にすることではないと思います。たまたまですよ、たまたま。ダリアさんが一流の冒険者さん達をしっかり担当してくださっているのは知っていますし、マスターだって……」
けど、その言葉はまったく聞き流された。
「いい、見てなさい!? 絶対にあなたを抜き返してマスターの愛を勝ち取ってみせるんだから!」
一方的に宣言するダリア。
マスターの愛とやらはいらないから、もう少し事務作業も分担してくれないかなぁ、とレベッカは内心思っていたが……。
それを口にするよりも早く、来た時と同じ唐突さでダリアはずんずんとギルドを去っていった。
ぽかーんとそれを見送るレベッカと冒険者一同。
ややあって、冒険者達がざわめき始めた。
「こいつは面白くなってきたぞ!」
「前代未聞の受付嬢対決!」
「俺は当然レベッカちゃんに賭けるぞ」
「うーん、でもダリアさんは勇者パーティーも担当してるからなあ。あいつらが遠征から帰ってきたら一気に逆転するかもしれんぞ」
「ちょっと、ギルド内部のことを賭け事にしないでください!」
レベッカの抗議なんて気に留める冒険者達ではなかった。
彼らにとっては、受付嬢のライバル対決なんて、これ以上ない見世物だ。
きっと、いまのやり取りのウワサはすぐに冒険者達のあいだでも広まってしまうことだろう。
レベッカとしても、同僚がライバル心を燃やして仕事に熱心になってくれるなら、それはそれで別に構わない。
けど、それが本当に冒険者達のためになるのか、一抹の不安も覚える。
その不安を裏付けるように、こんなささやきが聞こえた。
「うーん、それでか……」
「どうかしたのか?」
「ダリアさん。最近、高額報酬の高難易度クエストばっかり勧めてくるんだよなぁ」
「あ、うちもそう。クエストから戻ったばかりなのに、すぐ次のクエスト打診されてさ。なんか焦ってるような感じはしてたんだよなぁ」
それは、ダリアが担当する冒険者パーティー達の会話だった。
何事もないといいですけど、とレベッカは内心、不安げにつぶやいていた。
特に目立ったトラブルもなく、冒険者たちも順調にクエストをこなしている。
事務仕事も立て込んではおらず、レベッカも上機嫌だった。
「おめでとうございます! クエスト連続達成を祝して“銀妖精の輪舞”に特別報酬を授与します!」
レベッカは金貨の詰まった袋をカウンターの上に差し出した。
「あざーすッ!」
意気揚々とそれを受け取ったのは、冒険者パーティー“銀妖精の輪舞”のリーダーだ。
精霊魔術の使い手の女性で、名をミーシャという。
“銀妖精の輪舞”は先日、弓使いのクロスをパーティーメンバーとして迎えたCランクのパーティーだった。
クロスを含めて五人組のパーティーで、モンスター討伐系のクエストを中心に活躍しており、Bランクへの昇格も間近ではないかと噂されていた。
誇らしげに革袋を掲げるミーシャの姿に、ギルドに居合わせた冒険者たちからも拍手が送られた。
「さっすが、いまノリにノッテる“銀妖精の輪舞”だな」
「こいつは俺たちもさっそくお祝いしねえとな」
「だな! その金でパーッとやろうぜ、ミーシャ」
「おう、ゴチになるぜ」
もっとも、報酬を受け取った冒険者にたかろうとするのも、彼らの恒例行事で、純粋に祝うばかりではなかったが……。
「ばーか。ウチらだって金欠だっての。いいかげん、傷んできた防具修理しなきゃだし、クロスの歓迎会ものびのびだったし」
それをうまいことかわすか、あるいは一杯おごって横のつながりを強くするかも、冒険者の腕の見せ所だった。
「えっ、わ、わたし……ですか」
急に名を呼ばれ、クロスがうろたえる。
パーティーに加入してからも、彼女の人見知りな性格は相変わらずだった。
「そうそ~。改めてうちに入ってくれてありがとね~。クロスいるから、最近ウチらめっちゃ調子いいじゃん?」
「こ、こちらこそ……です。わたしは、その、大してお役に立ては……」
縮こまってしまうクロスに、“銀妖精の輪舞”の他のメンバー達も集まり、あるいは背を叩きあるいは頭を撫でて励ました。
「そんなこと言うなって。めちゃくちゃ助かってるって」
「ねえ。今回もクロスがクリティカル連発してくれなかったら、ちょっとヤバかったもんね~」
「いまや、あなたはわたし達“銀妖精の輪舞”に欠かせない一員ですよ、クロス」
その光景に、カウンターの向こうでレベッカもこっそり、うんうんうなずいていた。
