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第三部『終焉と破滅と』

最上兄妹の場合

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「どこに逃げやがったッ!真紀子ッ!出てきやがれッ!クソ野郎ッ!ぶっ殺してやるッ!」

秀明はいつも以上の憎悪を込めた言葉を飛ばしながら自分たちの元から逃亡した真紀子を追い掛ける。今回の戦場は深夜の廃墟である。大きな廃病院というのは初めての戦場であり、尚且つ不気味な場所であるが、秀明はそんな事は関係なく深夜の病院の中を音を立てて歩き回り、真紀子を探していく。
秀明にとって今回のゲームでの第一は憎い腹違いの妹をこの手で殺す事にあった。秀明にとってそれはなんの躊躇いもない事であったのだ。
秀明は肺病院の廊下に置いてある長椅子を荒っぽく蹴り、落ちている空き缶を蹴り飛ばしていく。
一刻も早く最上真紀子を始末しなければならないというのにどうして真紀子の姿が見えないのだろう。
秀明が兜の下で歯を軋ませていると、不意に背後から声を掛けられた事に気が付く。振り返ると、そこには姫川美憂の姿があった。

「な、なんだ。姫川か……」

「驚かせて悪かったな。それよりもどうだ?あいつは見つかったのか?」

「いいや、あいつ逃げ足だけは早いからな……見失っちまったらしい」

「……そうか、じゃあまた最上の奴を見掛けたら大きな声で叫ぶから、その時になったら落ちあおう」

「……あぁ、そうだな」

美憂が背中を向けた時である。彼の耳元に悪魔が囁いたのは。
悪魔は確実に秀明に向かって告げた。今この瞬間に美憂を始末すればいいのだ、と。今日の昼間に芽生えた憎悪の対象は真紀子だけではなく、美憂も含まれているからおかしい事ではなかったのだ。
秀明がサーベルを構える。あと少し一歩、あと一歩というところである。
秀明が美憂にサーベルを突き立てようとした、まさにその時である。

「何やってるんだ?二本松?」

と、背後から恭介が声を掛けたのである。秀明は慌ててサーベルを引っ込めた。

「いや、別に……ただの素振り練習だよ」

「素振り練習?こんなところでか?」

「悪いか?」

秀明の言葉には明らかな威圧の色が含まれており、それは恭介を怯まさせるには十分であった。
足をすくめる恭介を見ても、秀明は一瞥もせずに真紀子を探しに向かう。
一方で、真紀子は廃病院の手術台に身を隠していた。元々は大きな病院であったらしく、手術台の側には様々な医療用具や高そうな機械などが置かれていた。

「しかし金のある病院だったんだぜ、どうして潰れたんだ?」

真紀子が疑問を持っていると、彼女の頭の中に数年前に起きた事件の事が思い浮かぶ。それはとある大病院で行われた大きな医療ミス事件の事であった。
いや、医療ミスなどという生やさしいものではなかったような気がする。真紀子は脱獄以来暗黒街に身を置き、豪華なドレスを身に纏いながら表裏の大物と度々会食する立場にあった。故にそういった事情には詳しかったのである。

