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第一部『悪魔と人』

二本松秀明の場合ーその④

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一体何が起こっている。秀明は目の前に起きた出来事が信じられずに思わず目を丸くしてしまう。
というのも、秀明の目の前には二体の得体の知れない軍服の女が銃のレイピアを用いて戦いを繰り広げる光景が見えていたからである。
夜の遅い時間に殆ど人のいない路地裏で戦いを繰り広げているからか人も寄ってこない。

銃とレイピアによる激闘が路地裏で展開されていたが、その光景に秀明は唖然とするより他にない。
これが本当にこの世に起きている出来事なのだろうか。俺はひょっとしてとんでもないものを見てしまっているのではないのか。
そんな思いが頭の中をよぎっていく。だが次第に銃を持った方が有利になっていき、レイピアを持った方が壁の端へと追い詰められていく。
既に弱っている奴を銃を持った方はその銃口を突き付けながら言った。

「あたしの勝ちだな。これでテメェもゲームから脱落だぜ」

「……誰が脱落するもんか」

レイピアを持った方は膝を立てて起きあがろうとしたが、銃を持った方に腹を思いっきり蹴られて悶絶してしまう。
加えて哀れであったのはそのまま地面の上に倒れてしまった事にあった。
荒い息を吐いて地面の上に手をついて立ちあがろうとするレイピアを持っていた女を強い力で蹴り付けて起き上がらない様にしようとする銃を持った女。
あまりにも酷い光景である。見ていられない。秀明が拳を握り締めていた時だ。不意に背後に気配を感じて振り向く。
するとそこには先程の少年が立っていた。

「おい、坊主ッ!危ねぇぞ!早く逃げなッ!ここはお前の来るところじゃあねぇよ!」

秀明が警告の言葉を投げ掛けるのとその少年の姿が異形の姿へと変貌していくのは殆ど同時だった。
馬のような兜に野生動物を思わせるような毛皮の付いた鎧を身に纏った怪物は二又の槍を握り締めたかと思うと、丸い弾倉の付いた機関銃を持った方へと向かって突撃していく。
二又の槍が機関銃を持った女の足元を襲う。秀明はこのまま機関銃を持った女を転ばすのかと思っていたのだが、少年の槍の先端が突き刺さるよりも前に銃声が鳴り響き、少年が大きく後方へと吹き飛ばされていく光景を目の当たりにした。

それを見た秀明は反射的に少年の元へと駆け付けていた。
彼はやっと思いで起き上がろうとする少年の体を支えながら必死に声を掛けていく。

「おい、しっかりしろ!倒れるんじゃあねぇぞ!」

「……ぼくのことは大丈夫……それよりもあなたの方こそ逃げてください。悪魔たちの殺し合いにあなたが巻き込まれる道理なんてないんだ」

「悪魔たちの殺し合いだと?それって……」

秀明が今朝の昼の事を思い返して、半ば呆然としていると背後から例の機関銃を持った女の声が聞こえてきた。

「クックック、すげーよ、志恩。オメーはやっぱりヒーローだぜ。こんな時に自分よりもそんな奴の心配をするなんてよぉ。けどよぉ、こういう場だとそういう馬鹿なヒーローが真っ先に脱落すんだよなぁッ!」

「野郎ッ!」

秀明は激昂した。同時にあの少年こそが真紀子が言っていた『志恩』という少年である事が判明したのだ。その志恩という少年が『お姉ちゃん』と呼称していたので、あの機関銃を持つ女は腹違いの妹である真紀子に違いない。そうなればうかうかして入られない。秀明は改めてあのあどけない少年を守らなくてはなるまいという決意を固めたのであった。
そうした理由で彼は憤りを感じて立ち上がった。そのまま少年の側に落ちていた槍を拾い上げて女の元へと向かっていく。
そのまま槍を振り上げながら向かっていく秀明であったが、やはり遠距離の武器に近距離の武器には敵わなかったのか、そのまま銃弾を喰らって地面の上に大の字になって倒れ込む。