クロスが良いパーティーに出会えて活躍しているのを、我がことのように嬉しく感じる。
もちろん、他の冒険者達のことだって、がんばってる姿を見るのは何よりの楽しみだ。
順風満帆《じゅんぷうまんぱん》。
そんな時こそ、新たな不穏な風が吹くのが世の常だ。
何もかもがうまくいく時期なんて、そう長続きするものではない。
戦いと冒険の日々を送る冒険者ギルドであれば、なおさらだった。
逆風は、バタンと大きな音を立て、勢いよくギルドの扉を開いた者がもたらした。
やってきたのは、そこにいるほぼ全員にとって顔見知りの相手だった。
最初に声をかけたのはレベッカだ。
「あれ、ダリアさん。お休みの日に珍しいですね?」
冒険者ギルドもう一人の受付嬢、ダリア。
ウェーブのかかった黄金色の髪、神秘的な輝きを宿した青い瞳、透き通るような白い肌、そしてはちきれんばかりの大きな胸の持ち主だ。
レベッカとは少し別のニュアンスで冒険者たちから人気だった。……主に、男性の冒険者から。
母方の祖母がエルフ族という、エルフのクオーターで、耳こそ尖ってないが、彼女の美貌《びぼう》を見ればエルフの血が混ざってると聞いて納得しない者はいないだろう。
一般にスレンダーな体型の持ち主が多いエルフだが、胸のサイズに関しては都合よく人間の血の方が勝ったようだ。
ダリア本人も自分の美しさは自覚しているようで、身だしなみを磨くことに余念がなく、いつも胸元を強調するような衣服を身につけていた。
そんなダリアがいまは肩を怒らせて、ずんずんとカウンターの方にやってくる。
冒険者達には目もくれず、その目はまっすぐレベッカを見据えていた。
「いったいどういうこと!?」
前置きも何もなく、咎めるような激しい口調でダリアは言う。
対するレベッカは、きょとんと首をかしげるしかなかった。
「えっと、すみません。……なんのことでしょう?」
レベッカにはダリアに睨まれる理由が本気で分からなかった。
何か約束をすっぽかしたりしていただろうか、と必死で頭を回転させる。
「決まっているでしょう!? あなたの最近の成績よ、レベッカ!」
何が決まっているのか不明だが、ダリアはびしっとレベッカを指さす。
なんだなんだ、と冒険者達が二人の様子に好奇の目を向け始めた。
「えっと、わたしの成績ですか? ギルドの? 特に問題なく順調にいってるつもりでしたけど……」
もちろん、レベッカ当人としても、まだまだ未熟だという自覚はある。
冒険者達をサポートするためには、もっと工夫を凝らさないと、とは常日頃から思っている。
けれど、いまこのタイミングで同僚に咎められるようなことが何かあっただろうか?
「あなた、それ本気で言っているの?」
「……すみません。ちょっと思い当たらなくて。よければ、ご指摘もらえると助かります」
他の冒険者達の前ではあったが、何か問題があればいつでも言ってほしい、とレベッカは心から思っていた。それが、冒険者達の助けになるのであれば大歓迎だ。
けど、続くダリアの言葉はレベッカにとって、まったく予想外のものだった。
「今月、あなたが担当している冒険者達の総獲得報酬金額があたしを上回っていたのよ!」
「……へ?」
困惑するレベッカ相手に、ダリアはますます鼻息を荒くする。
それはダリアにとっては由々しき事態だった。
彼女は新人や落ちこぼれの冒険者の教育はレベッカに押しつけ、意図的に高ランクの冒険者達を担当していた。
その中にはギルド最強の稼ぎ頭《がしら》であるSランク冒険者、勇者パーティーも含む。
そのうえ、事務仕事をレベッカに任せきり、そのあいだに自分は高ランクのクエストを積極的に扱っていた。
すべては、“デキる女”アピールをするためだ。
そうする理由がダリアにはあった。
「いったい、どんなマジックを使ったっていうの?」
「え、いや、特に何も……」
一方、レベッカにはダリアをライバル視する気持ちなど、これっぽっちもなかった。
様々な書類に目を通し、事務作業もこなしているレベッカだが、自分の営業成績なんて振り返ることすらしていなかった。
「あたし、マスターから『ダリアくんもレベッカくんを見習ってこれからも精進してくれたまえ』なんて言われて、すごく恥ずかしかったんだから!」
「えっと、それはなんというか、すみません……」
あの能天気で無神経なギルドマスター、エドアルドならそういうこと言いそうだなあ、とレベッカはぼんやり思う。