「そうか、あの事件か……本当にブローカーってのは因果な商売さ、知りたくもねぇ事まで知っちまうんだからさ」

真紀子が一人呟いていると、手術室の扉が蹴破られ、そこにサーベルを持った秀明の姿が見えた。

「そんなにブツブツ話してたら気がつくってもんよ。さてと、年貢の納め時って奴だな。今回ばかりは許せん。お前だけはぶっ殺してやる」

「どうやら、相当にバカ兄貴の恨みを買っちまったみたいだなぁ、あたしは」

「テメェ、まだ自分が犯した罪に向き合わねぇのか?」

「罪だと?イライラしたから殺す事のどこがダメだっていうんだよ?」

「テメェ、そんな事を思っていやがったのかよ。腐ってんな、テメェは」

「まぁ、聞けよ。狼だって、虎だって、腹が減ったら動物を殺してその肉を食うだろ?あたしはそれと同じ事をしてるだけなんだよ」

「動物がイライラしたなんて理由で他の動物を襲うかよッ!」

秀明が怒りのために力強い力でサーベルを振り上げながら真紀子へと切り掛かっていく。真紀子はそれを銃を盾にして防ぎ、その場を乗り切っていく。
武器と武器とを重ね合わせながら二人は互いに睨み合っていく。
火花と武器との間に火花が散りあう。
それから互いに罵声を浴びせ合っていく。聞くに堪えない罵声であり、互いにこれは志恩には聞かせられないと思いながら罵声を浴びせていた。
二人は一旦武器を離すと、互いに兜越しから標的を確認し、手術台を挟んで睨み合う。
真紀子が機関銃を放った事を切っ掛けに両者の戦いが繰り広げられていく事になった。秀明がサーベルを突き上げたり、真横から振り回したりして、真紀子の命を狙うのに対し、真紀子は機関銃を放ったり、それを鈍器にして殴り殺すという手段を用いて秀明を殺そうとしたのである。サーベルと機関銃とが何度目かの、武器のかち合いを終えた後に真紀子が秀明の首元に向かって回し蹴りを喰らわせた事で、その場から逃れていくのである。
同時に手術室に向かって他の三人が駆け寄ってくるのが見えた。真紀子はその三人の足元に向かって銃を放って、階段を降りて廃病院から逃れていった。
秀明は逃げ出していく真紀子の後ろ姿を見て、悔しげに舌を鳴らし、苛立ち紛れにその手を手術室の壁にぶつけていく。

「クソッ!どうして逃しちまったんだッ!」

「待て、最上の奴が逃げたとは限らん……もしかしたら地下に潜んでいるのかもーー」

美憂が秀明に向かって告げた時だ。廃病院の地下から激しい銃の音が鳴り響いた事に気が付く。
四人が慌てて階下へと向かうと、そこには両手を広げて、真紀子を追い詰めていく福音とその福音に怯えて、後退する真紀子の姿が見えた。
どうやら福音は例の能力でこの廃病院にトリップしたらしい。

「さてと、これで終わりかな?遺言があるのならば聞いてあげるよ」

「……テメェ、やっぱり知ってるな?あたしたちが東京でテメェの親父に会う前に始末をつけるつもりなんだろ?あたしや姫川をテメェの親父に会わせたくないからって」

「そうだよ。キミや姫川さんのような人が妹のボディガードをするだなんて考えただけでも吐き気がするよ。だからここで始末するんだ」

「へっ、あたしは頭のイカれたテロ野郎からあんたの妹を守るために呼ばれるんだぜ、それなのにそんな態度は酷いんじゃあねーの?」

「……黙れ、お前みたいな奴がぼくの妹を侮辱するなッ!」

福音にはそう叫ぶと、武器を構えて腰を抜かした真紀子に向かって切り掛かっていく。真紀子は至近距離から機関銃を打ち続けたが、それは彼の周りを覆うピンク色のバリアによって弾かれてしまう。

「そろそろ死んでもらおうかな?目障りなんだ」

「……死んでたまるかよ、あたしにだって意地があらぁ」

機関銃を突き付けながら福音の攻撃に備える真紀子であったが、このまま成す術もなく殺されてしまう事は容易に想像できた。真紀子は自分の兜の下に冷や汗が流れていくのを感じた。
さらに乾いた笑いまで漏れてしまったではないか。真紀子の中に諦めにも似た思いが出てきた時だ。
不意に彼女の中に妙案の様なものが思い付く。真紀子は兜の下で口元を三日月の型に歪ませていく。
彼女は人差し指を突き付けて福音に向かって告げた。

「あそこに、姫川がいるぜ」

その一言は福音の標的をずらすには最高の一言であった。福音は真紀子と同じくらいに美憂を嫌っていたのである。
彼は両手槍を構えて美憂の元へと突っ込んでいく。美憂はレイピアを構えて、自らの身を守ろうとしたが、その前に恭介と恭介の双剣とが割り込んだ事によって、福音の剣が防がれてしまうのである。

「どうしてかな?どうして邪魔をするんだい?神通恭介」

福音が低い声を出して問い掛けた。

「そ、それは決まってるだろ!姫川とオレとは大事な友達だからだッ!」

恭介はそう叫ぶと双剣を上方向に向かって飛ばし、福音を両手槍もろとも弾き飛ばすのであった。
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