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第一部『悪魔と人』

神通恭介の場合ーその④

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個人的には姫川美憂から頼られるのは嬉しかった。だが、それが一網打尽の無差別攻撃に巻き込まれるとなるのならば話は別である。流石の恭介も辞退の考えを述べた。

「だよな、わかってはいたさ」

美憂は自嘲気味にそう告げると、そのまま自席へと戻っていく。それから美憂は本を読んでいたのだがどこか気乗りしない顔をしていた。恭介としてはやはり放っておけない。彼は美憂の元へと近寄ると、言葉に詰まりながらも了承の返事を出したのであった。

「本当にいいのか?」

美憂は訝しげに尋ねる。

「あぁ、他ならぬ姫川の頼みだからな、一肌脱いでやろうと決めたんだ」

「それは助かる。ありがとう」

恭介の喜びはこの時に絶頂に達した。彼からすれば憧れの姫川美憂に褒められたという事実のみが彼を動かしたのだ。
恭介が指定した場所に現れると、そこには既に五人の参加者がいた。
それぞれ全員が個性的でいて平凡的でないという事が恭介は面白かった。
第一に彼の目に入ったのはかつてのクラスのお姫様こと最上真紀子の姿である。
そういえばこいつは素体ばいいんだよな。恭介は真紀子が高価そうなスーツに身を包んでおり、派手な化粧を違和感なく仕立てている事に関心を寄せていた。

一方で真紀子の隣に立っていた女性はその対照的な存在であったともいえた。
彼女は赤い袴に白い着物に髪を後ろに括った姿がひどく魅力的であった。
おまけに真紀子同様に素体がいいのだろう。化粧をしていなくてもその美しさの片鱗が見えた。
恭介は真紀子を睨んでいる人物がいた事に気が付く。黒の革ジャンとジーンズを身に付け、ボーダー模様のシャツを着用している青年である。
恭介が耳を澄まして、二人の会話を聞いていると、どうやら相手があの大手IT企業の社長である二本松秀明である事や真紀子の兄であるという事が分かった。

「まさか、テメェまで来ていたとはな……ここで決着をつけようっていうのなら望むところだぜ、ここで射殺してやろうか」

「そうか、ならばここで始末してやるぜ、お前をぶっ殺して少しでもゲームが先に進むんだったら望むところだッ!」

秀明がサーベルを突き付けながら叫ぶ。

「ま、待ってよ……まだ戦っちゃダメなんだでしょ?確かそう言われてたんじゃ」

そう止めたのはこの集まった参加者たちの中でも一番歳が低いと思われる少年である。話に聞くところによると、彼が二人の弟である最上志恩であるらしい。
愛らしい顔をした可愛らしい少年である。短い髪をしており、学校指定のジャージを着用しているが、それがなければより一層可愛くなるだろう。
男の子の服を着ていても可愛らしいが、女の子の服を着ても彼には似合うのは想像に難くない。
恭介は少年を見つめながら顎をさすって、そんな事を考えていた。
すると背後から車を止める音が聞こえて、そこから一人の男が現れた。

「ハロー、どうもー、皆さんこの度はご足労いただきましてありがとうございます」

「そんな挨拶はどうでもいい。わざわざおれたちをこんな所に呼び出したんだ。さっさと始めようじゃねーか」

秀明はサーベルを男に突き付けながら言った。
サーベルの先端は怪しく光っており、通常の人間であるのならばこの光を見たのならば思わず萎縮してしまいたくなるだろう。
だが、彼はいつもと同じくヘラヘラとした笑顔を浮かべながら近付いてくる。

「まぁまぁ、落ち着きなって二本松さん……まずはお互いが戦うにあたって親睦を深めていくのが大事だと思うんだ。特にそこの彼なんてつい最近にサタンの息子になったばかりでなにも知らないんでしょ?」