「惨めだなぁ、惨めだなぁ、テメーの弟を守ろうと必死なのに、あたしの持つ銃に勝てねぇ。こんな結果ってねぇよ」

「弟?弟ってどういう事だ?」

「あぁ?テメェ、もしかしてあたしの正体に気付いてなかったのか?」

女はそういうと兜を脱いで、見慣れた姿を曝け出す。
美しい顔に獲物を睨む野獣のような鋭い眼光。間違いない。秀明の妹の最上真紀子だった。

「な、なんでお前が……」

「悪魔と契約したからに決まってんだろ?鈍い奴だな」

「ち、違う!おれが言いたいのはそういう事じゃあなくてーー」

「あぁ、志恩の事か?」

真紀子の視線が地面の上で倒れている志恩に向けられている。その目は勝利を確信したような見下ろしの視線である。
到底実の弟に向けるような目ではない。
それに今日の昼に妹は言っていた筈だ。
『志恩は特別』だと。
だというのに志恩が初めて現れた際に真紀子はなんの躊躇いもなく攻撃を行った。

なので秀明の頭はその事についての対処ができずに困惑していた。
そんな呆然としている俺に対して真紀子が容赦なく銃口を突き付けた時だ。
不意に真紀子が銃口の向きを自身の真横へと変えて、そのまま真横に向かって引き金を引く。

恐ろしい量の銃弾が発射されて薬莢が地面の上へと落ちていく。にも関わらず肝心の死体のようなものは見受けられない。
というのも、銃弾を受けるはずだった対象が飛び上がり、真上から真紀子の命を狙っていたからだ。
真紀子は真上から迫るレイピアを頭を動かす事で回避し、そのまま銃口を両手で握り銃尻を鈍器のように振り回してレイピアを持った女の脇腹へと叩き込む。
脇腹に鈍器を喰らったレイピアを持つ女は悶絶して地面の上を転がっていく。

「おいおい、姫川ぁ、この調子であたしを殺すつもりか?こんなんじゃああたしを殺すには百万年はかかるぜ」

そう言って真紀子は倒れている姫川という女性の脇腹を強く蹴り付けていく。

「やめろッ!」

そう叫ぶのと同時に秀明の体が変化していく。どうやら昼間に契約した悪魔が今になってようやく呼応したらしい。
俺の上半身の上を烏を思わせるような黒色の鎧が覆い、俺の顔全体を烏を思わせるような兜が覆う。
下半身はタイツ状になっており非常に動かしやすい。靴はそれまでの外国製の高価な靴から動きやすい黒色のブーツに変わっていた。

手に握られているのは天を飛ぶ鳳凰の装飾が施されたサーベルのような剣である。
太くて幅も広い使い勝手のいいサーベルである。そして想像していたよりも片手で動かしやすい。
試しに秀明が剣を振って空気を切ると、ビュビュッという風を切る音が俺の両耳に届いた。

「成る程、ようやく覚醒ってわけかい?」

「待たせたな。オレはお前を倒して必ずお前に泣かされている罪のない女の子たちを救ってみせる」

秀明のその決心を聞くと真紀子は不意に両手で顔を抑えて大きな声で笑い出す。
初めこそ秀明は唖然としていたが、あまりの不遜な態度に苛立ちを覚えて真紀子に向かって叫ぶ。

「何がおかしい!?」

「いやぁバカ兄貴があまりにも真剣に叫んでるもんだからよぉ。ついおかしくなってな」

「ふざけるな!」

「ふざけてんのはてめーの方だろ?パーティーにホストとして参加してる女の殆どは家出少女か、元から麻薬に溺れてた馬鹿な奴らなんだぜ。あんな奴らはあたしに手に掛からなくても、そのうちどっか別の暴力団の手にでも掛かって、あたしが開いているパーティーよりも酷い風呂に沈められんのがオチだろーよ」

「そんなものはお前の勝手な理屈だろうがッ!」

秀明は勢いのままに切り掛かっていく。真上から剣を振り上げていったのだが、悔しい事に秀明のサーベルは真紀子の機関銃に容赦なく塞がれてしまう。
真紀子はニヤリと笑うと、そのままブーツの踵で秀明の腹を強く蹴り付けた。
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