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第一部『悪魔と人』

神通恭介の場合ーその①

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「……本当にこれは正しかったのか?」

「当たり前だろ?これはキミが望んだ事じゃあないか?そうだろ?」

悪魔は確かにそう言った。青年は返り血に塗れた手を改めて見つめ直す。同時に彼の中に激しい後悔の念が襲い掛かってきた。人を殺したという罪悪感、そしてもう二度と後戻りはできないという思いが彼の焦燥感を駆り立てた。
彼はそれまで手に持っていた返り血の纏わりついた赤色に染まった武器を放り捨てて、両手で頭を抑えて懺悔の言葉を述べていく。
だが、青年の懸命の謝罪にも悪魔は同情しない。それどころか彼と共にいたどの時間よりも高揚した笑みを浮かべていた。

「おめでとう!これでキミは勝者だッ!キミには全てを見通す権利がある!」

悪魔の高笑いとは対照的に彼は悲鳴を上げていた。そんな悪夢の様な空間の中で悪魔の笑い声だけがいつまでも響いていく。











「あ、あれ!?ゆ、夢だったのか!?今のは!?」
神通恭介じんつうきょうすけは慌てて周りを見返す。同時に自身が電車の中で恥も外聞もなく騒ぎ立ててしまった事を悟って赤面する。彼は自身の鞄の中に顔を埋めていく。穴があったら入りたいというのは今の心境の事を指していうのかもしれない。今まで平凡な人生を送ってきた恭介はこの事を学校に知らされて、教師や両親に叱責されるなどという事だけは避けたかったのだ。
彼は平凡な容姿に黒髪、黒色の瞳というどこにでもいる典型的な高校生である。彼のこれまでの人生において素行不良や成績不振などという言葉はついぞ聞こえてこなかった。だから、今こうして平穏な生活をおくれているのだ。
彼のこれまでの不穏などという言葉は一切無縁であった。駅から逃げる様に走り去ったのもそのためであった。
駅から自宅までの距離にひと段落ついたところで彼は溜息を一つ吐いていく。

その時であった神通恭介とルシファーとが出会ったのは。
タイミングとしては高校に進学し、最初の一年における夏季休暇が終わり、学校に進学し始めた頃である。
時間としては放課後オレンジ色の夕焼けが鰯雲に隠れて、半ば幻想的な光景を空の上に作り出した頃の事である。
大阪府の郊外に住む彼は府内の高校には電車通学で通っていたが、家から駅までは歩きで通っていた。田んぼと一軒家がひたすら続くという田舎道である。
そんな彼の人生を大きく狂わせた張本人であるルシファーは恭介のいつもの帰り道の前に優雅に着地したのだった。
当然彼は目を丸くした。なにせ突然目の前にパーカーのフードに顔や髪を隠してはいるものの、そのフードから美しい顔を覗かせた美少女が現れたのだから。
あまりにも突然の事に愕然としている恭介の事など気にする事もせずに美少女は明るい声で言った。

「こんにちは!お兄さん!ボクの名前はルシファー。偉大なる堕天使にして、悪魔たちの王様だよ!突然だけれど、ボクと契約してくれないかな?」

いきなりの言葉に面食らう恭介に対し、ルシファーは容赦なくゲームのルールと説明とを行なっていく。
彼女が主催者兼参加者となって行われるゲームは『The Lucifer Game』と呼ばれ、彼女が選んだ十三体の多種多様な古今東西の悪魔たちが参加して殺し合うものであるのだという。


ルールとしては自身が契約した悪魔の呼び出しに応じ、呼び出された場所で呼び出された参加者が戦うこと。
参加者は殺し合いのゲームに参加する代償として自身の願いを叶えてもらうということ。
その願いは三割が参加料として最初に叶えられ、残りの七割はゲームの優勝賞品という形で叶えられるということ。
総じて、参加者たちは性別に関係なく『サタンの息子』と呼ばれる事などが基本的なルールであると彼女は人差し指を立てて説明していく。

いきなりペラペラと訳の分からぬ説明を喋り立てられて唖然としている恭介に対し、ルシファーは懇願するような上目遣いで俺を見上げながら、再度恭介に向かって問い掛ける。

「どうするの?お兄さん。参加する?それとも参加しない?」

「す、するさ。そうだなぁ、おれの願いは幼馴染のあの子を守るための力なんてどうだ?悪魔の力があれば、おれはあの子とだって結婚できるだろうし、何が起きたって、あの子の側にいられる」

「いいよ、お兄さんの契約はそれっていう事で!じゃあ、これで契約成立だね!」

少女は歓喜の表情を浮かべて指を鳴らすと、恭介に対して再度の確認を行う。そして彼の許可が正式に降りた後にそのまま一筋の影となり、口の中へと入り込む。
途端に俺の中で途方もない違和感が感じられ、吐き気の様なものが恭介を襲う。
あまりの気色悪さに耐え切れずに恭介は土の上だというのに膝を突き、両手で懸命に吐き気を堪えていく。
彼は喉の奥から込み上げてくる吐き気と不快感とを必死に押し殺して大量の汗をかきながらも両目を閉じて必死に耐え抜いていくのだった。
だが、ルシファーと自身の体が一致すると嫌悪感も違和感も不快感も無くなり、代わりにひどく清々しい気分だけが残った。
まるで神に懺悔して罪から解放された直後の熱心な宗教の信徒のように。
俺が両手を伸ばし、雄叫びを上げていると、心の中に潜んでいたルシファーが俺に話し掛けた。

『どうだい?その格好はカッコいいかい?』

『カッコいいって、何が?』

『わからないかなぁ、そこにあるカーブミラーにでも自分の姿を映して見てみなよ』

恭介はルシファーの言われるがままに近くの小さな田舎のカブミラーの前に自身の姿を映し出す。
すると、そこには普段、鏡で見るような平凡で冴えない顔をしている男子高校生の姿などはどこにも見えずに、禍々しい黒色の角を側面に生やした黒色の兜に、上半身を黒色の鎧に覆い隠し、下半身を動きやすいように黒のタイツで覆い、その下に強固な素材で出来た黒色のブーツが履いてあった。
手には同じく黒色の形の良い立派な片刃の剣が握られている。

(この姿が今のキミの姿さ。ゲームの時にはこれに変身して敵を倒してもらうんだ。かっこいいと思うよ)

「あぁ、この姿ならば、あいつを守れるぜ。待ってろよ。おれは必ずこの力を使ってあいつを嫁にしてやるんだ」

俺が拳を握り締めていると、途端に姿はいつもの高校生の姿へと戻っていく。
だが、カーブミラーの中に映る俺は未だに情熱の炎に燃え、拳を強く握り締めていた。

(あぁ、そうだ。そんな姿を晒したままでいいのかい?)

彼女の指摘に恭介は与えられた鎧を頭の中で念じる事によって解除し、元の姿へと戻っていく。




【追記】
友人より神通恭介の挿絵をいただきましたので貼らせていただきます。


https://twitter.com/ikoraih02_wan?s=11&t=KAccsJrZAgCBaaEuYYmAZA

↑挿絵をいただいた友人のTwitterリンクですので、よかったらフォローの方お願い致します!
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