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第三部『終焉と破滅と』

最上志恩の場合ーその⑧

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「まぁ、そんな事を言ってやるなよ。別に弟だってテレビと現実との区別が付かなくなっているわけじゃあねぇんだからよぉ」

真紀子が志恩と美憂との間に無理矢理に介入した後で言い放った。

「……そうなのか?だが、あたしからすれば現実とお話をごちゃ混ぜにしているバカにしか見えんが」

美憂の苦悩する声が続く。

「まぁ、勘弁してやれよ。志恩はまだ小学生のガキなんだぜ」

真紀子の皮肉った言葉が聞こえる。それでも、志恩は悔しいとは思わなかった。
志恩は二叉の槍を構えながら二人に向かって叫ぶ。

「ぼくは……ぼくはこの狂ったゲームを終わらせるためにサタンの息子になったんだッ!そのゲームの果てが滅亡となるんだったら、ぼくはそんな未来なんて変えてみせるッ!」

志恩がそう叫んだ時だ。志恩の体全体を白雲が包んでいく。

「参ったな。志恩の奴まで進化しちまうとは……」

秀明は兜の下で苦笑していた。それでも弟のそんな変化を彼は喜ばしく感じていた。同時に志恩であるのならばこの狂ったゲームを終わらせてくれると考えたのである。
そんな秀明の期待に応える様に志恩はテレビの特撮ヒーロー番組に登場するヒーローの様な外見の鎧を纏って現れたのである。
その手にはヒーローと呼称されるの相応しい外見をしていた。
まず、武器が従来の禍々しいものではない。腰に下げている直剣といい、手に持っているのは巨大なランスとなっている。
続いて、全身の造形であるが、兜は中世の騎士道小説に登場する主人公の騎士が被るような単純なものである。
鎧も上半分は銀色鎧であり、胸部には薔薇と本が描かれていた。下半身は美憂や真紀子と同様に黒タイツである。
そして首元には立派なマントを巻いていた。マントには自身の剣にて悪魔を封じて立ち去る際に悪魔に囚われていたお姫様を助け起こす騎士の姿が見えた。

これは恐らく心境そのものであろう。悪魔を封じて姫を抱き抱える騎士こそ志恩の姿そのものであり、封じられた悪魔こそ『地獄への入り口インフェルノ』を通じて立ち人間界に忍び寄ろうとする悪魔そのものだろう。
志恩のヒーローとしての決意がその武装からも滲み出ていた。
志恩は両手に抱えたランスで美憂のレイピアを防ぐと、そのまま美憂ごとレイピアを弾き飛ばしていく。
美憂は空中に向かって大きく吹き飛ばされたものの、その途中で進化させた武装を身に纏い再び志恩に向かって飛び掛かっていく。
志恩の剣と美憂の剣とが互いにぶつかり合い、擦り合わさったかと思うと、そのまま両者の剣の間から火花が生じていく。暫くの間は剣と剣とをすり合わせて睨み合っていた二人であったが、やがて勝負が付かないと判断すると、お互いに離れてそのまま遠距離からの睨み合いを続けていく。

「志恩くん、悪いか、ここら辺で戦いを終わらせてくれたまえ。我々が殺し合えば悪魔たちの思う壺なのだからな」

悪魔と契約により無理矢理に得た武装を施した剛が志恩に忠告ともとれる言葉を投げ掛けた。

「はいッ!」

志恩がその忠告を受け入れ、美憂に降伏の勧告を述べようとした時だ。背後から悲鳴が聞こえたので、志恩は慌てて悲鳴がした方向へと向かう。
どうやら悲鳴を発したのは兄である秀明であったらしい。志恩が見るに秀明は背後から攻撃を受けて、そのまま悲鳴を上げていたらしい。
どうやら新たなサタンの息子もとい契約者であるらしい。
というのも、サタンの息子は十三人というルールがあるからだ。その後に出てくるのは勝手に契約して、勝手に戦いに参入しているだけに過ぎない。

剛の話が本当であるのならばそうなる筈であった。正当な参加者ではないので、最初の三割の願いさえ叶えられない筈だ。
だというのに、新たな契約者はそのまま虫の息の秀明に止めを刺そうとしているではないか。
このままでは兄が殺される。慌てた志恩は新たな契約者の腰にしがみつき、新たな契約者を地面の上へと転倒させたのであった。
それから兄を守る様にその新たな契約者に立ち塞がっていく。