「親睦会?そんなまどろっこしい事はどうでもいいッ!私はここにいる害虫をこの世から抹殺できると聞いてここに来たんだッ!そうでないのならば帰らせてもらうぞ!」

「おいおい、殺し屋が雇い主に逆らうのかよ」

相変わらずの憎らしい笑顔だ。千凛は下唇を噛み締めながら青年を睨む。もし、この男が自身の雇い主ではなく、この場に最上真紀子というこの世から抹殺するべき対象がいなければ今すぐにでも殺していたかもしれない。
それくらいこの蜷川という青年の笑顔は癪に触るのだ。

「……どうでもいいが、始めるのならば始めてくれ、あたしはこの後もアルバイトが詰まっているんだからな」

美憂の言葉を聞いた途端に大輔がヒューと口笛を吹き、両手を叩いていく。

「素晴らしいッ!素晴らしいッ!やっぱり美憂ちゃんは偉いねぇ!この後がアルバイトがあるから早く始めろだって、いやぁ健気だねぇ。みんなも褒めてあげなよ、ねぇ、この年であんなバイトをするなんてなかなかできたもんじゃないよ」

大輔が皮肉を言っているというのは理解できる。わざわざ美憂を呼び出して、その上で召集をかける様に指示を出したこの男の事だから初めから美憂の職種を揶揄する事が目的なのだろう。
美憂は悔し紛れに歯を軋ませていたが、目の前で嘲笑の目を浮かべる大輔には無価値であるという事だけは理解できる。
何も言えずに固まっている他の参加者たちの代わりに大輔の機嫌を取り、この招集を先に進めたのは真紀子であった。
彼女は普段の柄の悪さからは考えられない程のお淑やかな態度を取り、大輔の気を良くさせた。
元々の地頭が良いためか、次々と大輔を誉めるトークを口に出し、彼の機嫌を取っていく。

真紀子の接待術により気をよくした大輔は一旦車に戻り、クーラーボックスとランチセットを取ってきたかと思うと、おもむろに廃墟の床の上に広げ、全員に座る様に進めたのである。
大輔の敷いたビニールシートの上にはワインやブランデーを始めとした高価な西洋酒に恐らく下戸や未成年のためと思われる葡萄ジュースの瓶が並べられていた。
つまみとして用意されていたのは味付けの施されたカルパッチョを始めとした高価なオードブルとそれを載せるための大量のクラッカーであった。

お酌役は真紀子が買って出た。高価なスーツで酒やらジュースを酌していく姿はさながら接待飲食店の店員の姿そのものである。恭介はテレビや漫画などを通してしかその様な店を見た事がないが、今の真紀子の姿まさしくそれであろう。
全員のワイングラスに飲み物が注がれた事を確認したかと思うと、大輔が立ち上がり音頭をとった。

「えー、僭越ながらこの場にお集まりのサタンの息子の皆様……今回は私の大乱闘大会のためにご足労いただき誠にありがとうございます。さてと、ここで皆様に残念なお知らせがございます。今この場にいる皆様の中の何人かはこれからお召し上がりいただくものが最後の晩餐となられましょう。私としても残念ではありますが、それが悪魔たちの決めたルールというのならば致し方ありません」

「流石です。蜷川さん……その様な長尺の演説を噛まずにいえるなど中々できる事ではありませんわ」

「嬉しいなぁ、真紀子ちゃん。では、気をよくしたところで……乾杯といきましょう!サタンの息子の皆様方に乾杯!皆様が紡ぐこれからに乾杯!」

それからは本当に親睦会が行われた。多くの参加者たちは好んで話そうとしなかったが、大輔は積極的に他の参加者たちに話しかけていた。
勿論例外もいる。それは最上真紀子である。彼女は積極的に大輔に世話を焼きながらお酌やら面倒やらを見ていたのだ。
大輔のトークの大半は彼個人の自慢話ばかりであったので恭介としては退屈極まりなかったが、集まった参加者たちがこれまでの経緯やら経過やらを話してくれた事だけは役に立った。
話もそろそろ一段落がついた時だ。大輔が不意にワイングラスを地面の上に放り投げて言った。

「じゃあ、そろそろ始めましょう。誰から始めますか?」

「じゃあ、お言葉に甘えてあたしから」

真紀子は立ち上がったかと思うと、そのまま戦闘時の姿へと変貌していく。
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