それでダリアの自尊心が傷つけられたのであれば、後でエドアルドにきつく抗議しようか、とレベッカは思ったが……、
「ああ! このままじゃあたし、愛しのエドアルド様に見限られてしまうわ!!」
「え、ええ~……」
悲劇のヒロインよろしく、自分の身体を抱きしめ激しく首を振るダリアを、レベッカは困惑気味に見ていた。
オトコの趣味わるっ、とまではさすがに口に出さなかったが、正直どうかと思っていた。
いつも冒険者達のことで頭がいっぱいなレベッカは、同僚が上司に思いを寄せていたことなんて、いまのいままでこれっぽっちも気づかずにいた。
ダリアはよよと崩れ落ちてたかと思うと、また立ち上がってレベッカを睨みつける。
なかなかに目まぐるしい。
「そういうわけで、あなたの成績の秘密を偵察するために、こうしてわざわざ休日にギルドに足を運んだというわけよ!」
「……偵察に来たのにそれを本人に言っちゃうんですか?」
ダリアは、見た目は可憐な美女だったが、中身はちょっとアレなところがある受付嬢だった……。
「いったいどんな汚い手を使っているのかしら。まさか、冒険者達に色仕掛けでもしてるんじゃないでしょうね?」
ぶほっ、とくぐもった声が辺りから聞こえてきた。
「ちょっと、誰ですか、いま噴き出したの!?」
レベッカが声を荒げると、その場に居合わせた冒険者達は無言で挙手する。
「全員でいっせいに手をあげるな~!」
レベッカの抗議に、冒険者達は我慢できないとばかりに笑い声をあげた。
「だって、なあ……」
「くくっ、レベッカちゃんが色仕掛けとか……」
「やめろ、言うな。笑うの我慢してたのに。ぶははははっ」
「けど、あれだ。大ベテランの冒険者だったりしたら、つい甘やかしてお菓子とかおもちゃとかあげたくなっちまうかもな」
「誰が孫キャラか! まあ、お菓子をよく冒険者さん達から頂くのは事実ですけど……」
和気あいあいと言い合うレベッカと冒険者達の姿を、ダリアは神妙な面持ちで見つめていた。
「なるほど。こうやって冒険者達の人心を掌握しているわけね」
「いや、いまのやりとり見て本気でそんな結論に至ります?」
レベッカはダリアの方に向き直った。
「とにかく、そんな深刻に気にすることではないと思います。たまたまですよ、たまたま。ダリアさんが一流の冒険者さん達をしっかり担当してくださっているのは知っていますし、マスターだって……」
けど、その言葉はまったく聞き流された。
「いい、見てなさい!? 絶対にあなたを抜き返してマスターの愛を勝ち取ってみせるんだから!」
一方的に宣言するダリア。
マスターの愛とやらはいらないから、もう少し事務作業も分担してくれないかなぁ、とレベッカは内心思っていたが……。
それを口にするよりも早く、来た時と同じ唐突さでダリアはずんずんとギルドを去っていった。
ぽかーんとそれを見送るレベッカと冒険者一同。
ややあって、冒険者達がざわめき始めた。
「こいつは面白くなってきたぞ!」
「前代未聞の受付嬢対決!」
「俺は当然レベッカちゃんに賭けるぞ」
「うーん、でもダリアさんは勇者パーティーも担当してるからなあ。あいつらが遠征から帰ってきたら一気に逆転するかもしれんぞ」
「ちょっと、ギルド内部のことを賭け事にしないでください!」
レベッカの抗議なんて気に留める冒険者達ではなかった。
彼らにとっては、受付嬢のライバル対決なんて、これ以上ない見世物だ。
きっと、いまのやり取りのウワサはすぐに冒険者達のあいだでも広まってしまうことだろう。
レベッカとしても、同僚がライバル心を燃やして仕事に熱心になってくれるなら、それはそれで別に構わない。
けど、それが本当に冒険者達のためになるのか、一抹の不安も覚える。
その不安を裏付けるように、こんなささやきが聞こえた。
「うーん、それでか……」
「どうかしたのか?」
「ダリアさん。最近、高額報酬の高難易度クエストばっかり勧めてくるんだよなぁ」
「あ、うちもそう。クエストから戻ったばかりなのに、すぐ次のクエスト打診されてさ。なんか焦ってるような感じはしてたんだよなぁ」
それは、ダリアが担当する冒険者パーティー達の会話だった。
何事もないといいですけど、とレベッカは内心、不安げにつぶやいていた。
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