「何者だ?」

「……訳あってこのゲームに参加しようとしているものだ」

「どうして兄さんの命を?」

「あたしの近くにいて狙いやすそうだったから」

それだけを告げると、その新たな契約者は巨大なナイフを振るって志恩へと襲い掛かっていく。
志恩は慌てて自らの剣を盾にしてサタンの息子の攻撃を防ぐ。その新たな契約者はそのまま志恩を押し込めようとするものの、志恩は頑なに動かない。
それから剣を大きく振って、剣を弾くと、よろめく契約者に向かって告げた。

「ぼくはあなたを止めたい。お願いだからこのゲームを降りてくれませんか?」

(それは無理だね)

その女性の代わりに答えたのは恭介の契約した悪魔であるのと同時にこのゲームの主催者でもあるルシファーであった。

(だって、彼女ブカバクという強力な悪魔と契約しているんだもの。彼女がもしブカバクとの契約を破棄してしまったら、彼女は生きる術を失ってしまうよ)

ルシファーはこの場にいる参加者全員に聞こえる様に念じていく。

「ちょっと待った。ルシファー。そいつは大袈裟なんじゃあないか?別に契約を破棄したくらいで死にはしないだろ?」

恭介の問い掛けにルシファーは淡々とした声で答えた。

(確かに悪魔との契約に関してはそうだろうね?けど、彼女は悪魔の力を必要としているんだ。それを失ったら今度こそ死んでしまうだろうねぇ)

「へぇ~こいつも希空みたいな奴に追われてるって事か?」

真紀子は自分で言った冗談に笑った。日本の中に天堂グループの様な存在が幾つもあっても困るだろう。
天堂グループの様な勢力や天堂希空の様な存在は一つだけでいいのだ。
一人苦笑する真紀子を放ってルシファーは話を続けていく。

(彼女はね、ひどく恐ろしい集団に追われているんだ。気の毒に)

「まどろっこしいな。早くそれを言えと言っているだろ?」

美憂がぶっきらぼうに言い放ったが、それも無視してルシファーは話を続けていく。

(それで、その集団に追い詰められ、沖縄の海で身を投げさせられそうになったところをブカバクに助けられたんだ)

「成る程、そいつらの報復から身を守るためにもその力が必要ってわけなのか。納得だぜ」

真紀子が口元に微笑を浮かべながら言った。

(そう、その通り……可哀想な彼女は契約破棄を免れるために今は戦いに身を費やしている。今回ブカバクは弾いた筈なのに強引な手を使って参加しちゃって……しかも、契約破棄を脅しの道具に使うなんてね。全く面倒くさい事をしちゃって……こういう奴だから最後のゲームからは省いたのに……勝手にあそこから出て、人間界に来るなんてさ、本当に勝手だよね)

ルシファーはブツクサと呟いていた。その口からはブカバクなる悪魔が勝手の扉を開いて現れたというのがわかった。
一同が納得のいく理由にひとまず頷いていると、その後にルシファーが歓喜に溢れた声を上げて言った。

(いま、すごくいい事を思いついたよ!彼女は穴埋め枠としてゲームに参加してもらおう!既に脱落した悪魔の一人の穴埋めとしてね……それでも、契約しているから報酬の前払いである三割は無理だけど、終わった後に叶えられる七割の願いならば遂行を許可できそうだねぇ)

「ありがたい。私はその条件を呑もせていただくよ。願いが叶えられないなんて不平等だしな」

その女性の声とブカバクと称される悪魔の声の低い声が重なった。
こうして、彼女は死亡した他のサタンの息子の穴埋めという形で新たにゲームに参加する事になったのである。
勿論非難の声は飛ぶ。

「おいおい、散々理不尽なルールであたしらを振り回しておいて、更にまた新しく追加するってありかよ?いい加減にしろよな」

真紀子が不機嫌な声を上げて抗議の声を飛ばしたものの、ルシファーは聞く耳を持たない。
ルシファーは解説を終えると戦いの再開を告げたのであった。
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